第16話:5年ぶりの帰郷(1泊14日)
王都から南へ約二百キロ。軍用馬車と乗り合い馬車を乗り継ぎ、ガタガタと揺られること数日。辻馬車がなくなってからは徒歩で丸一日。ようやく辿り着いた故郷の村は、東掩蓋連峰の「蓋」に覆われた薄暗い世界とは違い、眩しいほどの陽光に包まれていた。
(……あー、やっと着いた。身体中が粉々になりそう。休暇の移動だけで体力を使い果たすなんて……不本意だ、不本意すぎる)
僕は悲鳴を上げる細い体を伸ばしながら、見慣れた、けれど記憶より小さく感じる生家の門をくぐる。
「あ! ドルト兄ちゃんだ! おっかあ、ドルト兄ちゃんがかえってきた!」
「おかし! 王都のおかしもってきたー!?」
庭先で泥遊びをしていたのは四女と五女たち……だと思う。
5年近く離れていたのに覚えてくれていたなんて奇跡ではないだろうか。
「ぐぼぉっ」
弾丸のように僕の腰に抱きついてきた双子。長い道のりの移動で疲弊した僕には、この「小さな子供の荷重」さえ今の支持力では限界に近い。
「うわっと……二人とも、大きくなったね。お土産はあるけど、まずは家に入れさせてよ」
騒ぎを聞きつけて、家の中からゾロゾロと僕の家族が現れる。日焼けして逞しい長男、三男の兄さんたち。そして、台所から顔を出した次女の姉さんと、母さんだ。
「ドルト! 本当に軍学校を卒業したのか?お、少しは背も伸びたんじゃないか?」
長男の兄さんが、以前より少しは背が伸びた僕の細い肩をバシバシと叩く。
「ちょっと兄さんたち、ドルトをいじめないで。ほら、泥だらけじゃない。荷物を貸しなさい」
姉さんが強引に僕のザックをひったくります。中にはシギュン様から渡された「全天候型道路の設計案」という不本意な宿題が詰まっているのだけど、そんなことはお構いなしだ。
奥からゆっくりと現れた父さんと母さんは、僕の顔をじっと見つめる。
「……ドルト、無事でよかった。本当に、無事で……」
母さんは僕の手を握り、ポロポロと涙をこぼしました。軍学校への入学を「家出」同然に決めて飛び出した僕を、ずっと心配していたことがわかった。
「……飯にするか。ドルト、汚れを落としてこい」
父さんは一言だけそう言うと、僕の顔を上から下まで、まるで現場の竣工検査でもするかのような鋭い眼差しで確認し、満足そうに一つ頷く。農家の家長としての、不器用な歓迎の儀式。
夕食は、懐かしい野菜のスープと硬いパンだった。王都の戦勝記念式典で配られた仕出し弁当より、ずっと胃に染み渡る。
「ドルト兄ちゃん、王都はどうだった? 騎士様たちはキラキラしてた?」
四女の妹が目を輝かせて聞いてくる。
「……うん、まあ。でも、僕がいたのはキラキラした場所じゃなくて、泥の中ばっかりだったからドロドロだったね。ただ、シギュン様っていう……上級騎士の方は、銀に輝くの鎧を身に着けていたからキラキラしてたかな……?」
シギュン様も泥まみれの甲冑姿だったような気もするけどまあいいか。
家族の笑いが家中を満たすなか、僕はふと、庭の先にある実家の畑を見つめる。
(この豊潤とは言えない土地……王国南部の農地の広さでカバーできているのかもしれないけど、土壌改良の余地がありすぎる。「土質変換」だけでなく、王都で学んだ良い配合も提案できる。それこそ、あの『液状化』や『支持力公式』の逆転発想を使って……)
気づけば、僕は庭の土を眺めながら、その土質、粒度分布を確かめていた。
(この土を、いつか『フカフカ』にするための……。いや、それより今は、中隊二百五十名を通すための全天候型の路盤設計も……)
「ドルト、お代わりはあるわよ。そんな難しい顔をして土を睨んでいないで食べなさい」
母さんの声で現実に戻った僕は「……はい、いただきます」と答え、家族の温もりに甘えることにしたのだ。
故郷の平穏な空気に包まれた温かな夕食を終え、離れに用意された寝床で横になった僕の頭には、不本意ながら、次の現場の図面が鮮明に描き出され始めていた。
実家の村の入り口から続く、あの見るに耐えない泥道。東方への道も似たようなものだった。そこに、二百五十名の中隊移動と今後の物流を考えると、あのガタガタの道は何とかしないと工期がいくらあっても足りない。
石畳やレンガを敷き詰めるなんて予算も人手も資材もないだろうから、基本現地調達しないとダメだろうな……。
そうぼんやりと考えていると脳内にある「現場監督」のスイッチが、微かに音を立てて切り替わっていた。
あの東掩蓋連峰への街道だって、そもそもが未舗装の悪路なんだ。
王都周辺の道は石畳だけど、その先を石畳を作ろうとしたらどれだけの期間がかかるやら。
王都寄りの地域は雨が少なく、乾燥しがち、東掩蓋連峰周辺はどちらかというと湿気が多く、雨も多い地域だ。雨季に入れば道はすぐにぬかるむだろう。
道が泥濘化するのは水が逃げ場を失っているからだ。道の両脇に排水溝として側溝を設置するのも良い案だろう。だが、それよりも道路自体に雨水が留まらないようにする必要がありそうだ。
限られた予算と工期、資材……。
――――19世紀初頭イギリス。スコットランドの土木技術者、ジョン・ルウドン・マカダムが考案し彼の名前が冠されたマカダム法。
従来の「巨大な基礎石を敷き詰める工法(テルフォード法など)」を否定し、小さな砕石の噛み合わせと排水管理に重点を置いた層状砕石構造の道路舗装技術だ。
下層は荷重を分散させるための大きな砕石を敷き、その上層は滑らかな路面を作るための中・小粒の砕石を詰め、さらにその表層には石粉や細かい砂利で隙間を埋めるのだ。重い加重によって、角のある石同士が噛み合い、強固な路盤を形成が可能であり、路面を周囲より高くし、中央部を盛り上げた「かまぼこ型(横断勾配)」にすることで、雨水を側溝へ逃がすことも可能となる。
ただ、時代の変化とともにその弱点も露わになっていく。乾燥した日には細かい石粉が舞い上がり(粉塵被害)、雨が降り続くと(排水が追いつかない場合に)表面がぬかるむ原因となったり、19世紀末に自動車が登場すると、タイヤの吸引力によって表層の細かい石粉が吸い出されてしまい、路面が急速に摩耗・崩壊(わだちや穴が発生)するようになった。
この欠点を克服するために、後に砕石をタールで固める「タール・マカダム(タマカ)」、さらには現代のアスファルト舗装へと進化していくことになった――――。
ロードローラのような重機はないけど、この世界にはゴーレムという大層な質量と動力を併せ持つ機械……じゃなくて魔法生物がいるから、それを転用すれば……。
……いや、しかしそうなるとゴーレムの運用が前提になってしまうからな。まあ、でも当面の資材や食料については何往復も新たに打設する街道を輜重隊のゴーレムが引く馬車で移動することになるからそれなりの期間で踏み固められる。
地域の気候差は水締めと砂詰めの使い分けでいけるかもしれない。水締めに必要な水をその場で生成できる魔法って便利だよな。輜重隊の運んでるのも命の潤滑油だけだし。
あとは表層の被覆材。乾燥・防水対策としてアスファルトもどきを作るにも石油の精製が欠かせない。
だが、この世界に石油の代わりとなるものは魔法の根源みたいなものに置き換わっている。バイオアスファルトを合成する方法もあるかもしれないが、石油が存在しないために、技術発展性が少ないこの世界で量産は難しいだろう。
この際、ローマンコンクリートを打設と同時に魔法で硬化促進させながら進んでも良いかもしれない。現代だってコンクリート打設のコストが高いからアスファルトを利用しているだけだし。
繰り返しになってしまうが、工業化という知識と設備の積み重ねで対応できることがこの世界では実現し辛い。当然、農業だって安価な化学肥料は普及しないし、なんだったら魔法で生育効果出ちまうんだから。
そうそう、死の泥沼で誰かが話していたのを耳にしたんだが、個人の魔力量は子供の頃から鍛えているとその総量が増えるみたいだ。ただ、魔法を教えてくれるような専門家が周囲に居ないような農村の子供が知ることのできない技術でもあったわけ。転生後、幼児期から鍛えて魔力量チートとか今更無理。輪作とか普及してるし。偏った知識チートのみで頑張るしかないな……。
チュンチュン……チュンチュン……
「ドルト兄ちゃーん、おてがみ来てるよー!」
「おてがみ2個も来てるよ!おきてー!」
いつの間にか寝入ってた僕は一通ずつヒラヒラさせながら顔を覗かせる妹たちの元気な声で起こされた。
(あー、それ手紙ではないなぁ。指示書だなぁ……)
「えっ……!?……指示書?」
僕は跳ね起きるようにして二人に飛びつき、2通の手紙を受け取る。
「だれからのおてがみ?」
「なんてかいてあるの?」
1通は指示書。事前に通達されていたとおり、東掩蓋連峰の麓の荒野での開拓準備の指示。
もう1通は……。
シギュン様からの手紙だった。
季節の挨拶もない簡潔な内容。『東掩蓋連峰派兵に当たっての準備』の命令。つまり、開拓準備する任務のための準備任務。
東掩蓋連峰への出発予定日の7日前より、資材受け入れ体制の確認と資材の受け入れを行うようにという指示だった。
えーと、辻馬車の行き交う街道まで1日。
王都方面への辻馬車はそれなりに走っているだろうから乗り継ぎなしで行ける可能性は高い。
帰ってくるまでに馬車だけで5日かかってる。軍用馬車や乗り継ぎを利用してそれなりの速度が出ていたから早い方だと思う。王都方面の馬車はそれなりに荷物を積んでいるだろうから7日は見ておいた方が良いかも。
と、なると合わせて8日。
うん、まあ、今から出てギリギリといったところ……?
「ああああああああああああ!僕の休暇がああああ!」
僕は頭を抱えて叫ぶ。まだ鍬一掬い分の土も耕してないのに!
「にいちゃんどうしたの?」
「あたまいたいの?」
「大丈夫!これからすぐに王都に戻らなくちゃいけなくなっちゃっただけだよ」
半べそで答えると双子は「もう帰るの?」と寂しそうにつぶやく。
「うん、ごめんごめん、またすぐに来るから」
慌てて支度をし、家族に簡単に挨拶を済ませる。前回出て行ったときは家出同然の夜中の抜け出しだったから、今回は挨拶ぐらいはしとかないとと思ったんだ。
「みんな行ってくるよ。次に帰ってきたときはこの辺一帯が裏山の土のようにフカフカで実り多い土地にするつもりだから、楽しみに待っててね!」
戦地に向かうわけではないことを知った家族は少し安心できたのか笑顔で僕を送り出してくれた。
それでも、父さんと母さんは心配そうな表情を浮かべていたが、まあ、仕方ない、いくつになっても僕は父さんと母さんの子供であることに変わりはないから。




