第1話:爽やかな朝
「お兄ちゃん、起きて。もう朝だよ」
そう言って、カーテンが開かれる。シャッ——と滑車が滑る音とともに、朝の日差しが部屋へ差し込んだ。閉じていたまぶたの裏がじんわり白く染まり、俺は目をこすりながらゆっくりと目を開ける。
真っ先に視界へ入ってくるのは、義妹の姿だった。柔らかな朝日に照らされながら、腰まで伸びた綺麗な銀色の髪がキラキラと輝く。空よりも澄んでいて、宝石のように煌く青い瞳が俺を捉えている。まだどこか幼さの残りつつも、小さく整っている顔立ちに思わず見惚れる。
(客観的に誰が見ても、世界一かわいい義妹だよな)
そう確信していた。そんな義妹が朝から俺に優しく微笑みかけてくれている。その幸せを胸の中で噛みしめつつ、心が満たされる。
ほんと、こんなに朝が弱くて、情けないというのに。そんな兄を罵ることも、呆れることもなく、毎朝起こしてくれる。そんな、義妹はやっぱり心まで天使だなって思う。
なにより、義妹の声を聞いて、笑顔を見るたびに俺は、今日も、誇れる自分でいようって思えるんだ。今は情けないけどね……。
俺が涼花の姿に見とれていたからだろう。それがボーっとしているように見えて。涼花が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「お兄ちゃん、もしかして体調悪い?」
なんて、心配そうに目尻を下げていた。その顔がかわいらしい。危うくまた、見惚れそうになり俺は首を振って否定する。
「ううん、全然元気だよ。ただ、まだ頭がボーっとしているだけ。いつも、起こしてくれありがとう。涼花」
そう言葉にしながら、義妹の頭を撫でる。涼花はそれを受け入れるように、目を伏せる。俺が撫でるたびに口もを緩ませながら、若干小刻みにリズムを取っている姿がかわいい。
それに心が温まりつつ、ボーっとしていると。義妹がハッと何かに気付いたように、俺を見つめ返し。頭を下げて、撫でている状態から抜け出した。それに少し寂しさを感じてしまう。
そんな俺を見て、罪悪感を感じているのだろう。少し俯きながら、表情を少し歪めた。それでも首を振って、しっかりとした目線で床をじーっと見つめる。
(私だって、ずっとこのままでいたいけど……でも、それはお兄ちゃんの弱い部分に付けこんでいることになるし……)
何か呟いているが、頭が働いていないせいかよく聞き取れない。義妹は何かを決意したように、俺の方を真剣な表情で見つめ、口を開く。
「お兄ちゃん。今日は入学式なんだから、もう少しシャキッとしないとだよ?」
なんて、お母さんの様に俺を心配する。けれど、表情は優しげに笑っているので、責めらている感じはなかった。
「……そうだな。すぐ準備するよ」
小さく笑いながら返すと、涼花も安心したように笑みを深める。そして、一つ頷き。
「うん、お兄ちゃんの新しい制服姿、期待して待ってるね」
そう言い残し、ぱたぱたと軽い足音を響かせながら、涼花は部屋を出ていった。静かになった部屋の中で、俺はベッドから起き上がりつつ、洗面台に向かう。歯を磨いて、顔を洗う。シャワーを浴びて、髪を乾かし、ドライヤーとワックスで髪をセットした。
約30分と、少し手短に用意を済ませた俺は、部屋に戻り。ようやく、新しい制服に手を伸ばした。指先へ伝わるのは、新品特有のさらりとした感触。身体に馴染んでいないからこその少し硬い外側の感触。そんな初めての特別感を感じつつ、俺は制服の袖に通した。
瞬間、いつものように、気持ちが自然と引き締まる。どこかぼんやりしていた頭がはっきりと覚醒した。
「さて、自分の様相を確認するか」
俺は鏡の前に立つ。白いシャツに、白に近いベージュ色のベスト。それにネイビー色のブレザーを身に付けている。少しラフな印象にするなら、ボタンを付けない方がいいが。今日は入学式だ、鳩尾と腹の位置にあるボタンの内、鳩尾の方は付けておくとしようか。そう考えて、ボタンに手をかける。
改めて、鏡に映る自分を確認する。髪はきちんとセットしているし、ネクタイの結び目の部分も、立体的になっている。服装に乱れがないか確認し、問題ないと判断する。
細部に神は宿る。その言葉の通り、俺は細かな部分まで手を抜かないことを常に心がけている。これから先の人生に役に立つと考えているから。そう改めて、鏡合わせに自分と目線を合わせ、頷く。それが一つの儀式になっていた。
俺は頷いて、部屋を出て、階段を降りていく。朝食を食べるために、リビングに入る。扉を開けた瞬間、涼花が俺のことを確認し、ぱっと表情を明るくした。
「やっぱり、お兄ちゃんはカッコイイね」
なんて、真っ直ぐに褒めてくれる。それに少し、照れくさくなりつつ感謝する。
「ありがとう、涼花。……涼花も、毎日可愛くなっていくね」
「ホントに思ってる?」
なんて、俺を試すように、目を細めながら尋ねる彼女にうんと大きく頷く。
「少し背が伸びたからかな。より大人っぽい印象になってる。以前のかわいさに、美しさも兼ね備えた感じだね」
「……そんなに、ほめても、なんにも出ないよ、お兄ちゃん」
なんて告げながらも、零れた笑顔に、ついつい、俺も表情を緩めてしまう。このままずっと、義妹と会話を楽しんでいても良いのだけれど、そうはいかなかった。あと30分もすれば、出ないといけないからな。
「そういえば、母さんたちは大翔や有明の両親と合流してからいくんだよな?」
「うん、そういって、張り切って出て行ったよ」
相変わらず、行動力がすごいなと感心する。俺自身も行動力はある方だと思っているが、流石に母さんたちにはまだまだ敵わない気がする。
その後は朝食を味わいながら食べる。その間は特に会話をすることなくって、義妹が俺の方を嬉し気に見つめていた。そっか、今日は義妹が朝食を作ってくれたんだなって、分かる。今日は俺が好きな洋食メインで、スクランブルエッグにサラダ、ベーコン。それとフレンチトーストだった。
その美味しさに舌鼓を打ちつつ、頬を緩ませながら食べ進める。やがて食べ終わり、食器を流しに付けておく。
「それじゃあ、一緒に行こうか涼花」
「うん、お兄ちゃん」
義妹が頷いたのを確認し、俺たちは家を出る。
『いってきます』
二人の声が爽やかな朝の空気に溶け込んだ。




