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第6話 俺はいったい何を望んでいるんだろう?

「ただいまー」


数時間ほど勉強をしていると玄関から、聞き慣れた声が響いてきた。時計を見ると既に16時近くになっていた。2時間ほどにはなるが、割と集中して取り組めていたようだ。それに少し満足しながら、階段を降りていく。


「おかえり、涼花」


声を変えると涼花は嬉しそうにこちらに微笑みながら、視線を向け。少しだけ残念そうに肩を落とした。


「お兄ちゃんの晴れ姿見たかったんだけど......制服、もう脱いじゃったんだ」

「あれ? 朝、見なかったっけ?」


俺がそう疑問を持って問いかけると、「そうじゃないのに」とどこか納得が言っていないように頬を膨らませる。その状態で、問いかけてきた。


「例えば、私が進学して制服で入学するでしょ、そのめでたい日の特別な空気感を纏った後の姿を見ておきたいって思わない?」


俺は想像をしてみる。義妹が入学をして、帰った時にその制服を着ている姿を。そして、仮に私服に着替えて待っていた時の事を。


確かに、高校の入学式という二度とないイベントに着ていた姿のまま帰って来た姿を見れなかったことを想像して、私服だとどこか損したような気分になる。もちろん、私服姿の義妹はめちゃくちゃカワイイという事を前提に置いた上でだ。


「確かに、これは俺が間違っていた」

「でしょ」

「ごめん、少し待っててもらっていい?」

「うん」


そう言われたのを確認してから事実へと戻る。俺は再度、掛けてあった制服の袖に腕を通す。朝よりも入念にチェックをする。そうして階段を降りていった。


「どう、かな?」


俺はそう、恐る恐る聞いてみる。


「やっぱりお兄ちゃんにその服が似合うね」


微笑みながら俺を見つめる義妹は満足そうに頷く。そして、俺の姿をよーく見るように、近づいてきて、まるで恋人のような密着しそうな距離感で腕や肩。それに胸元を確認して、うんうんと頷いた。


そして全体像を見るように離れて、何かを小さく呟いた。


(……やっぱり、まだお兄ちゃんの匂いが薄いのは少し残念だな)


その声は聞き取れなくて、思わず首を傾げていると。真剣な表情から、いつものように明るい表情に戻る。


「それで、お兄ちゃん。いつものように、勉強していたんでしょ?」


流石にお見通しか。そんな風に思いながら、肯定するように頷くと。義妹の方も当たったことが嬉しいのか、頬を緩める。


「どこか、分からないところあった?」

「うん、ここは理解しづらかったから、教えてもらおうかな」


などと言いながら、問題集を確認している。難なく読み進めていることから、既にに履修済みな事がわかる。


ほんと、義妹にはいつも助けてもらっているなと感じつつ。俺も負けるわけにはいかないな、などと思う。それでも張り合おうとはしない。だって俺は、義妹を超えたいのではなく。頼りにされたいから。俺が得意な分野で手助けできるようにしたいと思っている。


それに出逢った当初。彼女と張り合おうとむきになっていた2年間はずっとギクシャクしていたからね。そんな過ちは二度と起こさないようにしようと考えている。意識する存在ではなく、涼花にとって、安心できる存在であり続けたいから。できないことは認めて、素直に頼るようにしている。


それが俺にとって、義妹と仲良くなれている理由だと思っているから。



***



一通りの勉強が終わると、会話の流れは自然と学校の話題に移っていった。


「お兄ちゃんはどう?クラスの様子とか、初めて会う人の中で気になった人とかいた?」


隣に座る涼花が、少し興味深そうに、目を輝かせながら、俺を見つめる。丁度、拳二つ分離れた距離感で。


その問いに、俺は今日一日のことを思い返した。校門をくぐった時の空気。振り返った先に見た、黒髪が綺麗な少女のこと。入学式の雰囲気。それとクラスの様子を思い出す。


「うん。いたよ」


そう答えると、涼花はどこか緊張したような面持ちで俺を見つめる。


「それって、どんな人?」


尋ねられた言葉に対して、分かりやすく伝えられるように考えをまとめる。


「……そうだな~。一人は、涼花みたいに周囲の目を引く人だった」

「……私?」

「うん。黒髪で、大和撫子って感じの子。知的だし、芯の強さも感じた」


そう言うと。涼花はじっと俺を見つめる。


「……可愛かったの?」


どこか不安そうに瞳が揺れる姿が見て取れる。それに疑問を感じて理由を考える。……もしかして、その子に好意を抱いていると思っているとか?仮に、まぁありえないけど、彼女ができたら、今の距離感を考える必要があると思ってくれているのかもしれない。


それは、杞憂かもしれないけれど、勘違いだと理由を話す。


「たしかに、可愛いとは思うよ。でもそれ以上に、誰とも深く関わらないって、自分で決めてる感じがして気になった」


そう告げると、涼花の表情がふっと柔らかくなる。安心したように肩の力も少し抜いていた。それを確認し、俺もほっと胸をなで下ろす。


涼花は改めて俺の方を穏やかな表情で、でも瞳は真っすぐ俺を捉えながら口を開く。


「その子はきっと、これから、大変だって思うな。私もそうだったから」

「俺もそう感じるよ、告白されるだけならまだしも、先輩の彼氏とか、人気の男子に好意を抱かれたら嫌がらせを受けたりするかもしれないしね」

「うん。その可能性は否定できないね。でも、その時は私にしてくれたように、お兄ちゃんが助けるんでしょ?」


真っ直ぐな信頼を向けてくれる義妹の瞳をしっかりと捉え、俺はいつも以上に真剣な表情で頷く。


「そうだね。俺に出来る範囲で力を貸すよ」

「なら、安心だ」


俺の言葉を無条件で信頼してくれる。安心したように、ホッと胸をなで下ろして、優し気な笑みを浮かべる。その信頼を裏切らないように、俺は周囲に気を配れたらと思う。一人で出来ないなら、もちろん、大翔や有明に頼る。万が一の時は涼花にすら、助力を願うだろうな……。


そんな風に、自分が弱いと認めることが俺の強さだと信じているから。


少ししんみりした空気を払うように涼花が明るい声で尋ねてくる。


「それで、他にはどんな人が気になったの?」

「一人は、そんな彼女に寂し気な視線を送っていた、金髪の子。もしかすると、昔友人になったりしたのかな、なんて思った。もう一人は隣に座った本が好きな女の子かな」

「そうなんだ。お兄ちゃん、小説好きだもんね。趣味が合いそうじゃん」

「うん。話してて楽しかった。読む本のジャンルも同じでさ、初日なのにまるで昔から友人だったみたいに話が盛り上がったんだ」

「良かったね、お兄ちゃん」

「うん!」


俺が嬉しそうに頷くと、涼花が目を少し細めながら、少し下を向いた。そして唇を小さく動かした気がした。


(……私だって、本をたくさん読むのに)


何かしら呟いたんだろうけど、その声は聞こえなかった。気になって見つめていると、急に義妹がこちらに振り返って、なぜか少し緊張しているのだろう。俺を捉える義妹の視線に少し背筋が伸びる。理由が分からないけど、少し腰を浮かせて、座りなおす。


「ふうん。似た者同士って感じなんだ」

「う~ん、どうかな? 俺というより、どこか、涼花っぽさを感じた」

「……え?」


少し戸惑ったように上ずった声をあげた涼花は、驚いたように目を丸くしてこちらを見つめていた。先程のような緊張感はなくて、ただただ、ぽかんとした表情で可愛らしく口を開ける涼花に、苦笑しながら続ける。


「少し自信になさそうにするところとか。でも、本当に大切だと思ったものには、ちゃんと強い感情を向けられるところ。そういう芯の強さを感じた」


やっぱりどこか、妹がいないことが寂しいと思ってる気持ちがあるせいかな。ふとした拍子に、義妹の姿を誰かに重ねている気がする。やめた方がいいとは思っているんだけどね……。


そんな俺の感情とは違いに、義妹は素直に照れたように、でも嬉しそうに表情を綻ばせる。


「へえ~……お兄ちゃんから見ると、私ってそんなふうに映ってたんだ」


口がによによと、緩んだり。嬉しさを隠そうと引き締めようとして、逆に頬が緩んだりして。そういう気持ちを隠し切れいないところが、好ましいと思う。


「でも、涼花の場合は周りを見る優しさを持っていたり、寄り添う心も合わせて持ってる」

「う~ん、どうかな~。男子に対しては冷たいよ」

「それでいいよ。あいつらを甘やかすと、すぐ調子に乗るから」

「ふふっ、そうだね」


なんて涼花から笑みが零れて、俺もつられて笑ってしまう。二人して肩を揺らしながら笑いあう。ふと、目を開いた先には、今も楽しそうに笑う義妹の姿があって、子でもみたいに純粋に笑う姿が妙に可愛らしくて目をそらすタイミングを失ってしまう。


小さく揺らしていた義妹の肩も徐々に落ち着いてきて、俺の方を微笑んだまま見つめる。俺が義妹の方をじーっと見つめているせいか、少し首を傾げながら見つめてくる。


それに、「なんでもない」って返す。


素直な気持ちなんて、言えるはずなかった。こうして一緒に暮らすようになって、10年以上たつのに、未だに義妹のかわいさに目を惹かれることが多々あるなんて。


「それで、クラスの様子はどうだったの?やっぱり、かわいい子がいて浮かれていた」

「すっごく浮かれていた。今日知り合っただろうに、まるで親友の距離感で話している人たちもいたし」

「お兄ちゃんはどうなの?かわいい子がいて嬉しかった?」


その問いに考える。


「確かに、綺麗な人を見かけたり、かわいい子と一緒にいると嬉しいっていう気持ちは確かにある。でも、それ以上に色んなことが起こりそうで大変そうだなって気持ちと、そのおかげで予測できない未来が少し楽しみって感情の方が強いかな」


色んな考え方を持った人がいて。色んな感情が動いて。そこから何かが始まるかもしれない。そんな空気に、少しわくわくしている自分がいる。


義妹は俺の表情を見て、くすっと笑う。


「なんか、お兄ちゃんらしいね」


その声は、どこか嬉しそうだった。


「涼花の方はどうだった?」

「……私? う~ん。そうだね。特に変わりなかったよ。クラス替えもなかったし」

「そうだよな、今年はもう受験生だもんね」

「うん、でも、それが良かったかどうかは、結局これからの過ごし方次第なんだけどね」


これまでも面倒なことがあったからこそ、しっかりと考えている義妹の姿に安心する。


「それに、もしもの時は、お兄ちゃんが助けてくれるんでしょ?」


穏やか笑みを浮かべて笑う義妹に対して、俺は深く頷く。


「もちろん」


そう言って、妹の頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。少しだけ、二人、肩を寄せ合って。互いの温もりを感じるように寄り添う。その温かさに、安心感を感じた。


夜になり、布団に潜り込んで、目を閉じる。すると、今日であった3名の少女の姿が思い返される。凛とした黒髪の少女。そんな彼女をどこか寂しそうに見つめていた子。そして、隣で楽しそうに笑っていた文学少女を思い出す。いろんな出会いがあったなと。


それでも、最後に思い浮かんだのは、隣で柔らかく笑う、涼花の顔だった。隣で寄り添った時の温もりには確かに安心感を感じていて。でも、別の感情も混ざっていた。そのせいかな、静かな夜のはずなのに、少しだけ心だけが騒がしくなる。


——俺は、いったい何を望んでるんだろう。そんな事を考えながら眠りについた。

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