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第7話 自己紹介

次の日の朝。教室へ入ると、少し浮ついた空気が漂っている。夢咲さんの方を見つめながら、彼女に声をかけようと迷っている人が何名か見うけられる。それでも当の本人は参考書らしきものに視線を落としていて、「話しかけるな」という雰囲気を醸し出していた。


流石に勉強をしている相手の邪魔をする程でもないし、2日目というのもあって、どこか戸惑ったように立ち止まっていた。結局、誰も話しかけられないまま、教室の前方の扉が開いた。


「よーし、お間ら席につけ」


そう声をかけて、担任が入ってくる。その声に従うように、俺たちは席に着いた。そんな担任である坂上先生を確認して思う。


(やっぱりガタイいいな~)


なんて感心しながら、彼の胸元に視線がいく。着ている制服を押し上げる大胸筋と上腕三頭筋。脚の筋肉もかなり発達していることが分かる。相手を力強く押し込むラグビーやアメフト。もしくはボクシングなどの格闘技経験者なんだろうか?かなり鍛えているのが分かる。


身長もかなり高いだろう183cmくらいあるのではないだろうか?隣に大翔を仮定して置き。脳内で重ねてみると丁度同じくらいだった。先生の方が少し高いか、なんて、そんな風に彼を観察していると、担任の松坂先生は切れ長の目を俺の方にむけて、ふっと笑った。


(……?)


思わず何かあったのかと周囲を見渡すが何もない。振り返った時にはもう他の方向を見ていることから、単純に笑いかけてくれただけだと分かる。


その笑みはいつも浮かべていて、肩の力を抜いてくれているからだろう、「頼れる大人」という印象を抱く。


担任は慣れた様子でHRを進めていく。そして、一通り説明が終わったところで、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば今日の一限は、俺の授業なんだ。ちょうどいいタイミングだから、授業中に自己紹介してもらおうと思ってる。順番は俺が適当に当てていくから。今のうちに考えとけよー」


なんて言って、担任がHRを締める。そのまま授業の準備をするためか、それとも俺たちが緊張しないためか担任は一度教室から出て行った。彼が扉から去っていくのを見送ると、隣から、かすかにため息が聞こえた。


見ると、中野さんが困ったように眉を下げている。


「どうかしたの?」


俺自身、眉をひそめながら、彼女の顔を心配しながら覗き込む。すると、焦ったように否定する。


「あっ、いえ、別に何かあったというわけじゃなくて……その、こういう自己紹介って慣れないんです」


なんて、少し気落ちしながら彼女が告げる。


「そうだよね。自己紹介する機会って、入学した当初とか後は親戚とか意外と少ないもんね」

「そうなんです。だから、何を言おうか迷っちゃって」

「確かに自分を知ってもらおうと意気込んだり、変な印象を与えないかって不安になるよね?」

「はい。だから、どうしようか迷っていて……」


う~ん。これは確かに難しい問題だ。ここで理論的な事を言っても中野さんの場合余計に混乱しそうな気がする。素直そうだし、実践しようと、俺の期待に応えようと変に緊張感が増しそうだ。なら、


「いつもありのままの中野さんでいいんじゃないかな?」

「いつもの私ですか?」


彼女が小首を傾げながら、俺の方を見つめる。その瞳には戸惑いの色が浮かんでいる。


「うん、目を逸らさずに真っ直ぐ前を向いて話してくれる。飾らない自然体の優しさが伝わる中野さんかな」


そこで俺はふっと表情を緩める。


「昨日はそれに加えて、楽しいって気持ちをありのまま伝えてくれる人だから自然と友人になりたいって思ったし。そういった素直な気持ちを伝えればいいんじゃないかな?そうすれば、俺みたいに友人が出来ると思うし」


すると彼女は驚いたように目を見開いて俺の方を見つめる。


「私たちってもう友人だったんですか?」


やっば、その認識のズレはすごく恥ずかしすぎる。かってに友人だと思っていて、普通に話かけちゃったんじゃん。……え?それじゃあもしかして、迷惑だった感じだろうか?なんて少し項垂れてしまう。その様子を見ていた中野さんは、慌てたように両手を身体の前で振って否定する。


「あのっ……違うんです! その私なんかが友人で良いのかなって思って」


あたふたしながら、目線が焦って色んな方向に揺れているのが分かる。「あのっ、本当に……」なんて一必死に誤解だと告げようとしてくれる。こういう風に、自然体な彼女だから俺は友人になりたいと感じたんだろうな。


俺は表情を緩めながら告げる。


「ふふっ……中野さんはもっと自分に自信を持った方がいいよ。かわいいんだから……」

「かっ……かわっ……」


なんて焦っている姿も可愛らしいと思った。微笑ましそうに視線を向けていると。


「連君は相変わらず、自然に人を褒め殺しますね」


なんて、有明がタイミングよく声を掛けてくれる。俺一人では収集が付かないと察して、いつも手を差しのべてくれるのが、彼だった。


『わるい、助かった』

『しょうがいないですね』


なんて、俺たちは目線で会話をする。いつも通りに。


「隣から失礼しました、僕の名前は有明 悟。有明と呼んでくれると助かります」


突然の自己紹介に驚きつつ、中野さんも返答する。


「私は中野雫と申します。私は中野でも雫でもどっちでも大丈夫です」


なんておずおずと有明の顔を見ながら頭を下げる。……意外だな、てっきり彼を見たら、じーっと見つめたりするもんだと思っていた。大半の女性は意識半分に応えるから。


素直に有明の言葉に対して答えられるのが好ましいと思った。


「ほら、今だって自然と自己紹介できてたじゃん。有明に対して」

「えっ…………そうですね!」


戸惑いながら自分の言葉を思い出し、納得したように頷きつつ笑みを浮かべる。


(これで少しは自信着いたかな?)


なんて思いつつ。さらに緊張を解すように冗談半分で告げる。


「ほらね、イケメンの有明にだって緊張しなかったんだ。他のクラスメイトも大丈夫だろ」

「それなら、鏡君の時に緊張しているってことになりますよ」


なんて漏れ出た言葉に俺と有明は驚いたように中野さんを見つめてしまう。その視線に気づき、自分が発した言葉を気付いたんだろう。


「あの……違くて……いえ、言葉に偽りないんですけど……変な感じではなく」

「分かってるよ」


もちろん分かっている。気遣ってくれて言った言葉だという事を。だから、有明。お前の方が驚いたように目を見開いて中野さんを見つめるな。俺が一番自分のことを分かっているから。それ以上、ダメージを与えないで下さい。


(……まさか、連君をきちんと評価してくれる人がいるなんて、驚きですね)


何かしら、呟きながら、考え事をしているがいつものことなので俺は放置することにした。

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