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第17話:峡谷のトラス架橋(ブリッジ・ワーク)

 王都での慌ただしい準備――資材の受領、中隊二百五十名の装備点検、そしてシギュン様による「逃げ場のない包囲網」のような進軍計画の確認――を終え、僕は再び東掩蓋連峰へと向かう軍用馬車の揺れに身を任せた。

 だが、今回の行軍は前回とは違う。二百五十名の兵員と、食料や建築資材を山積みにした輜重隊の大型ゴーレムたちが後に続く。この大所帯を未開の荒野へ届けるには、従来の「踏み固めただけの土」では話にならない。


 実家でスープを啜りながら練り上げた「不本意な宿題」の提出の時間だ。


 王都から離れてしばらくは乾燥した気候が続いており、工程は順調だった。

 僕が地盤の支持力をスキャンして得た、最適なルートの指示通り、工兵たちが土質変換で路盤を整え、現地調達した砕石を多層状に積み上げていく。重機代わりの輜重ゴーレムたちは、その巨大な質量を「締め固め(転圧)」のエネルギーとして逆利用され、通れば通るほど強固な路盤を形成していく。


 乾燥地帯では、魔法で硬化促進させたローマンコンクリートによる暫定舗装も併用し、中隊はかつてない速度で荒野を突き進む。

 しかし、東掩蓋連峰の巨大な岩壁――通称「蓋」が視界を覆い始めた頃、現場の空気は一変する。


 巨大な岩壁、通称「蓋」がもたらす不気味な霧と、雨季の湿気が大地を侵食し始めたのだ。

 連峰特有の湿気が大地を泥濘に変え、輜重隊の大型ゴーレムたちが「締め固め」を行うスピードも目に見えて落ちてきた。そして、進軍ルートの最前線に立った僕の目に飛び込んできたのは、深い峡谷と、そこに架かる一本の細い「つり橋」だった。


「……あー、やっぱり。先遣隊が通ったあのつり橋、あれが『現場』の限界ですよね。不本意だ、あまりに不本意すぎる……」

 それは蔓と板切れで編まれた、まさに「人ひとり」が渡るのが精一杯の代物だ。二十名の先遣隊なら問題なかっただろうが、今僕たちの後ろに控えているのは、数トンの物資を積んだ輜重隊の大型馬車と、それを引く岩石ゴーレムだ。


 東掩蓋連峰の切り立った峡谷。そこを吹き抜ける風は、僕たちがかつて経験した「死の泥沼」の豪雨とはまた違う、物理的な質量を持った暴力として襲いかかってくる。


 僕の脳内にある「現場監督」のスイッチが、微かに音を立てて切り替わる。


「監督、これ……俺が荷物持って渡っても、三歩目で谷底行きだぜ?」

 バルカが呆れたように巨大なつり橋の支柱を指差す。


「当たり前です。ゴーレムが足を乗せた瞬間に、このつり橋はただの『パチンコ』になって、輜重馬車を対岸じゃなく空の彼方へ射出しますよ。移動荷重と衝撃係数をナメちゃいけません。安全第一、こんな橋は論外です」

 ま、空の彼方といっても主に下方向だけど。


「ドルト。貴公の計画ではここに新たな橋を通すことになっているな。資材については解決できたのか?」

 シギュン様が銀色の鎧を鳴らして歩み寄る。


「鋼材の予算は会計局のエルナさんに『オーバーだ』と一蹴されていますしね。……でも、不本意ですが『資源』なら目の前に山ほどありますよ」

 僕は魔照機で周囲に群生する『東掩蓋杉』を照射した。


「この杉と、マイスさんの金属加工を組み合わせます。造るのは木造の『バー・アーチトラス橋』。アーチでゴーレムの超重量を支持層へ逃がし、三角形のトラスで構造の剛性を確保します」


 さらに、僕は峡谷を吹き抜ける暴力的な突風を指差す。

「そして、橋全体を屋根と壁で覆う『カバードブリッジ』にします。ただの雨除けじゃありません。橋を一本の『ボックスガーダー』にすることで、峡谷の死神――フラッター現象(風による共鳴自壊)を物理的に封じ込めるんです。マイスさん、接合部の特製ボルトと、荷重を分散する広幅の座金をお願いします。木材の『しなり』を金属の『剛』で繋ぐ。一ミリのガタも許されませんよ!」


 僕の指示が飛ぶと、シギュン様が満足そうに剣を抜いた。

「全軍、傾注ッ!ドルト技術曹長の指示に従い、あの杉を切り出せ!輜重隊の足を止めるな、空に新たな『道』を架けるぞ!」


「おうよ、監督!大型馬車でもゴーレムでも、ダンスができるくらい頑丈なやつを造ってやるぜ!」

 バルカが咆哮し、中隊が動き出す。人ひとりしか通れなかった断崖に、僕らが王国軍の物流を支える「箱の橋」を作るのだ。


 ――――1820年アメリカ、建築家イシエル・タウンが考案した木造トラス構造であるタウン式ラチストラス。

 斜材を細かく格子状(網目状)に交差させた構造で、特別な金物や熟練の職人を必要とせず、安価な木材のみで頑丈な橋を架けられるのが最大の特徴だ。

 上下の弦材の間に、斜め材を連続して交差ラチスさせ、連続した三角形の集合体が、高い強度を生み出す。大型の木材や金属のボルトを使わず、小さな木材と木製のピン(ダボ)だけで組み立てが可能なのだ。これにより建設費と人件費を大幅に削減できる。また、雨風による木材の腐食を防ぐために橋全体に屋根や壁が設けられることが多く、「屋根付きカバードブリッジ」の代表的な構造としてアメリカで広く普及した。1820年にイシエル・タウンが特許を取得しているが、この世界にはタウンもアメリカも存在しないのだ――――


 視界には、自作のモノクルを通じて、峡谷を渡る風のベクトルと、切り出された『東掩蓋杉』の繊維強度がデータとして重なり合う。

「シギュン様、その大剣で杉材を規格パネルに精密カットしてください。マイスさんは、アーチとトラスを繋ぐ『心臓部』、特製ボルトと広幅座金の製作を!荷重を分散し、木材の局部圧縮を防ぐのが肝です!」

 シギュン様が銀色の閃光を走らせ、風魔法を纏った刃が巨大な杉を正確な規格材へと変えていく。まさに「精密製材機」だ。


 ()が導入するのは、タウン式ラチストラスをベースにしたプレハブ・ユニット工法と巨大な木製アーチを組み合わせた、バー・アーチトラス構造だ。まず、シギュン様が「精密製材機」として切り出した板材を、格子状に交差させて網目状のトラスユニットを量産する。

 斜め材を細かく網目状に交差させ、接合部をマイスさんが打った特製ボルトと広幅座金でガチガチに締め上げる。一本の木材は細くても、数百の三角形が力を分散し、巨大な「面」としての剛性を生み出す。


「ドルト技術曹長!この網目みたいな板の塊をいくつも作ればいいんですね?」

 工兵隊員が、組み上がげたトラスのユニット――プレハブ・ユニットを重装を解いた歩兵隊が軽々と運び出す。


「そうです。現場で一から組んでいたら、雨季の湿気で木が歪みます。規格化したパネルを地上で量産し、それを繋ぎ合わせることで品質を一定に保ちます」


 数時間後、峡谷の縁には、巨大な「箱」のような橋の断片が連結され、十五メートルの長さに達していた。


「監督!この巨大な『木のアーチ』はどうするんだ?」

 バルカが、シギュン様の風魔法で曲げ加工を施された巨大な東掩蓋杉のアーチ部材を運び込んできた。


「ここがバー・アーチトラスの真髄です。重いゴーレムが通る時の荷重はアーチが受け持ち、橋全体の剛性は格子状のトラスが支える。マイスさん、その特製ボルトでアーチとトラスの交点をガチガチに締め上げてください!厚肉の座金で面圧を分散させないと、ゴーレムの一歩で木が裂けますよ!」


「それで、ドルト曹長よ、こんな地上で組み上げた代物をどうするんじゃ?鉄より軽い木製とは言え、流石にこいつは持ち上がらんぞ」

 ボルトを打ち出し、木材の「しなり」と「剛」を一体化させていきながらマイスが問いかける。


 クレーンもなければ、対岸に足場を組む余裕もない状況で、10トン以上ある「木の塊」を10m弱先の対岸へ届けるために上部アーチを形成し、下方へのたわみをおさえたのだ。


「まあ、見ててください。ゴーレムの重みを味方につけて架橋しますから」

 ()は峡谷の縁に、シギュン様に削り出してもらった岩のローラーを設置させる。その上に橋の先端を乗せ、ゆっくりと空中へ押し出していく。


「監督!重心がつま先立ちになってるぞ!このままじゃ谷底に真っ逆さまだ!」

 バルカが悲鳴を上げる。橋の半分以上が空中に突き出せば、重力に従って橋は対岸に届く前に折れ、落下する。


「慌てるな!輜重隊の大型ゴーレム、橋の後端に連結!橋が対岸に届くまで、その圧倒的な質量で『重石カウンターウェイト』になれ!」

 ゴーレムが橋の末端をガッチリと掴み、自身の重みで橋が前へ倒れ込むのを繋ぎ止める。

 橋の先端が空を泳ぎ、対岸の岩棚へと数センチずつ、這うように近づいていく。

 ()はモノクル越しに、橋の自重によってトラスの接合部にかかる二次応力を注視する。マイスさんのボルトが悲鳴を上げているが、計算上の安全マージン内だ。


「……シギュン様、風で橋の先端を微調整してください!座標(42,105,0)へ誘導!」


「心得た!私の風で定義し直してやろう!」

 シギュン様の精密な風圧制御により、橋の先端が吸い込まれるように対岸の支持岩盤へと接地した。

「……接地確認!輜重隊、そのまま徐行で前進!橋全体を引き込め!」


 ついに、峡谷に巨大な「木のトンネル」が架かった。


 仕上げに屋根と壁を完璧に閉じ、橋全体を強固なボックスガーダー(箱桁)へと変える。これで、峡谷の死神――フラッター現象による自壊のリスクは物理的に封じ込めれるはずだ。


「……ふぅ。安全確認、よし。とりあえず、物流の大動脈(メイン・ルート)は開通です」


 泥と汗を拭い、僕は大きくため息をつく。完成したカバードブリッジを、最初のゴーレムが悠然と渡り始める。木造とは思えないほどの剛性。マイスさんのボルトが、ゴーレムの衝撃を逃がしながら、心地よい「音」を奏でていた。


「ドルト。貴公の定義した道は、もはやただの木材の集まりではないな。空を征く城塞だ」

 シギュン様が、満足そうに橋を見上げて微笑む。


「……っ。不本意ですよ。僕はただ、人ひとりがやっとの吊り橋で、馬車が谷底に『射出』されるのを見たくなかっただけなんですから」

 僕のつぶやきは、立派な屋根の下を通り抜ける輜重隊の活気ある足音に、かき消されていった。安全第一、工期遵守。不本意ながら、傑作が竣工してしまったらしい。


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