第十話 同居人へのプレゼント
もっぱら学生が利用することの多い、安価なファミレスで昼食をとる。
僕の前には海老ピラフとサラダ、それと緑色のメロンソーダ。
そして綾の前にはカルボナーラとほうれん草のソテー。飲み物はミルクをたっぷり入れたアイスコーヒーだ。
ほとんどのファミレスがそうであるように、ここもドリンクバーがあり、おかわりは自由。
でも、ミルクを多く入れたとはいえ、綾がコーヒーにしたのはちょっと意外だった。……いや、そうでもないか。思い返してみれば、彼女はあまり甘いものを好んでいなかった気がする。
女の子としては珍しいかもしれないけど、それもまた個性。
「綾、疲れてない? 外、けっこう暑かったし」
ピラフを口に運びながら、そう問いかける。
もし疲れてるようなら、あまり連れまわすのもよくないよなと思って。
パスタをフォークに絡めながら、綾はふるふると首を横に振った。
「暑かったけど、疲れてはいないよ。全然大丈夫」
そう答えてはくれたけど、やっぱり不安は残る。
だって、僕はけっこう暑さにやられていたから。
「本当? 僕に気を遣ったりとかして、無理してない?」
「うん、本当に大丈夫。心配してくれてありがとう、明くん」
くるくるとフォークに巻いて、笑顔でパスタを口へと運ぶ綾。
その顔には、確かに疲労の色は見てとれない。
どうやら、無理してこのあとの予定に合わせようとしているわけではないようで、ちょっと安心。
まあ、無理して合わせようとしてくれているのでも、それはそれで嬉しいけれど、やっぱり綾に無理はさせたくないわけで。
ともあれ、このあとも炎天下と呼んでいいくらいの暑さの中を歩くのだ。水分捕球は必須。
僕たちは店を出るまでに、おかわりしようと二度ほど席を立ち、ついでにトイレにも行っておいた。
そして再び町へとくりだす。
まず向かったのは大きめの書店。
綾はテレビなどで話題になっている割と真面目な小説、僕はライトノベルかマンガの新刊、と見たいコーナーは別々だったのだけれど、彼女はマンガが置いてあるほうの棚に一緒に来てくれた。
もちろん、僕は綾が興味あるほうの棚に優先して行こうと思っていたのだけど、
「わたしも、マンガとかはときどき読むから」
と綾に言われ、それならと、そちらのコーナーに直行させてもらったのだ。……うん、彼女のこういう気遣いに甘えてばかりじゃダメってことは、なんとなくわかってるんだけど。
でも、
「おっ、このマンガの新刊、もう出てたんだ」
「あ、それならわたしも前に読んだことあるかも。有名だよね」
「有名も有名。……まあ、お腹にポケットつけてる青ダヌキの作品には劣るけど」
「あれの知名度を超える作品は、そうそうないよ~」
なんて、そんなふうに会話が少しでも弾むと、やっぱり彼女の優しさに甘えちゃってもいいんじゃないかなって、そんなふうに思ってもしまったり。
そういえば途中、ラノベのコーナーに向かうときに、綾がちょっとそわそわし始めたりもした。
興味のあるコーナーが近くにあるのかなと思って、訊いてみたりもしたのだけど、彼女は「なんでもない、なんでもない」と返すだけ。
あまり深入りしても嫌がられちゃうかなと、釈然としないながらも追及するのはやめておいた。
そのあとも、デパートに入っている店で服を見てみたり、小さめのカバンを見てみたり。
そして、その店ではようやく、
「可愛い彼女さんですね。今日は二人でデートですか?」
なんて、二十代後半くらいの女性の店員さんに訊いてもらえたりもした。
「え、ええ。まあ……」
「そ、そうです……」
お互い、そう訊かれたい気持ちはあったのに、気恥ずかしさから、ついついしどろもどろになってしまう。
長い髪をポニーテールにしている店員さんは、そんな僕たちを見てくすくすと笑い、
「初々しいなあ。もしかして、初デートですか?」
「あ、はい……。町中だけじゃなくて、遊園地とか、そういうところにも行ったほうがいいのかな、とか思ったりもしましたけど」
「別にいいと思いますよ、最初はこういうところで。もちろん三度目、四度目となったら遊園地とか映画館とかもいいとは思いますけど、最初は女の子のほうだって遠慮しちゃうものです。……よほど、つき合いなれていない限りは」
それに頬を真っ赤にして、綾が応える。
「だ、大丈夫です。わたし、男の人とつき合ったの、これが初めてですから……」
「そうなんですか。じゃあ、彼氏さんにアドバイス。このあと映画やカラオケに行くつもりなら、そのプラン、すぐに変更したほうがいいですよ? 映画はつまらなかったら悲惨なうえ、その手の本を読んだだけで思考停止しちゃってるのがバレバレですし、カラオケだって初デートで密室って、どんだけデリカシーに欠けてるんだって話ですから。
一番のお勧めは……そうですね、こういったものをひとつ、彼女さんに買ってあげるとか?」
言って差しだしてきたのは、手が届かなくはないけれど、ほぼ全財産をつぎ込む必要があるくらいの、なんとも絶妙な値段のおしゃれなバッグ。……この人、さてはかなりのやり手だな。学生の財布の中身を、なかなかによく把握していらっしゃる。
「そ、そんな……。そこまで高価なもの、買ってもらったら申し訳ないです……」
綾がそう首を振ってくれて、心底救われた心持ちになる僕。
しかし、店員さんはさらに畳みかけてきた。
「へえ~、いい彼女さんをお持ちですね~。でも、彼女さんの言葉は全部が全部、本心からのものなんだ、なんて思っちゃいけませんよ? ちょっと遠慮してみて、自分への愛情度合いを密かにチェック。そして笑顔の裏でしっかりと点数をつけてるのが女という生き物なんです」
な、なんて痛いところをついてくるんだ、この人は。
本当は気を遣って遠慮してるだけなんじゃないか、なんてことを思ってばかりの僕には、もっとも効果的な揺さぶりだよ、それ。
「本当に好きな人には、躊躇なくお金を使えるもの。彼氏さんはそのこと、よ~く憶えておいたほうがいいですよ?」
うう、その言い方だと、お金を出すのをためらうのは、彼女のことを本当に好きではないから、ということになっちゃいませんかね……。
買うか? 買うべきか? 正直、こんなことで綾を不安になんてさせたくないし。
でも、かなり痛い出費にはなるよなあ……。
決めかねている僕に、店員さんは「さあ! さあ! さあ!!」と詰め寄ってくる。……ここは、覚悟を決めるか?
と、手をポケットの中に伸ばすと同時、
「いいですいいです。本当にいいんです。――明くん、もっとささやかなもので、本当にいいんだからね?」
「う、でもさ……」
「いいの。わたしには、その……明くんに買ってもらうっていうことがなによりも重要で、なにを買ってもらうのかは二の次なんだから」
「おお~。見せつけてくれますねえ~、二人とも。いいなあ、私にもそういう甘酸っぱい頃、あったんですよねえ……」
茶化すような声で、けれど本当に羨ましがってるような表情をみせる店員さん。
それから、グッと親指を立てつつウインクをし、
「大丈夫! そこで迷えるなら問題なしです! 彼氏さん、あとはもうちょっと自分と、彼女さんの言葉に自信を持って! 本当に本心なのかなんて、そう簡単にはわからないもの。だから、そうやって常に彼女さんの立場に立って考える。それが一番大事なことなんです。
もし外れて失敗してしまっても、ちゃんと自分のことを考えてやってくれたんだってわかれば、それだけで意外と、人の心って満たされるものですからね」
次に、綾にも顔を向ける店員さん。
「それは男の人だって同じこと。彼女さんも彼氏さんの立場に立って考えること、忘れないようにしてくださいね」
「あ……。は、はいっ……。ありがとうございますっ……!」
「まあ正直、あなたたちがケンカするところとか、ちょっと想像できませんけどね。……あ、比較的安価な小物類をお探しでしたら、隣のデパートの三階にあるお店がお勧めですよ? ちなみにそこ、ここと同じ系列の店でして、どちらでお買い求めいただいても、お互いの店の利益になるんだったり」
「なんというか……さっきから思っていましたけど、本当にやり手ですよね、店員さん……」
「褒め言葉として受けとっておきま~す。ではでは、ぜひまたのお越しを~。……あ、ここ、水着とかも取り扱ってますからね。進展具合によっては、彼女さんに水着買ってあげるのもアリかもですよ~?」
「いやいや、さすがにそれは……」
店員さんに苦笑いを返しながら、ボンッと顔を真っ赤にした綾と一緒に店を出る。
それにしても、なんか、ものすごくフレンドリーな店員さんだったな。
綾との仲を応援されるようなことも言われたからか、なんか妙に親しみやすさみたいなものを覚えてしまった。
まあ、試すようなこともされたから、同じくらい苦手意識も染みついちゃったけど。
それから数分ののち、デパートから伸びていた空中通路を使って、僕たちは店員さんに勧められた小物店を訪れていた。
三階の一角にある、こじんまりとした店だったのだけれど、品揃えはなかなかに豊富。
しかし、入ってまず僕たちを驚かせたのは、そんなことではなくて。
「いらっしゃいませ~。おっ、可愛い彼女さんですね。今日はお二人でデートでしょうか?」
ものすご~い既視感を覚えつつ、僕と綾は声をかけてきた店員さんの顔をまじまじと見てしまった。
「どうなさいました? 私の顔になにかついてます?」
それには答えず、いや、答えられずといったほうが正しいだろうか、僕たちはどちらからともなく顔を見合わせてしまう。
「もしも~し? あれ? もしかして私、いきなりラブラブっぷりを見せつけられてますか?」
視界に映るのは、呆然とした表情を浮かべている綾。きっと僕が浮かべているのも、それとまったく同じものに違いない。
だって、いま声をかけてきた店員さんは……長い髪をポニーテールにした店員さんは、どこからどう見ても、さっきの店で話しこんでいた店員さんと同じ人だったのだから。
まさかとは思うけど、ここを勧めたそのすぐあとに、従業員用の専用通路とかを使って先回りしたのか? それも、着くと同時に服も着替えて?
そんなことができるものなのか? いや、していいものなのか?
そもそも、なんのためにそんなことを……?
混乱の極みに陥っている僕たちに、店員さんが声をかけてくる。
「ラブラブとは……ちょっと違う感じですね。なんか、昼間にお化けにでも出くわしたかのような反応というか……」
近い。そのとおりではないけど、僕たちの心境は限りなくそれに近い。
ギギギッと首を動かし、彼女の胸元についているネームプレートに目を向ける。
そこに記されている苗字は『従天院』。……しまった、さっきの店では苗字の確認なんてしなかったから、これだけじゃ同一人物かどうか判断できない。
「あ、あの……店員さん、どうしてここに……?」
と、綾が微妙に掠れた声で従天院さんに問いかけた。読みは『じゅうてんいん』でいいのかな? 珍しい苗字だから、どうにも確信が持てない。
「はい? それはもちろん、ここで働いているから、ですけど」
「えっと、そういうことじゃなくて、その……さっき、あっちのデパートで話してましたよね? わたしたち」
その言葉に「う~ん?」と店員さんは首を傾げて、
「いえいえ、私たちは間違いなく初対面ですよ? ええ、天地神明に誓って」
「ええっ……?」
小さく驚きの声をあげる綾。
当然、そうしたいのは僕だって同じだ。
だって、この店員さんはどこからどう見ても……。
そこで、彼女は「ああ、なるほど!」と手を打った。
「お二人とも、私の姉か妹か、はたまた親戚のうちの誰かか……なんにせよ、私の『一族』の人間に会ったばかりなんですね。あははっ、たまにあるんですよね~、こういうことが。
私たちは基本、モブキャラといいますか、背景みたいな存在に徹してるんですけど、ときどき連続で遭遇されるお客さまがいらっしゃって、気づかれることがあるというか」
うんうん、と得心したようにうなずく彼女。
しかし、僕たちにはなにがなにやらサッパリだ。
とりあえず、あっちで話をした店員さんは、この人の親戚かなにかであって、同一人物ではないということだけは確からしいけど。
「それにしたって似すぎでしょ! 瓜二つってレベルじゃないですよ!?」
ついつい大声をだしてしまった。
しかし店員さんはそれに驚いた様子もなく、
「ええ、どこにでもいるような平凡な顔をしてるでしょう? 私も、さっき会ったっていう店員さんも。……人の記憶に色濃く残らない。そういう一族なんですよ、私たちは」
「一族って……」
なんだろう。またしても、そこはかとなく『裏』っぽい人間と関わりを持ってしまったような……?
「説明いたしますと長くなるような、そうでもないようなで恐縮なのですが、我が従天院家の人間は全員、『店員の一族』としてこの世に生を受けているんです。店員こそが我らの天職。ならばその宿命に従って生きていこうと、まあ、そういう一族なわけなのです、はい」
どうしよう、激しく微妙だ。
なんというか、別に世界がどうこうってところに関わってないあたりが、果てしなく微妙だ。
それでも、一応は裏の側の人間っぽいのだけれど……。
そんなことを考えながら、綾のほうに視線を送る。
「『店員の一族』……。そんな一族がいたんだ。『剣の一族』や『炎の一族』のことは知ってたけど、これは初耳……」
彼女はそんなことを呟いていた。
そっか、綾も知らなかったのか。まあ、従天院さん自身が『モブキャラ』とか『背景みたいな存在』とか言ってたからなあ。たぶん『裏方に徹する』的な意味での『裏』なのだろう。
もしかしたら、僕も過去に何度か、そうとは知らずに『店員の一族』の人間の接客を受けていたのかもしれない。
……しかし、存在そのものがちょっとしたギャグだな、この一族は。
「それはそれとして、今日はなにをお求めでしょうか?」
店員さんのその一言で現実に立ち返る。
そうだ、僕は綾へのプレゼントを探しにきたんだ。間違っても裏の人間と関わりあいになるためにここを訪れたんじゃない。
たとえ相手が、きな臭い出来事に関わっていないとしても、だ。
「ああ、いえ、ちょっと色々見てみようかなって思って来てみただけで……」
「そうですか。では、これ以上はお邪魔ですね。仲睦まじくごゆっくり~」
少しだけ申し訳なく思いながら僕が告げると、それだけを口にして、従天院さんは笑顔でレジのほうへと向かっていった。
どうやら彼女には、さっきの店の店員さんみたいに色々と勧めようという発想はないみたいだ。そのほうがこっちとしても助かる。
「さて、と」
そう漏らし、綾のほうに向き直る僕。
「じゃあ、ちょっと見てみようか?」
「うん」
うなずきを返して、綾は棚のほうに目を向けた。
そこにはブローチやらイヤリングやらピアスやら。
あ、壁にはネックレスとかもかかってる。他には……って、
「なにこれ!? ティアラ!?」
「うわぁ、高価そう……」
大声をだすことこそしなかったものの、驚いたのは綾も同じのようで、目を大きく見開いて感嘆と驚愕が入り混じったようなため息を漏らしている。
ちなみにこのティアラ、いくらくらいかというと……。
「…………」
うん、やっぱり数えるのはやめておこう。一応、五桁目までは数えてみたんだけど、それ以上は、ねえ……。
でも、ここって確か『比較的安価な小物類』を取り扱っている店じゃなかったっけ? そういうふうに勧められなかったっけ?
そんなところに、どうしてお姫さまとかが頭に乗せてそうな装飾品が……?
「あ、見て見て明くん、こんなのもあるよ?」
そう言って綾が目で示したのはサングラス。
しかし、サングラスというのはアクセサリーのうちに入るのだろうか? 僕の感覚だと眼鏡の延長にしか思えなかったり。
まあ、それはともかく。
「かけてみる? 綾」
ものは試しと促してみる。
落ちついていて知的な彼女には似合いそうだし。
「う、う~ん。それじゃあ……」
あまり気は乗らないようだったけど、少し考えてから綾はサングラスを手にとった。
しかし、どうしたものか。色が薄茶色なのが原因なのか、なんだかチャラい印象を受けてしまい……率直に言って、似合っていない。
「ど、どうかな?」
おそるおそるといったふうに、期待と不安を込めて訊いてくる綾。
うう、こ、ここは……。
「ごめん。勧めた僕が悪かった」
「ええっ……!?」
彼女にしては珍しく、少しだけ大きな声。
しかし、いまはそんなことに注目している場合ではなく。
「なんというか、そのサングラスは綾のイメージに合ってなかった。うん、決して似合ってないってわけじゃなくて、単に合ってなかった」
「人はそれを『似合ってない』っていうんだと思うよ……!?」
「そんなことはないよ。うん、そんなことはない。だから綾、それは外そう」
「似合ってなくないのに外させるんだ……」
そうぼやきながらも、サングラスを外して棚に戻す綾。
それにしても、眼鏡とサングラスって完全に別物だったんだなあ。
まあ、それはそうか。ちゃんとそれぞれに別の名前がついていて、別物として区別されているんだから。
次に綾が目をつけたのは……ピアス? これまた綾のイメージからはかけ離れている。
もちろん、その『綾のイメージ』とやらは僕が勝手に抱いている幻想に過ぎない、という可能性も否めないわけだけど。
そんなふうに訝しんでいると、彼女は「はい」と手にしたそれを僕のほうへと向けてきた。
「ちょっと耳にあててみて。きっと明くんに似合うと思う」
……そうだろうか?
いや、それよりも綾は僕に似合いそうなものを探していたのか? あるいは、これはサングラスを勧めた僕へのささやかな報復?
彼女の言うとおりにするべきか否か迷っている間にも、綾は「ほらほら」と自分の右耳を指で指し示してくる。
おそらくは、右側だけにあててみろという意味なのだろう。
それにちょっとだけ思うところがないわけではないものの、さっきは僕のほうが勧めたのだしと、ピアスを片方だけ受けとって右の耳にあててみる。
「うん、似合う似合う」
綾の反応やいかに、などと思うよりも早く、彼女の口からはそんなお褒めの言葉が。
しかしこれ、本当に言葉どおり受けとっていいものなのだろうか。身内のひいき目……じゃないな、あばたもえくぼ……もちょっと違うか?
とにかく、恋は盲目的な感じで、正当な評価ができていないのでは、という気がした。
まあ、恋人同士なのだし、真に受けて調子に乗っちゃってもいい場面なのかもしれないけれど。
でも、ファッションには疎いにも程がある僕なので、どうしても不安は残ってしまい。
「本当に似合ってる?」
「うん、本当に似合ってる」
返ってくるのは満面の笑みでの肯定。……これならまあ、ほんのちょっとくらいならその気になっちゃってもいい、のかな?
けど、疑問に思うところは他にもあって。
「ところで、なんで片方だけ? ピアスって普通、両耳につけるものじゃない?」
「そのほうが格好いいから。わたしの知ってる限り、男の人がピアスをつける場合は大抵、片方だけだし」
「そうなんだ……。でもさ、なんで右耳?」
「それは、特に理由はないんだけど。それが一般的だと思ったから。……違う?」
「あ~、えっと……」
ついつい言い淀んでしまった。
以前、なにかの本で読んだことなのだけれど、男性が右耳のみにピアスをつけている場合、それは同性愛者の印となるらしい。
逆に女性の場合は、左だけだと同性愛者の証となり、右の場合は異性愛者であることを示すという。
綾は彼女自身の右耳を指しながら勧めてきたわけだから、男性の場合も右側が異性愛者だと思っていた、ということなのだろうか。
もちろん、彼女が言ったとおり『特に理由はない』が一番自然で、同性愛者だの異性愛者だのといった知識の持ち合わせなんて、綾にはないというのが本当のところなのだろうけど。
片方だけにあてるよう勧めてきた理由も、町を歩いているときに片方だけピアスをしていた男性を見かけて、それを綾が格好いいと感じただけなのだろうし。
そう結論づけ、僕は綾に返す。
「違うってほど違くはないけど、でも普通は左につけるんじゃないかな、男性の場合は」
念のために訂正しておくことも忘れない。
「そうなんだ……」
こくこくとうなずきながら呟き、それから改めて僕のほうへと目を向けてきた。
「それで、どう……?」
「うん、ずっと言おう言おうとは思っていたんだけどさ……」
正直、連続でダメ出しは堪えるんじゃないかなって思ってしまって、いままで口にするのをためらってしまっていたのだけれど。
「どうして、デザインがドクロ? 正直、ちょっと禍々しいような……」
「……ダメだった?」
「う~ん、僕の好みには……ちょっと、合わないかな」
たとえ、誰に『似合う』と言ってもらえようとも、これは僕の好みじゃない。
「そう、残念……」
ああ、綾がしゅんとしてしまった。一応、『ちょっと趣味悪いと思うよ?』の一言だけは呑み込んだのだけれど、それでもダメージは大きかったか……?
しかし、それも一瞬のこと。「じゃあじゃあ」と棚のほうに目を戻して。
「好みのデザインのものがあったら、買ってみる?」
「……ごめん。正直、耳に穴開けるとか怖すぎる」
根性なしと罵られようとも、それは僕の偽らざる本音だ。
「う、それは確かにそうかも……」
自分がピアス穴を空けるところを想像してしまったのか、顔面蒼白になってうつむく綾。
あ、これはちょっとまずい展開かも。
そう思い、完全に沈黙が落ちきる前に話の矛先を微妙に逸らす。
「それにしても、どうしてアクセサリーって、ドクロがデザインされてるものが多いんだろう。一種類につき、必ずひとつはある気がするよ。ほら、このペンダントも、イヤリングも、指輪にまで」
「たぶん、ロックで格好いいから、じゃないかな?」
ロックとは、また綾が口にするには珍しい単語が飛びでてきたなあ。
まあ、こうやってお互いのことを深く知っていくのがデートっていうものなのかもしれないけど。
「ほら、明くん。このベルトにもドクロがあるよ? 人気があるからこういうデザインのものが多いんだよね」
この店が特殊なだけだと思いたい。なんせ、馬鹿みたいに高価なティアラが置いてあるくらいだし。
それにしても、ベルトか。ベルトって小物類に入るのかな?
まあ、何度も言うようだけど、ティアラなんてものが置いてあるくらいなんだ。いまさら、なにが置いてあったって驚くには値しない。
「あ、ロケットもある」
「ロケット!?」
いやいや、いくらなんでもそれは驚く! だって、それってあれだろ!? 宇宙船!
一個人の財力で買えるものなのか!? そんなもの!
買えたとしても、こんな小さな店で取り扱っていていいものじゃないだろうし、そもそも買ったところで宇宙飛行士にならなきゃ使えないだろうし。
大体、買ったあとどこに保管しろっていうのさ!?
いくらなんでも品揃えがフリーダムすぎるよ、この店!!
「ど、どうしたの? 明くん。このロケット、そんなにおかしい?」
思わず目をむいてしまっていた僕の眼前に差し出されたのは、ペンダントのような形状のアクセサリー。
「あ、ああ。なるほど、ロケットって、そのロケットのことだったのか。写真とか入れておける、あのロケット」
「他に、どんなロケットが……?」
「ううん、なんでもない。忘れて。ちょっと……いや、かなり馬鹿なこと考えてた」
そうだよ、いくらなんでもロケットがこの店……というか、デパートの中に納まるはずがないじゃないか。
なまじティアラなんてものが本当に並んでいたものだから、ついつい過剰な反応をしてしまった。
ああ、穴があったら入りたい。いや、なくても掘って入ってしまいたい……。
両手を床についてへたり込みたくなったけど、なんとか堪える僕。
そして気を取り直し、綾に問いかけた。
「それで綾、それ、気に入った?」
「え? あ、そっか。そういえば今日は……」
あ、忘れてたんだ。ここには綾にプレゼントするものを買いにきたんだってこと。
彼女は「えへへっ」と少しバツが悪そうに、けれど可愛らしく微笑んで、
「本当のところを言うと、実は明くんに選んでほしいなって、思ってたり……」
「そう? 綾が気に入ったものを買うのが一番かなって、僕は思ってたんだけど」
「わたしは……明くんが選んでくれたものなら、きっと、どれでも気に入ると思うから」
そこまで言われて選べないんじゃ、男がすたるっていうものだ。
というか、自分で選んだものを渡したいって気持ちは、僕にもある。
だって、僕から綾に初めて贈るプレゼントなのだから。
「う~ん、じゃあ……」
ちょっと難しい顔になって物色に戻る。
でも正直、どれにしたものか迷ってしまう。
だって、綾なら大抵のものが似合ってしまうだろうから。
あ、もちろんサングラスは除いて。あと価格的に手が出ないから、ティアラも除いて。
ロケットを除く必要がないのは言うまでもない。
いやまあ、実を言うと。
店に入ったときから、これなんていいんじゃないかなって思っているものがひとつだけあったりするんだけど。
それは、銀色の指輪。
填まっている真珠はおそらくイミテーションで、決して高くはない。けれど安すぎるってこともない、個人的に最適な一品。
けれど、プレゼントに指輪っていうのは、なんだか『重い』んじゃないかって思ってしまって、どうにも踏ん切りがつかずにいた。
でも、選ぶのを全面的に任されたいまなら、あるいは、それもアリなのかもしれない。
「これ、なんてどうかな?」
引かれたり、重く受けとめられたりしませんように、と願いながら棚の上の指輪を指差してみる。
「これって……指輪?」
きょとんとする綾。
しかし、その頬は段々と赤く染まっていき。
「あ、あああ、あの、あの……あ、明くん、こ、これって、なにか深い意味とか、あ、あったり……?」
やっぱりなんか重く受けとめられていた!
引かれてはいないようだけど、それでもやっぱり意味深なものに感じられてしまったか!
それにしても、すごいどもりようだ。それほどまでに動揺してるってことなんだろうけど。
「あ、ああいや! そ、そういうのは全然なくて! これはその……なんというか、気まぐれっていうか、ただ単に綾に似合いそうだなって思っただけっていうか……とにかく他意はないから!」
返す僕のほうもしどろもどろ。
動揺してるのはどちらも同じだ。
綾は小さく深呼吸を繰り返して落ちつきを取り戻したのか、
「そ、そうなんだ。でも、それでも嬉しいよ。ありがとう」
そして向けられる満面の笑み。
その頬に、まだほんのりと赤みを残したままで。
ああもう、可愛いなあ。
女の子が照れている表情って、どうして男にはこんなに魅力的に映るんだろう。
それから例の従天院さんが待機していたレジのところまで二人で行き、指輪を購入。
綾はラッピングなどは断り、その場で指輪を填めてみせてくれた。填めたのは左手の薬指。
従天院さんのアドバイスに従ってのことだ。なんでも、彼氏がいることのアピールになるらしい。
さらに、気さくな性格は遺伝かなにかなのか、会計を済ませたところで少しだけ話を振られてしまったり。
「それにしても彼氏さん、なかなかやりますね~。ちゃんと彼女さんの指のサイズを測ってきてるなんて」
「え? いえ、指のサイズとか、全然知りませんでしたけど」
「嘘っ!? な、なんて無謀な……! よ、よかったですね~、サイズがたまたまピッタリで。こういう些細なことでケンカするカップル、割とよく見てきてるんですよ? 私」
「そ、そうなんですか……」
ちょっとだけ背筋に冷たいものを覚えながら返す僕。
なんか僕は今日、ものすごい幸運に恵まれていたらしい。
サイズが合わなかったから、なんて理由で綾が怒るとは思わない。
思わないけど、それでもきっと、気まずい雰囲気にはなっていただろうから。
デパートを出て帰路につく。
向かっているのは、行きにも使ったあの駅だ。
駅についたら、そこからは別行動。家に帰るまでの間、しばしの別れ。
駅に向かって歩を進めながら、綾と話し合ってそう決めた。
もちろん、不満がないわけじゃない。
できることなら、このままずっと彼女と同じ時間を過ごしていたい。
端から見れば義理の姉弟なのだから、一緒にいたっておかしいことなんてないはずだ。
けれど、
「ごめんね。本当に、ごめん。でも、明くんの隣を歩いていたら、わたし、『家族』の顔ができないと思うから。絶対に『恋人』の表情になっちゃうから」
この世の終わりを思わせるような、沈んだ表情でそんなふうに言われたら、不満を漏らすなんてこと、できるわけがなくて。
「いいよ、気にしなくて。家に帰ったらまた会えるんだし。僕たちは普通の恋人よりも長い時間、一緒にいられる。そのことに変わりはないんだから」
たとえ、父さんたちの前では『姉弟』として振る舞わなければいけないとしても。
「……うん」
申し訳なさそうな顔のままで綾がうなずく。
ああ、これはいただけないなあ。
別にケンカしたわけじゃないんだから、いいっちゃあいいのかもしれないけど、でも初デートの最後に見るのがこの表情っていうのは、やっぱりいただけない。
でも一体、どうしたら彼女を笑顔にできるのだろう。
所在なさげに揺れる綾の左手。
その薬指に光る指輪を見るとはなしに眺めながら、僕は思い悩む。
……どうしたらいいのかなんて、本当はわかってるんだ。
わかってはいるし、彼女もそれを望んでくれているはずだと思う。
思うのだけど、でも、やっぱりタイミングがどうにもつかめなくて……。
ふと視線を前に戻すと、赤に変わっている信号が目に入った。
けれど、うつむき加減に歩いていた綾は歩みを止めず――
「……って、綾! 赤信号だって!」
「……っ!?」
慌てて彼女の手を取る僕。
それで、はっとしたように彼女は足を止めた。
「ご、ごめん……」
「い、いや……。別に謝られるようなことじゃ……って、あ、ごめん!」
そこで綾の手を握っていたことに気づき、つい焦って手を引いてしまう。
「――あっ……」
と、なにかを惜しむような声が綾の口から漏れた。
もちろん、なぜそんな声を出すのか、わからない僕じゃない。
というか、僕自身、反射的に離してしまったことをものすごく後悔していたりするし。
信号が青になるのを待ちながら、二人、しばし立ち尽くす。
左で揺れているのは、所在なさげにしている綾の掌。
その薬指には、沈み始めた太陽の光を受けた銀色のリングがオレンジ色に輝いていて。
ふと、携帯ショップに向かいながらした会話を思いだした。
――でも、ちょっとくらいだったら……。
あのとき綾が出してくれたのは、間違えようのないオーケーサイン。
僕は勇気を出せずに、結局、タイムオーバーを迎えてしまって。
そしていまもまた、刻一刻と時間は過ぎていっているわけで……。
勇気を出すのが難しいことだっていうのは、知っている。
でも、だからっていつまでもこんなじゃダメだよな。
綾が、待ってくれている。
もちろん、こんなことして嫌われないかなって思う自分も、まだ心の中にいるけれど。
それでも、こうして隣で待ってくれているんだから。
僕が行動を起こすのを、ずっと隣で待ってくれているんだから。
だから、言葉で確認をとることはしない。
確信はなくても、彼女もそれを望んでくれてるんだって、なんとなくわかるんだから。
手を伸ばす。隣で所在なさげに揺れている綾の左手に向けて。
「……明くん」
そっと握ると、ほっとしたような表情が返ってきた。
その事実に、僕も安堵を覚える。
「ふふっ……」
綾が小さく笑う。
とてもとても、幸せそうに。
そして、少しだけ恥ずかしそうに。
僕も同じような心境だったから、『どうしたの?』なんて尋ねるようなことはしない。
というか、そんな余裕なんてなかった。
「ね、明くん……」
でも綾のほうには、僕に比べればいくらか余裕があるようで、
「なんか、いいね」
「……うん」
それだけを返す僕。
それだけで、感無量。
それだけで、もう満足。
なにがいいのか、なんてのは無粋の極みだ。
『なんか、いい』のだ。
当事者である僕たちがそれで納得できていて、同じ感覚を共有できていると思えているのだから、それで充分。
『なんか』がなにを意味するのかなんて、どうでもいい。
あるいは、単なる錯覚なのかもしれないけれど。
それでも、同じ感覚を共有していると実感できる。
茜色の空の下で、僕たちは『二人』で同じ時間を過ごしている。
どうしてか、僕にはその事実がたまらなく嬉しかった。
やがて信号が青に変わり、僕たちは歩きだす。
繋いだ手はそのままに。
横断歩道の向こう側にある駅へと。
しばしの別れと、そのあとに待つ再会を得るために――。
ここからは、ちょっと余談を。
家に帰った僕たちは、夕食までの時間、リビングで携帯電話をいじっていた。
マニュアルに目を通しながら、日常的に使うであろう機能をひとつひとつ、覚えていく綾。
試しに僕に電話をかけてみたり、メールをしてみたり。
その間、とても綾は嬉しそうで、こっちの頬まで緩んでしまう。
僕たちが仲良さげなのは素直に喜ばしいことなのだろう、父さんと義母さんも嬉しそうだった。
綾からのメールは、もちろん保護。
お知らせメールや迷惑メールなんかで流れてしまったら、たまらないから。
ともあれ、これで別々の部屋にいても綾と連絡がとれるようになった。
家にいるときに下手に話して、親密そうな雰囲気を出してしまう危険性もいくらか減ったということだ。
あるいは僕の気にしすぎなのかもしれないけれど、ただでさえ魔術講座という名目で夜に年頃の男女が同じ部屋に二人きりでいるのだから、これ以上は父さんたちが不安に感じるかもしれないし。
なにより、現実に僕と綾はつきあっているわけなのだから、不安を覚えたとしても、それはまったく不思議なことではないのだし。
でも、これで別々の部屋にいても連絡がとれる。
人前では話しにくいことがあっても、メールで会話ができる。
夏休みが終われば、学校で連絡をとりあうこともできるだろう。
綾が携帯を買ってくれて、本当によかった。
早くも、そう思ってしまった夜だった。
すっかり間が空いてしまいましたが、第十話をここにお届けします。
今回はデート話の後編。
綾が段々と明るくなるように書いているつもりなのですが、唐突にキャラが変わってしまったように感じられないか、期間が空いてしまったこともあって、それがどうにも不安だったり。




