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赤尖塔『最上層』

 夜が明けた、らしい。

 日差しがないので体感が狂う。


「よし、行くぞ」


 再び登り始める。


 四十一階層。

 丹色の鴨。

 ズドン。ズドン。


 四十二階層。

 柿色のペンギン。

 ズドン。


 四十三階層。

 赤橙色の豹。

 ドドドドド。


 四十四階層。

 真朱色のゴキブリ。

「ぬがぁああああああ!!!」

 ドドドドドドドドドドド。

 【炎の魔法】【炎の魔法】!!


「落ち着けマコト、もう死んだ」

「はぁ...はぁ...」


 四十五階層。

 苺色の鷹

 ズドン。ズドン。ズドン。

「速かった...二発もスカした」

「マコト君。はい水」

「ありがとう。落ち着いたよ」


 四十六階層。

 緋色の鷲。

 ズドン。ズドン。ズドン。

「くそっ」

「マコトさん、他の銃の方が良いのでは?」

 《レミントンM870》

 ドンッ

「おおー。ナイスアドバイス」

「いえいえ」


 四十七階層。

 蘇芳色の蛇。


 先手必勝で飛び掛ってきた。

「―――っ!!」

 速い。


「ワタシが守ります!」

「ありがと! 食らえっ」


 ズドンっ!!


「ふぅー」

「マコト君、お疲れ様です」


 《イフリトの剣》を仕舞いながらリセルが駆け寄ってきた。

 億が一に備えて召還していたようだ。


「これで次は四十八階層か」

「ワタシが先月の間、向かい合った化物がいます」

「...は? 一ヶ月の間中ずっと?」

「攻略法を模索していたのです。行けば分かります」


 四十八階層(最上層)。

 

 いた。

 現れた。


 ここまで赤系統の色が沢山出てきた。

 でも、あの色は出てこなかった。


 紅の羊。


 ...なんだ...手が震える。


 手だけじゃない。

 足も震えている。


「おいおい、なんだよ、あれは」

「はは...オレの膝が震えやがる」

「...なに、あれ」

「―――怖いです」


 シャンデリアの真下で立つは紅の羊。

 その瞳と角は真っ黒だ。

 こちらが身長差で見下ろしているはずなのに、精神的には見下されている。


 黒から始まったダンジョンの魔物。何匹も倒して来たが、ついぞ真っ赤な魔物とは出会えなかった。


 四十八階層ボス。


 『赤尖塔』の挑戦者が始めて矛を交える紅の眷属。

 彼の存在の位は―――紅染。

 彼の存在の証は―――守護。


 それが【鑑定】で分かる全てだった。


 これから死を賭けた戦に挑むというのに羊に気負いはない。

 自然体そのものだ。


「いきなり敵の強さがあがったな...」


 ヒシヒシと伝わる気迫は並ではなく、上ですらもない。

 特上の覇気が俺達を蝕んでいる。


 震えの理由が分かった。

 俺達が頭を垂れ、跪いていないからだ。

 格上に失礼な態度を取っているから、怒られると恐れて震えているのだ。


「気を強く持ってくださいっ!!」


 ティアの言葉で、場に呑まれていた事に気づいた。


「この魔物は精神攻撃のみをしますっ。命は取られませんので落ち着いてください」

「...攻撃、してこないのか?」


 それはまるで誰かさんのようだ。


「はい。実際に経験するのが早いですね。安全ですので発狂しないでください」


 ティアの表情を見れば誇張ではないと分かる。

 腹に力を入れて、来る精神攻撃に備える。


「いきますっ!」


 ティアが魔物のエリアに入った瞬間。


 ―――初手奥義。


 【紅の魔法】【紅染】


 .........。

 ......。

 ...。


 紅の羊が発動した魔法は火の最終位階である【紅の魔法】でありながら、熱がない。

 燃えるとか溶けるとか爛れるとかの現象ではなかった。


 世界が『紅』に染まった。


 部屋の床が、壁が、天井が、シャンデリアが、燭台が。

 俺達の足が、服が、肌が、肉が、装備が、唇が、歯が、目が、髪が。

 そして脳が、思考が、意思が。

 全部『紅』一色に塗りつぶされる。

 ただそれだけ。


 しかし―――。

 それで終わったのだ。


 単一の色で形成された世界は、みな等しく『紅』。

 すべて同じなのだ。

 物体や概念を分ける形状も質感も温度も重量も境界も『紅』。

 術者の羊だけがポツンと佇む世界。

 狭い部屋だったはずが、いまは果てしなく続いている。

 光がなければ闇もない。

 陰影は無く、善悪もない。


 ここはすべて『紅』。


 .........。

 ......。

 ...。


 世界に色が戻り始める。

 俺の肉体が動き出す。

 壁や床の石が質感を取り戻す。

 シャンデリアが部屋を照らし出す。


「なん、だよ。これ」


 俺がグラムでありリセル、フレイヤ、ティアでもあった。

 もっと言えば壁でもあったし床、石、天井でもあった。


 公園の砂場があるとしよう。

 両手で砂をすくい、戻す。

 いま戻した砂はどれ?


 わからない。

 どれも同じく砂だ。

 見分けが付かない。


 紅の羊は佇む。

 同じ体勢だった。

 こちらに興味を示していない。


「これが四十八階層の攻撃です」


 どんな攻撃も意味を成さない。

 あの魔法が発動すれば、どんな一撃も『紅』となって個性を剥奪され、『紅』の砂場に落ちる。


 どうやって攻略する?

 思いつくのは個性を失わない、または新しく情報を付与する。

 水を吸った砂なら場に戻っても個性を失わない。

 場の一部を熱すれば、温度差で個性を付与出来る。


 でも、それを上回る砂で覆われたら終わりだ。

 水を吸った砂は乾き、熱した砂は冷めて均一化される。


 そうすると答えは一つだ。

 上回った『紅』をさらに上回るしかない。

 『紅』に染まらない強さを確立すればいいだけ。


 数分前の対面を思い出す。

 俺達は自身を格下で、羊を格上だと認識してしまった。

 挑戦者にすらなれなかったのだ。


 聖域への侵入者を選別する存在、それが紅の羊だった。


「前回、この未知の攻撃を受けて、多くの者たちが発狂しました」


 自分が壁や燭台と一緒になる。

 意思もなくなり、他者との境界もなくなる。


 そして【紅染】が終われば何があったのか理解する。

 頭に個の色が戻り、自我喪失を味わった衝撃で発狂する。


「そのまま下に逃げ出したんです。止める間もありません。ワタシも混乱する一人でしたからっ」


 悔しそうにティアは言った。


「降りる際は壁際を歩かねばなりません。ですがっ...」


 発狂した冒険者達は中央を通った。

 魔物に襲われながら、下へ下へ。

 上層、中層、下層と担当していた冒険者も巻き込んでの統率なき撤退。


「それが勇者の撤退の実態ですっ」

「話では聞いていたが、味わってみると...」


 納得出来ると、グラムが唸る。

 勇者の撤退は世界に衝撃を与えた。

 それは『あの』勇者が生きていながら、死傷者が出たので驚愕したのだ。


「しんがりとして残ったワタシは盾を構え続けました」


 【紅染】以外の攻撃を警戒した。

 ヘルバウンドのように追いかけてくる可能性があった。

 だから撤退の指揮をとれなかった。


「その後、攻撃してこない事がわかったので、最低限魔物の情報を集めるために残りました」


 結局見つからなかった。


「おそらくステータスを上回る必要があると思うのです」


 ですが、と言って俺を見た。


「マコト殿でもダメでしたか...」


 その通りだ。

 俺ですら【紅染】の術中に嵌った。


「どうしようもねぇな」


 グラムが諦めた。


「厳しいですね」


 リセルも暗い。


「不可能なのでは...」


 フレイヤも思考を停止しかけていた。


「いや簡単だろ?」

「「「「―――え」」」」


 みんなが驚いている。


 俺としては小説とかで使い古された試験だと思うけどな...。


 これは自分の存在定義を証明する試験だ。


「どうやって倒すのですかっ!?」

「おわっ、ティア。唾が飛ぶから落ち着いてくれ」

「これは失礼しましたっ!」

「そもそも、倒すっていう前提がおかしいんだよ」

「.........は?」


 この手の試練は単純だ。


「たぶんこの方法でいいはずだ。ちょっと見ててくれ」

「は、はいっ...」


 羊を見る。

 先ほど感じた覇気に襲われる。

 圧倒的な重圧を感じる。


 だが、羊は自然体だ。


 ...やっぱりそうだ。


 その重圧に耐える。


 俺の存在定義。


 たった二つのプライド。

 では、ない。

 そんなモノじゃない。 


「俺の名前は坂上誠だ。お前の名前は?」


 緊張も緩みもなく、何一つ面白みの無い自己紹介。

 それは自然体な名乗りであり、俺自身だった。


 羊が初めて興味を示した。

 目を合わせてくれた。


「めぇ~」


 フレイムシープが返事をしてくれた。

 俺がいて、羊がいる。

 俺が名乗り、羊が返す。

 認めてもらった。


 自己の存在証明なんてこんなもんだ。


 【鑑定】で名前が出なかったのはこういう訳だ。


「「「「..........え、それだけ?」」」」


「これだけだろ?」


 自分の定義なんて初対面の人と会った時にいつもしている。

 名乗って、名前を聞く。

 これで他者によって己が証明される。


 とても陳腐でありふれたオチ。

 だけどこの世界では珍しい。

 これも一種の知識チートだった。


「おそらくフレイムシープは選定目的だろ。だから威圧は凄かっただろ?」


 あれに耐えることが第一条件だった。

 この階層まで来れて、尚重圧に負けず個を主張する。


 それが四十八階層だった。


「ま、まぁ腑に落ちないが、いいか」


 グラムが思考を放棄する。

 他のメンツも似たような感想らしく、困った顔をしている。

 特にティアは呆れ果てていた。


「ワタシの...ワタシの、苦労が...」

「ティアも間違っていないぞ。あれを倒すなら【紅染】を超えないといけないからな」


 俺のは模範解答だ。

 求められた対応をしただけで上回った訳ではない。

 だが、ここではそれで充分だった。


 ジュワァアア。


 羊が真紅の煙となって霧散した。


「やっぱり素材も魔石もないか...」


 模範回答ゆえに、先へは進めるけど報酬はなし。


「じゃ、じゃあ行くか」


 気落ちしたグラムを先頭にして上へと向かう。

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