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第52話 飛び出していった彼女達

放課後になって俺たちは、いつも委員会の作業で使っていた教室に足を運んだ。久しぶりに運んだ空き教室にふと懐かしい気持ちを抱き笑みを零す。


窓からの木漏れ日。3階だからかな窓からは中庭の様子が少し見える。変わらずに机が中央で4つほど向かい合わせて並べられていた。


廊下の窓から桜や千夏の姿が見える辺り心配なんだろう。千聖たちがいないのはきっと部活があるからだろうな……。男子が覗き込むのは分かるが、桜達がいるのはどうしてかと疑問に思いつつ、俺は席に腰を下ろした。もちろん隣には雫に座ってもらう。


俺たちに続くように望未が席に付くと、俺と雫を交互に見つめ頭を下げる。


「まずはありがとね。私に付き合ってくれて。それとごめんなさい、時間を貰って」

「謝らなくて大丈夫ですよ。私たちで良ければ全然手伝います」

「そうだよ、俺だって部活に入ってないし時間がある。なにより、こうして久しぶりに望未と話せる機会を貰ったんだ。だから先生に感謝かな」

「そう……ですね。望未さんは人気ですし……」


どことなく歯切れが悪いのは、雫が人見知りだからだろう。思えば最初に自己紹介するときもこんなだったなと、ふと懐かしい気持ちになる。そんな俺の事をじーっと望未が見つめて、優し気な笑みで雫の方を見つめた。


(なるほどね...連君が彼女に選ぶわけだ)


何かを呟いてるが離れていたせいかよく聞こえなかった。聞き返そうとしたが、その瞬間、彼女はいつもの調子に戻ったように明るく言う。


「今日と明日で全部復習できるようにするね。二人の時間を奪うのも悪いし」

「別に大丈夫だよ。さっき言った通り、部活にも入ってないしね」


そう告げるけれど依然として彼女は申し訳なさそうだった。そして少し言いずらそうに、目を伏せながらも、俺の事を真っ直ぐに見つめて告げる。


「でも悪いよ……付き合っている二人の仲をじゃまするのは」


──付き合ってる?


その言葉に思わず、俺は雫の方を見つめる。彼女はその言葉が不服だったのか、少しぷくっと頬を膨らませながら俺の方を見つめていた。……ううっ、そんなに嫌ですかね。と苦笑いしていると、なぜか呆れたようにため息を吐かれてしまう。


だから俺は弁明するように告げる。


「いっとくけど、俺と雫は付き合っていないよ。それどころか、俺はこれまで誰とも付き合ったことすらないし」

「えっ……ほんとに!?」


距離を詰めるように彼女は前のめりになって尋ねてくる。それに押されるように少し上半身を引いてしまう。顔が近いというか、普通に綺麗すぎるのだ。キラキラとした純粋な瞳に戸惑いつつ、頷く。


「うん、ほんとだよ」

「でも、名前呼びで、教室でもどこか咎めるような……」

「あれは……連が嘘をついていたのかと思って、その、望未さんと隠れて付き合っていたのかと」

「私なんかありえないよ。だって、連君と私じゃ、全然釣り合わないし……ってことは、ほんとに誰とも付き合ってないの?」


望未は眼を瞬かせながら俺の方をマジマジと見つめてくる。大きく開いた桜色の瞳が俺を捉える。純粋な問いかけに俺は頷く。


「……うん」


戸惑いながら頷くと、彼女はどこか穏やかな笑みを浮かべる。


「そっか……そうだったんだ」


あぁ、そっか。彼女はきっと不安だったのだろう。自分の評価が低いからこそ、俺たちの邪魔になっていないかと。そんな風な気遣いが出来る子だったな。そういうところに昔の涼花も懐いていたような気がする。


どこか安堵したような笑みを浮かべるその表情には、雫と俺の関係を壊さないよう気遣う、彼女らしい優しさがにじんでいた。やがて彼女は何かに気づいたように、はっとした表情を見せた。


「申し訳ないんだけど、少しだけ御手洗いにいってきてもいい?」

「いいけれど」


俺が呆気に取られている間に、彼女は小さく「ごめん」と言い残して教室を飛び出していった。驚いたまま見送っていると、雫が何かを察したように静かに口を開く。


「連君、女性には準備というものがあるんです」

「……そうなんだ」


これまでそんなことがなかった気がするものの、下手に何かを言えるわけもなく頷く。かと思えば、雫も望未の後を追うように立ち上がり、


「という事で私も少し席を外しますね」


と足早に去っていった。ガラガラッという扉が開閉する音がして、教室には俺が一人だけ残される。その様子を俺と同じく、教室の外で見ていた人たちが、ぽかんと口を開けて戸惑っているのだった。


***


連君に彼女がいないなんて想像がつかなかった。だって、クラスでも彼は目立っていて、誰が見てもカッコ良かった。だから、クラスからも私と彼が昔に出逢ったことがあると分かって、どこか問い詰めるような視線を受けていて……。


それが、彼女がいる彼に近付く女性を咎めているのだと思った。だけど……


「彼女いなかったんだ……」


ふと零れた言葉と共に、反射的に走り出していた私は足を止めて窓を見つめる。そこには頬を赤らめながら、思わず笑みが零れている。恋する乙女の姿がそこにあった……。


「バレてないよね……」


なんてまた顔が熱くなるのが分かった。でもそれ以上に気にしないといけないのは、そう考えて化粧室に入る。瞬間的に鏡に映った自分を眺めて、前髪をサッと直して……それから体をひねって全体を確認する。


服装の乱れもない、髪も整えた。でも、化粧とかは殆どしてなくて、後悔する。


「明日からいきなりきちっとしたら、流石に下心がバレバレだよね……」


そう考えつつ、それでも私は頬が緩むのが抑えられなかった。だって、連君に彼女がいなかった。そんなあり得ないほどの奇跡に遭遇しているのだから……。


これまで頑張ってきて、それが報われるかもしれない。そんな妄想をしてしまう。再度鏡に映る自分を確認して、軽く汗ばんだ肌を気にして、手首に香水をひと吹き。


「これで大丈夫なはず……」


そう言って自分の匂いを確かめてみるけれど、それでいいのかまでは全然わからなかった。胸の高鳴りを抑えきれず、誰かに相談したいという思いが浮かぶ。頭に浮かんだのは、今日出会ったばかりの友人で。素直に頼ることにする。


相談しようとスマホを取り出して、また、鏡に映った自分が気になってしまう。少し前髪を直してから私は、未だに信じられない気持ちを抱えたまま、連君をよく知るだろう葵にメッセージを送った。


『連君に彼女がいなかった』

『やっぱり、勘違いしていたんだ』

『気づいていたなら、教えてよーー』


そうすれば自分の身なりにもう少し気を使うことだって出来たのに...なんて、自分でも酷い八つ当たりだとは思う。でも、でも……


『だってその方が面白そうだし、望未の為になるとおもったから』


出会ってまだ一日だけれど、彼女が私のことを思ってくれているのは伝わってくる。だから言い返せない。


『他の男子の牽制にもなるし、連の不意を突かないと負けちゃうからね』


そう言われて気づく。確かに連君を好きな子はきっと沢山いるだろうってことに。教室でも彼の方をチラチラと確認する人は多かった。


『私の知っている範囲だと4人は狙っているし、何より夢咲さんが一番の強敵だね』


夢咲さん──その名前を聞いて、彼女の顔が浮かぶ。化粧なんてしていないのに、透き通るような肌が驚くほど綺麗で、髪はいつも真っ直ぐ整っている。特別なことをしているわけじゃないのに、清潔感と落ち着きがあって、自然と視線を集めてしまうタイプだ。


他にも羨むレベルでかわいい子達がクラスにいて。その人たちから信頼されているのが伝わってくる。流石連君だなって思うと同時に、負けたくないって思ってしまう。だって私の方が絶対に彼のことを好きだから。


『勝てるかな?』


私は不安になりながらそういう風に聞いていると、少し返事を考えているのだろう。反応がない。


『正直に告げると分からないかな...連の反応が誰に対しても淡泊だからね。普通はもっと意識していいと思うんだけどね。救った桜ちゃんにも無反応だし』

『救ったってのはどういう?』

『それは本人から聞く事、それより勉強会に戻る』


そう告げられて自分が彼らを待たせているという事実に血の気が引いていくのを感じた。急いで戻ろうとした先で、偶然にも雫ちゃんと出会う。


「少しだけお話しませんか?」

「えっ……うん」


彼女の真剣な眼差しに押され、私は頷いた。静まり返った空間の中、雫ちゃんは一歩踏み込んで、まっすぐ私を見つめ、口を開いた。


「望未さんは、連君のこと好きですよね?」

「そんなに分かりやすかったかな」

「教室では疑念半分でした...でも、さっきの反応で確信しました」


流石に顔に出ていたんだろう。浮かれていた自覚はある。けれど、何を言われても――私は諦めるつもりなんてない。


「桜ちゃんの為に諦めてってこと?」

「違います。ただ、私はあなたに味方できないってことを伝えたかったんです。一方的に気持ちに気づいているのは少しズルいと思ったので」

「雫ちゃんは...」

「私はどちらかというと頼りになる弟って感じですかね」


その言葉に思わず笑ってします。彼女は不思議そうにしながらこちらを見つめている。だって、彼が弟だと思えるほどに、誰かに大切にされてることが嬉しかったから。


「私は絶対に負けないよ!」


精一杯の気持ちを込めて宣言する。一度はあきらめたこの気持ちがもう止まることなんて絶対にない。私は連君の隣に立つ。――それだけは、譲れない。


「やっぱり綺麗ですね」

「そう言ってくれるのは嬉しい。その武器を使っていくから」

「はい!私も桜に加担するつもりですから」


そう言い合って、二人して笑った。そうして化粧室を出る。さっきまでと同じ放課後なのに、世界が輝いて見えた。

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