第19話 勝敗の行方
体育館内に入っていく。中にはほとんどの生徒が退出しており、シャトルランが出来るように、色々な器具も撤去されていた。中にいるのは俺たちを含めたもう一クラスだろう。
よく見ると首元のラインの色が緑色になっていた。学年ごとに緑、赤、青で統一されているため、三学年の生徒なのだろう。俺たちが入ってくると、視線をチラリと向けて、夢咲さんだけを視線で追っていた。
……まぁ、先輩からすると見慣れた生徒会の面々よりも夢咲さんの方が、新鮮なのだろう。彼女を観察するように視線を上から下に動かそうとした所、千夏がそれを遮るように話しかけて、男子生徒の方がどこか睨み付けるように目を細める。
「……」
それを咎めるように俺が一歩前に出て、ぎろりと睨み付ける。いくら先輩であろうと友人を害そうとするなら対処する必要があるだろう。互いにどこかギスギスした雰囲気になる中で、一応は引いてくれたのか、スッと視線を逸らしていた。
(……はぁ~、面倒なことにならないといいけど、注意しておこう)
我ながら先輩を敵に回しかねない迂闊な態度だと思う。それでも、俺にだって譲れないものがある。義妹に誇れる兄ならきっと、友人に向けれらた敵意を見逃さない。なにより、俺自身が見逃したくない。
少し揉めながらも俺たちは列を形成する。計測する係と、実際に走る方で別れていた。そして俺が組む相手は夢咲さんだった。うちのクラスが男子15名女子17名の関係上、男子と女子のペアが存在するためだった。
担任が気を利かせて、委員長と副委員長がペアといってくれたのでそこは助かっていた。自然と話しかけられるしね。
「最初、俺から行っていいか?」
そう尋ねると、彼女はじっと俺を見上げて目を細める。
「それって、生徒会の人たちにアピールしたいから?」
どこか不機嫌そうな声に思わず苦笑する。
「いや、それは興味ないかな」
なんて言葉に彼女は意外そうに、目を見開きながら首を傾げる。
「それじゃあ、どうして?」
「大翔に勝ちたいから」
そう口にすると、先程までの嫌な気持ちが吹き飛び、自然と気持ちが高まるのを感じた。
やはり、強く強く願ってしまうのだ。“勝ちたい”と、どこかで闘争心が湧いてくる。普段の様子から俺が誰かと競いあうタイプに見えなかったのだろうか、夢咲さんを含めて雫もどこか驚いたように俺を見つめる。
「本気で勝てると思っているの?」
珍しくそんなことを聞いてくる。勝敗そのものに興味を持っているのか。それとも俺に興味を持っているのか。どちらなのかは分からない。けれど、その問いが嬉しくてつい笑みが零れながら告げる。
「もちろん。勝つよ」
親友で、尊敬もしている。自分にはないものを多く持っていて、だからこそ勝ちたい
。彼の隣に立てるように、挑み続けられる自分でいたい。
「……そう」
彼女の瞳がじっとこちらを見つめる。まるで何かを確かめるようにして……結局、何も言わなかった。
俺はそのままスタート位置へ向かう。ふと視線を感じた。生徒会の面々に担任。そして大翔。その中でも、一際強い視線の方を見やる。
隣にいる彼を見つめた俺は自然と口元が引き締まる。さっきまでの穏やかな笑みが消え、意識が勝負へと切り替わった。
「それじゃあ、勝負といこうか」
「あぁ」
二人して不敵な笑みを浮かべ、隣り合う。そこからまた真剣な表情に戻って、シャトルランが開始した。
男子の方は先輩たちにアピールをしたいのだろうか。最初の数回はゆっくり走ればいいものなのに、どこか競うように走っている。その様子を見ていた双子の月城先輩たちがどこか楽し気に、
『がんばれー!』
そんな声を掛けるものだから、男子たちはますます張り切り始める。その双子の姉妹たちはどこか楽しそうに見つめていた。
(……あれは魔性の存在だな)
なんて思いつつ、どこか呆れた視線で男子の方を見る。……というか先輩方も競うように走るんですね!と思わず心の中でツッコむ。もっと余裕をもって走ると思っていたが、彼らの視線の先には夢咲さんがいて。
なるほど、アピールする相手が違ったと一応は納得する。まぁ、あれじゃ余計に体力消耗するだろうけどね……。そして、その予想は見事に的中した。
案の定、80回も過ぎると男子の方はぜーぜーっと息をしながら走っている。女子に関しては既にほとんどが脱落しており、千夏を含めて数名だけが残っていた。
(……流石だな、千夏は)
なんて感心しつつ、94に差し掛かる頃には彼女もギブアップする。男子の面々も既に横たわっている者がおり、月城先輩たちはどこか楽し気に見ていた。無茶をする姿が面白かったのかもしれないが、男子が可愛そうになる。
にしても、綾瀬さんも体力あるんだななんて感心しつつ、走り続ける。女子は彼女だけを残している。そうして115回を超えた時には、彼女も脱落し残り五人だけとなる。有明のほうもちゃっかり残っていることに苦笑する。
(さて、そろそろ自分のことに集中するかな)
なんて、少し負荷がかかってきたのを感じつつ、音階に合わせて走る。
——125。
という数字が聞こえてくる。この時には既に俺と大翔を残して全ての人が脱落する。だというのに、隣の大翔の方は未だに安定して走っている。
(……ふっ、最高だな!)
なんて、思わず笑みを浮かべつつも、走る。点数上はこれで満点となるが俺達はどちらとも引くことはない。
130、140。と互いに譲らないまま進むと、担任が呆れたように俺たちの方を見つめていた。どうやら想定外と言ったところで、軽くため息を吐きつつ伝える。
「150いったら強制終了なー」
なんて声が聞こえて来た。その言葉に少し残念に思いつつ、大翔の方を見つめる。何を言いたいのか理解したのだろう。互いに頷いて、いよいよ149というアナウンスが流れる。互いに白線上に足を乗せ、音が鳴った瞬間にダッシュする。
最後の瞬間どちらがより早くゴールできるか、その勝負は——
ダンッ——、
「シャッー―」
という大翔の雄たけびと共に、どちらが勝利したかが明白となる。
————クソッ、持久力で負けた。
なんて俺は項垂れて下を向く。瞬発力という部分には自信があるのだが、持久力では大翔の方が圧倒的にすごかったりする。
というか普通は体格がいい方が消耗するんじゃないのか?なんて疑問に思いつつ、見上げた先に映るのは担任の、ほんとーに何してんだこいつら?という呆れた顔で。それに思わず吹き出してしまい、向けた。
「げほっ、げほっ」
その姿に夢咲さんが呆れたように、目線を染めている。
ふふっ、たしかに、他の人から見たらなんで競い合っているか分からないだろう。それでも、“負けたくない”という意地と、常に本気で挑むという精神があったから俺達はここまでこれたんだと胸を張る。
まぁ、二人の反応以外は好意的なものだった。素直に俺たちを祝福するように拍手を送っている。壇上に立つ生徒会の面々ですら拍手していて、悪戯っぽく笑っていたあの姉妹ですら、どこか感心したように俺たちを見ていた。
(うちの大翔はすごいでしょ!)
なんて誇らしく思いながら彼に声を掛ける。
「にしても、やっぱり大翔はスゲーな」
「それはこっちのセリフだ!!連だって普通についてくるじゃん」
「そりゃ、当たり前だろ?」
「あぁ、そうだな」
なんて二人して笑いつつ、肩を組む。その様子に「きゃー」「仲良すぎでしょ!」なんて歓声が上がっていた。それが妙に嬉しく、どこか誇らしく感じる。こいつと、そして有明となら、どこまでも行ける。そんな根拠のない確信が胸の奥にあった。




