第39話 海水が入ってくる
気がつくと、俺は、俺を見ていた。
俺の体が、水中を漂っている。
力なく、ただ、何の動きもなく、ゆらゆらと、
・・・それを、俺が、俺の目で見ている。
静かだ。何も聞こえない。何の音もしない。俺の心臓の音さえも。
俺は・・・死んでるのか?
いや、そんな事を考えている場合じゃない。
「アモン!!」
俺は叫んだ。
すると、幽霊の方の俺の眼の前に、アモンが現れた。
「助けろ。」
アモンは胡座を組んで、ふらふらと浮いている。
「嫌だね。」
アモンは答える。
水中だが普通に声が聞こえる。アモンが口を動かしても、空気の泡が出ることはない。
それはもう気にするだけ無駄だから、無視して話を進める。
「俺の魂をやる。だから、ののだけは助けてくれ。」
死んだ俺が、持ってるものはもう魂ぐらいしか残ってない。
「ハッ、くだらないね。お前みたいな、いつまでもうじうじ後悔してる
へなちょこの魂にどんな価値があるっていうんだ。いらないね。」
ムカついた。
ムカついたが、時間がない。
俺は考える。アモン。コイツはガラスに取り憑いていた悪魔。
取り憑いた、というか、契約というか、なんと言えばいいかわからないが、
水を操る。
コイツの力が必要だ。
考えろ。コイツは確か・・・
「アモン。お前、確か・・・格闘技に興味があったな?」
アモンの太いひし形の眉がピクリと動いた。
俺は話を続ける。
「俺の古武術を、お前に教える。つっても、親父から教えられただけで、流派の名前とか、歴史とかは知らないが…」
アモンは顎に手を当て考え込む。
「確かに、お前のそれは、私も知らない技だ。・・・いいだろう。
お前の戦いも、もう少し見てみたいからな。」
アモンの目が青く光る。
アモンは立ち上がり・・・いや、水中だから、立つわけじゃないが、
胡座を解き、足を伸ばし、両手を広げる。
次の瞬間、アモンの周りに、水中に、穴が空いた。
穴・・・空間。空気の壁とでも言おうか、海水を押しのけるように、
その穴は巨大に広がり、一瞬で俺の体を通り過ぎて行った。
眼の前には、海底から海面まで、海水が押しのけられた、巨大な空間が生まれた。
まるで、ガラスの壁が出来たような、水族館のような・・・
何という力だ。
海底を見ると、そこにはののが落ちていた。
全く動いていない。
「アモン!!」
俺が叫ぶと、アモンは一瞬でののの元にひとっ飛びし、
その勢いのままののの胸を踏みつけた。
なにを!?と思ったが、
踏まれたののの口から、噴水のように水が吹き出した。
「げほっげほっげほっ」
ののが咳込んでいる。良かった。生きてる。よかった。本当に良かった。
俺が安堵のため息を付くと、アモンは、ぴょんと飛んで、幽霊となっている俺の首を掴んだ。
引っ張られる。何をするつもりだ、と思い目線を向けた先には、俺の死体が海底に落ちていた。
そして、俺は、俺の体に叩きつけられた。
そしてそのまま、アモンは俺の体の腹をぶん殴った。
まるでケチャップを絞り出すかのように、俺の腹から、肺の海水を絞り出す。
俺は海水を吐き出す。当然、むちゃくちゃ痛い。むちゃくちゃに苦しい。
俺は背中を丸め、うずくまり、海水を吐きながら咳き込む。
気がつくと、俺は俺の体に戻っていた。この苦しみ、俺は今、生きている。
冷たい感覚が、胸の奥から、喉に逆流する。
それを見ながら、アモンは俺に言った。
「じゃ、後は自分でなんとかしろ。」
そう言ってアモンは消えた。




