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不倒の盾VS未到の矛

 鐘の音が響いた。

 耳にしたオルニアンの住人達は足を止めた。

 馬は嘶き、商人は金を落とした。

 門を守る騎士は槍を手放した。


 彼らは誰に言われた訳でもなく同じ方向を見る。

 ぼやけるほど遠い視界の先には天を衝く尖塔がある。


 美しい音色は人々の鼓膜を通り抜け、脳を揺さぶる。

 おぞましい響きだった。


 それは決して福音などではない。

 理性ではなく心で人々は理解した。


 あれは災厄の知らせ。


 膝を折って手を合わせる。

 目を瞑り、祈る。

 一人、一人と増えていく。


 ―――ああ何者かよ。災いより私達をお守りください。


 願いは深く、深く、深く。

 意識の最奥へと浸透していく。

 深層意識は魔気を揺らす。


 頭を垂れて願い頼む人は広がっていく。


 鐘の音は地平線を越えて轟いた。

 天の鐘が鳴ったのだから当然だった。


 世界中の人々は無意識に理解した。

 尖塔は見えない。

 でも、不思議と方向が分かる。

 魔気を介して繋がる。


 人々は手を止めて祈る。

 はじめは漣でしかなかった祈りは人と人との間を揺れ動き、大きくなっていく。

 うねりは世界をまわり、大波となって『赤尖塔』へと押し寄せる。


 ―――頼りよ届け。

 ―――応える者へと。


 .........。

 ......。

 ...。


 一分。


(私は勇者だ。魔物から人々を守る者だ!)


 眼前には魔物の首魁、魔王がいる。

 その身から迸るオーラは超常にして魔物の頂点で座す至高の王。


 なら、勇者がすべき事は決まっていた。

 守ることだ。


(決して魔王を倒すことじゃないっ! それは英雄の領分だ!)


 勇者は倒れず盾となって、たえることこそ勇ましさだ。


 五十五秒。


 『赤尖塔』の頂上、その前人未踏には達した。

 次は前人未到の番だ。


 ここに不倒の勇者と未到の魔王の戦いが始まる。


 魔王は武装魔法で装備を変更する。

 《紅蓮の剣》をしまい、かわりに取り出すは《真紅のランス》。


 気負い無く構える。

 ランスを持つ右手を後ろに、左腕を前にした半身。


 腰を捻る。


 そこから先はもう目で完全に追いきれない。

 左腕が下がり、右腕が稲妻のような速度で走る。

 消えた穂先が高速で近づく。


「《ガルドラの頑盾》!」


 激突は瞬きの間。

 矛と盾は交わった。

 その衝撃波は足から地に伝わり『赤尖塔』を震わせる。


「む―――」


 二度目の矛盾は盾の勝ち。


「我の一撃を逸らしたか―――見事」


 盾の反りで滑らせた。

 登場後の初撃は反応が間に合わなかったけど、こうして向き合っていれば捉えることは出来る。


(見るべきは穂先じゃないっ。魔王自身!)


 自動でランスが動く訳じゃない。

 なまじ魔王が人型であるから攻撃が読めてしまう。


(これならいける)


 五十秒。


 しかし、逸らしただけでもダメージを食らう。

 最初に刺されたわき腹の傷が広がった。

 身をよじるほどの苦しさを受けて、ティアは笑う。


(分かる。響いてる)


 痛みが、ではない。


(それだけじゃない)


 発動させている【回復】によって患部に魔気が集まっている。

 空気が気圧の低いところへ集まるのと同じだ。

 そして今の魔気は、平時と違う。

 世界から届く祈りの魔気だ。


(伝わってくる。ワタシは―――応えてみせる!)


 四十五秒。


「次は全身全霊の一撃を繰り出す。我に示せ―――誇りを」


 一歩距離をとる。

 その跳躍は一歩で五メートル。


 魔王は獲物を狩る豹のように身を伏せ、体に力を蓄える。

 上半身はビリヤードのキューを構えるように。

 下半身は短距離走のクラウチングスタートのように。


 ありえない体勢だった。

 ランスの突撃は高さを変えない。

 攻撃地点と突撃前の穂先は地面に平行である。


 それは人間の常識であって魔王の非常識だと嘲笑う。

 速ければ速いほど良いのだから足は極限まで曲げる。

 距離を稼げるのだから右腕は出来る限り後ろに引く。


 魔王のステータスはカンストだ。

 ただシンプルに速く、強く動ける動作を追及すればいい。

 これは全身全霊の一撃なのだから。

 

 スタートの合図など無い。


 ダッ。


 音は後。

 先に魔王が迫っていた。


 四十秒。


 《ガルドラの頑盾》


 魔王はあわや頑盾に頭突きする寸前に急停止する。

 生まれたエネルギーは足から腰へ、そして肩を通ってランスを持つ右腕に伝わる。

 後ろに伸ばしきった腕が前にスライドし、盾へと吸い込まれる。

 ダメ押しとばかりに曲げた腕をあらん限りの力で押し込む。


 盾は砕けた。

 矛の強さが圧倒的だった。

 彼我の差は小細工で埋めるしかない。


(まだだぁぁああ!!)


 《マギウスの巨盾》


 壊れた《ガルドラの頑盾》に代わり、体よりも大きな盾が出現する。

 刹那。

 第二の盾もバラバラになる。


 《真紅のランス》の穂先が胸に突き刺さる。

 もう盾の召還が間に合わない距離。


(盾がなければ掴むのみっ!)


 両手で超高温のランスを握る。


「いぁぁああ!!」


 手甲が溶ける。

 鎧がなくなって直に握る。

 指が焼ける。

 それは熱した油の中に手を入れるよりも、なお数倍熱い。


 《巨像の厚鎧》


 手甲が再生した。

 しかし結果は変わらず、あっと言う間もなく溶ける。

 そして再び直に握る。

 熱い、ではなく痛い、ですらもなかった。

 ただ失っていくだけだった。


(《巨象の厚鎧》《巨象の厚鎧》《巨象の厚鎧》!!)


 もう指はなかった。

 手の平もなくなった。

 両の手首から先が焼失していた。


 三十五秒。


「―――見事」


 支払った代償は大きかったが、命を支払わよりも前にランスを止めた。

 胸元に一センチ刺さったギリギリの所で。


 魔王が武器を戻す。


「誇れ『勇者』よ。耐えた武勇を我は忘れぬ。それでは―――もう一度だ」


 つい乾いた笑いが漏れてしまう。

 気軽に言ってくれる。

 間違いなく死刑宣告だというのに。


 魔王は生物でないため疲れが無い。

 《真紅のランス》は冷めず、超高温を維持したまま。

 動作に支障はない。

 何度も全身全霊を放てる。


 三十秒。


(やっと半分...)


 峠は越えていない。

 やっと難所の入り口に立ったところだ。


(まだだ...頼まれたのだ。応えねばならぬっ!!)


 しかし。

 手はなくなり、腕は痙攣している。

 足は鉛のように重く、ピクリとも動かない。

 盾は持てず、足腰は力が入らず衝撃に耐えられない。


 魔王が飛び退き、体を伏せる。


 待ってくれない。

 ティアの状態など斟酌しない。


 赤の騎士は常に全力を出すだけ。

 殺意を乗せた攻撃しかしない。

 鎧の中は殺意で満たされているのかもしれない。


 そして。

 特大の殺意を纏わせた一撃を放つため、魔王は駆けようと―――。


「オレ達を忘れんじゃねぇよ!!!」


 ―――邪魔をされた。


 グラムが発現させた【震衝】の破砕波が魔王を直撃し、準備態勢を崩す。


「まだ私もいけますっ!!」


 リセルが《イフリトの剣》を振る。

 生まれた衝撃波に【イフリト】で生み出された獄炎が纏わりつく。

 それを赤の魔王は鎧で受ける。


「頼ってばかりは嫌ですっ!!」


 フレイヤが【嵐旋】で塔の外へと吹き飛ばせとばかりに魔王を強襲する。

 魔王はランスを地面に刺して暴風が過ぎ去るのをじっとたえた。


 二十五秒。


「グラム、殿。それに、リセル殿、フレイヤ殿まで...」


 生きていた。

 ティアは立ち上がった仲間達を見て、死闘の最中だというのに嬉しくなる。


「待たせて悪かったな」

「私達だって【回復】は出来ます」

「邪魔者にはなりたくない」


 三人とも血まみれだ。

 ひと筋の斬撃線が生々しく刻まれている。

 それは骨を断ち、内臓まで達してる。


 でも立ち上がる。

 たえてくれた者に応える為に。


 グラムがティアの頭を撫でる。

 リセルがティアの肩に手を置く。

 フレイヤがティアの背中をさする。


「...ありがとう、ございますっ!」


 涙をぐっとこらえる。

 なぜなら手がなくて拭えないから。

 流れ出したら止められない。


 喜び合う四人を見て魔王は言う。


「それでこそ『勇者』。価値は横にある。真髄は後ろにある。では参るぞ。我―――魔王は前にある」


 二十秒。

 

 全身全霊の構えを取る。

 甲冑姿の赤の魔王は騎士だ。

 誇る武器はランス。


 騎士が持つランスの本領は騎馬突撃。

 馬はいらない。

 なぜなら彼の存在は騎士であり魔王である。

 単身でランスの本懐を発揮する。


 ダッ。


 その速度は馬をゆうに超えた。

 人を超えるために。

 打ち倒すために。

 魔王はそのためだけに出来ている。


 十五秒。


 迎えるは勇者。

 もう守る盾を持てない。


「だったら頼れよ、オレ達をっ!!」


 価値は横にある。


「はいっ!! 頼りにしてますっ《マギウスの巨盾》!」


 召還された盾をグラムが右、リセルが左で押さえる。

 間でティアは二本の棒と化した両腕で支える。


 《真紅のランス》【真紅】


 全てを溶かし穿つ矛と全てをたえ守る盾。


 いま、ぶつかり合う。


「っ!!」


 衝突で大気が絶叫し、鳴動する。

 三人は、大波が岩礁に打ち付けるかのごとき衝撃波を受けても吹き飛ばされず、足で床を削りつつも見事に耐え切った。


 ジュゥウウ。


 衝撃の次は超高温の【真紅】が牙をむく。


 ぶつかった際のダメージで《マギウスの巨盾》にはヒビが入っていた。


「《マギウスの巨盾》!!」


 再度の巨盾。

 新しく生まれた盾が熱せられ、穂先に触れている箇所は太陽のように真っ赤に染まる。


 やはり矛が強すぎた。

 巨盾の中心が融解し、開いた穴からランスが飛び出す。

 もう障害物はなく、ティアへと一直線に伸びる。


「させねぇよ!!」

「まだですっ!」


 《オルクスの破槌》【震衝】

 《イフリトの剣》【イフリト】


 すくい上げるようにグラムが破槌を振るい、リセルが剣を押すように斬り上げる。


 下からランスを叩いたグラムはまるで山そのものを持ち上げるような重量に驚愕する。

 だが、それでも全身に力を入れる。

 歯を砕くほど噛み締め、 全身の血管が浮き出る。


 リセルは剣を使いながら斬れるとは初めから思っていない。

 少しでも穂先の軌道をティアから逸らすために。

 それだけのために全力を出す。


 しかし。

 グラムは力を入れることばかりに集中してしまい、接触面が傾いてしまった。すっぽ抜けた破槌が宙を舞う。

 リセルは技術でカバーしていたが、決定的に筋力不足だった。痙攣した腕の震えが剣に伝わり、ズレてしまった。《イフリトの剣》が飛ぶ。


 二人の成果はあった。

 一センチ方向を動かした。

 魔王を相手にしてそれは僅かではなく、誇れる成果だった。


 けども。

 やっぱり。

 その程度でしかない。


「フレイヤ殿っ!!」

「はい!」


 勇者ティアがフレイヤを頼る。

 フレイヤは頼られた。

 今まで頼ってばかりだった。


(ここで応えないで、いつ応えるんですか!!)


 真髄は後ろにある。


 【嵐の魔法―――違う。


 嵐じゃ足りない。

 もっと。もっと! もっと!!

 《嵐精の杖》の魔石が翡翠に光る。

 フレイヤの想いの強さに引きずられて位階を上げる。


 【翠の魔法】【翠旋】


 それは全てを切り裂くと威張り散らす風の刃―――カマイタチの集合体。

 形態こそ【嵐旋】と同じ竜巻であるがその威力は数倍、いや十倍を超える。


 全てを溶かし穿つ矛と全てを切り裂かん刃。

 あい交える。


 勇者との戦いにおいて、魔王は最初にランスを出してから一度も換装していない。

 ティアが二つの盾と自らの両手、《巨象の厚鎧》で。

 グラムが《オルクスの破槌》で。

 リセルが《イフリトの剣》で。

 一つ一つは小さい。

 けど、確かにダメージを与えた。

 それは積み重なって―――。

 【翠旋】と合わさり―――。


 ―――最強の矛を凹ませた。


 凹ませた、だけ。


 ドスッ―。


 僅かに歪んだランスがティアの胸を貫く。

 《巨象の厚鎧》が多少のダメージを軽減してくれたおかげで突き飛ばされず、串刺しで止まっている。


「がはっ!」


 喀血する。

 残った少ない血液をだらだらと流す。


 十秒。


 残すところ数秒の命を前に魔王は賛辞を贈る。


「『勇者』よ。矛の負けだ―――真紅は死への手向けとする」


 不倒を突破できずに殺してしまった。

 だから矛の負け。

 盾が勝った訳ではない。


 ランスから手を離す。

 もう魔王は《真紅のランス》を召還しないと誓った。

 それは最高の敬意だった。


(ぁあ...まだ、倒れる訳には...)


 ガクッ、と膝をついた。

 もう意思や意地でどうにかなる状態ではなかった。

 胸に穴が開いたのだ。


 五秒。


「ティアさんっ! いやぁぁああ!!」


(フレイヤ、殿)


 体がゆらぐ。

 使い込んだ肉体は意思の影響を受けずとも、後ろに倒れてくれた。

 前にいる敵へ向かうのではなく、後ろの見方へ頼るために。


(すみませぬっ、ワタシは、もう、応えることが、出来ま、せん...)


 その体は受け止められず。

 ついに不倒の勇者は誇りと共に地へ落ちる。


 ―――直前。


 体は受け止められた。 


 【再生】


 それは包み込むような暖かな光。

 決して絶望に塗りつぶされない光。


 胸に開いた穴が塞がっていく。

 意識があったなら、死んでいない。

 死んでいないなら救い出してみせる。


 【再生】は【回復】の比ではないほどに魔気を消耗する。

 補うように魔気が供給される。

 世界から流れこむ魔気が胸の穴を塞いでいく。


(ああ、不思議だ。みんなの想いが分かる。私はこんなにも頼られているのだな)

 

 想いで胸が一杯になる。

 死の縁に立っていたというのに、つい嬉しくなり笑ってしまう。


「ありがとう。ティアのおかげだ」


 声は光と同じの労わりの暖かさがあった。


「さすが『人類最強』だ」


(良かった...ちゃんと、応えられた)


 一分持つよう頼られた。

 ティアは命を賭けて応えた。

 だから次は―――。


「あと、を...頼み、ます。マコト、殿」

「ああ! 任せろ! 応えてやるよっ!!」


 これこそ勇者ティアが信じる人類の強さ。


(魔王よ、覚悟しろ。今度は英雄が、挑む、ぞ...)


 魔王の最後を見れない事を後悔しながらティアの意識は眠りにつく。

 その寝顔は安心しきっており、幸せそうだった。


 零秒。


 第二ラウンドの開始だ。


「さぁ『最強』を決めようぜ!!」


 対戦カードは最強と最強。

 今度は秒殺されないと挑戦者は気炎を巻く。

 対する者の感情は凪。

 格下を見下ろし、格上の風を吹かす。


「挑戦を受けよう。我は魔王―――『赤尖塔』の頂上に座す王。この骸の上こそ天ぞ」

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