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第53話 詰められて

二人が戻ってくると仲良さそうに入ってくる。あれから三十分くらいはたっているだろう。何かしたのかと不安になっていたがそうではなかったらしい。


「連君、改めてだけど、教えてもらっていい?」

「もちろんいいよ」


そう言って頷くと望未は向かい側にではなく、何故か俺の隣に腰を下ろした。ふわりと柔らかな香りが横から漂ってくる。


「……えっと」


戸惑ってしまい望未の方を見つめると彼女はどこか恥ずかしそうに俯きつつ、それでも真っ直ぐ俺の方を見つめる。少し上目遣いになりながら


「教えてもらってもいい?」


少し不安げに瞳を揺らしながら尋ねてくる。教えるために自然と距離が近づいていて、肩と肩が触れそうな、そんな微妙な間合いになる。そこまでするのはきっと先程まであった距離を望未が少しでも詰めようとしてくれているからだった。


その姿勢には雫も頷いて受け入れてくださいと言っているようだった。きっと二人の間で何かあったのが分かる。それでも俺はこの距離感に少し動揺していた。きっと、涼花との距離感に慣れていなかったら、間違いなく動揺していただろうな……。


俺は少し息を吸いつつ目を閉じ、肩を下ろすと同時に息を吐いて目を開ける。目の前のことに集中するように意識を切り替えてから俺は口を開いた。


「俺たちの授業範囲に関しては、現状ここまで進んでる感じだな」


そう言いながら、それぞれの分野の教科書にマークしていく。それに応えるように彼女は自分の鞄から教科書を取り出した。


「そういえば、教科書の方はもう届いてたんだな」

「うん。本当は4月に転入する予定だったから。教科書も制服も、全部用意はしてあったんだ」

「そうだったんだ。となると、お父さんの方を関西の支社が離してくれなかったのかな?」

「うん、お父さんは頼りにされているからね!!」


彼女は父親の影響で遅れたことに対して気にすることもなく、嬉しそうに笑う。そんな望未の姿を見て想像してしまう。もし、桜と望未が出会ってたら、どうなってたんだろうな、と。


彼女がクラスを照らして桜の手を引いている姿が見えた。そんな二人が笑っていた姿をつい想像してしまう。目の前のことに集中するべく「それじゃあ、はじめようか」そう告げて、勉強を開始した。


望未の習熟はかなり進んでいるようで、日頃からしっかりと勉強しているのが分かる。


「にしても、望未もかなり勉強できるんだな」

「ありがとう、毎日コツコツやってきたから誉めてくれるのはうれしいな」


噛みしめるように笑う彼女の姿につい、気になったことを尋ねてしまう。


「そういえば、教室で言ってた、“気になる人”って話。あれはもう諦めたの?」


アイドル活動も勉強もなんにでも一生懸命に頑張れる彼女ならきっと、誰だって振り向くと思う。それでも諦めたのはアイドルという立場と、相手に彼氏がいるからだろう。


けれどもし気になっている人物が別れたとしたら、どうしたいのかなって気になってしまう。そんな雑談程度の内容だったのだが彼女はどこか狼狽えたように視線を泳がせる。


「……えっと」


と言葉をどこか濁していて、これ以上踏み込んじゃいけないと分かる。


「ごめんごめん。できれば応援してあげたいと思っただけだよ」

「連君は、私のそういう話……気になる感じ?」


こちらを伺うように若干緊張した様子で彼女はこちらを見つめてくる。顔を固定した状態で視線を上げたからだろう。上目遣いで見つめられる感じになり、自分の心臓が高鳴るのを感じる。思わずその視線から目線を逸らしてしまう。少しずるいと思いながら、素直に答える。


「そう……だね。うん、気になるかな」

「それは、どういった意味で?」


スカートの裾をぎゅっと握る彼女にふと、昔の事を思い出す。そういえば、緊張した時は、こうして服の裾を握っていたっけなと。


「兄としてって感じ……もしくは親心に近いのかな?」

「そっか……」


昔から知っている彼女は、どこか自分の世界を持っていながらも引っ込み思案で背中についてくるような子だった。


思えば涼花に会う前に出会った彼女のことを妹のように思っていた気もする。


言った瞬間、望未はがっかりしたように少し落ち込んでいるようだった。大切な存在という意味で伝えたようだが、冷静に考えると確かに同級生に“お兄ちゃん面”やお父さん面されるなんて、嫌かもしれないな。そんなことを考えながら、有明がお兄ちゃんだったらと想像してみる。――案外、悪くないかもしれない。


じゃあ、異性にお姉ちゃんずらされたらどうだろうか?千夏はなんか違うな。目の前の雫ならどうだろう。なんて思っていると...


「連君、今……他のこと考えてたよね?」

「……うっ、ごめん」


たしかに彼女の言う通り他の事を考えていた。今は望未と話しているというのに……。俺がしょぼくれたように見えたからだろうか、望未はふふっと笑みを浮かべる。


「ごめんね、責めるつもりはないんだ。ただ、完璧な君がどんな反応するか気になっただけだから、気にしないで」


肩の力を抜いて笑う彼女はほんとに変わったなと思う。昔はぬいぐるみを大切にするようなそんな子だった。けれど今は周囲をつい照らすような太陽の様な子になっていた。


「どうしたの、連君?」

「いや、望未が笑っている姿を見ると、こっちまであったかい気持ちになるなって思ってた」

「————っ!!」


そう告げると望未は、声にならない音を発して顔を赤くする。そんな表情を隠すように顔に手を添えているが、耳までは隠すことが出来ていなかった。


「意外だね。望未はこういうこといい慣れていると思ってた」

「それは、ファンの人に言われることはあったけど……同級生とかはあまりなかったから(……まぁ……あまり近づかなかったってのもあるけど)」


小さく呟いた声に俺はどこか望未らしいなと思った。きっと俺への手紙を返信しなかったと同じ理由なんだろう。ふと視界にはいった時計を見やると結構時間がたっていた。もう少し進めた方が良いだろうと思い


「それじゃあ、再開しようか」

「うん!」


元気のいい返事が彼女から返ってくる。なんでかなそれが嬉しかった。その後は問題を教えていく。1時間30分ほど経つと既に他の生徒の姿は無かった。そろそろ帰る時間かなと思い、望未の方へ視線をやると、ふと顔を上げた彼女と視線があった。


距離が近くなり、つい逸らしてしまう。義妹と違ってやっぱり同級生というのは慣れない。そう言えば昔もそう言った経験があったような気がした。何も言わない空気感に堪えられなくなったのか、望未がこちらを見て聞いてくる。


「にしても、連君って教え方うまいね」


そう言って俺を見上げながら、にこりと笑う。


「そうでもないと思うけどね。俺より教えるのが上手い人はいるよ」

「そうなの?ちなみに誰?」


興味を持ってくれたのか、どこかキラキラした視線を向けてくる。その反応に対して俺は少し誇らしげに胸を張って、最愛の義妹の名前を挙げる。


「義妹の、涼花だよ」

「涼花ちゃんが……?」


眼を丸くする彼女に俺は深く頷く。


「うん。涼花はいつも俺の一歩先を行ってるからね。そんな彼女に追いつきたくて俺は頑張ってきたんだ」

「そうなんだったんだね……にしても私のこと、覚えててくれるかなぁ」


彼女は過去の想いを振り返るように優し気な笑みを浮かべている。


「きっと覚えていると思うよ」

「本当に?昔の私は地味だったから覚えてないかもしれないよ」

「そうかな?自分の世界を確立して、皆に色んな世界を見せていたじゃん」

「連君は覚えてくれているの?」


不安そうに聞いてくる彼女は、でも本当だったら嬉しいなという期待の視線で見つめてくる。


「もちろん。今でも作ってくれた花のブレスレットは押し花って感じで家にあるよ」

「うれしいな」


その言葉にふわっとした笑みを浮かべていた。まるで花畑が一面に咲いたと錯覚するほどに、暖かな空気が彼女を纏っていた。


「にしても昔の印象からはずいぶん変わったよね」

「うん……私も、いろいろ頑張ったから」


少し照れくさそうに笑いながら、望未が言う。きっとその言葉の裏には、努力の積み重ねがある。レッスンに、歌に、ファンサービスに。誰かのために全力で頑張れるその姿勢が、素直に羨ましいと思った。


俺にはできないことを、彼女はやっている。――誰かの“想い”を受け取って、それを力に変えられる人。そして同時に思う。涼花にとって、俺はそんな存在になれているんだろうか、と。久しぶりに涼花も会いたがるあろうか?そう考えて尋ねる。


「久しぶりに涼花に会いに、家に来る?」


そんななんてことない提案をしたと思ったというのに、今までずっと黙っていた雫の方がふと冷たい笑みを浮かべる。


「へぇ~、転校初日の女子を家に連れ込むなんて……連さんは意外と手が早いんですね?」


ニコッと笑うその表情にどこか恐怖を感じた俺は必死に弁解する。


「まって、他意はほんとないから。ただ、涼花が喜ぶかなって。懐いていたから。ただ、それだけ」

「なら、私たちが一緒にいっても問題ないですよね?」

「もちろん」


そう告げると雫は納得したように頷く。それでも目を細めたまま俺の方を見つめて、


「ちなみに……下心があったわけじゃないんですね?」

「ない! 全くないよ!」


必死に伝えると気持ちが伝わったのか、雫が呆れたようにしながらも肩の力を抜き、物凄い勢いで否定したせいで、望未の方は少し苦笑いをしていた。


なんか、ごめん。


「分かりました。信じます」


それにほっと肩の力を抜いていると、その様子が可笑しかったのか望未がくすくすと笑っていた。


「連君はいい友人が出来たんだね」

「うん、確かにそうだ」

「私は望未さんももう友人だと思っていますよ」

「嬉しいな。私も友人だと思っているよ」


三人してどこか笑みを零す。


「集まるなら休日の方がいいですよね、予定は後日決める形で良いですか?」

「うん」

「そうだな」


俺は頷きつつ、望未に関心もしていた。すぐに誰とでも仲良くなれるって点では大翔に似ている気がした。よく笑うところも。ただどうしてかな、今日は女性に追い詰められることが多いなと感じながら、これも距離が縮まったという事だろうと思うことにした。


未だに心臓の音が煩い中、雫だけは怒らせないようにしよう。そう思うのだった。


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