坂上誠
「それにしても『升』って...おかしいだろぉ」
街へと運ばれる道中。
リセルに代わり、俺を背負って歩くグラムがステータスを見て呆れる。
「異世界人...本当だったんですね。疑ってすみませんでした」
フレイヤがぺこり、と頭を下げる。
『升』チートの恩恵は成長チートだけではなかった。
その取得条件が「異世界から転生する」と記載されており、証明となった。
「そうするとやはり弟さんは私が...」
唇を噛み締め震える。
「姉さま! ごめんなさい私が―――」
「やめてフレイヤ。悪いのはアストよ。あの子は越えちゃいけない線を越えたの。フレイヤは正当防衛をしただけ」
「違います! 弟さんは弱く、私は強い! 力を制御できなかった私のミスなんです」
フレイヤは過剰防衛だと考え、罪があると思っている。
前世でもこれに近い事柄がある。
プロの格闘家の拳は武器と同じ扱いになる。
強さを備えたがために、弱者へ配慮しなければならない。
象が蟻を踏まないようにする。
「フレイヤは女の子よ。ごめんね、怖かったでしょ。そんな状態で制御なんて出来なくて当然なの」
「ですけどっ! 命を、奪ったんです。姉さまが大事にする家族の命を...」
これが見ず知らずの相手ならフレイヤはここまで罪悪感を抱かなかった。
リセルの弟だからこそ思い悩んでいる。
「そうね。アストはたった一人の大切な家族だった」
「それを私は―――」
「だからありがとう」
「―――」
「アストを犯罪者にしないでくれて。止めてくれてありがとね」
「ね、姉さま...」
「だからフレイヤは謝らないで。むしろ私に誇って。『アストが畜生に堕ちるのを止めました』って」
リセルの優しさがフレイヤに染み込んでいく。
「私は...私はっ! 良いのでしょうか...これからも姉さまの傍にいても、良いのでしょうか」
「もちろんよ! むしろどこかに行ったら地獄の果てまで追いかけるから」
「ありがとう...ございます。私、離れません。ずっと、姉さまと一緒にいます」
二人は抱き合う。
そんな微笑ましい光景を前にしてグラムは愚痴る。
「リセルちゃんの負担ばかり増えやがる」
「グラムさん...それはいくらなんでも」
二人には聞こえないよう声量を抑えている。
「弟が死んだんだ。『不慮の事故だから仕方ないね』だなんて事で感情がおさまるとは生憎とオレは信じられん」
「それは...」
「無理をしているとオレには見えるが、違うか?」
抱き合う二人を見る。
リセルによって許されたフレイヤは背負った荷物がなくなった。
だけどそれはリセルが肩代わりしただけなんじゃないかと、グラムは感じている。
俺は判断できなかった。
「マコト聞け」
声が暗くなる。
「オレには妻と娘がいた。いまから五年ぐらい前か...そうか、もう五年になるのか」
きっと最近は月日を早く感じていたのだろう。
すまん、と言って話を戻す。
「エリーとシャルが魔物に殺されてな。オレはまぁその、荒れちまってな。一年ぐらいずっとダンジョンに篭もって魔物を殺してた」
「......」
「どうしようもねえんだ。家族の死ってやつは。今でも思い出す。リセルちゃんやフレイヤちゃんを見て、ああ娘が生きていたらって」
そんな訳で二人の面倒をみているんだけどな、とパーティーを組んでいる理由を明かしてくれた。
「胸に穴があくなんて使い古された表現だけど...本当なんだよ。乾いた風が通るんだ。埋めなくちゃいけねぇ。じゃなきゃオレが死んじまう」
埋めるために魔物を殺した。
「一年かかっても塞がらなかった。死体じゃ埋まらないんだよ。なにせオレは生きていて、その胸を埋めなきゃいかんのだから」
「いまは塞がったんですか」
二人のおかげで。
「塞がったよ。完全ではないけどな。完全になんて...絶対に埋まらない」
「そう...ですか」
「だから辛い想いをするぐらいなら胸が開いた事に気づかないっていうのも一つの手だと思ったんだ」
「俺を追い出した理由ですね」
「便りがないのは元気な証拠とでも思っておけばいい。確定してないなら希望を抱けると、考えちまった」
「グラムさんは俺が邪魔ですか?」
「今は分からん。今回マコトの諦めの悪さを知った。普通死んでるぞ。なのにお前は諦めなかった」
街の城壁が見えてきた。
もうじき着く。
「エリーとシャルの件で穴は塞がらねえとオレは諦めちまってる。他の人もそうだと思ってる」
グラムはリセルを見る。
塞がっていないのに、無理して気丈にフレイヤと向き合っている。
そうとしかグラムには見えないのだ。
「だから見せてくれよマコト」
穴は塞がらないと諦めたオレを超えていく姿を。
世界で初めて【再生】を習得したお前ならと。
「そこまで言われたら仕方ないですね。どうしたらいいのか皆目検討もつきませんが、頑張ってみます」
それを聞いて「頼りねぇな」とグラムは笑った。
笑いやがって...みてろよ。いつか絶対「マコトのおかげで改心しました」と咽び泣かせてやる。
.........。
......。
...。
乾いた風が頬を撫でる。
若い草木の匂いで満ちた丘。
見渡す先は広がり、空はどこまでも澄んでいた。
風光明媚な景色には一つ、異質な建造物が混じっている。
霞むほど先にありながら、それはまったくぼやけず屹立していた。
「あれが『赤尖塔』」
「リセル達はいつもあそこに?」
「そうよ」
雄大なダンジョンの姿に胸が高鳴る。
「ここで良いかな」
リセルは持って来たスコップで穴を掘る。
「じゃあ、お願い」
頷き、アストの持ち物を穴の中に入れる。
服やシーツ、使っていたコップなど。
少ない愛用品に土をかけていく。
あっという間にお墓は出来上がった。
葬儀の作法は事前に軽く聞いておいた。
手を合わせて目を瞑り、想えば良い。
とてもシンプルだった。
お前のおかげで楽しめてる、ありがとな。
俺は一言でまとめたが、リセルは一つで足りなかった。
待つこと数分。
「...よし! もう大丈夫。待たせてごめんねマコト君」
「もう良いのか? 時間はあるぞ」
救出されてから二日目。
今日はまる一日、休養にあてられた。
まだお昼だ。
しかしリセルはもう充分だと言って、スタスタと歩き出してしまう。
「なぁリセル。こんな事言うのもなんだけどお墓を作って良かったのか? これから先、もしかしたら体を返せる術が見つかるかも知れないんだぞ」
「もしそんなの見つけても使わないよ。だってそうしたらマコト君がいなくなるんでしょ。お墓で想う相手が変わるだけだよ」
意思は固かった。
「私ね、マコト君と会って数日だけど大切に想っているんだよ。だって弟を命がけで守ってくれたんだから」
表情は明るかった。
それだけで頑張った甲斐があった。
「だからね。これからもし怪我をしたり、最悪死にそうな目に会った時、私やアストに気を使わないでね」
その体はもうマコト君の体なの、と決別した。
アストは死んだ。
お墓を作り、区切りをつけたのだ。
「でもね...それでもね。時々思い出して、変な顔を向けちゃうかもしれない。その時はごめんね。気にしないでいいから」
俺の体がアストであることは揺ぎ無い事実。
ふとした瞬間にアストを思い出してしまうのは、どれだけの覚悟があっても仕方のないことだ。
だからこそグラムさんは最初、一生会わない方が良いと忠告したのだから。
あの時は一旦距離を置くことに賛成した。
だけど今、申し訳なさそうに顔を伏せるリセルを見て、そして先日のグラムとの会話を思い出し、あの判断は間違っていたと確信した。
そして新たな決意が出来た。
「分かった。気にしないことにする。その代わり覚悟しろよ」
「...ん?」
「俺は全力でリセルからアストを忘れさせてやる」
「え? 嫌だよ。忘れたくないよ」
「リセルはそれでいい。むしろ絶対に忘れるな」
「支離滅裂だよ?」
「リセルは絶対に忘れないと守り、俺は絶対に忘れさせてやると攻撃する。これは矜持の戦いだ。だから存分にアストを想えばいい。俺に気を使って想いに蓋をするな」
「―――」
「正々堂々の勝負だ。俺は強いぞ。なにせ四肢を食われようが焼かれようが諦めないからな。だからリセルも本気でこいよ」
「...ふふ、ふはは! ははっは!」
何が面白いのか腹を抱えて笑っている。
「やっぱりマコト君は変だね。うん分かったよ! 全力でアストを忘れない。そしてマコト君の悔しがる顔を見てあげる」
「ああ!」
これで良かったんだ。
会わない事が最善なこともあるだろう。
でも、俺はこの道を行くことにした。




