兆候②
「あれが……幻獣」
馬車を飛び出し、騒ぎの中心である輸送部隊の後方に目を向けるとそいつはいた。
猿のような外見、だが体高は4mを超える巨体。長い尾を渦巻き状にまとめ、大きな瞳には螺旋のような紋様が浮かんで見える。
ピリピリとひりつく気配を放っている。嫌な感じだ。
クルルルル
喉を鳴らしたかのような不気味な音を発している。
「様子がおかしい……」
いつの間にか隣いたリハネがつぶやく。
幻獣は近くにいる慌てふためく輸送部隊には目をくれずキョロキョロと辺りを見渡している。
「何かを探している?」
ふと先ほどまで一緒に馬車にいたクロクッタという男が消えていることに気が付いた。
「何をしている!傭兵ども出番だ!」
幻獣の最も近くにいた殿の馬車から中年の男が声を荒げている。
「輸送部隊からこの化け物を引きはがせ!」
護衛任務前のブリーフィングにいた企業の役人だ。
護衛任務は調査ベース間の移動が目的だったが、引き受けた以上はやるしかない。輸送部隊がやられたらこの先の調査ベースも干上がってしまう。
「行ってくるよ、リハネは輸送部隊と共に調査ベースへ。あとで落ち合おう」
「いいえ」
リハネは毅然とした態度で首を振る。
「私は貴方に同行を頼んだ身、一蓮托生といきましょう」
どうやら彼女も幻獣と戦う気のようだ。
「そんな顔しないで、そこらの傭兵よりかは腕は立つ。邪魔はしない」
ニッといつもの健気な笑顔を見せる。
幻獣の近くにいた傭兵たちは最初こそ取り乱してはいたもののすぐに冷静さを取り戻し、幻獣に各々の得物を向ける。その中で一人指揮を執る男がいる。
「浮足立つな!輸送部隊の安全が確保されるまで勝手な行動をするなよ!」
幻獣が積極的に襲うそぶりをみせない以上、やり過ごせるならそれに越したことはない。しかしその言葉に異を唱える者がいた。
「ふざけるな!貴様ら傭兵は何をしにこの空中大陸に来たのだ!?」
さきほど声を荒げていた中年の企業役人だ。
「幻獣の駆逐がおまえらの本懐であろう!さっさとこの化け物を排除しろ!」
「それはあなた方、企業の役割でしょう。我ら傭兵に与えられた今の任務は輸送部隊を無事に調査ベースへと送り届けることです!」
指揮を執る傭兵の男が反論する。
「ならば、今より貴様らに新たな任務を与える!この化け物を速やかに……」
ブンと空気を裂く音がしたかと思うと企業役人が消えた。
いつのまにか馬車に近づいていた猿のような幻獣は長い尻尾で企業役人を吹き飛ばしていた。あれでは生きてはいまい。
それが開戦の合図となったのか傭兵たちは次々と獣へと向かっていく。
まずいな。
せっかく取れ始めるところだった統率が脆く崩れ去っていく。連携もない傭兵たちの散発的な攻撃は幻獣には通用していない。このままでは各個撃破されてしまうだろう。
だが、幻獣は相変わらず積極的に攻撃をする様子がない。向かってくる傭兵たちの攻撃を気怠そうにいなしている。輸送部隊からこいつを引きはがすなら今しかない。
ようやく幻獣に接近できた俺とリハネは近くの馬車の屋根に飛び乗りそのままの勢いで飛び掛かる。
「リハネ!あわせろ!」
彼女と同時に巨大な猿の側頭部に飛び蹴りを打ち込む。
輸送路の真横は傾斜となっており体勢を崩したそいつは輸送路から転げ落ちていく。
「このまま輸送部隊が離れるまで引き付ける!」
追撃をしようと一歩踏み込んだ時、体制を崩したはずの猿から巨大な尾が矢のように一直線に俺に向けて放たれる。
踏み込みを狙われた!?まずい、避けれない!
ダン!と地面を打ち付ける音が響く。
リハネが左足で放たれた尾を踏みつけたことで軌道が変わり、何とか直撃を免れた。
「ありがとうリハネ、助かった」
「まだまだこれからよ」




