第13話:フロンティア・オーダー(不本意な転勤)
6/3は『測量の日』ということで予定を前倒して本話を公開。
戦災復旧という名の「残業」を終えたばかりの僕を待っていたのは、実家への帰省休暇ではなく、見知らぬ荒野へと向かう軍用馬車の揺れだ。
王国議会はこの先20年の食糧事情を予測し、人口増加に対して食糧が足りなくなると判断し、王国東部の未開拓地域に農業都市の建設を決定した。
王国南部には肥沃な穀倉地帯が広がっているが、それだけでは不足する見込みなのだ。確かに、その一地方の農家の四男である僕が耕す土地はない。単位面積当たりの収穫量を上げなくては質素な暮らしをしなくてはならないほどだ。だから、僕は軍学校で学び、生家の助けになろうと思ったんだけど……。
「あー、腰が痛い。なんでよりによって、復興が終わった直後に五百キロも離れた未開地に飛ばされるんだ。不本意だ、あまりに不本意すぎる……」
馬車の窓から、遠ざかる王都を恨めしそうに眺める。
軍学校の入学条件をギリギリでパスした線の下糸のように細い体は、長距離移動の振動だけで悲鳴を上げている。
到着したのは、王国の東端に位置する東掩蓋連峰の麓だ。
そこは、僕が知る「現場」の常識を覆す異様な光景だ。
見上げる視界の半分を、巨大な岩壁がひさしのように迫り出し、空を占拠している。文字通り、山が世界に「蓋(掩蓋)」をしているのだ。
空を失ったような薄暗い谷間の下には、不気味な霧と冷たい風が滞留している。
先遣隊二十名の当面の住拠として、僕は移動性と耐風性に優れた円形天幕の設営を指示する。
「いいですか、四角いテントじゃこの山からの吹き下ろしに耐えられません。円形にして風を左右に逃がします。構造で受け流すのが安全第一の基本ですよ」
設営の様子を、銀色の鎧を纏った上級騎士、シギュン様が凛とした佇まいで見守っている。
「貴公の選ぶ住居は、相変わらず理に適っているな。風の理を理解している」
「……光栄です。でも、シギュン様。僕は風の理よりも、自分の腰の安寧を優先したいだけなんですけどね」
彼女は中隊長として二百五十名を束ねる指揮官だが、この先遣隊においては実質的な「現場保安責任者」として僕の隣に張り付いている。
その眼差しは、僕という兵卒を「王国の資源」として管理しようとする投資家のような執着に満ちていた。
――翌朝
軍から支給された最新の地図を広げた瞬間、僕の胃が雑巾のように絞られる。
(……なんだ、この落書きは。等高線の概念が死んでる。奥行きもデタラメだ。こんな図面を信じて進むのは、目隠しして地雷原を歩くようなもんだぞ)
脳内にある「現場監督」のスイッチが、音を立てて切り替わる。
「あーもう! 地図のない現場に、一センチのコンクリートも流せるか! 不本意だが、まずは『定義』からやり直しだ!」
僕はスコップを測量竿代わりに地面へ突き立てる。
――――伊能忠敬。日本史でも習う日本の測量家だ。
彼の測量は、地点間を順次結んで距離と方位を測る「導線法」を基本としている。距離は平坦な場所では間縄・間竿と呼ばれる麻ひもに一定の間隔で印をつけた縄や鉄鎖、竹竿を使用して実測された。平坦ではない場所は「歩測」で測定され、誤差を防ぐため寸分狂わぬ一定の歩幅を維持する執念によって正確な距離を測ったのだ。また、方位測定には、ジンバル機構で水平を保つ方位磁石である「彎窠羅針」を用い、傾斜地でも正確な角度を測定。遠方の目標地点は、既知の二点から方位を測る「交会法」で特定しており、これは現代の三角測量に通じる手法だ。
さらには、地上測量で生じる累積誤差を補正するため、夜間に星を観測して緯度を特定する「天文測量」を行い、地図全体の精度を極限まで高めたのだ――――
「それでは皆さん集まってください! これからこのデタラメな山を測量して、地図を再構築します」
バルカやガリク、そして先遣隊の兵士たちが僕の掛け声を聞いて整列する。
「正確な地図を作るには、まず『一歩の長さ』を完璧に揃える必要があります。偉大な先人は、寸分狂わぬ歩幅で国中を歩き倒して地図を描いたと言います。……昔の極限状態の現場では、左右の足を正確な長さの紐で繋いで歩幅を強制的に固定する測量なんて話もあります。……当然、皆さんは同じ歩幅で歩くなんてできないでしょうね」
僕が麻紐の束を指先で弄びながら、冷徹な笑みを浮かべると、整列した全員がマジかという顔でこちらを見る。
「どうです? 皆さんも紐で繋がれて、罪人みたいな見た目でいきますか? 精度は保証します」
「か、勘弁してくださいよ監督!」とバルカが青ざめる。
「……もちろん、冗談ですよ」
全員の表情が安堵の笑みに包まれる。
不本意ではあるが、実作業にはポケットに眠る自作機ではなく、軍から支給された改良版の魔照機を使用する。
「では皆さん、こちらを持って適当に広がってください、そして事前に組み分けした二人一組で同じ場所を魔照機で照らしてください」
各々が台座付き魔照機を抱え、あちこちに散らばる。
そう、これから行うのは二点交会法による計測だ。
僕が同じ点を指し示す魔照機の2本の光の筋がなす角度をモノクルで捉え、記録する。
魔照機2点間の距離が分かれば、あとは三角関数の計算で魔照機で照らした地点の座標を割り出せる。
どうせ、まともな地図があるわけでもないんだし、まずは基準となる地点を決めてすべて測量するしかない。
「シギュン様、そのまま動かないでください。あなたの立ち位置が、この開拓の基準点になります」
高出力のレーザーが導く光の終着点をモノクルで捉え、三次元の座標へと変換して図面へと落とし込んでいく。測量が順調に進んでいたその時、モノクルが地面の僅かな振動の違和感を捉える。
「……っ、なんだ、この不自然な反響は」
地面に手を当て、「媒質」とした自身のマナを振動させ、その乱反射を脳内に送り返してもらう。
(……この巨大な岩の『蓋』。その自重と、風の悪戯で、下の地盤が悲鳴を上げてやがる。案の定、地中空洞だらけだ)
見上げる岩壁の重みが、足元の脆い地層を押し潰そうとしている。いつ陥没してもおかしくない「仕掛け罠」のような現場だ。しかし、地下の空洞をすべて確認して埋め直すなど、非現実的な作業だ。
「ドルト、何か見つけたのか?」
歩み寄ってきたシギュン様に地下空洞について報告を行う。
「やはり貴公をここに連れてきたのは正解だった。早くもこの土地が何故取り残されてきたのか、その答えの一部に気付いたようだな」
「……シギュン様。僕を煽ててもこれは簡単に解決できるようなものではないですよ」
「ふふ、貴公の任期はたっぷり残っている。この地をすべて貴公の言う『安全第一』な現場にするまで、寝る間もないぞ」
「あーもう! だから不本意だって言ってるんだ! 工期がいくつあっても足りない!」
僕の絶叫が、巨大な岩壁に反響し、暗い谷底へと吸い込まれていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
測量の日、1949年のこの日に測量法が公布されたことを記念し、国土交通省が制定しました。
第2章は壊すのではなく、作る方に全振りします。
世界の構造物や技術をざっくりと紹介しつつ進めたら(目的はほぼコレ)と思ってます。
事例や技術など間違いがありましたら指摘いただけると幸いです。
特定技術は門外漢かつ勉強不足で申し訳ないですが、間違いがあったらすみません。




