誤解
「休日に呼び出しか...はぁ」
俺は駅のホームで電車を待っていた。
上司の電話に出たのがいけなかった。
気づけば休日出勤が決まっていた。
なかなか来ない電車にうんざりして袖をめくる。
「やべ」
腕時計を忘れた。
ポケットからスマホを取り出そうとして滑り落とした。
「くそっ」
悪態をついた時と同じタイミングで、チャリンと後方で硬貨の転がる音がした。
今度は電車の到来を告げる警笛が鳴った。
スマホを拾うために腰を曲げる。
どすっ。
「おわ」
「あ、すみません!」
硬貨を追いかけてきた中年オヤジが俺を押した。
俺はスマホを拾うために前傾姿勢だった。
踏ん張れず、ホームから落ちる。
「え」
電車が迫っていた。
走馬灯で時間の流れが遅くなる。
視界から色が無くなりモノクロへと変わる。
おい...まじかよ。
俺はあっけなく轢かれてしまった。
.........。
......。
...。
思い出した。俺、死んだんだ。
生前の記憶を思い出した。
俺は死んで、そして転生、いや憑依したらしい。
殴られた痛みが現実であることを、その痛みを回復させる魔法が異世界であることを証明する。
異世界か。
憧れていたけど、いくらなんでもこれはあんまりだろ。
腕を組んで見下す男に、抱き合う二人の少女。
男の言葉から推測するに、転生する前の俺アストは強姦したらしい。
未遂だったようだが、それでも犯罪だ。
とりあえず喋ることにした。
大男の言葉が理解できたのだから会話に支障はないはずだ。
「話を聞いて欲しい」
「その前に謝罪だろうがっ!」
もっともな話だった。
だがそれでも諦めずに言う。
「い、いやだからね。ちょっと、話を」
「いい加減にしろアスト!」
「グラムさん。そのぐらいにしてくれませんか」
「リセルちゃん、でもよ」
「お願いします」
「...分かったよ」
つるっぱげの大男グラムはリセルの言葉に従って後ろに下がる。
「アスト、どうしてこんな事をしたの? お姉ちゃんに教えて」
お姉ちゃん、だと。
俺に向かって話しかけている。
関係性を理解した。
とりあえず身の潔白を証明するためにありのままを話す。
「聞いてくれ。俺はアストじゃない!」
「「...」」
「俺は異世界人で、たったいま憑依したばかりなんだ!」
「「...」」
「強姦しようとしたのは前のアストだ!」
「「...」」
「だから俺は関係ないんだ!」
「馬鹿野郎っ!!」
「ぐへっ!」
「最低な言い訳だな! 心の弱い奴だと思っていたがここまでかっ」
また暴行が始まるかと覚悟したけど、それはなかった。
「やめてくださいグラムさん!」
リセルが体を張って守ってくれた。
彼女は天使かな?
「私はアストを信じます」
「お、おいリセルちゃん。いくら弟に甘いとは言え、今回ばかりは」
「お願いしますグラムさん」
リセルが誠心誠意を込めて頭を下げる。
「だ、だけどよ...こりゃ今までの小遣いねだりとかイタズラとかのレベルじゃないんだぜ」
「それでもたった一人の家族なんです!」
...あれ。俺の気のせいか。話がちょっと変だぞ。
「リセルちゃん、もうアストは手遅れだ。騎士に突き出して裁きを受けるべきだ。しかもこの期に及んで嘘を吐く奴だぞ!」
...あ、これ俺の話信じてないな。
まあそうだよね。
「お願いしますグラムさん! 今度こそ! しっかりと面倒を見ますから」
「くっ...甘すぎるぜリセルちゃん。オレが許すのはこれで最後だ。次は問答無用で騎士に突き出す」
「ありがとうございます!」
「あとはフレイヤちゃんのケアだけど、俺は男だからどうしたらいいか分からねぇ。お願いできるか」
「任せてください」
苦い顔でグラムは出て行った。
扉が閉まるまでリセルは頭を下げ続けた。
なんか俺が原因みたいで罪悪感が半端ないぞ!
「ねぇアスト。もう演技とかしなくていいから、とりあえず謝ろう。ね」
やっぱり信じてねぇ!
「いや、あのねリセルさん。俺は本当にアストじゃないの。わかる?」
「アスト...もうそう云うのやめよ。フレイヤが本当に傷ついているの。魔法じゃ治せない心の傷なの。だからふざけるのはやめて」
「だ・か・ら! 俺はアストじゃないんだって!」
「アスト!」
パチーン。
頬が熱い。
リセルは涙を湛えて、本気で怒っていた。
本気のビンタはグラムから殴られた痛みよりも数倍効いた。
「お姉ちゃんが今まで甘やかして来たのもイケナかった。だから一緒に謝ろ?」
「...」
どうする俺?
再び言葉を重ねても異世界人だと説得できるとは思えない。
その前に罪悪感で俺が折れるイメージしか浮かばない。
仕方ない、か。
「..分かったよ」
「ありがとう!」
抱きつかれた。
ふくよかな胸の感触に鼻の下が伸びる。
リセルは縄を解いてくれた。
そしてフレイヤに謝罪する。
「「ごめんなさい」」
「...」
「フレイヤごめんね。私がしっかりアストを教育しなかったらこんな事になっちゃって」
「...姉さまは、何も、悪くない」
「私はアストの姉なの。だからごめんなさい。怖い思いをさせちゃって、本当にごめんなさい」
「...悪いのは、そいつ」
指を差された。
何か言うべきなのだろうが、ちっとも言葉が思いつかない。
俺にアストの記憶はないのだからどうしようもない。
当たり障りのない感じで言うしかない、か。
でもそれだと誠意がないな。
えーい! 男なら当たって砕けろだ!
「大変申し訳ありませんでした!!!」
土下座した。
「「...」」
二人の困惑する雰囲気が伝わってくる。
「...何を、しているの」
「謝っているんだ」
「...え」
異世界に土下座の文化はなかった。
「本当にすみませんでした!」
「...いや、だから」
「誠に申し訳ありませんでした!」
「あ、あの、だから」
「ごめんなさい!」
「...はぁ。とりあえず顔を上げてください。許すのに条件があります」
フレイヤの赤く腫れた瞳に強い意志が宿る。
「もう姉さまに迷惑をかけないでください。そして姉さまとの関係を切ってください」
「それはダメよ!」
「わかった」
「「え!?」」
「その条件を飲む。俺はもうリセルに迷惑をかけないようにするし、姉弟の関係も切る」
「「...」」
二人の美少女が放心していた。
どうやら俺が受諾するとは思っていなかったようだ。
しかし俺からすれば犯罪者にならずに済むのだから安い条件だ。
「いっそ俺は旅に出よう」
思いつきだが、そのアイディアは俺の感覚に合致していた。
「ちょっと待って! お姉ちゃんはそんなこと許しません!」
「もうリセルは姉じゃない。指図を受ける理由にならない」
「ちょ、ちょっと! え、え? 本当にどうしちゃったの!?」
フレイヤも目を点にして驚いている。
「だ・か・ら! 俺は異世界人なの。憑依したばかりなの!」
「え、でもそんな話、聞いたことないし、ねぇ?」
あまりに理解されないので盛大なため息を漏れる。
どうあっても信じてもらえないようだ。
「とにかく! アストは旅に出ちゃダメ」
「リセルに従う理由はない」
「うう...あ! 今のまま旅に出たら魔物や盗賊に襲われて死んじゃうよ」
「む。確かに...それは一理あるな」
自分の体を確認する。
デブだった。
腹と二の腕を摘む。
筋肉ではなく贅肉だった。
これでは満足に戦闘も出来ない。
それにこの世界の知識が足りない。
「リセルの言う通りだな。いろいろと教えてくれ」
「...」
「リセル?」
「あ、ごめん。アストが初めてお姉ちゃんに教えを請うから嬉しくてね」
アストって、どんだけ酷い奴だったんだ。




