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マルセルの昔語り


 目の前にある腰丈ほどの飾り棚を前に、考え込むマルセル。


「これはあのランプを飾っておくのにちょうどいい高さではありますが、しかし部屋の配置を考えると今のテーブルは少し大きすぎるような気も……。でもあれは使い勝手が良くて、色も部屋の内装とぴったりですし」


 ふぅむ、と思案しながら、他に変わりになりそうなものがないかぐるりと見渡す。


「やっぱりこの棚は取っておきましょう。少し端が欠けていますが、これくらいなら修理できそうですし。なんといってもあのランプが映えますし」


 満足げに頷きながら、いそいそと飾り棚を運んでいく。同じように小さな装飾のかわいらしい木箱や肌触りのよさそうな布きれ、美しい色あいのガラスランプなどが並んでいる。

 

「何やってるのさ、マルセル。……うわっ!すごい量のガラクタだね。これ、襲ってこない……?」


 おそるおそるそれらに近づくシュタルト。


「これはすでに浄化済みですよ。廃棄するものとリリーちゃんに残しておくものとに分別していたのです。どうです?このランプなんて、とても綺麗でしょう?うっすらとスミレ色に光が透けて、とても美しいのです。これでリリーちゃんを照らしたら、きっと月明かりに浮かんで幻想的で素敵だと思うんですよね」


 饒舌にうっとりとガラスランプを手に語りだすマルセルを、シュタルトは苦笑いで見つめる。


「これは?確かに質は良さそうだけど、こんな布切れどうするのさ」


 シュタルトが手に取ったのは、絹に似ているがそれよりはもう少ししっかりとした張りのあるクリーム色の布である。しっかりとしたドレスとか、カーテンに使われていそうだ。


「ひも状に縫って、リリーちゃんにリボンを作ってあげようと思いまして。ほら、あの前の方にある太い触手にもうちょっと飾りがあってもいいと思うでしょ?きっと触手の淡い色のひらひらに似合うと思うんです」

「本当にリリーちゃんが好きなんだね。縫い物までできるんだ。マルセルって色んなことができるんだな」


 シュタルトの誉め言葉に、まんざらでもなさそうに頬を染めるマルセル。


 ここは、マルセルの分別用の作業スペースである。おそらくはまだ分類が済んでいないであろうガラクタは、まだ山と積まれている。この他に、あのダンジョンには大量の未浄化のガラクタが眠っているのだから、マルセルの仕事はなかなか重労働である。


「なぁ、マルセルはなんで人形に思念を吹き込んでもらったんだ?ティリア様に気に入られたから?助手が欲しかったとか?」


 シュタルトの質問にしばし考えこみながら、首元の黒いリボンを指先でもてあそぶマルセル。


「さぁ、なぜでしょう?他にあえて思念を吹き込むのを私は見たことがないので、本来はしないことなのかもしれませんが。もともとは私は持ち主に捨てられた人形でしたので、このまま土に還るのだなぁ、とあきらめていたのですよ。それをティリア様がこのように動けるように思念を吹き込んでくださったのですから、感謝してもしきれないのです」


 マルセルは、かつて地上で持ち主と暮らしていた日々を語り始める。それは気が遠くなるほど、遠い遠い過去の話である。





◇◇◇◇◇◇



 マルセルの灰色の瞳に映るのは、一人の少女の姿。顔中に喜びの色を浮かべて、軽やかなステップで部屋の中を跳ね回る。足を跳ね上げるたびに、幾重にも重ねたシフォンのスカートがふわりふわりと舞い上がる。


『この子が、私のご主人様――。まるで小さいお姫様のようだ。大切に扱ってくれるといい。そしてずっとここで一緒に……』


 マルセルがその屋敷に来たその日は、その少女の十歳の誕生日であった。

 人形が欲しいとのたっての願いを叶えた両親もまた満足げに笑みを浮かべて、娘の成長を喜ぶ。夢のような幸せなひととき。

 少女はマルセルのつるり、とした滑らかな頬を撫でては嬉しそうにほほ笑み、その胸に抱きしめた。陶器の人形には、そのぬくもりは伝わらない。でもそこにあたたかな思いが存在しているのを、確かに感じ取っていた。


 だが、そんな日々は長くは続かなかった。あの日、あの屋敷に起こった出来事がすべてを変えてしまった。あれは夢の終わりの日。


『もうこの屋敷から出て行かなくては……。もうあんな人とは一緒にいられないわ。さぁ、行きますよ。荷物は小さなバッグひとつで、その人形も置いていきなさい。道中そんなものは持ってはいけないのだから』


 疲れた顔をした母親に追い立てられるように、部屋を出て行く少女。

 少女の背は、マルセルがこの屋敷に初めて来た日に比べて大分大人へと近づいていたが、表情に残るあどけなさはまだ当時の面影を残していた。

 いつしか夫妻の間にできた亀裂は日ごとに深く大きく決定的なものになり、ある時少女の穏やかな生活は終わりを告げた。それは少女らしい穏やかな時間の終わりでもあり、マルセルとの別れの時でもあった。


 気が付けばマルセルは奥の棚にしまいこまれ、いつしか屋敷には住む者もいなくなった。このまま思い出の残る屋敷とともに朽ち果て、土に還りゆく定めとあきらめていたマルセル。


 それを再び光の中に引き上げたのがリリーちゃんの触手であり、それに思念を吹き込んだのがティリアであった。





◇◇◇◇◇◇



「ふぅん。……じゃあティリア様とリリーちゃんはマルセルを屋敷から救い出してくれたんだ。だから好きなんだね。ふたりのこと」


 古い記憶の感傷にそのガラス玉を潤ませたマルセルは、シュタルトに問いかける。


「シュタルト様は、誰かに忘れ去られるのが怖いと思ったりしますか?自分の存在がもう取るに足らない必要のないものだといわれるのが不安、とか」


 少し考えこむものの、十四歳のシュタルトにとって人生はまだこれから始まるのであって、まだ何者でもない子どもの時分では逆に誰にも知られてすらいない。

 忘れられるということは、そもそも誰かに特別なものとして記憶に刻まれているということなのだから。


「私はもう人形に戻りたくない、と思うのです。言葉も発せないただの陶器人形は、ただのモノです。このガラクタたちと同じように、いつかは古くなり捨てられる運命なのです。それを動ける存在として生まれ変わらせてくださったティリア様には、本当に感謝しかないのです。あのまま救っていただけなければ、私の身体もこの廃棄されるガラクタと同じように、地中深くに埋められ、いつか鉱石となって掘り出されるのを待つだけの存在となっていたに違いないのですから」


 シュタルトは、マルセルの前にうず高く積み上げられたガラクタたちを見上げる。そのどれも、シュタルトにとっては何の思い入れもない、ただの古ぼけたガラクタだ。


「俺も、マルセルが鉱石なんかじゃなくこうして動けるようになって良かったと思うよ。難しいことはよく分かんないけどさ、ティリア様が思念を入れてくれたおかげで、マルセルと仲良くなれたんだもんな」


 シュタルトに人生とか心の機微について問うのは、時間の無駄というものである。

 なにせもとが単純な質だし、まだ子どもなのだから。でも根はすこぶる素直でまっすぐなのが、シュタルトの美点である。

 そうした飾り気のないまっすぐさというのは、時に誰かを救うことがある。特に、心に寂しさや悲しみの穴を持つ者にとっては――。


「……私もですよ。私も、皆さんとお知り合いになれたことをとても嬉しく思います。特にシュタルト、君に会えて良かった。やっぱり私は、ティリア様に感謝しかありませんね」


 マルセルの瞳がきらり、と輝く。嬉しそうに笑いあうひとりと、一風変わった一体の陶器人形。 

 友情とは、すべてを超越して結ばれるとてもあたたかいものなのである。





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