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第12話:戦域復興と遅れた凱旋(戦災復旧)

 国境線に王国の旗が再び翻り、兵士たちが歓喜の声を上げる中、僕は一人、右目の測量用モノクルを直し、目の前に広がる凄惨な「現場」の光景に絶句している。

「勝利だ! 凱旋だ!」と叫ぶ兵士たちの脇で、僕の脳内にある「現場監督」のセンサーが、かつてないほどの竣工検査不合格警報を鳴らしていた。


「……あーもう、不本意だ! 勝ったのはいいけど、これじゃ元の畑に戻すのに何年かかるんだよ! 壊すのは一瞬でも、直すのはその百倍工期(じかん)がかかるんですよ!」


「ドルト! 何をぼやいている、早く撤収の準備をしろ。手柄を立てた貴公は王都で表彰されるのだぞ」

 ゼノ曹長が、泥を拭った清々しい顔で僕の肩を叩く。


「曹長、正気ですか? 竣工図面(しあげ)も描かずに現場を離れるなんて、技術者のプライドが許しませんよ。資材調達係(ガリク)! 余っている石灰と、帝国軍が捨てていった肥料を全部かき集めてください! バルカさん、重機モード継続です!」


「おうよ、監督! 最後まで付き合うぜ、それが『安全第一』だもんな!」


 もともとこの地の領主軍である西方守備師団以外が王都へ向けて出発する中、僕の分隊が所属する中隊は国境線に残り、不眠不休の「戦災復旧(さいがいふっきゅう)」を開始した。


 まず最初に向かったのは、疫病の危機から救ったばかりのキャンプ地だ。


 急場凌ぎで設計したV字型の排水溝は、今や汚泥で詰まりかけている。

 僕はバルカに指示を出し、勾配を再調整して恒久的な排水システムへと改修させる。石灰による殺菌消毒を徹底し、この土地が再び「病の巣」にならないよう、土壌の環境管理を完結させた。


 次は、計画的崩壊によって要塞を飲み込ませたあの山だ。

「……よし、三十度未満の安息角。でも、崩れた土砂がそのままじゃ、次の大雨で麓の村が土石流に呑まれる。不本意すぎる……」

 僕はシギュン様に頼み込み、不安定な岩盤を風魔法でカットしてもらい、土砂の流出を防ぐための「控え壁」を爆速で構築する。


 さらに、鉄騎兵を沈めたあの深い堆積池。

 数百トンの質量が沈んだままの穴を放置すれば、ここはただの危険な落とし穴だ。僕はバルカの怪力で敵の残骸を引き揚げさせ、精密測量で割り出した正確な座標をもとに、地盤の埋め戻しを指示する。


 地下へ潜れば、敵の坑道を押し潰した際に生じた地中の空洞が、今度は陥没事故のリスクとして残っていた。

 僕は非破壊検査の要領で地中の空洞をスキャンし、自身の土魔法で粒子を密に詰め込み直すことで、将来的な地盤沈下を未然に防いでいく。


 錬成した人工のコンクリートの壁も、そのままでは軍事遺物として邪魔になるだけだ。

 僕はその強固な素材を「骨材」として再利用し、破壊された村の橋を架け直すための基礎資材へと転用した。


 そして、あの床暖房付きの塹壕。


 思い出深くはあるが、農地に戻すにはこの煙道ダクトも邪魔だ。

 僕はガリクにかき集めさせた帝国軍の「置き土産」である肥料と、ルミエの火で中和した石灰を混ぜ合わせ、塹壕を埋めながら土に漉き込んでいく。


「ルミエさん、その火で土を温めながら耕してください! 爆薬で酸性に傾いたこの土を、一気に中和して『フカフカ』に戻すんです!」


「私の神聖な炎が、最後は肥料作り!? ……でも、あなたの言う通りにすれば、来年にはここにも花が咲くのね」


 シギュン様もまた、僕の隣で黙々と風魔法を使い、不純物を取り除いた土を均していく。


 最後に向かったのは、僕が「長手積み」を教えたあの土嚢の山だ。

 軍学校の教科書通りに積まれた「芋目地」の壁が次々と崩れ去る中、僕が作った壁だけは最後まで残っていたが、役目を終えた今、それはただの障害物でしかない。僕はそれを一つずつ解体し、中の土を均して、元の野原の起伏へと戻していく。




 数ヶ月後。



 自国の領土を一歩ずつ舗装し直し、畑を「フカフカ」に耕しながら歩んだ僕たちが王都の門をくぐったのは、凱旋パレードの熱狂も冷めきった、静かな朝だった。


「……ふぅ。安全確認、よし。これでやっと、本当の意味での『終工』ですよ」


 泥と汗にまみれたメモ帳を閉じ、僕は大きくため息をつく。

 ようやく実家への帰郷許可が下りるかと思ったその時、ゼノ曹長が申し訳なさそうに一枚の羊皮紙を差し出した。


「ドルト。……貴公の任期は、あと七年と四ヶ月残っているのは知ってるな」


「……はい……」


「軍は貴公の復興手腕を高く評価した。次は東掩蓋(えんがい)連峰方面の『未開地開拓プロジェクト』に派兵するとのことだ」


 僕の目の前には、故郷の畑ではなく、新たな「難攻不落の現場(プロジェクト)」の地図が広がっていた。

 その隣で、シギュン様がいつになく楽しそうに、そして逃げ道を塞ぐように優雅に微笑んで、僕の肩に手を置いた。


「安心しろ、ドルト。貴公の『工期(よてい)』は、これからも私が責任を持って管理してやる。共に王国の基礎(インフラ)を盤石にしようではないか」


「あーもう! 不本意だ! 工期(いのち)全然(いくつ)終わ(あっても)らない(足りない)!」



 朝焼けの王都に、僕の絶叫が虚しく響き渡る。

 僕の「安全第一」な物語は、どうやらまだ、本当の竣工には至りそうにない。

(第一章 完)

最後まで読んでいただきありがとうございます。


第2章 フロンティア開拓編は6月中の再開を予定しています。

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