第50話 止まった時の中で
平らだった地面が、あの大爆発で、クレーターになっている。
その縁から、バラバラと、コンクリートの塊が浮き上がり、弧を画きながら、穴に吸い込まれていく。
その引力は、遠く離れた俺にも届いている。ジリジリと、まるで坂にいるかのように、引き寄せられているのを感じる。
夜空に、光の輪が一つ。
それを彩る花弁のように、物体が衛星となり回っている。
美しいな。なんて考えてる場合じゃない。
はっ。笑える。
最後の最後で、ブラックホールとは。
グラフはどうなってんだ。生きてんのか、死んでんのか。
俺が持つブラックホールに対する知識はこうだ。
①光さえも吸い込む。出ることは出来ない。
②光が出ることが出来なくラインを事象の地平線と呼ぶ。
③太陽よりもさらに巨大な星が爆発して、残った重い星が、ブラックホールになる。
ま、学校の授業で習う程度の知識しかねぇ。
肝心な事が一つ、わからない。
・・・ブラックホール、破壊できるのか・・・?
俺がそう考えている間にも、ブラックホールは次々と大地を吸い込み続けている。
このまま行くと、本当に地球が滅ぶんじゃねぇか。
なぜバフォメットがコレをやったか、答えを考えるヒマは無い。
今、このブラックホールをなんとかしなければ。
ブラックホール。だが、太陽よりも大きな星の質量で産まれるなら、
今、ここにあるモノは、それに比べたら質量が小さいはずだ。
自然に、物理法則に乗っ取って生まれたものじゃない。
能力によって生み出されたブラックホール。
自然じゃない。なら、破壊できる可能性は・・・わからない。
わからねぇが、殺るしか無い。
「まったく・・・笑えるな。」
俺はそうこぼしながら、ありったけの力を使う。
俺の視界全てが、光の輪を作るブラックホールを除き、黒く染まる。
光だ。俺は、今、俺の視界に届く全ての光を右手に収奪する。
光を物質化するために光を奪う。奪われた物質は、当然光を反射しないから、黒くなる。
何も照らさない激しい光が右手に輝く。
「行くぞ。」
一点に集めた光を、1本の線にする。剣だ。いや、剣というか、もはや視界には先が見えない。天空に伸びる1本の線にしか見えない。
「うおおおッ!切れろ!!!!」
俺は腕を振り下ろす。
その光の線には、重さがない。
俺から離れれば離れるほど、その先端速度は加速する。
地球を切断する勢いで、俺はブラックホールにその線を叩きつける。
真っ暗な世界で、光の線が、光の輪に衝突する。
俺は腕を振り抜いた。
俺の光の線は、深々と、地面に突き刺さった。
地下がどれだけ切れてるかはわからない。地球の裏側のブラジルまで切断されたんじゃねぇか?
が、顔を上げると、ブラックホールは、健在だった。
ブラックホールのその周りを、砕かれた光の線が、ぐちゃぐちゃに、まるで蜂の動きのように、乱雑に渦巻いている。
確かに、ブラックホールは直線的に吸い込むわけじゃあない。円周状にくるくる旋回して吸い込まれるものだ。
それが、光の軌跡で視覚化されている。
科学者でもここにいりゃ、泣いて喜ぶだろうな。ブラックホールの実地実験出来るんだからよ。
俺が力を解除すると、周囲の光は再びもとに戻る。
さぁ、どうするか、最大出力でぶっ放しても、あのザマだ。
徐々にブラックホールは大きくなっている気がする。俺を引っ張る引力も。
汗が滲み出る。突然、人類どころか、地球の存亡が俺の両肩にかかってんだ。そりゃ汗も出る。
はぁ、と息を一つ吐く。
コレが最後だ。コレでダメだったら、もうどうにもなんねぇ。
俺は、全身の力を抜いた。
目を閉じ、指先、足先、心臓、肺。自分の体の感覚を確かめる。
息を大きく吸う。
吐く。
数秒。停止する。
目を開ける。
俺は全身を光に変換する。
最後だ。
光と化した俺は、ブラックホールに向けて、まっすぐに、直進した。
一瞬で音速を超え、俺のすべての力を速度に変える。
景色が、前方に縮まっていく。青く、青くなっていく。
光が、放射状の光が、一点に収縮していく。
それ以外は完全な闇だ。
俺はさらに加速する。もう加速というのかどうかもわからない。
俺は光の速度、光そのものになる。
視界は一点に収縮する。
そして、その一点を、俺は越える。
奇妙な、清々しさ。俺は足を止める。
気がつくと、世界が静止していた。
俺は今、時間を無視している。
光速で移動するものは、時間が停止する。
小石も、風も、ブラックホールも、全てが静止している。
引力も感じない。
俺は今、世界から疎外された存在になっている。
静止した世界は、灰色だった。光の性質なのか、ドップラー効果なのかわからないが、
全てが灰色に見える。
俺はその灰色の世界から光を奪い、剣を作る。
光を奪われた場所は、暗闇になる。
ブラックホールに近づいても、重力は感じない。
俺は、光の剣で、ブラックホールの中心を、叩き切る。
光の剣は、ブラックホールの暗黒空間に消え、見えないが、恐らく核に当たり、剣の方が砕けているようだ。
俺は再び剣を作る。そして再び切る。
再びブラックホールの中で、剣は砕けているようだ。手元に残った剣は先だけが奇妙にひび割れている。
俺は再び剣を作る。再び切る。
再び剣を作る。切る。
剣を作る。切る。
切る。
切る。
切る。
切る。
切る。
光の速さで、俺の力が続く限り、
事象の地平線なんか知ったこっちゃねぇ。
切る。
切るほどに、光の破片がブラックホールの周りに漂い、停止する。
俺が切れば切るほど、世界から光は失われていく。
時間の停止した世界が暗闇になっても、星空全ての光を奪っても、
例え地球の影に存在する太陽の光全てを使っても、
俺は切る。斬り続ける。
どうやら、自分の体を光に変換するのは、無理があるようだ。
段々と、俺の体が、削れていく。
そう言えば、カロンは体の電化を、一瞬しか使わなかったな。
そう思いながら、俺は、斬り続ける。
時間を止め、自らの体を光にし、無限の斬撃、無限の光の物質化、その代償に、俺はこの世から、削れていく。
ついに、俺の両腕が砕け散った。
俺は足で、ブラックホールに蹴りを入れる。
が、右足は砕け散る。
俺は、地面に落下する。
肘から先は残っているから、それで、なんとか起き上がる。
立ち上がろうとするが、力が入らない。立てない。
膝をつき、屈むので精一杯だ。
俺は、光化を解除する。
時間が動き出す。
無限の斬撃、無限の破壊のエネルギーが、一気に動き出す。
それは巨大な爆発となり、俺は、再びふっ飛ばされる。
俺は砕けた両腕、右足の切断面から、血を吹き出しながら投げた石みたいに、地面に何度もぶつかり、
意識が消える寸前で止まる。
これで、コレでダメなら、もう本当にどうにもならねぇ。
痛い。そりゃそうだ。両腕と足1本吹っ飛んでるんだから。
地面にぶつけた頭も痛い。
首も、背中も、肩も、全てが痛い。
だが、それよりも苦しいのは、
ブラックホールが、何一つ、変わっていなかったことだ。
何事もなかったように。未だそこに存在する。
円盤状に、周囲の物質を吸い込み続けている。
俺も、その引力に引っ張られ、ずりずりと、移動している。
しかし、もう俺に抵抗する力は何もない。
動けない。光を物質化する力も、もう使えない。
俺は、前のめりに、うつ伏せに倒れる。
ずりずりと、引っ張られ。移動し続ける。
どうにもならねぇ。ああ。どうにもならねぇ。
指1本動かねぇ。いや、指はもう無かったな。
・・・
今、俺に出来ることは何だ、全てを失った。俺が、出来ること。
・・・
・・・
・・・
「助けてくれ。マスターメビウス」
俺は、そう、その言葉を、言うことしか、出来なかった。
「良いだろう。助けてやろう、一角十馬。」
失血で朦朧とする意識の中、
その声が聞こえた。




