第18話 全能感
測定するために男女に列を形成していると、男子から少しムッとしたような表情を向けられる。
『女子と楽しそうに会話しやがって』
なんて咎めるような視線の中で、なぜか有明だけがクスクスと楽しそうに笑っていた。それに目を細めつつ、少し拗ねたように口をすぼめながら尋ねる。
「なんで笑ってるんだ?」
「 いえ、なんというか、戸惑っている姿が新鮮だなと思いまして」
「わかってたんなら助けてくれよ」
と呟くと、有明が首を振って否定する。
「いえ、大変そうなのは連君でありませんけどね」
と。女子たちのほうを見ていた。まぁ、確かに男子の視線は気にしていないし、女子から褒められるのは嬉しい気持ちの方が勝っている。確かに大変ではなかったか……じゃあ、誰のことを言ってるんだ?
そう思いながら視線を向けると、そこには戸惑っている夢咲さんに対して、楽し気に話しかける千夏の姿があった。
(あぁ、そういうことか……)
なんて口元に笑みを浮かべながら満面の笑みを浮かべて話しかける千夏を見つめる。千夏もまた俺が夢咲さんと話している姿を見て、一歩踏み出したってことなんだろう。
それが、嬉しくて。どこか体が軽くなったのを感じた。そんな感覚を覚えながら大翔と走った一走目は惜しくも同着で6.1秒だった。
「だー、クッソ、また6秒を切れなかった」
大翔が大声を上げながら悔し気に、歯を噛みしめて天を仰いでいる中で、俺は顎に手をやりながら先程の感覚を頭の中で反芻する。即座に自分が改善すべき動きを頭の中でシミュレーションし、無意識に身体まで動かしていた。
風なんて一切吹いていないというのに、ふと背中を押されるような感覚が自身に走り背筋を伸ばす。
(……あぁ、今ならいける)
そんな確信をもって、大翔の方を向き直った。
「大翔、二走目いこうか」
「へぇ~、連。自信満々って感じだな」
「あぁ、少し全能感がある。遅れるなよ、大翔」
「望むところだよ!」
なんて、大翔の顔からいつものように朗らかな笑みが消えて、真剣な表情になる。目元や顔の輪郭がはっきりして、普段よりも更にカッコいい表情になる。その眼差しに女子の方から歓声があがっていた。そんな音すらも少し遠くに感じる中で二走目を走り出す。
踏み込む感触が鮮明だ、身体が思ったように動く、細胞の端々まで認識していると錯覚する程の全能感を抱きながら走り抜いた。
「連、5.96秒。大翔、5.98秒」
機械で計測された数値が読み上げられて、周囲から歓声が沸く。
「マジかよ。普通に陸上部より早いんじゃね」
「速川先輩以外なら、確実だね」
「ふたりとも、凄っ」
なんて、計測していた委員たちも驚きを隠せない様子だった。感心したような視線が俺たちへ向けられる。そんな周囲とは対照的に、大翔の方は
「クッソー、マジかー。連にまけたーー」
なんて大声を上げていた。先程の真剣な表情とは違い、どこか無邪気さを兼ね備えた反応に俺も肩の力が抜ける。
「ふふっ、なら次は勝って見せろよ」
「あったりまえだろ」
なんて、彼から差し出された拳に手をコツンと当てる。互いに笑っていると、遠目に見ていた女子からひときわ大きな歓声があがる。
(……あぁ、確かに大翔のこの笑みは反則だよね)
なんて思わず、男の俺でも目を惹かれる彼の笑みに視線がいく。ほんとうに楽しそうで、周囲を照らす彼に、やっぱり俺はどこかで憧れているんだろうな。だから負けたくないのだと改めて自分の気持ちを再確認する。
やがて全員の計測が終わり、最後の種目に入る。一応は一番の上のクラスに属する。そんな俺達は、勉強時間の確保という名目で、この日中にすべての測定が終わるよう予定が組まれていた。だからこそ、後日にしたいという要望の多い、シャトルランが最後に待ち構えていた。
男子を含めて、少し気持ちが落ちているのが分かる。けどそれだけが原因ではないようだ。
「ちぇー、結局生徒会の面々、ちゃんと見れなかったな」
「一応見れただろ。ほら、古谷先輩」
「それ、唯一の男の先輩じゃん。女子の方を見たかったって話」
「めっちゃ分かる。綾乃先輩だけでもみたかった」
「はっ?羽月先輩だろ?」
「いやいや、綾乃先輩の方でしょ!!」
なんてどこか喧嘩しそうな雰囲気になっている。なにやってるんだ、アイツらは。なんて少し呆れつつも、どこか推しの良さをぶつけ合う構図に見えて。ほんと、アイドル扱いだよな。なんて改めて生徒会の面々の影響力の強さに感心する。
もっとも、俺が気になったのは古谷先輩の方だった。一目見ただけだが、どこか実力を隠しているように思える。整っている顔を隠すように髪型は崩していて、少し猫背気味。けれど、その瞳の奥には冷静に相手を観察する鋭さが宿っていた。
もちろん俺の気のせいかもしれない。けれど、あの美人だらけの生徒会に入ることを許されたのだ、何かしらあるに決まっている。
そんなことを考えながら体育館の扉を開く。瞬間、むわりとした熱気が肌を撫でた。思った以上の人の多さに思わず目を見開き、原因を探るように全体を見渡す。そして、その理由はすぐに分かった。
体育館の中央付近。そこに自然と視線が引き寄せられる。まるで夜空に浮かぶ星座のようだった。一つひとつの輝きだけでも十分に目を引いている。それでも、その輝きが集まり、存在感は何倍にも膨れ上がっていた。
本来なら退出するはずの生徒も名残惜しいのだろう。ちらちらと窺いながら、名残惜しそうにその場に留まっている。
流石の人気の高さだな。そんなことを考えていると、不意に後ろから背中を押された。振り返った先にはどこか前のめりになっている、クラスメイトの姿がある。
少しでも彼女たちを近くで見ようと身を乗り出していて、周囲が見えていないようだった。そんな彼らに巻き込まれないよう端へ避けながら、俺も再度彼女たちのほうに視線を向ける。
先頭にいるのが生徒会長だろう。柔らかな茶色の髪に、優しげなアーモンド形の瞳。穏やかな笑みを浮かべる姿には、人を安心させるような包容力があった。対照的なのが後ろで控える双子の姉妹である二人だった。
どこか気だるそうに測定を受ける生徒たちへ視線を向けながら、口元には悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべている。姉妹という事もあり容姿を似ていて、亜麻色の髪にどこか妖艶な紫色の瞳を携えている。
その瞳は、どこか面白い玩具がないか探しているように、目を細めて、薄ら笑いを浮かべていた。惚れたら最後、手のひらの上で転がされそうだな。
彼女たちが話しているのはうちの担任で。そういえば、、あの人は生徒会の顧問をやっていたなと思い出す。双子の方は一応は話を聞いている状態で、生徒会長の方だけが何かの資料を見ながら、真面目に話している。おそらく身体測定後の流れや集計について確認しているのだろうな。
担任がいる辺り、俺たちのクラスを見るついでに同行したのか、それとも生徒会の用事が先だったのかは分からない。けど、男子がやる気になったのは確かだった。
「よっし、やりますか」
「お前には負けないわ!というか俺が先な」
「まて、それはずるいぞ」
なんて一斉に騒ぎ始める。先の順番を選ぼうとしているのは帰る前に少しでも良いところを見せたいのだろうな……。なんて苦笑してしまう。そんな男子たちを横目に見ながら歩いていると、女子たちの方からも声が聞こえてきた。
どうやら生徒会の面々だけでなく、夢咲さんの存在にも気付いたらしい。生徒会の三人と夢咲さんを交互に見比べながら、興奮気味に話している。
「すごい、ここに全員揃ったよ」
「これで、紗耶香先生まで揃ったら全員じゃない?」
「ね~、見たかったよね~」
なんて会話が聞こえてくるその声にふと笑みが零れた。本当に凄いよね紗耶姉は。学校の美人&かわいいランキングに、唯一先生として名前が挙がるのだから。彼女の人気の高さに、どこか誇らしく、嬉しい気持ちが湧いてくる。
「入り口付近にたむろしていると、迷惑になるから移動するぞ」
その声に女子は素直に動いてくれ、男子の方は少し鬱陶しそうにしながらも、それでも従ってくれる。自信の求心力のなさを痛感しつつ、体育館内に入っていくのだった。




