第36話 クラスの雰囲気から変えていこうか
教室へ戻る頃には、すでにホームルームが始まる時間になっていた。席へ向かう途中、クラスメイト――特に男子たちから、どこか鋭い視線が突き刺さる。
『これ以上かき乱さない約束じゃなかったのか』
そんな無言の抗議が、ひしひしと伝わってくる。まぁ、俺が約束を破っていたらそう告げられても文句はない。けれど、白峰さんへ「これ以上は話しかけない」と伝えたのは、ちょうど二日前のホームルーム前だから、先ほどの会話は問題ない。
白峰さんが俺を咎めないのは、そういった理由を含んでいるんだろうな……。だから先程の対応は問題ない。
たださ、この重苦しい雰囲気でいるのは、きっとフェアじゃない。周囲から向けられる視線も含めて、この空気の影響を一番受けるのは、きっと夢咲さんだ。だからこの空気を変えてみせる。正々堂々と、夢咲さんと勝負するために。
内心でそう呟いた。
***
迎えた次の休み時間。教室の空気は、どことなく俺を見張っているようだった。また何かやらかすんじゃないか。そんな視線を感じながら、俺は開口一番、有明へ声を掛ける。
「有明この問題を教えてもらってもいいか?」
「ええ、いいですよ」
あえて教室に響く声量で俺が告げると、彼はどこか事情を察したのだろう、くすっと笑いながらも返事をする。その様子に周囲の方はどこか呆気に取られていた。てっきりまた、夢咲さんへと話しかけると思ったんだろうな……。
こちらに近付いてくる有明が視線を集め、俺のところに来ると普通に問題を教えていく。それを近くで聞いていた千夏や雫が感心したように声を上げた。
「有明君って頭いいと思っていたけど、教えるのも上手いんだね!! もしかして、入試の成績も良いの?」
「えぇ、2位でしたよ。惜しくも3点差でね」
「じゃあ、連の秘策って有明君に勉強を教えてもらう事?」
「ううん。それだけじゃないよ。家庭教師に予測問題作って貰ったり、苦手な部分を見つめてもらう。客観的な部分は手伝ってもらうつもりだよ」
先ほど打ち合わせしたように、俺たちはやり取りをしていく。ある種一人では勝つことが出来ない宣言であり、みんなの力を借りることができるなら勝てるという宣言だった。
俺一人は確かに無力で、それでもみんなの力を借りたら、どうしてかな、絶対に勝てるって自然と思えるんだ。力を貸して貰った以上、負けたくない!!それが俺の原動力にもなっている。
鋭くなった俺の視線に、有明はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「連君は本気で挑むってことですね?なら僕も本気で挑んでいいですか?」
「もちろん。それは有明の自由だよ」
互いを意識するように俺たちは見つめながら深い笑みを浮かべる。中学以来に本気で勝負することになりそうだなと。そんなどこか張り詰めた空気の中俺は肩の力を抜いて告げる。
「じゃあ、この問題も教えてもらっていい?」
少し睨み合うような空気感から一変、いつもの和やかな雰囲気に、綾瀬さんが驚く。
「ちょっとまって、有明君と本気で勝負するんだよね。それでも有明君を頼るの?」
「……そうだけど?有明も許容しているし」
その返答に対して、信じられないものを見るように目を丸くする。そんな綾瀬さんの方を見つめて、有明は何ともないように告げた。
「確かに、ここにいる全員がライバルです。もちろん、連君も例外じゃありません。それでも、僕にとっては大切な友人です」
「そういうこと。それにさ、やるなら楽しくやった方が頭に入るし。無駄な見栄を張る必要もない。綾瀬さんは夢咲さんよりも勉強時間少なかったから負けたなんて思われたくないでしょ?」
呆気に取られていた彼女もまた、勉学に対してはプライドを持っている。自尊心をくすぐるような一言に、綾瀬さんはすっと目を細め、口元に小さな笑みを浮かべた。
「言うね、連」
少し怒気を孕んだ彼女の言葉に対して、俺は笑みを浮かべつつ、返答する。張り詰めた空気を和らげるように、あえて明るい声で。
「もちろん、綾瀬さんも分からない所あったら、聞いてよ」
「分かった、なら、必要な時は頼られせて貰うね」
調子を崩すような物言いに毒気を抜かれたのだろう。少し肩の力抜いて俺を見つめる。そうして俺の瞳を見つめると、少し固まり、ふっと笑みを零した。
「分かった。なら、必要な時は頼らせてもらうね」
俺の発言の意図を汲んでの発言。誰のために行っているのか理解した彼女はどこか嬉しそうだった。
そのやり取りを、周囲のクラスメイトたちが横目で見ているが、未だに咎める視線は少なくない。けれど、さっきまで教室を包んでいた重苦しい空気は、少しだけ和らいだ気がした。
***
それからは、休み時間のチャイムが鳴っても、俺と有明が机に向かい、ペンを走らせる。時に教え合いながら、机に向かっていた。それに習って大翔までも勉強を始める。
「わりぃ、これ教えてくれねぇ」
なんて周囲の女子に頼る。声を掛けられた眼鏡姿の、茶色のおさげが似合う茅野さんは、少し戸惑いながらも一生懸命解説する。分かりにくいと思うところは身振り手振りを使いながらも説明した。
説明を終えると、不安そうに大翔の反応を窺う。それに返ってくるのは。
「茅野さんの説明めっちゃ分かりやすいな、ありがとう!!」
なんて、ふわっと温かな春風を思わず感じてしまうような温かな笑顔と、嬉しそうに上ずった感謝の言葉だった。
「い、いえ……私でよければ、いつでも聞いて下さい」
なんて、大翔の持ち前の笑顔に照れながら、嬉しそうにはにかんでいた。それをきっかけにしてかな、大翔の周りにいる女子が集まって話しつつ、徐々に勉強を開始する。同時に白峰さんも動いてくれたのだろう、周りの女子と共に勉強を始めいていた。
大方、俺の先程の発言である「夢咲さんよりも勉強時間少なかったから負けたなんて思われたくないでしょ?」なんて挑発を上手く利用したんだろうな……。彼女の周囲にいる女子からの視線が少し痛い。
「ねぇ、連ここ教えてくれない?」
なんて、少し触れずらい俺にも綾瀬さんが声を掛ける。
「いいよ」
そういって解説をしていき、それにうんうんと頷きつつ彼女は俺の方を驚いたように見つめる。
「ありがとう!連も教えるの上手いね!!」
なんて彼女が嬉しそうに背中を叩いて笑う。そんな風に大翔や白峰さんといった中心人物が勉強をし始めたことをきっかけにクラスではどことなく教えながら勉強し合う雰囲気になっていた。
もちろん一人の方が集中しやすい人もいる。けれど、どこか悩んでいる人がいる時には声を掛ける雰囲気は出来ていた。だからかな、自然と互いの距離感で関わりながら勉強しているのは……。
そんなどこかクラスで教え合うような空気が出来る中。夢咲さんだけはただ一人、参考書とノートに向き合っていた。誰とも話さず、もくもくと手を動かし続けている。
(やっと動き出せたかな?)
周囲を気にしていた彼女が、勝負のためにと集中している。その事に自然と口元が緩む。負けられないなって、また気を引き締めて、机へ視線を落とす。苦手な分野と向き合いながら、一秒たりとも無駄にしないよう、再びペンを走らせた。




