目覚め⑤
監査局の事務所を後にし、調査ベース内の大食堂の片隅でリハネと2人きりになる。ここはギルドの経営する食堂のようで昼の繁忙時間を越えたことで空席が多い。
「ごめんね、勝手に話を進めてしまって」
リハネが申し訳なさそうな表情をしている。
「良いさ、ただこの空中大陸で何が起きているのか、リハネが何をしたいか教えてくれないか」
リハネやギルド、監査局の反応を見るに何か良からぬことが水面下で起きているのは理解できる。その上で彼女からは別の目的があるようにも感じる。
「うん、まずは幻獣について、国際機関が企業に討伐を依頼した獣たち。この空中大陸の調査を進める上でも最大の障害となっているのだけど、奴らは過去に覇王ピューロスとともに圧倒的な力で世界を震撼させた存在なの」
「覇王ピューロス?」
知らない固有名詞が出てきて思わず聞き返す。
「ピューロスはかつてメディウス海沿岸国家を恐怖で支配した王だったけど英雄たちによって討たれた。そして幻獣たちも一度姿を消した」
「幻獣はかつて神によって創られ、人類を監視する役目を負っていた。ところが覇王ピューロスの人類を憎む怨嗟に触れたことで、彼と共に私たちに仇名す存在となった」
「奴らは実体を持たず神出鬼没、人類に攻撃をする時のみ地上に顕現する。こちらからの攻撃も有効で一定以上の損傷を与えることで実体を保てなくなる」
「頑張れば倒せるってことか」
「そのとおりだけど、一体一体が途方もない強さをしているうえに倒してもしばらくすると復活する。この空中大陸で最初に幻獣と遭遇した国際環境調査機関も十分な戦力を持ちながら壊滅的な被害を被った」
「それでも国際機関が討伐を依頼し、企業がそれを受諾したということは勝算があるんじゃないのか?」
リハネが頷く。
「空中大陸の中心部にある巨大クリスタル。あれが幻獣の力の源と目されている。クリスタルに近づくほど幻獣との接触のリスクが増え、強い個体も現れる。しかし、あれさえ破壊できれば……」
なんとなくこの空中大陸の現状が見えてきた。幻獣討伐のめどが立つまで相当な犠牲があったのだろうか。
「そこでナハド、あなたに頼みたいことがあるの。これは監査局員としてではなく、至極個人的な依頼」
リハネが改まってこちらをまっすぐ見つめている。
「私とともに空中大陸中心部に……巨大クリスタルを破壊するまで同行してほしい」
「……リハネ、君は一体何を」
彼女の目からは覚悟のような、使命感を帯びたものを感じる。
「幻獣討伐は企業が受け持ってはいるけれど、奴らはそんなこと二の次で資源採取に夢中。そしていずれは企業間およびギルド間での争いが起きるのは避けられない。それは空中大陸だけでは留まらずやがて地上でも……下手したら他国を巻き込む大規模な衝突に発展しかねない」
「私はそれを止めたい……!」
(どうか争いを止めてはくれまいか)
リハネの声とどこかで聞いた誰かの声と重なる。
「……幻獣の発生さえ止めてしまえば企業たちは止まるのか?」
「幻獣さえいなければ国際機関も調査に重い腰を上げる。もともと企業に依頼すること自体リスクではあった。複数の企業に依頼することで互いに牽制しあうのを期待したのでしょうけど、予想以上にこの空中大陸から採取できる資源が企業にとって魅力的過ぎた」
「何より、私の一番の懸念は争いによって生じる怨嗟が幻獣に悪影響を与えかねないこと、かつて覇王の怨嗟がそうしたように。そしてそれを意図して起こそうとする者たちがいるかもしれないということ。もしかしたら先の飛空艇墜落の一件も無関係じゃないかもしれない」
なぜ俺に依頼するのかと思ったが、ペクテンという企業もそしてギルドも内通者がいる可能性を考慮すると下手に動けない。襲撃者が他にもいて生存者である俺たちを狙わないとも限らない。飛空艇墜落事件の被害者である俺は少なくとも内通者との繋がりはないと言えるか。
まぁ、そもそも記憶がないわけだが……。
「リハネは……なぜ危険を冒してまで自身での解決を望むんだ?何が君をそこまで突き動かすんだ?」
リハネは一呼吸おいて口を開く。
「私は……覇王ピューロスを討った英雄の子孫、その一人だから」
右腕がピクンとはねた気がする。
『幻獣を怨嗟の受け口にしてはならない』
「私の何代も前のおばあ様から受け継がれてきた口伝。もしかしたら英雄たちはこの空中大陸と幻獣の出現を予期していたのかもしれない。」
「私は護りたい。かつての英雄たちの想いを……」
「でも今の私では悔しいけれど力不足。だからナハド、あなたの力を借りたい」
リハネのまっすぐな言葉を受け、俺も彼女の目を捉えて口を開く。
「俺はこの空中大陸に来る前の記憶はないが、一つだけ思い出したことがある」
『争い止めてはくれまいか』
「もちろんリハネではない誰かから言われたことだ。先ほどギルドの医務室で俺の素性は傭兵として登録があることを教えてもらった。だが、単に傭兵としてこの大陸で依頼をこなすつもりならこんな言葉はもらわないだろう」
リハネは黙って俺の言葉を聞いている。
「俺はきっとリハネと同じような気持ちの人から頼まれてここに来たのだと思う」
「リハネには恩もある。ぜひ協力させてくれ」
彼女の顔から緊張が抜けて、安堵の表情を見せる。
「ありがとうナハド。これから先、どんな苦難が待っていたとしても、貴方がいてくれるならすごく心強い」
そういうとリハネは右手を差し出す。
「頼りにしています」
俺は差し出された右手に応えて握手を交わす。
彼女の手はどこか暖かかった。




