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魔物最強

 ティアと魔王の戦闘が始まった。


 俺は目を瞑り、考える。

 あの魔王を倒す手段。


 倒すには《紅染の重鎧》を打ち破らねばならない。

 最高の盾。

 矛盾の盾。


 最大の攻撃で立ち向かうしかない。


 ステータスを開く。

 選択するのは称号。


 だいぶ世話になったな。


 『升』の称号。

 成長に特化しているために戦闘時では効果が薄い。


 もうLvはカンストしてステータスの上昇は期待できない。


 習熟度の成長増加を捨てるのは嫌だけど。


 『升』を選び、〔外す〕の表示を押す。


 〔この称号は一度外しますと消滅します。それでもよろしいですか?〕

 〔はい〕〔いいえ〕


 触る指に震えは無い。


 〔はい〕


 短い間だったけど今までありがとうな。『升』のおかげでここまれた。

 代わりに装備するのは『銃』。

 MPを消費して銃の攻撃力を上げる称号だ。


 あとは【再生】と【身体強化】なんかの能力上昇魔法を使わないとな。


 じっとたえる。

 意識の外で、ティアが戦っている。

 いますぐにでも助けに行きたい。

 でも未だに下半身の再生は途中。


 ...悔しい。ああ母さん、悔しいよ。


 非力さを感じる。

 心臓が握りつぶされたような痛みに負けてしまいそうになる。


 だけど、たえる。

 ティアに教わり、彼女は今もその生き様を貫いている。


 ...たえろ。たえろ。たえろ。


 悔しさを心に溜め込め。

 それは来るべき時に燃やすための燃料だ。

 どこまで熱くなれるように。


 そのために唇を強く噛み締める。

 この痛みが熱に替わると信じて。


 .........。

 ......。

 ...。


 ティアは軽かった。

 しかしそれでも苛烈な魔王の攻撃にたえた。

 その想いの重さは計り知れない。


 体を寝かせてあげる。

 ポタ、とティアの顔に俺の唇から垂れた血がついてしまう。

 心で謝罪しながら拭き取る。


 魔法はイメージの強さに影響される。

 【再生】の魔法で下半身を治療したが、服や装備も元に戻っている。

 それはリセルに選んでもらった大切な物だから。

 一心同体だから再生する。


 唇の傷を【回復】で治す。

 でも、痛みは忘れない。

 この痛みが魔法を強くしてくれる。


 向き合うはフルプレートアーマー姿の魔王。

 魔物の中の王だ。

 それは最強に相応しい。


 能力は全て限界。

 強いと驕っていた俺自身のステータスよりも、全てにおいて倍以上の強さ。

 天を衝けとばかりに伸びた『赤尖塔』のボスに相応しい。


 アスト...歴然とした能力差はキツイよな。


 姉の能力と比べられたアスト。

 いま俺はアストと同じ場所に立っている。

 アストとリセル。

 俺と魔王。


 よく見ておけよ。


 この肉体の目でしっかりと。

 鼻で嗅いで、肌で感じろ。

 耳で聞いて、血を味わえ。

 魂は『赤尖塔』を望める丘の上にある。


 さぁ挑もう。

 能力差を覆してみせる。


 《レミントンM870》


「いくぞっ!」


 俺は駆け出す。


 初手奥義。

 先刻の意趣返しだ。


 『銃』の効果で残りのMP全てを銃の威力に変換する。


 レミントンが火を吹く。

 称号によって強化された散弾が直撃する。


「なっ!」


 無傷。

 銃弾を受けて一切の被害なし。

 これ以上の一撃はない、全力の攻撃だった。


 俺も馬鹿じゃない。

 この攻撃は試金石だった。

 どれだけ《紅染の重鎧》が硬いかの確認。

 ティアがたえてくれた事で回復したMPを使った。

 初手だからこそ全力を出せたが、結果は通じず。


「む―――」


 いや、一歩。

 たった一歩だけども、魔王を後ろに退かせた。


 もっと、くらえぇー!!


 ドンッ!

 ドンッ!

 ドンッ!

 ドンッ!

 ドンッ!


 ダメージはない。

 蓄積もない。


 弾が切れたっ! レミントンじゃだめだ!


 《M60》


 秒間五発の機関銃。

 プロミネンスドラゴンも数秒で蜂の巣にした弾丸の壁が作り出される。


 ドドドドドドドドドドドドドドドド。


 マズルフラッシュで視界がチラつく。

 まるでコマ送り映像を見るように魔王が一歩、一歩と押されていく。


 一発で楽に人を殺せる銃弾を百発打ち込んだ。


 しかしこれでも届かない。


 《L96AWA》


 スコープを覗く。

 レティクルの中央に映るのは魔王の頭部。

 トリガーを引く。


 金属の弾が甲冑に当たる音―――が鳴らなかった。

 全ては『紅』に染まり、吸い込まれる。

 ほんの少し、衝撃で頭を上に向かせる事しか出来なかった。

 それは天気が良い日に空を見上げるような、そんな些細な動き。 


 武装魔法三種。

 称号を変えてまで挑んだ。

 MPを最初で使い切って攻撃した。

 戦果は距離を十メートルほど押しただけ。

 それは魔王の二歩でしかない。

 全力が、二歩と等価。


 強すぎるぞ! だが攻撃は当たってる。このまま押していけば勝機が―――。


「挑戦は終わりと見る。異あれば―――見せよ」


 魔王は両手を広げて攻撃を待っていた。


「...なん、だと」


 こいつ、攻撃出来なかったんじゃなくて、しなかったのか。


 てっきり銃撃の制圧で防御一辺倒なのだと思っていた。驕っていた。

 全力が二歩と等価。

 その評価ですら誇張だった。


 魔王は勇者に矛を向けた。

 それは守りの勇者だから。

 魔王は英雄に盾を構える。

 それは攻めの英雄だから。


 魔王は正々堂々と戦を行う。

 『赤尖塔』上層のコンセプト。


「...ははっ」


 笑うしかない。

 なんだよこの化物は。


「異は無しと見る。では参るぞ。我―――紅蓮をかえりみる赤の魔王」


 《紅蓮の剣》【紅蓮】


 魔王は《紅蓮の剣》を両手で持ち、ゆらりと右上段に構える。

 そこに流派はなく、技術もない。

 されど最強。

 人と同じ姿を持つ魔王はただ、振りやすいように振るだけ。

 それだけで超一流の剣技を超える。


 一歩。

 魔王は跳ぶ。


 思考ではなく体が、本能が反応する。

 《L96AWA》をコッキングし、次弾装填。

 即座に発射。


 キンッ―――。


 銃弾は空中で斬られた。

 断面に【紅蓮】が発動する。

 魔王の背後で割れた二つの弾丸の残骸が爆散する。


 着地。

 魔王が五メートル地点。


 《M60》


 召還により弾薬は補充され、銃口は冷えている。

 再び弾丸の面が形成される。


 キンッキンッキンッ―――。

 キンッキンッキンッ―――。

 キンッキンッキンッ―――。


 魔王は銃弾の雨を斬って斬り続ける。

 そこには余裕があり、そして流麗といえた。

 オーケストラの指揮者がタクトをふるっている。


 キンッキンッキンッ―――。

 キンッキンッキンッ―――。

 キンッキンッキンッ―――。


 甲高い音の一本調子。

 背後では爆発のティンパニーが叩かれる。


 キンッキンッキンッ―――。

 キンッキンッキンッ―――。

 キンッ―――――――――。


 閉幕。

 指揮者は観客に頭を下げる。

 それは一歩踏み出すために足を曲げたに過ぎない。


 二歩目。

 魔王が跳ねる。


「チート過ぎるっ!?」 


 《レミントンM870》


 銃を構える頃には至近距離に迫られていた。

 トリガーを引く―――前に《紅蓮の剣》は軌跡を描きだす。

 左下からの掬い上げ。


 カキンッ。


 レミントンが斬られた。

 斬鉄など児戯に等しいと魔王に感慨はない。

 切断面が泡立つ。


 爆発はさせるか!!


 即座に武装魔法を仕舞う。

 それは守る手段を失ったと同義である。


 振り切った《紅蓮の剣》が返す。

 その軌道は致死の一撃となる首を刈る線。

 死神の鎌は血ではなく《紅蓮》で染まっている。


 首を斬られたら【再生】では対応できない。

 これは人の核の問題だ。

 頭から体が生えるのか、それとも体から頭が生えるのか。

 俺の核は精神である脳なのか、身体である心臓なのか。

 イメージが出来ない。


 《紅蓮の剣》が首に吸い込まれる。

 ―――寸前。


 その凶刃は止まる。


「―――ほう」

「魔王を倒せとティアに頼まれたんでな。悪いが使わせて貰うぞ」


 《真紅のランス》を拾い、利用した。

 《紅蓮の剣》と同格の武器。


「『英雄』よ、死力を尽くせ。万策を採れ。受ける我は故に―――魔王」


 《真紅のランス》は魔王の武器だ。

 武装魔法なのだから召還し直せば、労せず無力化できる。

 しかし受けると言う。


 英雄は魔王を討つために矛を取れ。

 最強の矛があるのなら使って当たり前だと思っている。


 清々しいほどに堂々としてやがる...まるでこっちが悪者みたいだな。


 だけど悪者でも良い。

 それで魔王を倒せるのなら安いものだ。


 万策を採れ。


 ああ、その通りだなっ!!


 ランスを上に構える。

 それは武器として正しくない、間違った使用方法。

 剣道場でスイカ割りでもするかのよう心得違いの立ち姿。


 だが、これでいい。

 魔王は受ける。あれは、そういう存在だ。


 胴がガラ開きなのに魔王は攻撃を止めている。

 俺の一撃を打ち破ろうとしている。


 《紅蓮の剣》は斜め下。

 振り落とされるランスに真っ向から切り上げようとしている。


「【真紅】!!」


 《真紅のランス》が輝く。

 ティアを苦しませた超高音が、今度は持ち主に牙を向く。

 プロミネンスドラゴンが宿ったランスは魔王の誇り高き眷属ゆえに力を抜かない。

 本気で俺に呼応している。


 ―――主に勝って見せよと熱量を増していく。


 初撃でMPは全消費した。

 しかし武装魔法で時間は稼いだ。

 再び、そしてこれが最後。


 【真紅】

 【真紅】

 【真紅】


 多重に発動させる。

 ランスは真紅から赤に、光へと色を変えていく。


 これこそ最強の矛。

 超高温を超えた熱量が迸る。


 それゆえに諸刃。

 ランスを握る手が燃える。


 しかし高ステータスと【身体強化】【火耐性】【全体性】で焼失だけは避ける。腕が黒焦げになっても構わない。炭化しても構わない。

 ランスを握って振り下ろせれるば、あとはどうだって良い。


 もう【回復】と【再生】を使わない。

 そんな余分なMPは使わない。


 死力を尽くせ。


 ああ、本当に言う通りだよっ!!


「赤の舞台で挑む愚と雄を誇れ。我は魔王の―――赤」

「いっ―――くぞぉぉおお!!!」

 

 【紅】と【赤】

 【真紅】と【紅蓮】


 雌雄を決するため、いま混じわる。

 その激突は熾烈にして苛烈。


 ランスの形をした太陽が、剣の形をした爆発を押し込む。

 自己の体を燃やして照らす惑星が、星の誕生と終焉を担う爆発に挑む。


 ピキッ。


 それはティアやグラム、リセルとフレイヤが命を賭けて作った凹み。

 その歪みを《紅蓮の剣》は捉えた。


 僅かでも傷がつけば【紅蓮】が発動する。

 主の行く先を爆発させて均すが【紅蓮】の真髄。

 ティア達が終ぞ歪ませる事しか出来なかった《真紅のランス》にヒビが入る。

 入った傷が、さらに【紅蓮】で爆発する。

 始まれば終わるまで。


 ランスの破片が吹き飛ぶ。

 体に突き刺さる。


 まるで窓ガラスに飛び込んだようだ。

 破片が唇を刺して歯肉ごと歯を飛ばす。

 破片が頬を裂き、耳まで抜ける。

 突き刺さる破片は万物を溶かせと熱している。

 鳩尾から入った破片が酸に耐える胃を溶かす。


 足の表から裏へ。下腿からふくらはぎへ。

 膝から膝窩へ。鼠径部から臀部へ。

 目は潰れ、鼻も削がれた。


 深手なんかでは表せないほどの致死の傷を浴びる。


 痛いっ。痛いさっ!

 だけど―――痛みは熱に替えてやるっ!!


 悔しさで火を焚け。

 痛みを炎へ注げっ。

 想いを紅にくべろ!


 眼前の敵を燃やせと猛ろ!!


 【真紅】

 【真紅】


 順次回復したMPを全て攻撃に回す。

 持ち手の死力に応えてランスが崩壊寸前でありながら形状を維持する。


 ティアは俺の無茶な頼みに耐えてくれた。


 燃やせ燃やせ燃やせ。


 今度は俺が無理を通す番だろぉぉおお!!


 ドロッ。


 終わりの時が来た。


「む―――!!」


 初めて魔王が驚いた。

 ついに《紅蓮の剣》が溶け出した。


「いっ―――けぇぇええ!!」


 能力差を覆せ。

 才能差を覆せ。


 この体はアストだ。

 十三年間の生涯は絶対に短くない。


 くれよアストっ!!


 リセルの才能に嫉妬し憧れて、溜まっているはずだ。

 悔しさが。

 痛みが。


 燃料は十三年分ある。


 すっきりさせてやるよぉぉおお!!


 瞬間。

 火力が増大した。

 とても大きく。

 とても強く。

 輝く。


 そして―――。


 《紅蓮の剣》は完全に溶解した。

 死に花、とでも呼べばいいのか。

 《紅蓮の剣》は崩壊する直前で壮絶な自爆を敢行する。


 俺が生み出した熱は爆風を受けて上へと逸らされる。

 《紅蓮》は最後の最後まで主人である魔王に尽くす。


 熱と爆発は頂上の間を蹂躙して外へと逃げる。

 その威力は甚大でダンジョンの強大な膜を突き破る。


 ははっ。魂で見てるかアスト!


 丘から霞むほど遠くにありながら厳然と屹立する《赤尖塔》。

 いまその天辺は膜を突き破った熱で燻っている。

 窓の無い石壁に覆われた尖塔は、日本人ならお線香と例えるかもしれない。


 日本の文化なんてアストは知らない。

 これは坂本誠としての葬送だ。

 きっと誠意は伝わるだろう。

 これが鎮魂の灯火であると分かってくれるはずだ。


 ありがとな、アストのおかげだ。


 お墓を作った時と同じ。

 贈る言葉はそれだけで充分だ。


 バキッ。


 《真紅のランス》がバラバラに崩れ落ちる。


 よく耐えてくれたよ。ありがとな。


「《紅蓮》と《真紅》よ。我への忠義―――厚く感謝する」


 魔王は無傷。

 《紅蓮の剣》が繰り出した最後の一撃で、ダメージは軽減された。

 ならば《紅染の重鎧》に傷は付かない。


 対してこちらは両腕が焼失し、全身にいたってはランスの破片を浴びてグチャグチャだ。

 いまも【回復】と【再生】を使っているが、全快にはあと一分要る。


「俺の負けだ。流石だよ、魔物の王だけはある。『魔物最強』はやっぱり魔王だった」


 個の強さは最強だ。

 勝てない。

 だけど。

 それが諦める理由にはならない。


「グラム!!」

「応っ!」


 熊のような大男。

 熊は生命力が強い。

 そう簡単にやられる奴じゃない。


「見たい物を見せてやるよ。だから一緒に戦ってくれ!!」

「はっ、もう見せてもらったよ!」


 《オルクスの破槌》を掲げて笑う。

 一度だけ、意識を失い眠るティアをグラムは見ていた。

 胸が塞がった彼女を。


 ティアは起こせない。そもそも頼られたのだ。

 まだ応え尽くしていない。


「フレイヤ!!」

「はいっ!」


 小柄な少女。

 誰かに頼りきりだと自虐する少女はもういない。

 ここにいるのはたえて応える仲間だ。


「頼りにしてる! だから俺と一緒に立ち向かってくれ!!」

「もちろんです。私はどこまでも一緒です」


 それはフレイヤなりの恋のアドバイス。

 リセルの傍にいると誓ったフレイヤが、俺にどこまでもと言ったのだ。

 その意味を履き違える朴念仁ではない。


「リセル!!」

「うんっ!」


 アストの姉。

 俺の真剣勝負を受けてくれた優しい少女。

 いまも決着は着いておらず、ここで倒れるわけにはいかない。


「こんな前哨戦は早く終わらすぞ! だから俺と一緒に生きてくれ!!」

「わか―――って、え!? ちょ、ちょっとそれってどういう意味なのっ!!」


 潰れた目の治療優先度を上げておくべきだった。真っ赤に照れるリセルを見逃した。

 でも、慌てふためくリセルの様子が手に取るように分かる。

 こんな状況だけど楽しくなってきた。

 やっぱり俺はリセルが好きだ。


 これで死ねなくなったな。


 負けたというのに悔しさが湧かない。

 これから最強の敵に再び挑戦するのに不安がない。

 俺達なら絶対に倒せると確信している。


「俺は負けた。だけど―――勝つのは俺達だ!!」 


 《真紅》と《紅蓮》を失った魔王に残るは《紅染の重鎧》のみ。

 最高の盾を撃ち破ってみせる。


「諦めぬが『英雄』の証明。示せ―――唯一の我に無い権能を」


 『人類最強』と『魔物最強』。

 頂に立つ種と頂に座す主。


 これが正真正銘の最終決定戦。

 開始のゴングはなく、あるのは終了の鐘の音だけ。

 鳴らすのは―――。


 ―――俺達だッ!

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