底
「...おかしい」
「...はい」
グラムとリセルは棒立ちだった。
アストとヘルバウンドを追っている道中、夜の帳を照らす魔法の衝突を目撃した。
十分後、衝突地点に到着した彼らは未知の恐怖に支配されていた。
「この威力は【火の魔法】じゃねぇ...」
「【炎】の位に到達していますね」
スプーンでくりぬいた様に森が消失していた。
それはアストが発動した火球の跡だ。
捜索という最優先事項を忘れるほどの光景であった。
「これがあいつの仕業だとしたら...人間じゃねぇよ」
人間のレベルを軽く通り越している。
「隠れた才能があった、のか...」
「いえ、アストは確かに『黒』でした」
才能の最低値である『黒』。
見間違いであって欲しいとリセルは何度も確認をした。
でも間違いなどなく、厳然と無能の烙印は押されていた。
「って、そうだ! あいつを探さねぇと」
「そうでした!」
我に返って当初の目的を思い出した二人は捜索を開始する。
川の東側を探索していたグラムは気になる足跡を見つける。
「こりゃマジかよ。熊か...にしてもこのサイズは」
普通じゃない。
魔物である可能性が非常に高い。
「リセルちゃん!」
西側を捜索している彼女を大声で呼ぶ。
この周辺の獣や魔物なら二人は難なく倒せるため、声が大きくても平気だった。
「いましたかグラムさん!?」
「いいや。だけど跡は見つけた」
熊の足跡と何かを引き摺り出来た直線。
「この先に...」
「ああ、いるはずだ」
二人は装備と陣形の確認をする。
「MPが1/3になるまで【探知】はオレが担当する。リセルちゃんは戦闘準備を整えておけ。1/3を切ったら役割交代だ」
「わかりました」
「よし、いくぞ」
リセルが前で、一歩後ろをグラムがついて行く。
いつでも攻撃できるように彼女は右手に《イフリトの剣》を持つ。
探索を再開して一分も経たずにグラムは声をだす。
「リセルちゃん、敵だ。しかもパニックベアだ」
「なっ!?」
「数は五」
「私が三っつやります」
「頼む。オレは崖側の二つをやる」
そして戦闘が始まる。
混乱の魔法だけでなく、パニックベアは巨大な図体のくせに俊敏に動ける。
油断できない敵だ。
しかしそれは並の冒険者の話で、二人には関係ない。
「しゃらくせぇっ!」
《オルクスの破槌》を横に払う。
直撃を受けたパニックベアが吹き飛ばされる。
飛んだ先でガラガラッと音を立てて絶命した。
.........。
......。
...。
ピチャ。
「...ぅう」
ピチャ。
「ぅあぁ」
ピチャ。
「...ここは、どこだ?」
目を覚ます。
いや、目玉が無いので意識を覚ますが正しいか。
「起きたか?」
「グラム、さん」
懐かしく、安心する声だ。
「いま治療しているから動くなよ」
「分かりました」
ゴリ。
ピチャ。
ガリ。
ビチャ。
「...変な音ですね」
「心配するな。お前は休んでいればいいんだ」
「ああそうですね。ここ数日、死にそうな程走り回ったから疲れて、休みたかったんですよ」
「そうか。二度寝でもしていろ」
「...はい」
安らかなまどろみに身を委ねる。
ドクン! ドクン! ドクン!
―――?
心は平穏なのに心臓は爆音を鳴らして血を全身に行き渡らせている。
まるで蝋燭の最後みたいな激しさだ。
「グラムさん。何か、変じゃないですか?」
「気にするな」
「あ、はい...」
【探知】
何かが左足に纏わりついている。
何かって近くにいるのはグラムさんだけだ。
ブチ、グシャ、ムシュ。
「何を、しているんですか?」
「治療だ」
おかしい。グラムさんは確かに熊みたいな大男だったけど、こんなモサモサしてない。むしろハゲていたぐらいだ。
意識が鮮明になるにつれて異常に気づいていく。
まるで霧の中を彷徨っているようだ。
これは、まさか...【異常回復】。
霧が薄れる。
やっぱり!
【異常回復】。
【異常回復】。
おぼろげだった意識に光が差し込む。
「【探知】!」
信じられない情報が頭に流れ込んでくる。
俺はいま、左足を食われている。
「《ショートソード》!」
右手に召還した剣で、左太ももを堪能している熊を刺す。
しかし。
剛毛と皮に守られ、刺そうとしても滑ってしまう。
「ウガ?」
熊が顔を上げる。
目はないけど、確かに目が合った気がした。
瞬間。
キーン!
と熊とは思えない高音を発する。
また意識が...この音、混乱の魔法か。
「【異常回復】【異常回復】」
また幻の世界に包まれる寸前で、霧の浸食は止まる。
熊は俺が魔法を受けたと勘違いして食事を開始する。
チャンスだ。
「死ねぇぇええ!!」
皮膚が刺さらないなら、目だ。
熊の絶叫が反響する。
どこかの洞穴にでも俺を連れて来ていたようだ。
悲鳴がよく響いた。
眼窩にショートソードを突き立てられ、のたうちまわる。
生産魔法の〔ブック〕と違い、剣は手を離れても消えないようだ。
だが命じれば取り戻せる。
熊の息が荒くなる。
激しい怒りを感じながら、のっそりと起き上がる。
四本足で硬い石床を踏みしめる。
それは突撃の構え。
混乱の魔法が効かないと判断したのだ。
「こいよ熊。俺はな、死ねないんだよぉぉ!!」
彼我の距離はあってないような短さ。
二歩で熊のスピードはマックスに到達し、強靭な顎を開く。
俺の血と肉の残骸が付着した鋭利な歯が並んでいる。
でも恐怖なんてない。
もう慣れた!
「《ショートソード》」
迫り来る死の寸前。
目を突き刺した剣が消え、俺の右手に新品同様となって召還される。
「これでも食べてろぉぉおお」
開いた口めがけて突き出す。
ショートソードは喉奥を突き刺し、首裏から血に濡れた剣身を外気に晒す。
しかし、この一撃でも命を絶つには足りない。
元来熊とは生命力が非常に高い生き物だ。
現に眼前の熊も死んでいない。
喉に剣が刺さっても、これをチャンスとばかりに顎を閉じる。
右腕の根元に歯が食い込む。
ヘルバウンドみたいに首を回して引きちぎる必要もないほどに熊は強靭だった。
まるでギロチンのようにストンっと口は閉じられた。
歯の隙間のおかげで数筋の肉と数本の血管が辛うじて胴体と繋がっている。
だがそれだけで、ほぼ右腕は食い断たれた。
激痛と、捕食されるという生物の根源的恐怖が意識を塗りつぶそうとする。
しかし。
それでも。
「まだだぁぁああ!!」
【火の魔法】
燃やす起点は俺自身の右腕。
ゴォォオオ!!!!
閉じられた熊の口内を炎が蹂躙する。
それは生き物の口腔を材料とした炉。
歯の隙間から火が吹き零れる。
喉奥に刺さったショートソードが熱せされて赤く輝く。
間近で肉が焼かれ、その匂いが充満する。
高温の空気を吸った喉が焼ける。
【火の魔法】
火を重ねる。
熊の頭部が赤く染まり、鼻から火が飛び出す。
火の通り道となった鼻腔、そこに近かった眼球がまるでチーズを焼いたように崩れる。
【火の魔法】
さらに火を重ねる。
目玉を焼いた熱は伝播し、ついに脳を沸騰させる。
死ねぇぇええ!!
ついに。
熊はプスプスと白い煙を出しながら絶命した。
ぐらり、と体から力が抜け、倒れる。
「がはっ...」
燃焼で洞窟内の酸素を消耗してしまった。
吸ってはいけないが、生きていくためには呼吸をしなければならない。
勝利の余韻に浸ることも出来ず、窒息の苦しみが身を蝕む。
誰か、助けて、くれ...。
入り口に向かって叫ぶ。
しかし声は出ず、想いは届かない。
届かないどころか不幸を運んできた。
巨大な質量がぶつかったような衝撃が洞穴を揺らした。
衝撃波は凄まじく、洞穴は崩落する。
岩が降り注ぐ。
俺は生き埋めになった。




