大地は浄化が必要です
「つまりティリア様がいて初めて、この大地は荒廃することなく命を育む状態を維持できる、というわけです」
「でも負の感情って?憎しみとか悲しみとか?でもそんな感情を持たない人なんているかしら。多かれ少なかれどんな人でも、負の感情なんて抱くものでしょう?それが生きているってことだもの」
首を傾げるマチアルドに、ラルフィルも同調する。楽天的で単純なシュタルトでさえ、首を縦に振っている。
「その人自身でうまく昇華できた感情は、大地にはなんら影響を及ぼすことはありません。ただ、たとえば悪意であるとか恨みつらみ、悲しみといった負の感情が昇華されることなく長い間蓄積されると、悪い気として大地に染み込んでしまうのですよ」
マルセルによると、人間も動物も何らかの思念を常に吐き出して生きているらしい。つまり、喜怒哀楽といった感情である。とはいってもそのほとんどは、時間の経過や感情の変化によって消えてしまう。だが、中には長い年月をかけて負の力を強めることがあるのだという。そうなると大地はそれを感じ取って吸収しようとするのだという。
それが過度に吸収されないよう浄化しているのがティリアなのである。
「リリーちゃんはその思念を触手を使って吸い上げて、それを浄化するのがティリア様なのです」
吸い上げる際、触手が近くにあるモノを一緒に吸い上げてしまうことがあるらしく、それがあのダンジョンにあったようなガラクタたちであるらしい。
「マルセルはリリーちゃんに吸い上げられてここにきたんだよね。ならティリア様があの襲ってきたガラクタにも、ティリア様が思念を吹き込んだの?」
「とんでもない!あんないきなり襲ってくるような狂暴なものを作り出すなどありえませんよ。……ただ、地上から気を吸い上げる時にうっかり吹き込んでしまったというか、流れ込んでしまったというか。そもそもあんなに大量のガラクタを吸い上げてしまうなんて、普通はないんです。あってもほんのちょっと、のはずなんですよ」
マルセルは、あんな狂暴な化け物と一緒にしてくれるなとばかりに、猛然と首を振る。
「でもあの中には、もう積み上げられないくらい大量のガラクタでいっぱいだったわよ。そのうち通るスペースなんてなくなりそうなくらい。吸い上げたガラクタはどうなるの?」
「確かに、無限にしまっておけるわけでもないんだろう?精霊の力で消滅させるとか?」
ラルフィルがそう尋ねると、マルセルは事も無げに答えた。
「そりゃあ、いずれ鉱石になるんですよ。あのガラクタたちが。山にいっぱい埋まってるでしょう?鉱石」
「は?鉱石ってあの、きれいな高値で取引される希少な鉱石だぞ?あれが、ガラクタ?」
ラルフィルは、愕然とした様子でマルセルに問いかける。
「鉱石というのは、元はああいうガラクタたちなんです。吸い上げたガラクタの一部は、リリーちゃんの装飾や部屋で使ったりしますが、ほとんどは地中深くに埋めてしまうんですよ。それが長い年月をへて色々な種類の鉱石に生まれ変わるんです」
マルセルはすごいだろう、と言わんばかりに笑っているが、ラルフィルは呆然としている。
――まぁ、気持ちは分からなくはないかも。あんなきれいな石がもとはただのガラクタだと聞かされると、なんかこう……複雑な気分よね。しかもそれを高値で取引していると思うと、余計に。
「そうか……、もとはゴミなのか。ガラクタがあんなきれいな石になるのか……いや、でも」
ぶつぶつと何やらつぶやいて肩を落としているラルフィルを横目に、マチアルドはマルセルに肝心なことを質問する。
「でもその力が不安定になっているっていってたわよね。原因は何なの?大地に悪影響があるなら、決して他人事じゃないわ。早くなんとかしなきゃ」
生まれ落ちたその瞬間から、このデアルタを守る者としてマチアルドは存在しているのだ。デアルタの危機は、なんとしてでも回避しなければならない。それが自分に与えられた使命であり、役割なのだ。
「それは……」
言い淀むマルセル。固唾を飲んで続く言葉を待つ一同。
「それは?」
「それは……恋です。おそらく、恋わずらいです。ティリア様は恋わずらいをなさっておいでなのです」
――恋。
それはいつの世も摩訶不思議なものであり、思いもよらない事態を引き起こすものである。
「恋……恋を。精霊が」
「いや、まぁ恋は自由だよな。それが精霊でも人間でも。でもだからといって、それとこれとは話が……」
「恋して何で浄化が出来なくなるのさ。患いっていったって本当に病気じゃないんだから、精霊の力には関係ないんじゃないの?」
マルセルは無言で首を振る。
「私にもよくは分からないのですが。恋をなさって以来、ティリア様の力が最近弱まってしまわれて。最近ではすっかり自信を失ってしまわれて、部屋にひきこもったままで……。その間にも大地の浄化は滞っておりますし、どんどんガラクタたちも狂暴化しているのです。このままではあのダンジョンにも悪い思念のガラクタが入りきらなくなって、リリーちゃんの中にまで浸食してしまいます!そんなことになったら、リリーちゃんが!」
マルセルは、悲痛な声でさめざめと泣きだした。
「ですからどうかお願いです!このままでは大地も荒廃が進む一方ですし、何よりリリーちゃんの危機なのです!どうか皆さん、私たちをお助けくださいっ。リリーちゃんと大地のためにどうか!皆さんのお力をお貸しください!ティリア様に会ってくださいませ」
マルセルは、リリーちゃんを非常に愛していた。
もちろんティリアのことは主として大切に思ってはいたが、初めてリリーちゃんを目にしたとき、マルセルは大きな衝撃を受けたのだ。これほどまでに高貴で美しいものが存在するのか、と胸が打ち震えたのだ。それは確かに、愛であった。
もしそのリリーちゃんが悪い思念で汚されるようなことがあれば……。
マルセルは今にもそのガラスの瞳から涙をこぼさんばかりに、マチアルドにすがりつく。
精霊が引きこもり……。
リリーちゃんの危機……。
色々と突っ込みどころがありすぎて、どこから返せばいいのか戸惑う三人であった。




