王女たちはいずこ ~デアルタの王宮にて
時はさかのぼり、ここは数時間前の神殿。
同行したお付きの者たちに背を向けるように祭壇に立ち、マチアルド王女はうやうやしくスター・ティリアをその手にして祈りを捧げていた。
その姿を感慨深く見つめる者がいた。ガルド大臣である。
デアルタ王家に仕えてはや二十七年。ようやく誕生した世継ぎの王女、それがマチアルドである。あの小さなぷくぷくとした手をぎゅっ、と握りしめて元気な産声を上げた一粒種。大きなけがや大病もなく、すくすくと成長し、今や十四才になられた。
――子の成長とは、なんと早いものか。王の代名を務めるほど、あんなにご立派になられて。
マチアルドの気品溢れるその一挙手一投足に、ガルドの胸は打ち震える。
ガルドは独身であり、子を持つ親の想いというものは想像するしかない。だがガルドにとってもマチアルドの存在は実の子同然であり、常に深い愛情を持って接してきた。それが時にうとましがられているのは知っている。が、マチアルドはこの国の未来を担うたった一人の後継者なのだ。
――なんとしてでもご立派な女王様となられるよう、微力ながらこの私がお力にならなくては。それがこの国を守ることでもあるのだから。どうあっても、姫様をご立派に!そして、良き伴侶と手に手を携えてこの国を守ってくださるように、この人生を賭して頑張らねば!
一人鼻息をふんぬ!と吐き出して、決意を新たにするガルドである。
「姫様~っ!姫様っ!姫様はどこにっ?王子もおいでにならないとは、これは一体……!」
ガルドの狼狽した声が、神殿内に反響している。先ほど目にしたばかりの光景に、一同あわあわとうろたえるばかりだ。
「先ほどの光は何だったのでしょう?それに姫様も王子も消えてしまわれたなんて、一体どうしたら!大変ですわ!もしマチアルド様に何かがあったら、私……!」
ターシャはスカートを関節が白くなるほどぎゅっと握りしめて、その場に呆然と立ち尽くしていた。何かしなければと思うのだが、目の前で起きた出来事に頭がついていかずに足を突っ張ったまま動けない。
「とにかく一刻も早く見つけ出さなくては。いや、その前に王様と王妃様にすぐにお知らせして、捜索隊を!」
ガルドが足をもつれさせながら、神殿の入り口付近で控えていた警護の臣下たちに伝えるべくどたどたと足をもつれさせながら走っていく。
ターシャもようやく周囲を探し始めるが、ここは神殿であり祭壇のある最奥である。祭壇の先には部屋も通路などもなく、大きな箱のような空間なのだ。どこにも身を隠せるような場所は見当たらない。
気づけばシュタルトの姿も見えない。そういえば光が大きく弾けて思わずそのまばゆさに目をつむった瞬間、姫様のもとにかけよるシュタルトらしき影を見た気がする。ではシュタルトも一緒に消えてしまったのだろうか。
「姫様……一体どこに消えてしまわれたのです。神隠し……?どこを探せば……一体何が」
主の姿を飲み込んだ光はもうどこにもなく、しんと冷えた神殿内の空気がターシャの体をぐんぐんと冷やしていた。
「どうか何事もありませんように。どうかご無事でおけがなどしておりませんように……。女神ティリア、どうか姫様にご加護を!」
祭壇に向かい、女神ティリアに祈りを捧げて無事を願うターシャ。知らせの者を取り急ぎ王宮に送り出したガルドは、蒼白な顔で神殿の中を行きつ戻りつして探し回る。
次世を担う一国の王女と隣国の王子、その従者とを光とともに飲み込んだ祭壇は、まるで何事もなかったように静まり返っていた。
その知らせは、モジューネ大使とともに一同の帰りを待っていた王と王妃のもとに夕刻に届いた。
「なんと……!マチアルドが消えたじゃと?どこへ!あの神殿からどこへ消えたというのだ。かどかわし?いや、神隠しかっ?」
「……賊の侵入や、争ったような形跡はないのですね?忽然と光とともに消えたと……?そんなことが、一体どうして……」
王は部屋の中を落ち着きなく歩き回り、モジューネ大使は顔面を青くして今にも倒れんばかりの有様である。王妃は王よりは落ち着いてはいるが、その表情は固い。
報告によれば、祈りを捧げている最中に星石から溢れ出た光とともに姿を消したのだというが、大きな物音や衝撃などはなかったという。であるのならば、何かの事故や人の手によるものではないかもしれない。
背中に伝う冷たいものを感じながらも、王妃は努めて冷静に振る舞う。人の上に立つということは、どんな状況下にあっても冷静かつ適切にその場に対する必要があるということである。それを何より常にマチアルドにも教え込んでいたし、自身もその手本になるべく、恥ずかしくない振る舞いをしなければならない。
このような時だからこそ、誰よりも冷静であらねば。
「モジューネ様、とにかくリスデールにご報告を。すぐに捜索隊を組織し、現地に送り出します。今は行方を探すのが先決ですわ。王!少し落ち着きなさいませ。すぐに大臣たちを集めて対策を」
臣下たちに指示を与えながらてきぱきと事態の収拾にあたる王妃と、それに弾かれるように動き出す王。
冷静に振る舞いながらも、王妃の心は激しく乱れていた。それも無理らしからぬことである。誰よりも愛しい我が子の一大事なのだ。王女として生まれ落ちたがゆえに、重荷を背負わせることになったことを心苦しくも思う。そのために日々厳しく教育に当たらねばならぬことも、それにマチアルドが苦しんでいることも当然承知していた。でもこれもあの子の将来を考えればこそ。今教えられることをすべてあの子に教え、いつか自分がいなくなった時も自分の足で立派に歩いてもらいたい。その一心である。
――どうか無事でいて、マチアルド。かわいい私の宝!どうか、どうか無事に帰ってきてちょうだい!
王妃はともすると震えるその手をぎゅっと握りしめ、凛と顔を上げる。
「きっと皆無事ですわ!これは、きっと女神ティリアの思し召しです。さぁ、しっかりなさってくださいな。今できることをいたしましょう!」
王妃の強く澄んだ声が、王宮に響き渡った。
「マチアルドは無事なのだろうか、王妃よ……」
「あなた!もっと一国の王たるもの、どんと構えていてくださいまし。あの子ならきっとどんな状況下でも大丈夫ですわ。私とあなたの子ですもの。きっと自分の頭で考えて、なすべきことをしてくれますわ。大丈夫ですわ、あの子なら絶対に……!」
わずかに王妃の語尾が震える。王妃よりも頭一つ分背の小さな王が、そっとその肩を抱く。
うんうん、と王妃の震える肩を支えながら頷く王。娘の身を案じるただの親の姿がそこにあった。




