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目覚め③

 夜の海岸、波の打ち寄せる音が心地よい。星々の煌めきを海面に映しては波の揺らぎに消えてゆく。時折流れ落ちる光の線が闇を彩っていく。

 ……ここは?……そうだ俺は空中大陸で目を覚まして、記憶が無くて、襲撃者が現れて、撃退して、そうしたら彼らは自害して、それから、意識が急に遠のいて……

 ここはどこだ?

 何故、空中大陸に海岸があるのか。

 気付くと波打ち際に一人背を向けて立つ男がいる。背格好は俺と同じくらいか。

「あの……」

 遠慮がちに声をかけてみる。

「……渚とはなぜこうも人を不安にさせるのかと、考えたことはあるか?」

 若い男の声が返ってくる。背は向けられたままだ。聞かれた言葉の意味はよくわからない。

「地と海の境界線はかくも曖昧で、渚はそれをより引き立てる」

 いつの間にか自分の足元まで波が迫っている。

「寄せては返す波が我らの足跡を消していく、母なる海などと呼ぶにはあまりにも寒々しい」

 男がこちらに振り向く。

「そうは思わないか?」

 俺は戦慄した。

 男の本来顔がある部分は、そこだけ空間を切り取ったかのように真っ白で何もなかった。


「はっ!?」

 意識が覚醒し、飛び起きる。冷や汗が全身を伝っている。

 ベッドの上?医務室……というには少々清潔感を欠けるように物が散乱している、他にもいくつかのベッドがあり、それを仕切るカーテンが垂れ下がっている。部屋の中には俺一人のようだ。先ほど大声を出した自分に反応する者は誰もいない。

 ここはどこだろう。この疑問を抱くのも何度目だろうか。部屋の外には人の往来があるのか喧騒がする。どことない生活音が先ほどの悪夢のようなものと地続きではいという安心感を与えてくれる。

「おや?起きたかい少年」

 垂れ幕をくぐり部屋の中に中年の男が入りこんできた。白衣を身にまとい、猫背で無精ひげを生やし生気のない顔をしている。

 男はのそのそとこちらに近寄り、無造作に俺の顔に手を伸ばすと目を無理やり開かせてのぞき込む。

「う~ん」

「まぁ、大事ないだろう」

 そうつぶやくと、おおきなあくびをして近くにあった丸椅子に腰かける。

「連れの監査局員の女の子に感謝するのだな。救助されてここに運びこまれるまで付きっきりだったようだぞ」

 リハネのことか、彼女も無事のようで安心した。ということはここは飛空艇墜落現場から最寄の調査ベースだろうか。

「彼女は今どこに?」

 男に問いかける。

「まあ待て、かわいい彼女が気になるのはわかるが自己紹介くらいさせろ、俺はケルスス、この調査ベースの医者だ」

 意地悪い笑顔を見せながら男は名乗る。

「お前さんはナハドと言うらしいが、記憶喪失だって?本当に何も覚えていないのかい?」

 俺はかぶりを振る。やはり特に思い出せたことはない。

「……そうかい、まぁ、焦らず気長に向き合うしかないわな、ふとした拍子に記憶が戻ることもあるだろう」

「だが、ここにいる連中……、特に企業の奴らは気長に待てないかもな、例の墜落の件について生存者であるお前さんに聞きたいことだらけで、はやく起こせと躍起になっていた」

 飛空艇墜落の原因や経緯が知りたいのは当然だろう、俺が話せることは何もなさそうだが。

「ケルスス、様子はどうだ」

 医務室に近づく足音が一つしたかと思うとまた一人、垂れ幕をくぐり男が入ってくる。ケルススより少し若い、髪をオールバックにまとめている。

「おっと、起きていたのか、企業よりはやくコンタクトできたのはありがたい」

「噂をすれば……か」

 ケルススが目を細める。

「ギルド・マグナルプスのセネカというものだ、ナハド君、起きて早々悪いが聞きたいことがあってね」

「無駄だと思うぞ」

 ケルススがおおきなあくびをしながら口を挟む。

「聞いているよ、墜落前の記憶はないのだろう」

 セネカは丸椅子をガリガリと引きずってこちらに近寄りケルススの横に腰かける。

「墜落の原因も気になるところだが、私はむしろその後の出来事が懸念でね、所属不明の襲撃者、彼らについて何でもいいから思いついたことを教えてくれないか」

 俺は頷き、襲撃者についてかなりの手練れであったこと、自害という選択を躊躇なく迅速に遂行したことを話した。あの時のリハネの反応からしてもただ事ではなかったのだろう。

 また、俺は自身の素性についてギルド側で知っていることを教えてもらった。どうやら傭兵としていくつかのギルドに登録があったようだ。


 しばらく会話を交わしてまもなく、部屋の入口から聞き覚えのある声が飛んできた。

「そこまでよ、ここから先、彼の身柄は監査局が預かるわ」

 艶やかな青髪、制服のようなフォーマルな服装に身を包んだ少女がそこにいた。

「リハネ……」

 今の俺にとって唯一と言っていい知り合いに再び会えたことで、自分でも意外なほど安堵の声が漏れていた。

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