第40話 このまま堕ちた先で・・・
放課後の帰り道を私は歩く。歩きながら、胸の奥がじわじわと痛み始めるのを感じていた。
「私には、何もなかったのかな――」
その言葉が頭の中で繰り返えされる。彼のように人から慕われることもなければ、運動が得意なわけでもない。才能も、特別なものも、何一つ持っていなかった。
これまで自分が必死に積み重ねてきた努力や、小さな希望すら、まるで泡のように消えてしまったように感じられる。
「何のために私、生きてきたんだろう……」
空を見上げると、雲がかかっており、今の私にぴったりだと思った。目の前に広がる光景が遠のき、過去の記憶が一気に押し寄せる。始めは小学校の頃のことだったか。
「お前、新しいものも買ってもらえないのかよ?」
「お前の親はダメだな」
そんな男子たちの嘲笑が今でも耳に残る。私の為に、体調が悪くても出勤してくれた母が悪く言われるのが嫌で、必死に勉強した。そんな私の姿をカッコいいと言ってくれた親友ができた。でもその子もまた、私のことを必要としなかった。
「ほんと、いつも気取ってるんだね桜は。素で人を見下していることに気付いていない」
なにがきっかけかは分からなかった。中学にあがって、二年生になった時のことだった。ふと教室で私のことを悪く言う彼女を見かけてしまった。それを問い詰めたこともある。「どうしてって?」
それに彼女は笑って言った。
「桜はいいよね。手入れしなくても綺麗な髪に顔。そして勉強もできる。お母さんからも愛されている。そんなに色んなものを持っていて、努力しなくても男性が寄ってくる」
その瞳には深い恨みのようなものを感じた。嫉妬にも近いのかもしれない。あの時に私がきちんと彼女のことを見ていたら少しは変わっていたのかな?
でもそのおかげで私は勉強に集中すると決められた、結果的に成績は上がり、表彰されることも増えた。認めてくれる人も少しずつ現れた。その一方で、女性たちからの嫉妬や恨みの視線も増えていった。私の容姿も相まって好きな男子が取られたと言いがかりもつけられた。付き合ってすらいないのに。
自分の容姿が原因で衝突することが苦痛だった。だから、仲間と呼べる人間関係は捨て、その分すべてを勉強に捧げた。特待生として入学するために、修学旅行も行かなかった。資金を浮かせて、その時間をすべて学びに費やすために。どんな犠牲を払っても、努力を続けた。
なのに、声にならない嗚咽が漏れる。胸の奥で、何かが激しく崩れ落ちていくのを感じていた。どうして──どうして、こんなにも必死に耐えてきたのに、そんな私の努力をさらりと超えていくの。
才能があると信じていた。思い通りにいくと期待してた。それが今日すべて裏切られた。私程度の努力には何の意味もなかった。きっと、彼みたいな人物が成功をするのだろう。
私はきっと勉強はできても使えない人で。学歴だけは...などと言われる未来しか見えなかった。
「……私は何を信じて生きればいいの?」
こぼれ落ちる涙は止まらない。神様に祈った。どうか、どうかこの痛みをやわらげてほしいと。でも世界は冷たく、無関心に流れていく。
「何が正解だったのかな……」
胸の内が波のように押し寄せ、涙で視界は霞んでいった。幼い頃からずっと背負ってきた孤独、努力、裏切りと嫉妬の数々。全てを否定されたような気がして、身体中の力が抜けていく。
きっと、千夏と雫の好意を踏みにじった罰なんだろう。肩は小刻みに震え続けそれでも涙は止まらなかった。
「お願い、誰か……」
そう呟いた声は誰にも届かない。いや、神様には届いたのかな。雨が降り始めて、私の体を濡らし始める。今日はなぜかそれが心地よかった。
その後もふらふらと歩く。私も見て何かを感じたのか、一人の男性が声をかけてくる。
「君、大丈夫?」
心配そうにするその人の声に振り返って、失望させられる。いや、ダメな私にはお似合いなのかな?
声をかけてきた彼の視線は私の胸や足にいっている。本当に虫唾が走る。彼が私に期待することを想像して気分が悪くなる。一瞬このまま落ちてしまえばなんて思いがでてくるけれど、その先を想像して否定する。そのくらいの冷静さはまだ残っているらしい。
「話しかけないで」
「いや、ただ単に心配してるだけじゃん。あそこで雨宿りしようよ」
本当に鬱陶しい
「消えて」
「はぁ、お前さ、その態度はねぇだろう」
振り上げられた手を見て思った。今殴られたら、少しはこの気持ちが晴れるのだろうか。いつもよりゆっくり見える世界を不思議だと感じながらそう思った。
——ドンッ。
そんな鈍い音が私の前方から聞こえる。そして、どこか怒りに満ちた聞き慣れた男性の声も。
「彼女に何か用ですか?」
鬱陶しい男が振りかざしたこぶしが私にあたることなく、止めらえる。冷ややかで冷静ない声が重く響き渡った。
「あ゛!?」
と男性が声を上げるが、その気配がすっと引いていく。私が顔を上げた先に映るのは引きつった表情を浮かべる彼の姿だった。まるで、目の前に恐怖すべきものがあるようなそんな化け物を見る目だ。
「これ以上関わるならそれ相応の対処をさせていただきますが」
「そう、怖い顔するなよ。心配してやったのに、暴言を吐かれて」
「そうですか、誤解があったようですね。すみません、彼女の態度が悪くて」
そう言って、彼は軽く頭を下げる。それでも視線の先には、粗暴な男をじっと見つめていた。
「まぁ、分かればいいんだよ」
そう言って男性は足早に去っていった。彼から逃げるように。彼はそれをじーっと見送り。私の方に振り返る。
「怪我とかなかった?」
優し目線も、温かな言葉も今の私には辛い。
「ない」
「……そっか」
安心したような笑みを浮かべる。そのいつも余裕そうな態度がホントに嫌いだった。見下してるの。そうじゃないと分かっていても、彼を否定する自分が出てきてしまう。
「ずぶ濡れだけど、ここから家は近いの?」
彼はそう言って私に聞いてくる。何となく反発したくて、首を振る。
「ううん、近くない」
そう言ったらあなたはどうするの?試すように彼の方を見つめながら、告げる。彼は少し迷ったように何かを呟く。どうするか、いや、でも……。と迷いつつ告げる。何にもできないくせに。そう思っていると、彼は言葉を紡いだ。
「あのさ、俺の家がここから近くて、その妹もいるし夢咲さんが嫌じゃなければ上がっていかない?」
そんな彼の言葉につい、暗い笑みが浮かんでしまう。やっぱり彼もそういう人間なんだって。さっきの男性と変わらない自暴自棄になったクラスメイトを自宅に連れ込む。そんな人だと思った。
「いいよ」
って。答える。彼は少し肩の荷を下ろしつつ口を開く。
「流石に、今このまま連れて行くと、不安だよね」
彼はそう言いながら、誰かに電話をする。それをスピーカーにして、電話の相手が出ると、彼はほっと胸を撫で下ろした。
「涼花、悪いけど、今から、一人クラスメイトが行く。 女の子だから、母さんの服とかをさ、用意してくれないかな」
「急だね、お兄ちゃんは。お風呂とか沸かしておけばいい?」
その声は穏やかで、必要な事を告げる辺りどこか慣れているようにも感じる。
(……そっか、義妹さんもグルなんだ)
なんて思った。その後も会話は聞こえてくるのを、どこから遠くに聞く。
「一応、妹がいるから……安心が出来るかどうかはわらからないけど、言葉では伝えておく。絶対に手は出さないって約束する」
彼は私の手元を見ながらそう告げていた。その視線の先にあるのは少し震えている私の姿だった。それに少しだけ驚きつつも私はそっけなく返す。
「そう」
と呟くのだった。




