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赤尖塔『最上階』

 パチ。


 眠っていたドラゴンの眼が開いた。

 それは蛇のような目で、見つめ合えば石化してしまいそうな恐ろしさだった。


 のそり。


 長い首が上がり、太い体躯を起こす。

 それは山だった。

 存在感に押し潰されそうになる。


 しっかりしろっ! 威圧は羊で経験済みだろ!!


 心に渇を入れる。

 その時。


 先手必勝。

 初手奥義。


 【紅の魔法】【真紅】


 ドラゴンが口を開き、そこには目を焼く光の球があった。


 ヘルバウンドと同じタイプかっ!?


 火球を放つ魔法。

 だが、その熱量はヘルバウンドと比べるのもおこがましい程の違いがあり、同じタイプと表現するのは間違いだった。


 火の玉と太陽ほどの差がある。


「みなさんワタシの後ろにっ」


 《ガルドラの頑盾》


 返事は行動。

 俺達は【紅蓮】の時と同じく、即座にティアの背後に回った。


 ドラゴンの【真紅】が放たれる。


 それは神の息吹だった。

 天から降り注ぐ、都市を焼き滅ぼす威力を持つ魔法。


「ぃっ、やぁぁあああ!!!!」


 《ガルドラの頑盾》が溶鉱炉に投げ込まれた金属のように真っ赤に変化していき、盾を構えるティアも極限の熱を身で受ける。


 ドロッ。


 【真紅】が発動して一秒。

 頑盾が耐えられた時間は僅かにそれだけ。


 《マギウスの巨盾》


 頑盾が融解する直前に、新たな盾を生み出す。

 しかし巨盾は範囲の盾で、防御力を見れば頑盾に些か劣る。

 ゆえに一秒すらも経たず溶ける。


 やばいっ!!


 《ベリオスの堅盾》


 グラムが持つ盾の武装魔法。

 しかし、盾の勇者ですら一秒しか持たないのだ。


 堅盾は召還と共に消滅して、守る盾はなくなった。


「堪えますっ!!」


 なんとティアは両手を広げて、自身を盾とした。

 それはまさしく勇者の姿だった。


 【再生】


 慌てて背後から回復させる。

 盾を三つ、そしてティアの身を捧げて、ようやく【真紅】は止まった。


「ありがとう、ござい、ます...マコト殿」


 【真紅】を耐え切ったが、悠長に労わっている時間はない。


「散開っ!! フレは右リセは左オレは正面! 回復と援護は頼む」


 矢継ぎ早にグラムが指示を出す。

 これはロシアンルーレット。

 次、ドラゴンが顔を向けた方角の担当者は死ぬ。


 【真紅】は防げない。

 決死の特攻だというのに皆の足は一切緩まない。


「ワタシも、すぐにっ!!」

「安心しろティア。ここは俺の出番だ」


 《L96AWA》


 羊は弾丸を『紅』に染めるから意味が無かった。

 雀は殺しても蘇生するから無駄だった。


 しかし。

 ドラゴンなら。

 倒すだけの魔物なら。


 俺が最強だっ!!


 ズドンッ。


 発射された銃弾はドラゴンの胴体を貫く。


 ドラゴンの悲鳴が最上階を震わせる。

 ドラゴンは顔を向けようとしていた左から、体に痛みを与えた憎き俺へと変更する。


「グラムどけっ!!」


 《M60》


 グラムが飛びのくを視線の端で確認して、トリガーを引き絞る。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。


 合計百発。


 ドラゴンは蜂の巣になった。

 つまり殺したのだ。


「「「...............は?」」」


 銃口が煙を上げている。

 ご褒美に銃身をそっと撫でる。


「よし、《赤尖塔》クリアだ」


「おいッ!!」

「なんだよグラム」

「お前なっー! いや、倒してくれたのは感謝しているけどさっ!! なんか釈然としねぇ」


 死を覚悟して突貫したのに、あっさりと終わった事に不満がある。

 その気持ちは分かる。

 けど、誰かが死ぬところなんて見たくない。


 グラムがドシドシと音を立てて近寄ってきて拳骨を落とす。

 甘んじて受けた。


「マコト殿は、本当に『魔物最強』ですねっ」


 完全に治療の済んだティアが興奮している。

 個の強さの極致として『魔物最強』と言われ、今回はちょっと嬉しい。


 轟音を立ててドラゴンが倒れる。

 その肉体は残っており、羊や雀は取れなったが今回は素材の回収が出来るはずだ。

 正真正銘の撃破だった。


「やりましたねマコトさん」

「フレイヤはちょっと不満そうだな」

「...はい。仕事がありませんでした」

「いや、ドラゴンの注意を命がけで引いてくれただろ。ありがとな」


 感謝するとフレイヤがちょっと照れた。

 頭を撫でてみると不満顔に戻って、ゴミを見るよう目を向けられた。

 そういうのは姉さまにしろ、と心の声が聞こえてきた。

 

「ありがとねマコト君。あぶなく黒コゲになるところだったよ」


 噂をすればリセルも近寄ってきた。


 【真紅】の二発目はリセルがいた左側だった。

 間に合って良かった。


「あのさ、リセル。その...さ」


 いまがチャンスだと思った。

 想いを告げよう。


「な、なな、なななにかなー...」


 リセルも緊張し始めた。

 覚悟を決めて、言葉を告げようとして―――。


 ―――鐘が鳴った。


 みんなが上を向く。

 遥か先で大鐘楼が揺れている。


 まるで祝福しているようだ。


 くそっ、出鼻を挫かれた。


 リセルと一緒に苦笑いする。

 また今度にするか。

 俺が先送りを決めたタイミングでグラムが驚きの声をあげる。


「おい、ステータスを見てみろ。すげぇ上がってるぞ」


 アスト・ヴェルホロウ


 称号『升』  役割:銃使い

 職業:冒険者 階級:一級


 LvMAX 99

 HP 4872/4872 MP 2920/4920

 物攻    3589 物防    3846

 魔攻    4267 魔防    4300

 俊敏    3645 耐久    4774


 武装魔法

 壱 《レミントンM870》 弐 《M60》 参 《L96AWA》


 支援魔法

 ○【物理上昇Lv50】【魔法上昇Lv50】【俊敏上昇Lv28】【耐久上昇Lv50】

  →【身体強化Lv99】

   →【物理攻撃上昇(大)Lv34】【物理防御上昇(大)Lv28】【魔法攻撃上昇(大)Lv17】【魔法防御上昇(大)Lv18】【俊敏上昇(大)Lv24】【耐久上昇(大)Lv21】

 ○【HP回復Lv50】【MP回復Lv50】【異常回復Lv50】

  →【HP自動回復上昇Lv81】【MP自動回復上昇Lv79】【異常自動回復Lv56】

   →【再生Lv34】【MP高速回復Lv25】

 ○【火の魔法Lv50】【水の魔法Lv26】【土の魔法Lv1】【金の魔法Lv42】

  →【炎の魔法Lv99】

   →【紅の魔法Lv76】

 ○【毒の魔法Lv1】【乱の魔法Lv1】

 ○【火の耐性上昇Lv50】【水の耐性上昇Lv50】【木の耐性上昇Lv10】【土の耐性上昇Lv23】【金の耐性上昇Lv10】

  →【全耐性Lv67】

 ○【察知Lv50】【探査Lv50】【把握Lv50】【精査Lv50】【隠匿Lv50】【霧消Lv50】【剥取Lv47】【伝達Lv38】【指示Lv12】【採掘Lv38】【精錬Lv34】【裁縫Lv24】

  →【探知Lv99】【地図Lv47】【隠蔽Lv46】【鑑定Lv99】【解体Lv43】【抽出Lv28】

 ○【移動Lv1】【停止Lv1】

 ○【切の技術支援Lv50】【打の技術支援Lv2】【刺の技術支援Lv50】

  →【斬の技術支援Lv99】【穿の技術支援Lv62】

   →【線の技術支援Lv26】

 ○【範囲拡大Lv38】【対象拡大Lv12】【規模拡大Lv50】

  →【指定魔法Lv39】


 生産魔法

 〔なし〕


 ついに...カンストか。


 あっという間だった。

 短く、濃厚な時間。


 まぁ『升』はまだ現役だな。習熟度の成長に必要だからな。


 経験値はカンストしたけど、支援魔法のLv上げに使おう。


 ゾクリ。


 突然悪寒がした。


 それは不気味で、なによりも―――熱い。


 熱い悪寒という矛盾のような恐怖が背筋を張り詰めさせる。


 最初に気づいたのはグラムだった。


「おい、なんか...動いてねぇか」


 殺したプロミネンスドラゴンを指差す。


「うそ...」

「...まさか」

「そんな―――」

「―――ありえぬっ」


 勘違いをしていた。

 鐘は俺達が鳴らしたんじゃない。


 どうして気づかなかったのだろう。

 塔にドラゴンは相応しい。

 だが、ここは塔であるが、それ以上に魔物を生み出すダンジョン『赤尖塔』。

 であるなら、その頂上にドラゴンは相応しくない。


 魔法がある世界にいて当然の存在。

 どうして頭から抜けていたのだろう。


 プロミネンスドラゴンの死体が凝縮していく。

 きっかけは鐘の音。

 あれが祝福しているのは『塔主』の誕生だった。


 ドラゴンの生物としての肉体が凝固し、硬質な金属へと変貌する。

 それは騎士。

 人型の甲冑に包まれた、二メートル強の真っ赤な騎士。

 その手には長大なスピアランスが握られている。


 形は人であるが生気はなく、鎧の中は靄が詰まっている。

 鎧の縁は黒色に彩られ、表面は赤。

 黒から始まり、赤へと至った『赤尖塔』。

 その色合いは『塔主』だった。


 【鑑定】が正体を見通す。


 赤の魔王


 称号『頂』  役割:騎士

 職業:塔主  階級:魔王

 

 LvMAX 99

 HPMAX 9999/9999 MPMAX 9999/9999

 物攻MAX    9999 物防MAX    9999

 魔攻MAX    9999 魔防MAX    9999

 俊敏MAX    9999 耐久MAX    9999


 武装魔法

 壱《真紅のランス》

 弐《紅蓮の剣》

 参《紅染の重鎧》


 《真紅のランス》

 プロミネンスドラゴンを宿すランス。細長い円錐状の笠に鍔がついている。全体が赤で、真紅色のドラゴンの模様が描かれている。

 【真紅】を発動し、超高温に熱する。


 《紅蓮の剣》

 ブレイズスパローを宿す剣。剣身は一メートル弱。鍔は鳥が羽ばたく様を象っている。

 【紅蓮】を発動し、切断面が爆発する。


 《紅染の重鎧》

 フレイムシープを宿す重鎧。赤を基調として細部は黒。頭部には羊を模した角が付いている。

 【紅染】を発動し、有象無象一切を『紅』に染めて無力化する。



 思い出す。

 はじめに『赤尖塔』へ戻った帰り話した。


「中層は明暗を利用した不意打ちと多種の攻撃、かな」


 赤と黒の鎧に、ここに来ての登場、そして三種の武装。


 上層は―――。

「間逆だ。正々堂々のぶつかり合いだ。魔物は一種のみ。こいつが強い」


 こちらを睥睨するたった一種の頂点。


 間逆のコンセプトを混在させる矛盾といえる魔物。


 ...ははっ。確かに最強の矛と最高の盾をもってやがる。


 ランスと鎧を装備する彼の存在は正しく『赤尖塔』の『塔主』。


 ―――赤の魔王。


 彼の存在は言葉を喋る。


「挑戦者よ―――我に挑め。ここは魔にして赤の深奥。戦前の問答は不要。矛を交え、盾を打ち鳴らそうぞ」


 最終決戦の火蓋は落とされる。


 そして―――。


 先手必勝。

 初手奥義。


 こちらの事情なんてお構いなし。

 MP回復を待ってくれる事もない。

 都合なんて気にしない。


 そしてその容赦のない初撃はこれまでの階層を彷彿とさせる。

 まさしく赤の魔王の所業だった。


「―――なっ!!」


 最前のティア―――その懐に魔王は移動した。

 光を置き去りにしたかのような速度。


 《真紅のランス》【真紅】


 超高温に熱したランスが走る。

 穂先を捉えることはできない。

 ただ通り過ぎに残した陽炎だけが【真紅】の証明。


「ぐぁぁああ!!」


 盾など無意味だった。

 矛盾の矛。

 ありとあらゆる盾を貫くが《真紅のランス》だ。


 わき腹に穴が開き、じゅわ、と焼かれる音が立つ頃にはランスが引かれている。


「この程度とは―――興が冷めるぞ」


 ティアの悲鳴がこだます中、俺は駆ける。

 その速度は魔王に負けた。

 なぜならあちらの俊敏はカンストの9999。

 避けられるのは必定。

 しかし赤の騎士は手を広げて懐を開く。

 

 来い。


 ふざけるなっ!


 《レミントンM870》


 散弾の六連射。


「―――っ!?」

「これが―――最高の盾だ」


 《紅染の重鎧》【紅染】


 それは全てを『紅』に染め上げて、なにもかもを同一にする。

 数多の弾丸は『紅』。

 魔王が着込む鎧は『紅』。

 ならば必然、攻撃は無意味になる。


 嘘だろっ!


 フレイムシープは選定のために使用した。

 いま、その性能を100%発揮する防御に転じられた。

 純粋にステータスを超えた攻撃でなければ傷も、色も付けられない。

 そして魔王の物防、魔防はカンストの9999。


 矛盾の盾。

 ありとあらゆる矛を弾くが《紅染の重鎧》だ。


 チート野郎!!


「―――さらば」


 魔王が剣を取り出す。


 《紅蓮の剣》【紅蓮】。


 剣は袈裟にひと筋の線をひく。

 傷口の血が泡立ち、弾ける。

 爆発の【紅蓮】。

 それは連鎖し、肉体に致死のダメージを与える魔法。


「―――ぁぁああ!!」


 肉が飛び、内臓が露出し、血煙を撒き、骨は灰へ。


 即座に【再生】


 死は退けた。

 しかしそれだけ。


「ほう【再生】とは。興が熱した―――三つはどうだ」


 右肩から左わき腹に向けて一線。

 左肩から右わき腹に向けて一線。

 右から左のわき腹に向けて一線。


 おい、こりゃいくらなんでも。


 爆発。


 ぃだぁぁああ【再生】【再生】【再―――!!


 魔法が追いつかず、上半身と下半身は分離した。

 痛みの信号でショック死しそうだ。 


 くそぉぉおお【再生】...が発動しないっ!?


「魔力切れ―――良き挑戦であった」


 なら【回復】だっ! 傷口は塞がる!!


 HPの減少が止まり、あとはMPの回復を待って【再生】を使えば。


「まだ粘るか挑戦者。ではもう一度―――三つ」


 慈悲も、時間も与えない。

 無機物の鎧姿は冷徹そのもの。

 回避しようにも体は上半身のみ。


「マコト君!?」

「マコトっ!!」

「マコトさん?!」 


 三人が駆け出す。


 だめだ皆! こいつは強すぎるっ。


「―――数は導かれるように三つ」


 声に反応した魔王がターゲットを変える。


 《紅蓮の剣》が三人を斬る。

 綺麗で流れるような斬撃に見惚れてしまい、怒りの感情が遅れる。


 あっという間に三人は倒された。

 生きているのか分からない。

 真っ白な床に血の赤が広がっていく。


 それはあっけない結末。

 登場からの一連の攻撃で圧倒した。

 これこそ魔王。

 これこそ《赤尖塔》の塔主。


 てめぇぇええ!!


 魔王は俺を見る。

 剣を構える。

 止めを刺す気だ。


 ―――死ぬ


 死はあっけない。

 前世の死がそうであったように、歯車が少し狂えば奈落が待っている。

 油断していた。

 プロミネンスドラゴンと構図がまるっきり逆転した。

 『魔物最強』で浮かれた俺は馬鹿だった。

 そんなの魔王に決まっているんだ。


 ここで、死ぬのか―――。


 ―――絶望の寸前。


 魔王の姿が見えなくなる。

 俺との間に何かが入り、魔王は隠された。


 それは後姿。

 小柄なはずなのに今は何倍にも大きく見える。

 その者は常に先頭に立ち、盾となる。


「頼ってくれぬかっ!?」 


 ティアだ。

 彼女は倒れていない。

 勇者は決して膝を屈しない。


 刺されたわき腹から血が流れ、鎧はひどい有り様だ。

 しかしそれでも彼女は倒れない。


「たえてみせるっ!!」


 回復に何秒かかる、と叫び聞く。

 頭の中で即座に計算する。


「一分だっ」

「わかった!」

「―――頼む!」

「応えてみせるっ!!」


 頼る。

 絶望を乗り越えるにはそれしかない。


 俺達ですら二十で秒殺されたのに、その三倍を持ちこたえて見せると返事した。

 疑ってはいけない。

 これは信頼だ。


 心配をするなっ。俺は全力で回復に集中しろっ!!


 ティナの勇姿を一度だけ網膜に刻み込んで目を閉じる。


 頼んだぞティア!!


 .........。

 ......。

 ...。

 

「さあ魔王よ。ワタシと盾を交えてもらおうかっ!!」

「我が唯一倒したいと願うは挑戦者にあらず。望むは―――『勇者』」


 魔王と勇者。

 宿命に導かれた戦いの幕は開く。

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