第8話:「農具を作ってくれ」と頼んだら、頑固な鍛冶師が激怒した
第8話:「農具を作ってくれ」と頼んだら、頑固な鍛冶師が激怒した
翌朝、八日目。燻製小屋の煙の番をしていた源蔵が、手拭いで汗を拭いながら一馬へ声をかけた。
「――若殿。鉄の農具をお求めならば、一人、心当たりがございます」
「本当ですか、源蔵さん?」
「うむ。鳴神の荒野の境目、川を下った岩山の麓に、世捨て人のように暮らしておる変わり者の鍛冶がおる。かつては都で名のある刀工の門を叩いた腕利きだが……この地の砂鉄では、今の炉と精錬ではまともな鋼まで持っていけぬと荒れ狂い、今では酒浸りで野良仕事の道具すら打っておらん偏屈者でござるが」
「その人に会いに行こう!」
一馬は即座に立ち上がり、十兵衛が作った即席の木製台車に、仕留めたばかりの猪の燻製肉と、ろ過した清水、そして懐に図面を忍ばせて出発した。森を抜け、川沿いを歩くこと半刻。岩壁をくり抜いたような粗末な掘っ建て小屋が見えてきた。小屋の前には、錆びた鉄屑と空の酒瓶が足の踏み場もないほど散乱している。
「おい、鉄心。息災か」
源蔵が声をかけると、小屋の奥からドカドカと地響きを立てて大男が現れた。年の頃は四十半ば。煤だらけの顔に伸び放題の顎髭、丸太のように太い腕。酒臭い息を吐きながら、濁った目で一馬たちを睨みつけた。
「……あァ? 源蔵じゃねえか。何の用だ。見ての通り、打つ刀も金もねえぞ。とっとと失せな」
「俺は橘一馬。鳴神の荒野を開拓している者だよ」
一馬が一歩進み出て挨拶すると、鉄心は鼻を鳴らして唾を吐き捨てた。
「橘……? あの追放された無能若殿か。へっ、刀でも誂えて実家を見返したいってか? 生憎だが、俺の炉とこの辺りの砂鉄じゃあ、ナマクラしか焼けねえよ」
「いや、刀はいらないんだ」
「……あん?」
「鍬と鋤、それから開墾用の鎌と鉈を作ってほしいんだ」
「…………は?」
鉄心の顔から表情が消えた。次の瞬間、その太い首筋に青筋が浮かび、顔全体が真っ赤に沸騰した。
「てめぇ……! 俺を誰だと思ってやがる!!」
鉄心が胸倉を掴みかからんばかりに怒鳴り散らした。
「俺はなぁ! 都で名のある刀工に師事した刀鍛冶・鉄心さまだぞ! 武士の魂である刀を打つこの俺に、泥をこねる鍬や鋤を打てだと!? 刀も握れねえ青瓢箪が、鍛冶を愚弄するのも大概にしろ!!」
凄まじい怒号。十兵衛が怯えて身を縮め、源蔵が無言で刀の鯉口をわずかに切る。だが、一馬は一歩も引かず、静かに鉄心を見つめ返した。
「刀じゃ、人は食えないでしょ」
「……あぁ!?」
「あんたがいくら立派な刀を打っても、腹は膨れないし、田んぼは耕せない。俺たちが今一番必要なのは、一万の敵を斬る名刀じゃなくて、一万の人間を養う畑を掘れる『頑丈で、疲れにくく、壊れても現場ですぐ直せる鍬』なんだよ」
「な……ッ!」
「それにさ、ただの鍬じゃない。俺が欲しいのは、こういう設計の道具だ」
一馬は懐から、墨で描いた一枚の図面を取り出し、鉄心の目の前に突きつけた。
「……あ? なんだこの妙な形の刃先は」
鉄心は悪態をつきながらも、職人の習性で図面に目を落とした。
「刃先の角度を少し浅くして、中央から左右へ緩やかな曲面をつけてある。土を正面から押し潰すんじゃなく、斜め上へ逃がすんだ。それから柄を少し長くして、腰を深く曲げなくても力が刃先へ伝わるようにする。一番負荷がかかる首の部分は厚くして、柄との接合部は木楔で簡単に交換できる構造だ。農具は刃が壊れるより、柄が折れる方が多い。だから柄だけ現場ですぐ付け替えられるようにする」
「…………」
鉄心は図面を凝視したまま、言葉を失った。
(なんなんだ、この寸法は……? 刃の厚み、角度、重心の位置……全部、使い手の腕の負担を減らすように計算し尽くされてやがる……!)
どれほど偏屈になろうと、鉄心は一流の職人だった。目の前の図面が、ただの素人の落書きではなく、恐ろしいほどの合理性に裏打ちされた「本物の設計図」であることを、一目で理解してしまったのだ。
「……チッ。能書きだけは一丁前だな」
鉄心は舌打ちし、炉の前に向かった。
「そこまで言うなら打ってやるよ! だがな、使えねえナマクラだったら、その頭を金槌で叩き割るからな!」
――カン! カアン! カン!
鉄心が真っ赤に焼けた鉄塊を大槌で叩き始める。口の悪さとは裏腹に、その槌さばきは見事なものだった。火花が飛び散る中、鉄心の卓越した技によって、図面通りの無骨な刃先がみるみるうちに形作られていく。刃先だけを慎重に冷やした焼き入れをし、十兵衛が持ってきた樫の柄を木楔で固く打ち込む。
「ほらよ! 持っていきやがれ!」
出来上がったのは、黒光りする幅広の鍬だった。一馬はそれを受け取り、小屋の前の硬く締め固まった荒れ地へ歩み出ると、思いきり地面に突き立てた。
ザシュッ――!
「……おお!?」
十兵衛が声を上げた。吸い込まれるように刃が根元まで深く土にめり込み、テコの原理でゴッソリと大量の土が掘り起こされた。しかも、粘土質の泥が刃先にまったくへばりつかず、サラサラと滑り落ちる。
「すげえ……! 鉄心さん、あんた天才だよ! これなら同じ時間でも今までよりずっと広く耕せる!」
「……な、なんだその土離れは……」
鉄心自身が目を見張っていた。自分が打った鉄が、これほど滑らかに大地を切り裂く光景など見たことがなかったのだ。
「おい、小僧……いや、若殿。お前、なんで鉄の癖や土の抵抗が分かってやがる」
「現場監督の基本だよ。道具は使う人間が一番楽に、安全に作業できるように作るのが当たり前だからね。壊れないものを作るんじゃなくて、壊れても復旧できるものを作る。それが良い道具だよ」
一馬は鍬を担ぎ、持参した台車から燻製肉を差し出して笑った。
「鉄心さん、鳴神の開拓地に来てくれないか? 温かい飯と、毎日入れる極上の天然温泉を用意してある。そこで、俺たちのための農具と道具を思う存分作ってほしいんだ」
「飯と……温泉だと?」
「うん。疲れた体を温泉で癒やして、美味い猪肉を食う。……酒に溺れてナマクラを打つより、ずっと楽しいと思うよ。刀を作れる腕があるなら、その腕で人を生かす道具を作れる。あんたが刀を捨てた場所じゃねえと思って来たかもしれんけど、鍬一本でここまで人間の仕事が変わるとはな」
鉄心は自分の煤けた両手を見つめた。そして、ニヤリと獰猛な職人の笑みを浮かべた。
「……面白ぇ。乗ったぜ、若殿。俺の腕、その荒野で試させてもらう」
「ありがとう! よろしくね、鉄心さん!」
二人が握手を交わしたその時、鉄心がふと図面の端に目を落とし、ぽつりと呟いた。
「……なぁ、若殿」
「ん?」
「この『衝撃を逃がして曲がらねえ構造』……農具だけにしとくのは、どうにも腕が疼くな」
「え?」
「いや、何でもねえよ」
鉄心は背中を向け、自分の道具箱をまとめ始めた。その瞳の奥には、長年眠っていた「もっと良い鉄を作りたい」という業火が、静かに再点火されていた。一馬は帳面を開き、新たな仲間の加入と産業の誕生を力強く記した。
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【鳴神開拓記録:八日目】
・開拓人口:5人(新規住民:鉄心・加入)
・居住区:仮設小屋(排煙竈・炭砂ろ過井戸 稼働中)
・施設:鳴神温泉・第一号湯(稼働中)
・産業基盤:【鍛冶場建設開始】
・農地:試験区画 約0.25町(新型農具により追加開墾開始)
・食料備蓄:猪肉(燻製)、川魚、山菜
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【本日の反省:農具は現場の土質に合わせて刃の角度を微調整すること】
【現在の目標:農具を量産し、開拓速度を向上させよ】
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その夜。
――カァンッ……カァンッ……。
鳴神の森に、鉄心の振るう槌の音がどこまでも澄み渡って響いていた。一度目の槌音。二度目。鉄心の目に、久方ぶりの光が戻っていた。刀を捨てた男が、初めて「人を生かす鉄」を打った夜だった。そして皮肉なことに――。この男が再び刀を打つことになるのは、まだ少し先の話である。




