第46話 冷めた紅茶
最後の日が来た。
俺は、部屋に居た。いつもの学生服で、椅子に座り、机に足を乗せながらギシギシと体を揺らす。
靴を履いたまま。
いつ瞬間移動で飛ばされるかわからないからな。
窓の外を見ると、夕日だ。
そりゃそうだ。夕日ってのは毎日ある。
夕方にならない日なんて一日だって無い。
けど、コレが最後になるかもな、とぼんやり眺めていると、
マスターメビウスが出てきて言う。
「時間だ。」
俺は答える。
「ああ。」
一瞬で世界が変わる。
相変わらず準備もへったくれもねぇ。突然始まる。もう何度これを体験したか。
俺は気持ちを切り替える。いちいち驚くのもキリがねぇ。
そう思っていたが、俺は、景色を見て驚いた。
ここは・・・、どこだ?
何もない。何も。
地平線まで、建物も山も木も無い。
平らな地面だけ。いや、コレは・・・
地面を見ると、それはコンクリートだった。
ビルとか、建物のコンクリートが、バキバキに割れて、砕けて、平らになっている。
俺は警戒しながら、少し歩くと、コレは、潰された事に気づく。
潰れた車、潰れた電柱、平な地面の一部に食い込んでいる電線、看板、金属、鉄骨。
そして・・・黒く、固まった血。潰れた人間。
それらが、モザイク状の平らな地面に成っていた。
それが、見渡す限り、地平線まで、人間の視力ってのはどのくらいまで見えるんだ?
本当に、比較するものがないから、距離感が掴めないが、5キロ?10キロ?わからない。
街が、いや、都市が一つまるまる潰れている。
天使と新宿で戦った時、それ以上の規模か?
そこに、一つ、物体が見える。
地平線まで平らな視界の中に、一つのオブジェ。
俺はそれに向かって歩く。
ゆっくりと、輪郭が見えてくる。
ガラス、石、固まった血を踏み越えながら。
テーブルだ。
そして、そこに、椅子に座る人間が一人。
そのそばに立つ人間が一人。
向こうは俺に気づいているはずだが、反応がない。
歩く。
・・・長い。
走るか?いや、走ることもないだろう。誰もいないんだから。
しばらく歩いて、やっとたどり着いた。
それは男だった。髪の長い、大きな男。スーツにジャケット、カップで紅茶を飲んでいる。
テーブルの上にはポットと、もう一つカップとソーサーが置いてある。
そしてそばに立つのは、女。・・・メイド?
俺がテーブルのそばに立つと、メイド・・・?が椅子を引く。
俺は一瞬ためらうが、ムカついたので座ることにした。
メイドが俺に話しかける。
「砂糖は幾つ入れますか?ミルクは入れますか?」
「底に溶け残るぐらい。ミルクはいらねぇ。」
「畏まりました。」
メイドが後ろを向き、近くに止めてあるバイクの、横に行く。
何をしてるのかと思ったら、キャンプ用のガスコンロで、お湯を沸かしていた。
その銀のヤカン?を持ってきて、テーブルの上のポットに、じょぼぼぼぼと、お湯を注ぐ。
そして蓋をした。
呆れた。紅茶を飲みたいがために、ココまで準備していることに。
そしてメイドは、砂時計をひっくり返し、時間を図り始めた。
メイドは一歩下がり、俺にクッキーはいかがですか?と聞いてきたので、
結構だ。と俺は断った。
それを、男は紅茶を飲みながら、ただ、俺を見ていた。
「あんた、ずいぶん金持ちらしいな。」
サイドカー付きのデカいバイク。
重そうなテーブル。
薄いティーカップ。
そんでメイド。
誰だってこいつは超金持ちだってわかる。
俺はムカついた。
こんだけ金持っててお前が叶えたい願いって何なんだよ。
「自己紹介しよう。一角十馬くん。」
男はティーカップを皿に置き、両手を重ね足の上に置き、スッと俺を見て、意識を俺に向けた。
俺の名を知っている事にも驚いた。
「私の名は、グラフ。七祭に参加する。契約した悪魔はバフォメット。」
「俺の名は一角十馬。契約した悪魔はマスターメビウス。」
俺は口に手を当て考える。
そう言えば、ミラーと戦っていた時、テレビカメラが来ていたな。
つーことは・・・そっから、俺の素性を調べたってわけか。
学生服で何処の学校かわかるし、それが別れば、簡単に見つけられるな。
「十馬様。紅茶が入りました。」
メイドが俺の前にカップを差し出す。
俺はそれに手を付けない。毒が入っている可能性があるものを飲めるか。
男は紅茶を一口飲んだ後、話し始めた。
「私は弾薬製造企業の一族に生まれた。」
「へぇ。儲かりそうな商売だな。」
「弾薬と言っても、主に発射薬を製造する。一般的に言うと火薬だ。
その中でも、私は材料調達の安定に力を注ぎ、中国、インド、アメリカに、分散して綿花生産地を作った。」
「火薬作るのに、わた・・・?」
「無煙火薬の材料は、コットンリンター・・・綿花を収穫したあとに種子に残る短いうぶ毛のことだ。
それは純度の高いセルロースになる。そこに各種の薬品添加物を加え、ニトロセルロースを作る。それが火薬の原材料だ。
使用する銃弾に合わせ、さらにそこから粒の形、更なる添加物を加え、様々な弾薬として販売する。
何処かで戦争が起きれば綿花の製造輸出が滞る危険がある。故に、取引先は増やしておこうと言うわけだ。
そしてそれは成功した。湾岸戦争の折、リスク分散が功を奏し、他社よりも原材料確保に優位に立ち、
私の会社はさらに大きくなった。」
「良かったじゃねぇか。」
ぎろりと、グラフが俺の目を見る。
「我が社が儲かるということはそれだけ人が死ぬということだ。」
「それで儲けてるのに、よく言うぜ。」
「我が一族は、キミの言う通り、とんでもない金持ちばかりだ。ハッキリ言って私も金持ちだ。
キミが1年で使う金額を、服一着に使うのが当たり前の世界だ。」
「随分安い服を着てるんだな。」
「大きな家に住み、美人のメイドを雇い、美味いものを食い、好きな車を、時計を、絵を、服を買う。」
「・・・」
「人は私に従い、媚びへつらい、おこぼれにありつこうとする。または私を敵視し、攻撃する。
ライバル会社は私たちを亡き者にしようとする。影響力を利用しようと、政治家もすり寄ってくる。女もだ。」
「自慢話をしたいのか?」
「ああ、自慢だ。凄いだろう。羨ましいだろう。しかし、我が一族は、マトモに死ぬ人間がいない。
自殺率が余りにも高い。遺伝する精神病というものもあるが、もちろん病院で調べたが、そうじゃない。
遺伝子に問題は無い。我が一族の血の流れていない、つまり結婚した嫁、婿も自殺する。
ライバル会社による殺人でもない。何の要求も無いからだ。アレをしなければ家族を殺すぞ、という脅しもなく、
我が一族は次々と自殺をする。なぜか?私は子供の頃から考えていた。ずっと。
そして、私が20才の時、成人し、会社に入った日、私の母は命を断った。その時、その母を見て、理解した。」
「罪悪感。」
「・・・そうだ。人を殺す為の商品で儲け、裕福に生きている事に、耐えられなくなるのだ。」
「・・・」
「私は調べた。自殺するのは我が一族だけなのか、社長、会長、工場長、社員、彼らの自殺率は、普通の仕事と変わらなかった。
彼らに罪悪感は無いのか?私は、下っ端工場員のフリをして、現場に行って聞いてみた。そこで帰ってきた答えはこうだ、
“仕事だから”。私は、その答えに、一つの真実を見た。
人は、命令され、支配され、他者に決定され、動かされている時は、罪悪感を感じない。
罪悪感を感じるのは、自らが決定し、自らが行動し、自らの行動の結果を見たときだ。」
・・・俺は、グラフの話を聞きながら、紅茶を一口飲んだ。
言った通り、砂糖が大量に入っていた。
甘い。
カップを置き、グラフに尋ねる。
「それで、お前の願いは何なんだ?」
「故に、私は考えた。人は、支配されれば、罪悪感が無くなるのではないか?
私が、全てを決定し、押し付け、命令すれば、人は罪悪感から解放されるのではないか?」
「・・・かもな。」
「そう、例えばキミ。一角十馬くん。
キミはあの火事で、選択に対して後悔している。
だが、私が命じた結果ならば、キミは罪悪感を感じないだろう。
私を恨み、憎み、怒りに燃えるだろう。
その時、キミの心には罪悪感は無い。
キミの心は救われるのではないか?。」
「・・・」
ふつーの人間なら、何を言ってるんだ、バカか、なんでテメェに支配されなきゃならねぇんだ。自由こそ全てに優先する。
などと言うだろう。
だが、俺には。この男の言うことが、何よりも理解できた。
それは自由を捨ててでも欲しいものなのか?と言われれば、
そうだ。と答えるだろう。
それほどに、罪悪感というものは、苦しいんだ。
「グラフさんよ。つまり、俺に死んでくれ、と言うのか?」
「そうだ。世界を、人を救うためには、私の願いが、正しいと思わないか?」
・・・
俺はテーブルの紅茶を飲みながら、考える。
紅茶を口に入れ、テーブルに置く。
それを何度も繰り返し、底に残った砂糖が、ゆっくりと、流れてくるのを見る。
気がつくと、夕日が、黒い空に滲んでいく。
それらには星が輝いていた。
「俺は、お前を否定することが出来ない。」
考えた結果。俺の率直な心だ。偽りはない。
その結論に対して、グラフは答える。
「ほう。」
「お前のほうが、正しいだろう。だが、俺は、俺の願いを叶える。
俺は、俺が救われるために、たとえ間違っていても、お前に勝つ。」
「・・・ああ。そうだな。やろう。最後まで。」
最後の戦いが始まる。




