兆候①
三大企業が空中大陸トリナクリアの調査に乗り出してから間もなく二年が過ぎようとするところ、大陸内には既に合計20近くの調査ベースが建設されていた。しかし、資源豊富な大陸と言っても一から調査、開拓を進めていくには地上からの大量な物資を必要とし、さらには調査ベース間の流通を充足させる必要がある。
三大企業の一つ『ペクテン・マクシムス』はインフラの重要性を深く理解しており、特に調査ベース間の陸路の整備については他企業より抜きん出ていた。その甲斐もあってペクテンは他企業に比べても空中大陸内での資源争奪戦で優位的な立場にいた。
だからこそ、飛空艇の墜落の一件はペクテンにとって大きな痛手ではあった。
ガラガラと小気味良い車輪の音とともに時折揺れる馬車内、所狭しと詰め込まれた輸送物資とともに押し込められている赤髪の少年ナハドは物思いに耽っていた。
リハネの頼みであるクリスタルの破壊のためには空中大陸中心部に向かう必要がある。一夜で着けるような距離ではないのでいくつかの調査ベースを経由して少しずつ近づくこととした。
だが、この空中大陸では冒険者や傭兵の需要はとても高く、それを受けてここに来る彼らは皆、名声を挙げることやら、未踏の地を探検したいという欲求を満たすためギラギラと野心を燃やす者は多い。
そんな中で依頼も受けず、ふらふらと調査ベース間をうろつくには悪い意味で目立ちかねない。そこで調査ベース間を走る輸送部隊の護衛任務を受けることとした。護衛といってもこの空中大陸には企業関係者、監査局、ギルド員、冒険者と傭兵ぐらいしかおらず、野盗のような力ずくで物資を強奪するような輩はいない。つまり、ほぼ幻獣対策というわけだ。その幻獣も遭遇頻度は高くないため、護衛任務にかこつけて調査ベース間移動の足替わりにしている傭兵も多いようだ、俺たちのように。
リハネも俺の監視という建前のもと同行している、実際は俺が同行しているわけだが。その彼女は隣でうとうととぼんやりし、眠気と闘っているようだ。飛空艇墜落の一件から今日まで思いつめることが多かったのだろう、満足に寝れた日はないのかもしれない。
……俺は、本当は何のためにこの空中大陸に来たのだろうか。企業およびギルド間の争いを止めてくれと誰かに頼まれたことまでは思い出せたが、実際にどのようにして止めるつもりだったのか。こうして考える時間ができると自身の記憶を思い起こそうとするが、そのたびに頭の中を厚く重いヴェールが覆う。
空っぽだ。
リハネの頼みを受けたのも、もちろん彼女の力になりたいのもそうだが、何かしら具体的な目的が欲しかったのかもしれない。やることがあるというのは気持ちが幾分楽になる。当の彼女は静かな寝息をたて始めていた。
「ずいぶんと辛気臭い面してるなぁ」
馬車内で正面に座る青年から声をかけられた。短く刈り上げた黒髪にたれ目が特徴的な男、名前は確か……。
「クロクッタだ。ブリーフィングで名乗っただろ」
こちらの思考を見透かされたのか改めて名乗られた。
「少し考え事をしていた」
取り繕うように答える。
「一目お前を見たときには只者ではないと感じたが、まさかコブ付きとはな。一体なにをやらかしたんだ」
たれ目の男はくっくっくと肩を揺らしながら愉快そうに歪んだ笑みを見せる。
「あんたも傭兵なら詮索は無粋だな」
リハネが言ったようにどこに敵がいるかもわからない、こちらの事情を明かす必要もない。
「まぁ、そう邪険にするなよ。独り身は暇なんだ」
「だが、始めから独りだったわけじゃない、俺にはこの空中大陸でともに名を挙げようとクランを組んだ相方がいた」
先ほどまで無言を貫いていた男が急に饒舌となる。
「その相方とはこの空中大陸で合流する予定だった。あいつは地上でやり残したことがあると言って、俺に先行させた」
男は目を閉じ、顔を上に向ける。
「良い奴だったよ、俺とは性格が真逆だったが妙に気が合ってな。あいつ以外とクランを組もうとも思わない。……そして、合流は叶わなかった。先日の飛空艇墜落の一件に巻き込まれてな」
急に馬車内の空気が張り詰める。クロクッタは顎をもたげ、顔を傾けながらも目線はしっかりと俺に向けている。
こちらの反応を試すかのような目つき。俺たちが飛空艇墜落事件の関係者だと知っているのか?
「無粋だと言ったはずだが」
「俺は知りたいだけさ、あいつが死んだ原因をな」
「知ってどうする?」
しまった、つい乗っかってしまった。
「あれは事故じゃないというのが監査局の見解なんだろ?誰かが俺の相方を殺したわけだ。そいつには相応の報いが必要なのさ」
目的は仇討ちか。企業かギルドに何かを吹き込まれているのかもしれない。
「その誰かがお前じゃないことを願うよ」
クロクッタはそう言うと一度言葉を切った。
再び静寂が訪れ、この気まずい空気がどれほど続くかと不安に駆られたが、思いのほかそれは早くも破られた。
ゴォォォン
と大気を震わすような轟音がしたかと思うと馬車の外が急に慌ただしく騒ぎ声やら悲鳴が聞こえてくる。
「幻獣だ!!幻獣がでた!!」




