105、アイツに恋するなんてありえない!
「その条件というのは? 可能な限り、譲歩しますが、アマゾネス国を寄越せというたぐいの話なら無理ですよ」
「国なんて、いらねーよ。オレが欲しいのは、ローズの心だけだ。ローズがオレを許して、笑顔を向けてくれるよーになったら、考えるぜ」
「えっ? それが、ローズの伴侶になる条件なの?」
「あぁ。それが一番重要な条件だ。他は、女神が文句を言ってきそうなことをオレに強いるのは勘弁してくれ。それから、オレには主人がいる。主従関係は切れない」
「女神様の文句とは、具体的にどういうことかしら」
「そーだな。この国から出てはいけないというのはナシだな。オレがやらなければならない仕事がある。それを禁じないなら、他には特に条件はない」
「じゃあ、隣国を潰してくれと言っても?」
「女王陛下、血の気の多いことを言うんだな。まぁ、ローズがそう言うなら、そうしてやってもいい。悪いが、女王陛下の命令だけでは動かねーぜ」
彼のその言葉には嘘はないようだ。真偽を判断する魔道具は、ずっと黄緑色に光っている。
母は、それを見て、満足そうに頷いていた。
彼とのやり取りから、母は、彼とは以前から面識があるようだ。そればかりか、彼の戦闘力もわかっているらしい。
それに、近衛兵の主要な者達も、彼が眼鏡を外したときには、思わずアッと声を発した者もいた。近衛兵も彼を知っているということなのね。
(カバンは、意外にも……有名なのね)
アマゾネス国としては、魔人が王族の伴侶になるということは、どんな魔導兵器を得るよりも圧倒的な国力アップに繋がることだ。
母だけでなく、私も、次期女王として、魔人を伴侶にするというメリットは、よくわかっている。わかってはいるけど……。
(ちょっと待って! 整理ができないわ)
「リュックさん、その程度のことなら、条件というほどのことではないわね。アナタが、女神様の側近ライトさんの配下だということは皆が知る事実ですし、魔人が主人との主従関係を切ることは死につながることもわかっていますよ」
「へー、知ってるんだ」
「それに、アナタはこの星の各地を瞬時に移動できるはずよね? それなら、国から出るなと命じる必要もないわ。ただし、ローズが必要とするときには、必ずローズを優先しなさい。それを約束するなら、他の伴侶のように城に滞在することを強制しないわ」
「オレはいつもローズを見ている。必ずローズは守る。でも、そのせいで、オレはローズから嫌われているみてーだがな。オレはローズにはずっと笑っていてほしーのに……」
(完全にストーカーじゃない)
「あら、ローズにつきまとっているのかしら?」
母は意外そうな顔をしている。私の方をチラッと見たが、私は素知らぬふりをした。
「そんなことしねーよ。オレは離れていても、感知できるからな。滅多にローズの前には現れないよーにしているんだ」
「ローズの前に現れないように? なぜ?」
「ローズと会うと、すぐケンカしちまうから……。ケンカしたくないのに、会う度に嫌われていくよーな気がして、怖いんだよ」
「まぁ! アナタのような方が、ローズのことが怖いの?」
「ちげーよ。上手く言えねーけど、ローズに嫌われたくないと思うと、会うのが怖いっつーか……。だから、なるべく会わないよーにしている」
(それで、所長とはなかなか会えなかったの?)
一瞬の沈黙があった。母も頭の整理に時間がかかったようだ。
魔人がこんなことを言うなんて、はっきり言って異常だわ。そもそも、魔人は感情を持たない。主人に命じられたことを忠実に実行するだけの道具なのだから。
「ふふっ、何? それ、まるで子供のようね。アナタが特殊な魔人だとは聞いていたけど、複雑な感情を持つのね。ライトさんは、アナタに愛情を注いで育てたのでしょう。まさか、魔人が好きだとか怖いだなんて言うとは想像もしなかったわ」
「ライトは、オレを道具としてではなく、相棒として接してきたんだ。ライトの魔力で育てられたが、そんな親子関係みたいなもんじゃねーぜ。あいつはオレの主人だが、大切な相棒なんだ。オレのこの妙な感情は、ローズのせいだからな」
(ちょ、なぜ私のせいなのよ!)
「あらあら、ふふっ。面白いわね。魔人を研究する魔人信仰の種族に聞かせたら、ひっくり返りそうね」
「あぁ、マツール族か。あいつらは、オレを欠陥品だと言っているぜ。そーいえば、旧帝都にいるんだったか」
「そうね、旧帝都にいるわね。廃墟同然の街だけど」
すると彼は、少し驚いた顔をした。
「女王、あの街は今は廃墟じゃねーぜ。知らねーのか?」
「なんですって?」
「あー、悪りぃ、また言葉遣いが悪かったか。あの街は、いま、厄介なことになっているんだよ。この大陸全体を戦乱に巻き込むようなことだ」
「廃墟よ? 浮浪者のたまり場になっているわ」
「あの街には、他の星からの移住者が集まってるみてーだ。帝国時代の魔導兵器がそのままになってるだろ? 最近のあちこちの戦乱は、その魔導兵器が使われている」
「えっ? もしかしたら、アマゾネスの西の国境の戦乱も?」
「だろーな。アマゾネスは、特に狙われてるぜ。移住者は男ばかりだ。女王が治める国には興味があるらしーぜ」
「なんですって!?」
そう言うと、母は一瞬、眉間にシワを寄せた。客人の前でこんな表情をするのは、母に余裕がないときだけだ。いつもは完全なポーカーフェイスをする。
そして、チラッと魔道具を見ていた。真偽を判断する魔道具は、彼が眼鏡を外した後は、ずっと黄緑色に光っている。
母は、嘘であってほしいと思ったのだろう。
少し考えた後、母は私の方を向いた。な、なに? なんだか嫌な予感がするわ。
「ローズ、私は、リュックさんを伴侶候補として認めるわ。貴女はどうなの?」
母が考えたことは、すぐにわかった。彼を私の伴侶にして、アマゾネスを守らせようということね。
他の星の移住者がこの国だけを狙うなら、小国の防衛だけのために女神様の軍隊は動かない。どこかひとつの国に力を貸すという不平等なことは、女神様にはできないことだ。
自国のことは自分達で防衛する必要がある。隣国とは仲が悪い。協力を依頼できるような強い国との協定はない。だから、アマゾネスを守るためには、彼を頼るしか、母には選択肢がないということだ。
カバンの様子を見た。私の視線が自分に向いたことがわかると、彼はニヤッと笑った。
(もしかして、このタイミングを狙った?)
私が承諾すれば、国の危機を回避できるという状況だ。このゴタゴタに乗じて、彼は私に告白をしたのだろうか。
カバンが私をずっと見ているのは、なぜか私を気に入っているからだということは、わかっていた。ハデナの地下迷宮では、彼がいつも私を見ていたことで、危険な状態から命を救われた。それには感謝している。
でも、だからといって、こんな、彼の策略にハマるようなことになるのは嫌だ。別に私はカバンが思っているほど、彼のことが嫌いなわけではない。ただ、ウザイだけだ。
それに、カバンじゃなくても、私にはクラスメイトもいる。クラスメイトに無理なら、怪盗を呼ぶこともできる。怪盗に引き受けてもらえなかったら、そのときに、改めて考えればいいわね。
私は、母の顔を見た。母は自信に満ちた表情をしていた。私が何を言うか、わかっているという顔だ。だけど私は、母の意に反する言葉を口にする。
「お母様、私は、彼に騙されていたのよ? ずっと欺かれていたわ。国の危機が迫っているからといって、そのことを許すわけにはいかないわ」
「ちょっと、ローズ!」
「私は、彼が出した条件を承諾するつもりはないわ」
母は、信じられないものを見るような顔で、私を見ている。
「彼に頼らなくても、国の危機は救えるわ。私には、優秀なクラスメイトがいるもの。それに大切な友達、マリーもいる。魔人に頼る必要はないわ」
彼が、明らかにガッツリしたのがわかった。でも……。
(カバンに恋するなんて、ありえないわ!)




