第52話 引き裂かれるブラックホール
俺の前に、足が見える。
俺はうつ伏せになり、体が動かねぇ。
首を、なんとか動かし、上を見るが、足しか見えねぇ。
裸足。
褐色の肌。
暗い紫のスカート。
マスターメビウスだ。
「来い。アマデウス。」
マスターメビウスが、何かを言った。
アマデウス・・・?
新しい悪魔か?
・・・何も起きない。
なんだ・・・?
なにか・・・音がする。
何の音だ?甲高い、響く音だ。
キィイイイイイイイイイイイイイイイン
音はどんどん大きくなる。
いや、大きい。大きすぎる。
何かが、何かが落ちて・・・
地面から衝撃を感じる。
ドォオン
その後に、音が響いた。
それは、紫色の塊。
巨大な、車とか、タンクローリーとかの比じゃない、10メートル?20メートル?わからない。
それほど巨大な塊が、空から落ちてきた。
俺は、動かない体を、無理やり動かし、なんとか、上半身を起こす。
うつ伏せのまま、腕を顔の前に出し、見える範囲を増やした。
マスターメビウスは、居なくなっていた。
何処にも見えない。いや、俺の見えない場所にいるかも知れないが。
ぐあっ。
俺の背中に、何かが、乗った。
柔らかく、そして硬い。骨だ。肉だ。
つまり、マスターメビウスが、俺の背中に、座っている。
痛い。傷口に塩をぬるというが、まさにアレだ。
全身に痛みが走る。
そりゃ体のあちこち骨折して、両手に足1本砕けてんだから。
そのマスターメビウスが、俺の背中の上で、語りかける。
「アレが私の本質。アマデウス。」
そう言うと、
巨大な紫色の塊は、動き出した。
体の一部が蛍光色に発光している。
輪郭が変わっていく。
俺が塊だと思っていたのは、人の形だった。
いや、人と言うには異形だ。
アレが、ゆっくりと、体を起こす。
機械・・・まるで、機械に見える。いや、筋肉のようにも見える。
よく見ると、体の装甲は、微妙に、透き通っている。水晶のように、光を通している。
宝石・・・のようだと思った。
体が宝石でできた、巨大な、機械の悪魔。
それが立ち上がると、凄まじい存在感があった。
圧倒的な存在感。
威圧感。それが、ブラックホールの方を向いた。
俺に背を向ける。そして、背中から、紫色の羽を生やした。
「アレは、なんなんだ。」
「言っただろう。お前は本当に頭が悪いな。アレが私の本質。お前が見た悪魔の姿は、いわば影。端末。
アレこそが悪魔の正体。本質。本当の姿だ。」
俺は、今まで、人知を超える、想像もつかない、非現実的な、超常の戦いを繰り広げてきた。
が、コレは、まさにスケールが違う。
余りにも。この目で見ていても、信じられない。
俺は、子供だ。と思った。俺は世の中のことを何も知らない。子供だ。
いや、大人だってこんなモノ知ってるわけがない。
人間は、本当にちっぽけな存在だ、何も知らない。
こんなバケモノに囲まれて、何も知らずに生きている。ああ、なんてことだ。
俺は、凄いものを見ている。人類が誰も見ることのなかったものを。
アマデウスが、シュッっと、中に浮いた。かと思った瞬間。消えた。
消えたと思った次の瞬間には、ブラックホールの前に立っていた。
何をするつもりだ、と思った。
俺が、時間を止めてまで攻撃して、どうにもならなかったんだ。
どうするつもりだ。
俺の想像もつかない魔法を使うのか、魔法の武器を使うのか、俺はそう考えていた。
しかし、答えは、余りにも、原始的だった。
アマデウスは、ブラックホールに両腕をツッコんだ。
何を。
と思う前に、両腕で、ブラックホールを、その穴を、
引き裂こうとしている。力尽くで。
すると、ブラックホールの回転は止まり、周囲を漂っていた石も停止した。
メキメキメキという、何かが破断する音が響く。
ブラックホールからメキメキという音が出るとは思わなかった。
ブラックホールそのものを、引き裂こうとしている。
リンゴじゃねぇんだぞ。と俺は思った。
力自慢のバカが、リンゴを両手で、真っ二つに引き裂く。
アレだ。アレと同じだ。と思った。
だが、ブラックホールはミシミシと音を立て、少しずつ、ひび割れていく。
実際にブラックホールを攻撃した俺だからわかる。
物理的に不可能だ。いや、俺は今目の前で、物理的にブラックホールを破壊している光景を見ているが、
理論的に、科学的に、物理的に無理だ。無理のはずだ。
熱力学第二法則や相対性理論、特殊相対性理論、量子力学、あらゆる法則の名前が俺の頭の中を駆け巡る。
それらを全て無視している。
だいたいなんでブラックホールに触れて吸い込まれてないんだ。
何もかもが無茶苦茶だ。
俺が、思考停止に陥っている間に、ヒビはどんどん広がっていく。
そして、ついに、ブラックホールは引き裂かれた。
この距離だから、音は遅れて聞こえる。
音は秒速300メートルだから、1キロ離れてれば3秒はかかる。
そんな事を考えていたが、ピカッと光った。
この光は、ああ、不味い。
ブラックホールは超密度で、巨大なエネルギー体とも言える。
それが、砕かれ、バランスを失い、今まで押し込められた質量が一気に放出される。
俺は、ブラックホールの割れる音を聞く前に、
その、物理現象で考えられる限り最高威力の爆発を受け、
俺の意識は消えた。




