『升』称号
「さて、どうしたものか」
勢いで飛び出した俺は途方に暮れていた。
グラムと別れた後、そのまま街を出ることにした。
冒険者ギルドを薦められたが、いまはリセルから距離を置くのを優先した。
冒険者には他の街でなればいいと楽観していた。
城門では騎士が目を光らせていたけど、出て行く分に税はかからなかった。
そうして心の熱があるままに走り続けたのだが、すぐにバテた。
やっぱり体力のない体だった。
街道の脇で木に寄りかかり、現在は休憩している。
「金貨が五枚か」
休んでいる間にグラムから渡された小袋の中身を数えた。
貨幣価値が分からないので多いのか少ないのか分からない。
ただグラムはこれでしばらく生活できると言っていた。
金貨一枚を十万円だと考えると五十万でちょうど良さそうな数字になる。
もしその仮定が正しかったら後でちゃんと返さないと。
というか五十万もぽいっと渡せるなんてグラムさん金持ち。
「あとはステータスか」
ステータスを表示して自身の低い能力に絶望する。
Lv1だからしょうがない。Lvを上げればそこそこの数値になるはず。
魔物を倒していけば最強になれる、はず、きっと、たぶん。
自分を慰める。
「そういえば称号があったな」
気分転換に称号をタッチする。
現在装着している『黒』の称号は補正がないので変える。
獲得称号一覧を表示する。
「......『黒』しかない」
画面の左上に『黒』があり、あとは全て『未解除』で埋まっていた。
「まじかよ...ん? スクロール出来るのか」
思っていた以上に称号の数は多いようだ。
下に下にと見ていくけども、やはり『未解除』だけだった。
諦めかけた瞬間。
「お? なんだこれ―――『升』?」
スクロールした一番下にその称号はあった。
詳細画面を開く。
称号詳細説明
名称『升』
効果:成長時の能力上昇値10倍 必要経験値及び習熟度1/10 獲得経験値及び習熟度10倍(一度この称号を外すと消滅します)
条件:異世界から転生する
「チートきたぁぁああ!!」
ひゃっほぉぉおお!!
やばい、やばいよ!
ちょー強いの来たよ!
「おっしゃああ!!」
「......」
通りがかった商人が変質者を見るような目を向けてくるけど俺のテンションは冷めない。
リセルの『姫』が1.5倍だったのに俺は10倍かよ!
インフレしすぎだろ!?
でも、一度外すと消滅するのかよ...カンストまで付け続けよ。
アスト・ヴェルホロウ
称号『升』 役割:剣士
職業:平民 階級:五級
Lv.01
HP 10/10 MP 12/12
物攻 8 物防 9
魔攻 6 魔防 7
俊敏 9 耐久 8
武装魔法
壱 《ショートソード》 弐 《登録なし》 参 《登録なし》
支援魔法
【なし】
生産魔法
〔なし〕
「よし! さっそく魔物狩りだ」
いますぐ試したい。
道から森へと侵入する。
チート称号を手に入れたことで気が大きくなる。
とりあえずゴブリンなんかの初心者用魔物を倒そう。
森に入って五分もすると街道は見えなくなり、三十分もすると道ならぬ道になった。
「つ、疲れた」
デブの宿命。
前世では貧しかったので太った経験がない。
まさかここまで大変だとは思わなかった。
いや単純に運動不足か。
「休憩にしよう...」
手ごろな大木に近づき、腰を降ろす。
ドスッ、プチッ。
「ん、なにか踏んだか」
疲労のため、よく見ずに座ってしまった。
腰を上げると青色の大きなカナブンみたいな虫が潰れていた。
「うわぁ...服が汚れちまった」
パンパカパーン!!
どこからか場違いなファンファーレが鳴り響いた。
もしかしたら、と恐る恐るステータスを開く。
アスト・ヴェルホロウ
称号『升』 役割:剣士
職業:平民 階級:五級
Lv.03
HP 64/64 MP 65/65
物攻 41 物防 45
魔攻 38 魔防 39
俊敏 40 耐久 38
武装魔法
壱 《ショートソード》 弐 《登録なし》 参 《登録なし》
支援魔法
○【物理上昇Lv2】【耐久Lv2】
○【打の技術支援Lv2】
生産魔法
〔なし〕
「カナブン一匹でLvが2も上がったのかよ!」
もしかして『升』って、チートどころかぶっ壊れ称号なんじゃ...。
あまりに強い効果に冷や汗が流れる。
「い、いや! 強い分には問題あるまい」
こりゃあ異世界チーレムが始まっちまうぜ!!
調子に乗り出した。
それはフラグだった。
俺の声に釣られたのか、はたまたカナブンの死体に釣られたのか。
今度は体長三十センチのネズミが草むらから出てきた。
「うわ、デカ、きも!?」
目の前の魔物はリアルなネズミを巨大化させた外見だった。
「《ショートソード》!」
剣を取り出して構える。
前世で剣を持ったことなど無い。
だけど傘で模擬練習はした。
見よう見真似で正眼の構えをとる。
「シャァアアア!!」
「っ!」
突撃してきたネズミの速さに驚く。
びびって剣を振れなかった。
「うがっ!?」
ネズミが左腕を噛む。
ズブッと歯が肉に食い込む感触を味わう。
「く、くそっがぁぁああ!!」
剣を捨てて右手でネズミの首を握る。
我武者羅になって力を入れる。
「キシャァぁ...」
ネズミの悲鳴が右手に力を加える毎に小さくなっていく。
「離せよ!!」
精一杯の握力を発揮すると、指がネズミの肉に食い込んだ。
前世で生肉をネチャネチャと掻き混ぜた事を思い出した。
「死ねっ」
最後に気力を振り絞ると、ネズミの体から力が抜けた。
「はぁ...はぁ...いてぇ」
パンパカパーン。
またしてもLvUP音が鳴るけどそれどころではない。
二の腕には歯型が刻まれ、おびただしい血が流れている。
「これは、ヤバイ...回復しないと」
Lvが上がれば全回復、なんて優しい世界ではなかった。
リセルに教わった回復魔法を思い出す。
「習得には理解が、必要だったか」
見るに耐えない患部を、腹に力を入れて直視する。
震える右手で自分の肉を触る。
「うげっ」
痛みに耐えながら傷の度合いを診察する。
左腕に力を入れると筋肉が大きく動く。
それを見て、自分の肉体であることを忘れて吐きそうになる。
胃から昇ってくる不快感を気合いで飲み干す。
「これが肉で、これは骨か...?」
学生自体に保健体育で習った人体構造を思い出す。
傷ついた現状と、習った健常な状態とを意識する。
両者の差を認識し、健常な方に上書きするイメージを深く、深く脳に刻み込む。
パンパカパーン!
「よしっ!」
確認しなくても分かる。
魔法を習得したのだ。
「【回復】! 【回復】!! 【回復】!!!」
.........。
......。
...。
アスト・ヴェルホロウ
称号『升』 役割:剣士
職業:平民 階級:五級
Lv.07
HP 94/153 MP 12/147
物攻 124 物防 120
魔攻 119 魔防 124
俊敏 108 耐久 136
武装魔法
壱 《ショートソード》 弐 《登録なし》 参 《登録なし》
支援魔法
○【物理上昇Lv6】【耐久上昇Lv6】
○【HP回復Lv8】
○【把握Lv2】【精査Lv2】
○【打の技術支援Lv2】【刺の技術支援Lv2】
生産魔法
〔なし〕
「MP切れか。でも、なんとか動きはするな」
左手でグーパーグーパーを繰りかえす。
二の腕の歯型はまだ残っているが浅くなっている。
「失敗した...」
チート称号で調子に乗った。
どれだけすごい能力を得ても中身は変わっていない。
命を賭けた戦闘や狩りの経験なんてない。
どうしても腰が引けてしまう。
「うぐっ。なん、だ...おえっ」
突然、吐き気に襲われる。
抗えずに嘔吐してしまう。
気分は楽にならず、それどころか眩暈もしてくる。
熱も出てきた。
「もしかして...毒かっ!?」
ネズミの死体を見る。回復のために二十分ほど放置していたが、ハイエナがやってこない。
森の生物は経験から毒を理解して死肉を漁ったりしなかった。
思い出す。
ネズミの首に指を刺し込み、肉や血を浴びた。
水で洗うこともせずにそのまま患部に触ってしまった。
さらには怪我の原因であるネズミの歯、そして唾液を受けている。
「ふぅー。落ち着け俺」
深呼吸を三回、ゆっくりと行う。
「よし。要領は回復と同じだ。毒回復がきっとあるはずだ」
二回目となるとコツも分かってくる。
重要なのは状態の確認だ。
病を負った状態と健康な状態を意識して、健常で上書きするイメージだ。
俺は持てる限りの知識を動員する。
ネズミが絡んだ感染症を思い出せ。
鼠咬症やツツガムシ病、ペストワイル病ハンタウイルスなど。
それらを今の健康状態と照らし合わせ、治癒するイメージを強く思い込む。
.........。
......。
...。
パンパカパーン。
「っしゃ! 【毒回復】【毒回復】【毒回復】!」
アスト・ヴェルホロウ
称号『升』 役割:剣士
職業:平民 階級:五級
Lv.07
HP 48/153 MP 5/147
物攻 124 物防 120
魔攻 119 魔防 124
俊敏 108 耐久 136
武装魔法
壱 《ショートソード》 弐 《登録なし》 参 《登録なし》
支援魔法
○【物理上昇Lv6】【耐久上昇Lv6】
○【HP回復Lv10】【異常回復Lv3】
→【HP自動回復上昇Lv1】
○【把握Lv5】【精査Lv5】
→【鑑定Lv1】
○【打の技術支援Lv2】【刺の技術支援Lv2】
生産魔法
〔なし〕
「熱はない、倦怠感もない、気持ち悪さもない。治ったか」
木に体を預けて、大きく息を吐く。
顔を上げれば空は茜色だった。
もうじき夜が来る。
「まずい。けど動けないな...」
HPの消耗が著しい。
回復しようにもMPが足らない。
今夜は動かず、息を殺して過ごすしかない。
「......」
パンパカパーン。
アスト・ヴェルホロウ
称号『升』 役割:剣士
職業:平民 階級:五級
Lv.07
HP 48/153 MP 5/147
物攻 124 物防 120
魔攻 119 魔防 124
俊敏 108 耐久 136
武装魔法
壱 《ショートソード》 弐 《登録なし》 参 《登録なし》
支援魔法
○【物理上昇Lv6】【耐久上昇Lv6】
○【HP回復Lv10】【異常回復Lv3】
→【HP自動回復上昇Lv1】
○【把握Lv5】【精査Lv5】【隠匿Lv1】【霧消Lv1】
→【鑑定Lv1】
○【打の技術支援Lv2】【刺の技術支援Lv2】
生産魔法
〔なし〕
グッドタイミングで隠匿魔法を覚えた。
「【隠匿】」
体がうっすらと透ける。
透けている間は隠匿の効果があるようだ。
消費MPは5でギリギリだった。
大木の根と根の隙間に体を隠した。
そしてじっと身動きせず、夜が明けるのを待つ。
MPが回復すれば【隠匿】と【HP回復】を繰り返す。
不気味な鳴き声が森に響くたびに、恐怖で体が震える。
両手で痛いほど体を掴み、震えを止める。
カチカチと歯が音を立てる。
グーと鳴る腹を殴って止める。
カサッと草木が揺れる度に顔を上げて警戒する。
そうやって一晩を寝ずに過ごした。
翌朝。
「眠い...腹が減った」
朝日を浴びたことで意識がはっきりしてくる。
「街に戻らないと」
重たい体を起こし、周辺の確認をする。
そしてステータスも見ておく。
アスト・ヴェルホロウ
称号『升』 役割:剣士
職業:平民 階級:五級
Lv.07
HP 153/153 MP 102/147
物攻 124 物防 120
魔攻 119 魔防 124
俊敏 108 耐久 136
武装魔法
壱 《ショートソード》 弐 《登録なし》 参 《登録なし》
支援魔法
○【物理上昇Lv6】【耐久上昇Lv6】
○【HP回復Lv19】【MP自動回復頻度Lv10】【異常回復Lv3】
→【HP自動回復上昇Lv7】【MP自動回復上昇Lv4】
○【察知Lv7】【探査Lv5】【把握Lv12】【精査Lv5】【隠匿Lv18】【霧消Lv18】
→【探知Lv4】【地図Lv1】【隠蔽Lv7】【鑑定Lv3】
○【停止Lv10】
○【打の技術支援Lv2】【刺の技術支援Lv2】
○【範囲拡大Lv3】【対象拡大Lv3】【規模拡大Lv3】
生産魔法
〔なし〕
「...あれ、なんか凄くね」
身に覚えの無い魔法が多い。
リセルの話では習得に理解が必要で、その先は習熟度を上げるはずだった。
Lv1なら納得できるけど、ステータスを見ると多くがLv2以上だ。
「もしかして...詠唱いらないのか」
常時発動型、または無詠唱で発動させていたのか。
どちらにせよ強くなるのなら文句は無い。
「試しに使ってみるか【地図】」
頭の中に、自分を中心とした俯瞰図が描かれる。
「すごいな...というか、街道からそんなに離れてないのか」
死すら覚悟した一夜だったが、直線で一キロぐらいのところに街道があった。
パンパカパーン。
「はいはいLvが上がったのね。もう煩いから音消せないかな」
あまりに頻発するので煩わしくなってきた。
ステータス画面を上から下まで隅々チェックすると設定欄を発見した。
そこにはファンファーレの音量設定があったので無音にする。
本当にゲームみたいだな。
でもネズミに噛まれた痛みも、毒の苦しさもあった。
非現実的だが、確かに現実だった。
「とりあえず街に戻ろう」
リセルと鉢合わせする可能性はあるけど、それよりも命が大事だ。
街へと戻るために足を踏み出そうとして、不意に悪寒がやってくる。
本能に従って咄嗟に飛びのく。
それは正解だった。
黒い犬が飛び掛って来ていた。一瞬前まで立っていた場所に着地する。
避けるのが一秒でも遅ければ、犬の鋭い爪が俺の背中を引き裂いていただろう。
「グルゥゥウウ」
「次から次へとクソがっ! 《ショートソード》」
同じ轍を踏んでたまるかっ! 今度こそ―――無傷で殺す。




