黒い熊
目玉は溶け、左腕は噛み千切られ、右腕は焼かれ、左足は骨が飛び出している。
「グルゥゥウウ」
「少しは休ませてくれよ...」
立ち上がることは出来ない。
体重を乗せられないからショートソードは不要だ。
倒すには【火の魔法】しかない。
「俺も大概だが、お前もボロボロだな」
【探知】で調べたヘルバウンドの状態は酷いものだった。
右前足は折れ、胴体には多数の打撲、一箇所だけ内臓まで至る穴まで開いている。
どうやら俺を追いかけてくるために川へ飛び込んだようだ。
残ったのはボス一頭。
「その執念、呆れを通り越して尊敬するぜ。でも、いい加減終わらせようぜ」
お互い満身創痍。
悠長に戦っている余裕などない。
ヘルバウンドが口を開き、火を球状にまとめ始める。
肌を焼かれる痛みがあれば、方向はわかる。
【探知】の魔法をこれ以上使用せず【火の魔法】に尽力する。
「【火の魔法】【火の魔法】【火の魔法】」
幾重にも魔法を発動させる。
発射はせず、ただただ熱量を上げていく。
頭上にはヘルバウンドよりも巨大な火球が浮かぶ。
放熱が頭を焼くが、すでにツルッパゲの黒こげだ。
気にする必要なんて無い。
MPが高速で減っていくのが分かる。
残りなんて気にするな!
この一撃に全てを込める。
ついにMPは切れ、多重魔法は完成する。
「いっくぞぉぉおお!!」
二つの火球が放たれる。
示し合わせたように両者の中間点で激突する。
ふっと全てが真っ白に燃え上がる。
次に衝撃波が木を根っ子から吹き飛ばし、川の水を蒸発させる。
俺は木の葉のように飛ばされる。
しかしそれでも余波としては弱い方だった。
火力勝負は俺が勝ったのだから。
火球はヘルバウンドの火球を打ち砕いた。
勢いは相殺せずに飲み込み、進む。
膨大な熱量と衝撃に圧せられて、ヘルバウンドは悲鳴も肉も骨もなにもかも残さずに焼失した。
「俺の...勝ちだ」
元いた場所から十メートル後方で勝利宣言する。
ははっ...かった...勝ったんだっ!
もう体が動かない。
無理に無茶を積み重ねた。
キーン、と爆音で潰れていた耳が聴力を取り戻し始める。
ザッザッ、と地を踏みしめる音が鼓膜を揺らす。
MP切れで【探知】の魔法を発動できない。
目がないのに、つい癖で顔を上げて捜してしまう。
「おい! 大丈夫か! ひどい怪我だな」
「...あ。ああ。グラム、さん」
懐かしい、野太い熊みたいな声だ。
別れてからの時間は三十時間程なのに懐かしい響きだった。
「もう安心しろ! 安全なところに今運んでやるからな」
「おねがい、します」
安心したら睡魔が襲ってきた。
もう抗う必要はない。
グラムさんが俺の足を咥える。
そして引きずる。
地面と擦れて、背中や尻が痛む。
なんで...こんな運び方、なんだろ...?
消える寸前の意識の中、【探知】よりもMP消費の低い【把握】を発動する。
分かったのはグラムさんがなぜか四速歩行で、けむくじゃらだってことだった。
そして―――俺は眠る。
.........。
......。
...。
「すみませんっ!!」
フレイヤが冒険者ギルドに駆け込んだとき、一階は喧騒に包まれていた。
平時よりも明らかに多い冒険者達に彼女は一瞬いぶかしむが、すぐに役目を思い出してカウンターに走り寄る。
「ど、どうされました...」
彼女の焦った形相に受付嬢の営業スマイルが引く。
「私はヘルバウンドの依頼を受けていたグラム一行のフレイヤです! 数頭討伐に成功しましたがボスの一頭を逃してしまいました」
「それは...!?」
顔が凍る。
「ユルグス森林の谷底を流れる川に逃がしてしまったのっ! ヘルバウンドの執念深さを考えると死んでいるとは思えない!」
「アワランス川の支流の一つですね...その下流だとすると...」
「今のが中間報告! そしてこれからが一番大事なんだけどグラムさん名義で緊急依頼を出すわっ」
「え!?」
驚きは受付嬢だけで済まずに、周囲で騒いでいた冒険者達まで波及する。
フレイヤが大声で詰め寄っていたため、内容を聞かれていたのだ。
「グラム様の...」
「緊急依頼、だと」
「しかも討伐依頼中のだぞ」
冒険者達が慌てだす。
彼らを無視してフレイヤは続ける。
「私たちの身内がヘルバウンドに追われているようなの! 現在の生死は不明! 知っている時点でもかなり危ない状態なの! 依頼内容はその身内の捜索。時刻は今からすぐ! 条件はなし! 報酬は参加で銀貨十枚。発見で金貨十枚! 生きていれば追加でさらに金貨十枚!」
「「「――――――!!」」」
破格の条件にギルド内部がどよめく。
フレイヤもかなり美味い内容だと自負する。
普通の冒険者ならまず食いつく。
だというのに。
「...あれ。なんで、だれも参加しないのよ」
手が挙がらない。
声が挙がらない。
みんな目を背ける。
「フレイヤ様、実は...」
受付嬢が言いづらそうに切り出す。
「さきほど複数の冒険者からアワランス川周辺でパニックベアが確認されました...」
「は? え、ちょ、ちょっと! パニックベアなんてダンジョンきっての厄介者じゃない!」
混乱の魔法を得意として幻覚幻聴で惑わす黒い熊。
そして混乱状態の獲物を住処に運び、ゆっくりと食事を堪能するグルメな魔物である。
一人で相手をすると、知らぬ間に混乱にかかって気づけば腹の中。
ソロ殺しの異名を持ち、冒険者達の一つの壁だ。
「一ヶ月前の『勇者の撤退』を受けてダンジョン内の魔物討伐が後回しになってしまい...」
勇者の撤退。
王都で祝福された勇者がダンジョン攻略を目標に掲げて広く冒険者を募った。
ダンジョンに潜ってから二ヵ月後。
多数の死傷者を出し、結果は撤退。
世界の人々に衝撃を与えたのはつい一ヶ月前の出来事だ。
「ヘルバウンドやパニックベアはおそらく、その影響だと―――」
「ギルドでしょっ!! そういうのを管理するのがあんた達冒険者ギルドでしょうがっ!!」
「ひっ。す、すみません」
受付嬢に怒鳴っても仕方ないと分かっていながら、フレイヤは自身の感情を抑えられなかった。
アスト―――彼には言わないといけない事がたくさんある。謝らないといけないこともある。
「あんた達も冒険者でしょ!? 魔物にビビッて男らしくないっ!!」
見た目だけなら十三歳の小柄な美少女である彼女が、血に泥に塗れてきた冒険者達をなじる。
「無謀は馬鹿がすることだ」
「っ! 今言ったの誰!?」
返答は静寂。
「冒険者は冒険しない」
「ぐっ!!」
またしても正体不明の野次が飛ぶ。
怒鳴り散らしたいけど、彼女の冷静な部分は正論だと認めて二の句が出ない。
今はもう日が暮れている。
夜の森、ヘルバウンドのボスと数が不明のパニックベア。
どう考えても危険だった。
「じゃ、じゃ! 報酬は倍よっ。これならどう!?」
「―――」
「三倍!!」
「―――」
「ああもうっ! 十倍よ!」
「―――」
反応は無い。
フレイヤはこの街でトップクラスの冒険者だ。
そんな彼女が死に物狂いで出す依頼など、特大の危険だと宣伝しているようなものだ。
ただでさえここにいるのは『勇者の撤退』で残った敗残兵みたいな冒険者達なのだから。
怯え、慎重になった兎の群れなのだ。
「もういいわ!」
「フレイヤ様っ!」
「依頼は出さない! もうあんた達を頼らないからっ」
バタンッ!!
ギルドの扉を力いっぱい閉じて駆け出す。
向かう先は彼がいると思われる森。
(お願い! 生きてて...)
☆ステータス
フレイヤ・ユーフェルミナ
称号『嬢』 役割:魔法使い
職業:冒険者 階級:二級
Lv28
HP 265/265 MP 344/344
物攻 197 物防 200
魔攻 411 魔防 352
俊敏 157 耐久 187
武装魔法
壱 《水竜の杖》 弐 《嵐精の杖》 参 《オルビットのローブ》
支援魔法
○【物理上昇Lv5】【魔法上昇Lv15】【俊敏上昇Lv5】【耐久上昇Lv5】
→【身体強化Lv10】
○【HP回復Lv10】【MP自動回復頻度Lv14】【異常回復Lv10】
→【HP自動回復上昇Lv3】【MP自動回復上昇Lv7】【異常自動回復Lv1】
○【火の魔法Lv23】【水の魔法Lv50】【木の魔法Lv50】【金の魔法Lv25】【土の魔法Lv31】
→【海の魔法Lv15】【嵐の魔法Lv35】
○【毒の魔法Lv5】【痺の魔法Lv5】【乱の魔法Lv5】
→【魔法低下Lv7】【俊敏低下Lv6】【耐久低下Lv6】
○【火の耐性上昇Lv10】【水の耐性上昇Lv10】【木の耐性上昇Lv10】【土の耐性上昇Lv10】【金の耐性上昇Lv10】
→【全耐性Lv1】
○【察知Lv10】【探査Lv10】【把握Lv14】【精査Lv12】【隠匿Lv5】【霧消Lv5】【剥取Lv5】【伝達Lv24】【指示Lv4】
→【探知Lv1】【地図Lv2】【鑑定Lv2】【解体Lv1】
○【縮小Lv10】【拡大Lv10】
→【収納Lv4】
○【範囲拡大Lv12】【対象拡大Lv10】【規模拡大Lv18】
生産魔法
〔水〕〔生活水〕〔食肉〕〔家〕〔家(簡易)〕〔テント〕〔飲み水〕〔布〕〔綿〕〔HPポーション〕〔MPポーション〕〔毒薬〕〔痺薬〕〔乱薬〕




