第20話 根性がある彼女
俺たちを見どけていた生徒会の面々は、担任との話し合いを終えたのだろう。壇上から降り、体育館の入口へと向かっていく。
双子の姉妹はどこか楽しげな、含みのある笑みを残して去っていき、生徒会長は最後まで礼儀正しく一礼してからさっていった。
その姿を、多くの生徒が思わず目で追っている。本来なら次にシャトルランへ参加する生徒が準備を始める頃合いだが、音声を流す係ですら見惚れていたらしく、進行が止まっていた。
やがて体育館の扉が開き、生徒会の面々が外へ出ていく。そして、その姿が完全に見えなくなると、その場には妙な静寂だけが残った。しばらくして、ようやく係の人が気を取り直したように声を上げた。
「次に参加する人は前に出てね」
なんて声をきっかけに、周囲の生徒たちもようやく我に返ったように動き出す。そんな中、男子たちの恨みがましい視線がこちらへ突き刺さった。
大方、俺たちが予定を押したせいで、生徒会の面々を見る時間がなくなったと思っているのだろう。中には露骨に睨んでくる者までいる。
そのことにまるで気付いていない大翔を少し羨ましく思いながら、何気なく夢咲さんへ目を向ける。するとさらに責めるような視線が増え、それに内心で頭を下げる。
……なんか、ごめん。とクラスメイトに心の中で謝っておく。
先輩たちからもどこか納得できないと言わんばかりの不服そうな視線を感じつつ、夢咲さんと場所を入れ替わった。当然のように彼女は視線を集めつつ、位置に着く。
……さて、彼女はどれくらいできるのかな。
なんて期待して見ていたのだが、さすがに酷いと思ってしまう。
彼女のことを見ていなかったので、どれ程度運動ができるのか把握していなかった。そのおかげで初めて見るのだが、想像以上に酷い……。
手足の連動がバラバラなのはもちろんのこと、大幹がブレており、身体が安定していない。そのせいで体力を余計に消耗していた。誰が見てもわかるほどに、苦しそうに走っている彼女は未だに9往復しかしていない。
(……これって、20回は超えられるのかな?)
なんて疑問に思いながら見ているが、彼女は諦めることなく継続する。
(根性が凄いあるんだな)
そう感心させられる。俺よりも自分を追い込んでいる彼女に、視線が吸い寄せられる。息をぜーぜーっと荒い呼吸を繰り返しながらも、前だけはしっかりと見つめている。俺の事など眼中になく、ただ、目の前を真っ直ぐ見つめる姿に、ふらつきながらも前に足を進める姿に、胸が熱くなる。
(はたして俺は、彼女ほど自分を追い込めているだろうか?)
そんな疑問が脳裏を過ぎる。いつの間にか、自分に甘くなっていたのかもしれない。その事実に気付かされ、奥歯を噛みしめていた。彼女のようにもっと向上心を持たないといけないな。なんて、つい目力が強くなってしまう。
今もまだ彼女から目を離せなかった。既に足元がおぼつかなくて、倒れないか不安になる。それでも彼女は走り続ける。フォームがバラバラで、女子の中にはそれを小馬鹿にしたように笑うものもいる。それでも彼女は走る。
その姿にすごいなって、尊敬すらするなかで、ふと彼女がバランスを崩す。そのまま、顔から地面にこけそうになるのを、
——ダンッ。
俺はスライディングするかたちで、受け止めた。
彼女が地面に叩き付けられないように、自分の身体をクッションにして彼女の肩に手をやり、衝撃がいかないように受け止める。
「夢咲さん大丈夫?」
丁度俺の身体にすっぽりと彼女が収まる体勢になっていた。彼女は驚いたように俺の方を見つつ、両手で俺の胸辺りを押して立ち上がろうとして、ぽすんとまた俺の身体に収まった。
「運ぶから無理しないで」
なんて言いつつも、目線が余計なことをしないでと訴えている。声を出そうとしてるものの、未だに息が整っておらず肩を上下させていて、言葉にならない。そんな、彼女の気高さに感心しつつ、俺は問答無用で抱きかかえる。
できるだけ身体を揺らさないよう気を付けながら、そのままラインの外まで運び出す。すると有明がこちらに駆け寄ってくる。
「連君、足怪我してますよ!」
なんて、少し焦ったように向けた彼の視線の先には、擦りむいたのだろう。少し血が出ていた。
「いや、これくらいは別に」
なんて、夢咲さんを降ろしつつ告げると、呆れたようにため息を吐かれる。
「保健室にいっておいてください。付き添いは……」
「私がいく」
どこか鋭い視線を向ける夢咲さんの目には、どこか強い意志を感じた。助けられたと思っているからこそ、責任を感じての申し出だろう。けど、ふと見た彼女の足は未だに震えていた。
「いや、これくらいは一人で……」
なんて口にする。けれど
「連君、彼女もこう言っている事ですし、速く行ってください。皆の集中も乱れるので」
そんなことを有明が口にする。普段は誰かに無茶をさせないように気遣っている有明らしくない言動に驚き、そちらに視線を戻す。
その眼差しは、まるで「受け入れてあげてください」と言っているようで。瞳には夢咲さんのためを思うような優しさがあった。俺はその目線に押されて
「わかった」
気付けば、そう答えていた。有明は安心したように小さく微笑む。穏やかな表情にはどこか昔の自分を夢咲さんに重ねているように感じた。
体育館を去るように出ていく中、俺たちは皆の視線が集まる。どうしてアイツだけ……なんて羨むような視線を感じつつ、俺たちは体育館を出るのだった。




