106、街の新しい店、しゃぶしゃぶ屋に行く
「ちょっと、ローズ!」
「もう、いいでしょう? この話はおしまいよ。私はハロイ島に戻るわ。学園のクラスメイトに、すぐにでも相談しなきゃ」
母は、大きなため息をついた。
「わかったわ。貴女がそう言うなら、この件は任せます。もし、他の星の者にこの国が侵略されるようなことになったら、国は消滅し、貴女の即位がなくなるわね」
「そうね。お母様が最期の女王にならないようにしてみせるわ。そのために、私をハロイ島へ逃したのでしょう?」
私がそう言うと、母はミューをキッと睨んだ。ミューは驚いて、マリーの背に隠れている。
「ローズのママ、あたしはローズに女王になってもらわないと嫌なのぉ。それに、パパと結婚してほしいと思っているわぁ」
「マリーさんの父親というのは?」
「あたしのパパはたくさんいるの。ママが、たくさんの優秀な遺伝子を集めて、あたしが生まれたから。魔人リュックもパパのひとりよぉ。でも、パパはたくさんいるけど、話ができるママは、今はひとりしかいないの。おかしいでしょ? バランスが悪いのよぉ」
「えーっと、私には魔族のバランスはよくわからないわね」
母は、首を傾げていた。両親は、普通は一人ずつだと反論したいのだろう。
しかし、ママが今はひとりってどういうことなのだろう。マリーのたくさんの父親には、配偶者がいないということなのかしら。
するとマリーは、私をチラッと見てニヤッと笑った。また、頭の中を覗いたわね。
「パパの奥さんは、あたしのママでもあるわけでしょ? でもねー、パパは変な奴が多いの。だから、側にいる女も変な人ばかりで、まともに話なんかできないのよぉ」
「強く能力の高い男に群がる女は、確かにまともな話が通じないかもしれないわね」
「でしょー? やっぱ、ローズのママっていいわぁ。よくわかってるー。だからねぇ、ローズがパパと結婚したら、あたしは嬉しいの」
なぜか、マリーの意味不明な主張に、母は便乗しようとしているようだ。母は、彼を……魔人を手に入れたいのだ。
二人にジッと見られて、私は居心地の悪さを感じた。
「もう、その話はおしまいって言ったでしょ。マリー、ミュー、帰るわよ」
「えー、もうっ! パパがキチンと口説かないから、こんなことになるんじゃないのぉ」
カバンは、チラッとマリーを見たあと、母に、ひざまずき、男騎士の別れの挨拶をした。
「女王陛下、お邪魔しました。これにて、失礼」
そう言うと、この場からスッと姿を消した。
(眼鏡がなくても、挨拶できるのね)
私は少し驚いた。まぁ、でも、当たり前か。
「ローズ、少し冷静になって考えなさい。リュックさんを伴侶にできれば、アマゾネスは安泰だわ」
「わかっているわよ。でも、彼は私を欺いていたわ」
「はぁ。誰に似たのかしらね……私は貴女くらいの年齢の頃には、もう少し冷静に駆け引きはできたわよ」
「そんなことより、ワープワームを用意してちょうだい」
「裏庭で、すでに待機しているわよ」
「そう。では、お母様、ご機嫌よう。マリー、ミュー、いくわよ」
私は、謁見の間の奥のテラスから裏庭へ降りた。マリーは、戸惑うミューの手をひいて、私に続いて裏庭に飛び降りてきた。ほんの1メートル程度を飛び降りるのも、ミューはコワイのかしら。
テラスから、母の大きなため息が聞こえた。
「ローズ、貴女はなぜ、キチンと扉から出ていかないの?」
「この方が早いわ。合理的に行動しただけよ。じゃあね」
私達は、ワープワームを使って、ハロイ島へと戻った。
「ローズ様ぁ、女王陛下が怒ってますぅ」
「ミュー、気にしなくていいわ。あれは呆れているだけよ。怒っているわけではないわ」
「ローズ、お腹減らない? 今ならどこもランチバイキングは空いているわよぉ」
マリーは、ランチバイキングと言っているが、黄色い太陽はそろそろ沈みかけている。もう夕方ね。
私達は、湖にかかる橋を渡り、湖上の街へと入った。
「マリー、もう晩ごはんの時間じゃない?」
(確かにお腹は減っているわ)
「じゃあ、あの店に行こう!」
「どの店?」
「新しくしゃぶしゃぶ屋ができたのよぉ、知ってた?」
「しゃぶしゃぶって何ですかー?」
ミューがいち早く食いついた。知らない料理名には敏感ね。
「薄切り肉や野菜を、しゃぶしゃぶして食べるのぉ。お鍋よぉ」
ミューは、首を傾げながらも、ちょっとワクワクしているようだ。しゃぶしゃぶということは、同郷の神族の店かしら?
「お腹減ってるし、いいわね、しゃぶしゃぶ」
「ふふっ、ローズなら絶対そう言うと思ったわぁ。ちょっと時代が違うんだけど、日本人だった人がやっている店なんだって〜」
「へぇ。じゃあ、神族?」
「うん、ちょっと不思議な女性らしいわよぉ」
私達は、マリーに案内されて、その新しい店に行った。芝居小屋や、劇場があるストリートから少し入った場所にあった。
夕食にはまだ早い時間だったから、店は空いていた。
「いらっしゃい。3人ですか。メニューは1種類しかないから、好きな席にどうぞ。すぐに用意します」
店長らしき人は、全く笑わない女性だった。客商売としてはどうなのかしら。
ホールの店員さんは、にこやかだった。
「いらっしゃいませ〜。この店は、初めてですかぁ?」
「うん、初めてだけど、しゃぶしゃぶ屋なのよねぇ?」
「はい。しゃぶしゃぶというのは、鍋料理のひとつでして……」
説明を聞くのが面倒だったのか、マリーはその説明を制した。
「あたし、たぶんわかるからいいよ。料理が出てきてわからなかったら聞くわぁ」
「えっ? あ、はぁ……」
ミューは、店員さんの話を聞きたそうにしていたが、マリーがそう言うので、断念したようだ。完全に上下関係ができているわね。ふふっ。
出てきた料理は、しゃぶしゃぶというより、火鍋のような感じだった。大きな金属製の鍋が出てきた。鍋は三つに区切られている。
店員さんは、そこに三種類のダシを注ぎ、鍋を置いているコンロのような魔道具に火をつけた。
「鍋、区切ってるー。どうして?」
「マリー、これ、中華料理の火鍋みたいな感じじゃない? 三種類のダシ、白、赤、透明、それぞれ何味かしら」
「えー、火鍋って何? 知らなーい」
「ちょっと辛い鍋よ。たぶん赤は辛いわ。白は鶏ガラかしら? 透明なのが、普通の水炊き用みたいな感じね」
そして、薄切り肉が数種類と野菜がでてきた。
「えっ? 生ですよー? 調理忘れてるんじゃ……」
「ミュー、これでいいのよ。まぁ、見てなさい」
私は、白菜っぽい野菜や、水菜っぽい野菜を放りこんだ。そして、少しダシの味見をした。うん、赤はけっこう辛いわね。
「まず、白いダシに、こうして、肉をしゃぶしゃぶして、器のつけだれにつけて食べるのよ。赤は辛いから気をつけてね。それから、熱いから気をつけるのよ」
ミューは、こわごわ、しゃぶしゃぶして、口に肉を入れるとパァッと笑顔になった。
マリーも、しゃぶしゃぶしてニッコニコだった。
二人とも、赤は苦手らしく、ミューは白、マリーは透明を気に入ったようだ。いつのまにか、しゃぶしゃぶではなく、肉が大量投入され、ぐつぐつ煮立っている状態だったが。
私は、薬味として味噌が置かれていたので、それを赤いダシに投入した。すると味がまろやかになり、私好みになった。
「この店は、この三人で来るのがいいわねぇ。好みがかち合うとケンカになりそうだもの〜」
「ふふっ、しゃぶしゃぶじゃなくて、ただのお鍋になってるけどね。でも、味噌があるなんて、嬉しいわね」
「ローズって、味覚、お婆ちゃんじゃないのぉ? あたし、味噌汁って嫌いだったわぁ」
「あら、味噌の良さがわからないなんて、マリーって子供ね」
私がそう言うと、カチンときたのか、私好みにアレンジした赤い辛味噌ダシに、肉を突っ込んでしゃぶしゃぶしていた。そして、パクっと食べて、微妙な笑顔を浮かべている。
(ふふ、マリーって負けず嫌いね)
「いらっしゃいませ〜」
私達が食べ終わる頃、数人の男性客がやってきた。
「うげっ、マリーがおるやんけ」
(あ、あの男……)




