世界はファンタジーに満ちていた
「ティリア様は大地の浄化を司る、ただひとりの大地の精霊です。このクラゲはリリーちゃんと言いまして、ティリア様とは一心同体の存在なのですよ。まぁ、住居兼浄化場というところでしょうか。リリーちゃんもまた特別な存在なのですよ!」
なぜか自慢げな口ぶりで、ウサギは説明を続ける。
「それになんといっても、リリーちゃんは綺麗ですからね!ふわふわとした触り心地といい、その乳白色の潤いたっぷりのお肌といい、あのうっすら桃色に染まった触手のかわいらしいことといったら、まるでお姫様みたいでしょう?」
どこまでもノンストップで続きそうな熱のこもった説明に、すっかり取り残され気味の三人。
――ティリア様は女神じゃなくて大地の精霊で、空を飛ぶクラゲは精霊のお家で、リリーちゃんが何ですって?あ、あと浄化とか言ってたわね。浄化って何かしら?
ぐるぐると頭の中で内容を整理しながら、なんとか冷静に状況を把握しようと努めるマチアルド。ラルフィルはそのきれいな髪の毛をぐしゃぐしゃとかきむしっており、もはや美青年の影はない。シュタルトはまぁ、置いておいて。
つまりは、この世界には目には見えないが精霊が存在しており、ティリア様は大地を守っているらしい。
そしてなぜかそこに、わたしたちが偶然にも迷い込んでしまったということのようだ。
「でもなんで俺たちが、その精霊の住処に運ばれたんだ?しかもあの通路にいたあの物騒なガラクタは一体何なんだ?とんでもない目に遭ったんだぞ、こっちは」
ラルフィルの言葉に、襲い来る本を思い出してぶるりと体を震わせるマチアルドとシュタルトである。
「本当に危なかったんだから!あんな恐ろしいものがここにはうじゃうじゃいるなんて言わないわよね?」
「マルセルは、俺たちに突然襲い掛かってきたりしないよね……?」
身を乗り出すように次々と恐怖の声を上げる三人の姿に、マルセルははぁ~、と深く長いため息を吐き出した。
「それはおそらく、リリーちゃんが吸い上げたガラクタですよ。浄化に失敗した際の。最近多いんですよね、失敗。おかげで置き場所がなくて、浄化もできないからどんどん溜まっていく一方で……」
どうやら、マルセルには大いなる悩み事があるようである。
そしてマルセルを悩ませているその問題こそが、マチアルドたちが元の世界へ戻れるかどうか、ひいてはこの世界が存続できるかどうかに、大きく関係しているのだと三人は知ることとなる。
とはいえ、ひとつ言えることは――。
「なんだかとんでもないことに巻き込まれてしまったみたいね、私たち。あんなに勉強したのに、世の中には知らないことってまだまだたくさんあるのね……」
◇◇◇◇◇◇
「皆さんがここへ運ばれたのは、ティリア様の力の暴走が原因でしょう。本来ならばあの道は必要に応じてティリア様がつなぐのですが、今は力が不安定なために閉じることができないのです。そこに精霊の力の一部でもある星石と皆さまが共鳴して、こちらに運ばれてしまったのではないかと。これはとても由々しき事態なのですよ、本当に」
マチアルドは、手の平から突然溢れだしたあの光を思い出す。どこか暖かさのあるやわらかな光だった。あれが、精霊ティリアの力。
つまり、本来閉じられているはずのリリーちゃんと神殿をつなぐ通路が、ティリアの力の暴走により開きっ放しになり、そこにあの狂暴なガラクタが集められているということか。
「暴走ってどういうことなの?そもそも、大地を浄化するって?」
「大地にあるゴミを回収しているのか?ゴミなら人間が処理しているし、何も精霊がしなくても……」
「ではまず、基本的なことからご説明いたします。そもそもティリア様は、この世界の大地の調整管理を担っておられます。そして私はティリア様に思念を吹き込まれた元人形で、助手のような役目をかって出ております」
浄化とは、大地に染み込んだ淀んだ思念を吸い上げることをさすらしい。それをなくしては大地は良好な状態を保つことができず、生命を生み出す力を失ってしまうというのだ。
「人間の集まる場所には、時折負の思念が強くたまることがあるのですよ。それを綺麗に浄化して良い大地環境を維持するというのが、ティリア様のお役目なのでございます。それによって、大地は正常なバランスを保つことができるのですよ。それはそれは、大切な役割なのです」
理解できました?とマチアルドたちを見渡すマルセル。
ラルフィルは年長者らしく落ち着いた素振りで話を聞いているが、シュタルトは首をひねっている。
マチアルドは混乱していた。
精霊だの神だのはあくまで人心のよりどころとしての架空の存在に過ぎないと思っていたから。
「では、その負の思念を取り払うのが浄化、というわけですね。それが今何らかの原因でティリア様がうまく浄化できない状態にある、と」
マルセルは力なくうなだれた。
「浄化ができないとどんなことが起こるの?それはデアルタだけの問題ではなくて、この世界全体に影響があるということでいいのよね?」
「はい。すべての植物は枯れ果てて、水は淀み、生命を育むことができなくなります。もちろんそれを享受する人間も、存続できなくなりますね。つまりは世界の崩壊です」
思わず言葉を失う一同である。
これはもはやデアルタ一国の問題ではない。リスデールも、その他の国も、この世界の大地すべてに関わる大問題である。




