第9話 罪悪感の根源
眠れない。
眠れるか。
明日からとうとう殺し合いが始まる。
死ぬ。殺される。殺す。殺人。
考えてもしょうがない事を考えている。
布団から体を起こし、布団の上で足を崩して座る。
真っ暗な部屋、2階の窓の近くにある電灯の光が、カーテンの隙間から少しだけ差し込む。
俺は、座りながら、部屋を見る。あいつらが、ここに来て、話した。
あれが最後かもな。と思うと、胸が苦しくなる。
「マスターメビウス。」
ぬるっと俺の体から抜け出し、上下逆さまになって俺の顔の前に現れる。
上下逆さまなのに、髪の毛は地面とは逆に落ちている、つまり重力を無視している。
「・・・眠れねぇ。」
「そうか。」
「俺はよ、人に頼るのが苦手なんだよ。人に助けを求めるのが。
それをやる前に、自分で調べて自分で考えて、自分で答えを出す。
そんなことばっかりやってたから、人に助けを求める事が出来なくなっちまった。」
「・・・」
マスターメビウスは答えない。
空中で横に寝転んで、くつろいでいる。
「お前、見てた、つったよな。あの時。」
「ああ。」
「10年前、小学校で、火事が起きた。」
「知ってる。」
「小学校1年生の時だ。授業中、突然、火災報知器が鳴った。この時、子どもってのはバカだから、
ふざけだすやつもいた。バカだから。先生が避難します。と言う。椅子から立ち、ドアを開ける。
ここまでは、みんなに恐怖はなかった。授業がなくなるとか、避難という特別な状況に、興奮していた。
廊下に出ると、ほかのクラスの人間も教室から出ている。うちのクラスは1クラス30人、それが3つで一学年90人ぐらいだ。
まず階段に近いクラスが階段を降りていく。2階に居たんだ。そして次のクラス、俺らは最後だった。
鳴り響くベルの音、騒ぐバカなガキ。ま、俺達の事なんだが。子どもなんてそんなもんさ。」
「なぜ、今その話を?」
マスターメビウスは無邪気に質問をした。
「・・・眠れないからさ。」
「そうか。」
そう言うと、マスターメビウスは俺の隣に座った。
マスターメビウスの腕が俺の腕に触れた。冷たいかと思ったら、人間と同じで、温かかった。
「階段を降りる辺りで、臭いを感じた。焦げ臭い。それに気づいた人間から、危機を実感し始めた。あ、コレヤバいぞっていう。
階段を降りる前に、煙がうっすら登ってきた。何かが焼けた臭い。金属が燃えたような、鉄の臭い。
俺は、ビビっていた。ガキながらに、ヤバいぞ、っていう。
1階に降りると、かなり煙が漂っていた。走って逃げたい恐怖に襲われていた。
でも先生が居たから、先生は声をかけながら先導して、まとめていたよ。
かなり早歩きで、移動していくクラスのみんな。突き当りの分かれ道。
避難訓練どおりに、移動していく。玄関へ向かう。その時、あの時の俺は思い出した。
こことは逆に向かえば、裏口から外に出れる。と、
俺はそれを先生に伝えた。先生、廊下の突き当りの裏口から出れますよ。と。
だが先生はこう言った。避難訓練通りに、と。
確かに、今考えると、あの人数を、裏口の小さなドアから出すのには時間がかかる。
出たとしても、すぐに森の急な斜面が目の前にあり、30人が移動するのは難しい。
そういう意味で、先生の方が正しかった。」
「理屈ではな。」
「俺は、あの時、俺は正しいんだ。と思い、一人で裏口へ向かった。もう煙が天井を埋め尽くしていた。
とにかく早く逃げないと。という恐怖でいっぱいだった。
・・・そして、俺は裏口を開け、外に出た。新鮮な空気を思いっきり吸い込む。急斜面との間、湿度の高いジュクジュクした地面。
植物の匂い。それでも、空気を美味いと感じた。俺は走ってみんなが待つ校庭へ走る。
クラスのみんなは、まだ来ていなかった。別のクラスの担当の先生に、来ていないのか?と聞いた。
その時、学校の玄関が燃えていることに気づいた。俺は、全身から汗が吹き出した。まだ中に。
そう思った時、校舎の一部が崩れ落ちた。周りには消防車が見たこともない数が集まっていた。
ああ。神様。助けて。助けてあげて。と俺は祈った。
消防士が、ホースで水を掛ける。何本も水の線が飛ぶ。
永遠に思えた。永遠に、いつまでも、事態が動かない。
燃える校舎。放水。何も変わらない現状。
そうして、親が集まりだした。子どもの親が学校に来た。再会を喜ぶ親、先生にまくしたてる親。
時間が経過しても、俺のクラスのみんなは来ない。俺の親が来た。母親が俺を抱きしめる。
同じクラスの子の親が、俺に聞いてくる。貴方と同じクラスはどうしたの?と、俺は、わからない。と答えた。
知ってる子の親たちが、無気力に、火事を眺めている。それが最後の記憶だ。俺は、気を失ったらしい。ぶっ倒れたそうだ。
目を覚ますと、病院だった。病院のベットで、母親が居た。結末を知ったのは翌日だった。
俺と同じクラスのみんなは、死んだ。俺が別れた後、玄関へ向かったときに、有毒ガスを吸い、倒れて、そのまま焼け死んだ。そうだ。
・・・お前は、見ていたのだろう?全てを、」
「ああ、見ていたよ。」
俺の隣に座るマスターメビウスが答える。
「なぜ助けなかった。とは言わない。悪魔に。
だが、なぜ見ていた?なぜあそこに居た?」
俺はマスターメビウスに問う。気になる。
その答えは、とても悪魔らしかった。
「たまたまさ、あの時、近くに居て、火事が起きたのを知って、見に行っただけさ。」
「本当にそれだけか?」
マスターメビウスは、冷たく答える。
「・・・もし、あの火事が、私が、悪魔が仕組んだものなら、お前の罪悪感は無くなるだろう。
それを期待しているのなら、残念だが、違う。あの火事は本当に、ただの整備不良。経年劣化。どこにでも起きる火事の一つさ。」
「・・・そうだ。わかってる。」
「お前、あの時6歳か7歳だろう?小学1年生に、救えなかった責任、なんてものはない。
先生が悪いわけでもお前が悪いわけでもない。アレは事故だ。お前のせいじゃあない。と、言ってほしそうだから、言ってやろう。」
「ああ。わかってる。わかってるんだ。でも、消えないんだ。あの時、助けられた。もっと強く説得すれば、
助けられたかも知れない。その罪悪感が、今でも苦しいんだ。」
ふっと気配が消える。
隣を見ると、マスターメビウスはもう消えていた。
・・・話疲れた。寝よう。
俺は布団に入り、目をつぶった。
おやすみマスターメビウス。とつぶやいて、眠った。




