第35話 ねぇ、勝負しようか
千夏たちはその後も話しかける。周囲の視線はより一層鋭くなる中で、それでも夢咲さんを知ってもらおうと彼女との良かった思い出を話す。
「桜は私が作業を遅れている時、そっと資料を持って行ってくれましたよね」
「私が写真撮って欲しいって頼んだ時、一度は断ったのに、悲しそうな顔したら取ってくれたじゃん。それ今でも、大切しているんだよ」
なんて、楽しかった思い出を嬉しそうに話す。その態度に本当は夢咲さんも優しいのか?と疑問に思う人もいる。けど大半は、更に咎めるような視線に変わっていった。
結局その日の放課後になっても彼女は一言も話さない。けどさ……ふと見た左腕が強く握りしめられていたのを知っている。ほんの一瞬、制服の陰から見えた彼女の震える手が俺には本心に思えた。
千夏や雫ともっと関わりたいってね。だから、俺も覚悟を決めるんだ。君に勝負を挑んで俺が勝つってね。
***
翌朝、完全に周囲から腫物扱いされる夢咲さんの姿がある。それと悲し気に見つめる千夏と雫……それと白峰さんがいる中、俺は彼女に近付いていく。どこか周囲の戸惑った視線が集まる中で俺は宣言する。
「ねぇ、夢咲さん、中間試験で勝負しようよ」
その言葉に彼女は反応しない。それでも続ける。
「俺が勝ったら、クラスメイトと仲良くするように努力してほしい。それと、どうして今もまだ悲しそうにしているのか、千夏たちの方を向くこともできないのかって理由も教えてほしいかな」
その言葉を聞いて彼女は思わず俺の方を見てしまう。どうして私の気持ちがわかったのかとでも言うように、目を見開いていた。
……言っとくけど、夢咲さんって結構わかりやすいんだよ。表情には出さないようにしているけど、誰だって分かる。それでも彼女は取り繕うように、視線を鋭くする。けれど、動揺したせいかな彼女は口を開いてしまう。少し震えた声で
「意味がわからないんだけど」
なんて低い声で彼女は告げる。それに軽く笑みを浮かべたまま、どこか挑発するように俺は告げた。
「夢咲さんが興味を持ってくれるとしたら、そして、自信があるものがあるとしたら、テストかなって思うんだ。それなら、逃げないかなって。それとも……唯一自信がありそうな勉強でも、逃げるの?」
その言葉に彼女はムッとしたように俺を見つめる。負けずぎらいの彼女だ、乗ってくると思った。
「じゃあ、私が勝ったらどうするの?」
「そうだね、俺が叶えられるすべてを、叶えるよ。例えば、この後の3年間、夢咲さんに対して、先輩を含めて、ちょっかいを出させないようにするってことも可能。今日はそうだったんじゃない?」
その言葉に彼女は、驚いたように目を見開く。誰からも声を掛けられなかったことを思い出したらしい。周囲の反応もそうだった。「どうやって?」というざわめきも起こる。
これでようやく皆の注目も集めることが出来た。俺はネタバラシするように淡々と告げていった。
「生徒会や部活動のキャプテン。そんな影響力のある人たちに相談したって感じかな。だから先輩たちの方には連絡が行ってるし、大翔や部活をやっている人にも先輩とかから、連絡が来たんじゃないかな」
もちろん、大翔の尽力が大きいのは分かっている。それをあえて俺の手柄であるように言うのは心苦しいが、大翔が言うにはその方がいいだろってことだった。ほんと、どんだけ良い奴なんだよ、お前は……。
だからこそ大翔が、乗ってくる。
「その通りだよ、連。中間試験が終わるまでの間、夢咲には手を出すなって連絡が来た」
「そういうこと。他にも俺が叶えられる範囲だったら、どんなことでも聞くよ」
その時になって初めて彼女の視線が俺にあった。先程の怯えた様子ではなく、真っ直ぐに、驚いて見開かれた瞳で俺を捉える。そこに先程の間での刺々しさはない。
「あなたにメリットがあると思えない。どうしてそこまでするの?」
「そうだね。 千夏たちがまた話したいって。雫が夢咲さんと一緒じゃなきゃ、学校生活が楽しくないって言うからかな。そしたら力になりたいって思うじゃん。友達だから」
もちろんそれには夢咲さんも含まれている。だから、俺はあえて挑発するんだ。動揺している今なら冷静に判断は出来ないからこそ。目に力を込めて、口元に余裕のある笑みを浮かべる。
「それで、得意な勉強で挑んでるんだけど、どうする?逃げる?」
再度投げかけた言葉に、彼女の瞳がわずかに揺れ、きっと睨み返される。それは怒りか、闘志か、あるいは──自分を試されたことへの戸惑いか。数秒の沈黙。その間、クラス全員の視線が俺達に注がれている。椅子を引く音すら響くほど、場の空気は張り詰めていた。やがて、彼女は小さく息を吐き、目を大きく見開く。
「……いいわ。受けて立つ」
「ありがと」
その言葉に彼女は俺の事をきっと睨んだ。
***
そんな二人の視線の応酬の後、俺は人通りの少ない場所まで千夏たちに連れて行かれる。丁度一年生の校舎と、屋上まで繋がる階段の中央で尋ねてくる。
「これが必要だってことは分かる。でも、連は桜に勝てるの?」
どこか、心配そうにする千夏に、俺は大きく頷いた。
「そうだね。俺一人だったら確実に負けると思う。でも、俺たちなら勝てる」
「俺たちってどういうこと?」
「それはね……」
俺は現状考えている内容について彼女たちに耳打ちする。するとどこか驚いたに俺の方を向いて……
「確かにそれなら可能性があるかもしれないですね」
「ふふっ……ふふふっ……」
雫はどこか楽しそうに笑いながら「普通そこまでしますか」なんて肩を震わせて笑っていた。それにつられて千夏もまた肩を揺らしながら笑っていた。
「というか、私たちが桜と関わっている間に、生徒会の人とそんな約束したんだね。それって、当然私たちにも手伝わせてくれるよね?」
桜に関わることで自分達にも当然頼るんだよね?そう問いかけてくる。自分達にできることなら当然やるってことだろう。
「うん……もちろんだよ。雫にもお願いしたい。いいかな?」
「当然です! 桜のためにできることは何でもします。それに、連が頑張ってくれるなら、もちろん支えるに決まってるじゃないですか」
なんて嬉しそうに前のめりで、伝えてくれる。二人の温かさに触れて本当に思う、頼りになるなって。
「なら、最初にやるのは……」
「はい、クラスの雰囲気を変えることですね!!」
なんて雫が嬉しそうに告げる。どこか楽し気な彼女を先頭に俺たちは教室へと戻って行くのだった。




