第16話 挑戦状
夢咲さんと関わるようになって一週間くらい経った時だった。朝から男女ともに体操服へ着替えた教室に、担任が入ってくる。普通なら夢咲さんの体操服姿を見られてラッキーだと騒ぐ男子がいてもおかしくないのだが、白峰さんを気にしてか、露骨に視線を向ける者はいなかった。
まぁ、ホームルームが始まると、チラチラと様子を窺うものがいる辺り、気にはなっているんだろう。担任はそんな視線を気にすることなく進めていく。
「今日は予告していた通り体力測定の日だ。思う存分楽しめ!それと計測に関しては、委員長と副委員長、いつものように頼んだ」
なんてサラッとついでみたいに告げる。……あの、ふつうそういう重要なことってサラッと告げないですよ。なんて思いながらも少しは信頼されているのだろう。それが少し嬉しい。
やっぱりここ数日やった冊子作りなどの手伝いが効いたのかもしれないな。なんて思いつつ、周囲を見渡す。
(……なるほど)
楽しめっていうのは男子に対してでもあったんだな。なんて想いながら、浮かれている、というかそわそわしている男子たちに目線がいく。女子が遠くにいるからだろうかな、チラホラと会話が聞こえてくる。
「今回の測定、生徒会の人たちも来るらしいぜ」
「マジで?」
「ワンチャン話しかけられたりしねえかな」
「いやいや、会えたらラッキーくらいだろ」
なんて、ひそひそと話していた。学校に一週間も通っていると、先輩についても多少知る機会が増えてくる。そんな中で、話題の中心になるのはやはり生徒会だった。
ただの運営組織ではなく、優秀な生徒のみが入れるというブランドが注目される理由の一つとしてある。学年順位二十位以内を継続して取った実績。生徒会選挙で選ばれる人望。その両方を兼ね備えた者だけが入れる、いわば学校最高峰のエリート集団だった。
もちろん、例外的に入れる方法が一つだけある。それが生徒会長からの指名枠。毎年たった一人だけ選ばれる特別枠なのだが、主席合格者が選ばれるため、他の生徒にとってはほとんど望みがない。
けど、今年は事情が違った。夢咲さんが先輩相手でも冷淡な態度を取ったせいか、先輩からの印象が良くない。そのため、本来なら真っ先に声が掛かるはずの彼女も、未だ生徒会へ勧誘されていなかった。
(……ほんと、どうして全方位を敵に回してしまうのかな)
なんて、項垂れずにはいられない。
周囲の話題は未だに生徒会にいるメンバーについてだった。やはり今年は特に注目を集めているんだろう。まぁ、理由は優秀以外の所にあるんだけどね……。
「やっぱり一目でいいから生で姫様を見たいよな」
「分かる。さすがに先輩の教室まで行く勇気はねえし」
なんて声に頷いている男子も多かった。……姫かぁ。そう見つめた先には一人ぽつんと参考書を読んでいる夢咲さんが目に入る。
周囲の状況すらも忘れ去り、ひたすらに問題を解き続ける彼女の集中力に感心しつつも、やはりその整った容姿に目線がいく。五姫の一人、夢咲桜の姿に。
入学してまだ一週間だというのに、学校で最もかわいい女性として名前が広まっている。主席合格者だから注目を集めたのか、それとも生徒たちの情報共有が速いのかは謎である。
それでも生徒会が注目されるのは、残る四姫のうち三人が、生徒会所属だからだろう。自然と注目が集まっていた。しかも、その全員に恋人がいないという噂まであるからこそ、男子たちが浮き足立つのも無理はなかった。
マジで、浮かれて怪我だけはしないように祈っておこうと思う。そんなことを考えていると、担任から声が掛かる。夢咲さんも呼ばれていくと、測定に必要な事項について告げられた。
さて、挨拶がてら有明たちの方へ行こうかと思ったところで、タイミングよく声がかかる。大翔がよく通る声を上げながら、太陽のように明るい顔で、ぐいっと肩に腕を回してきた。
「連、勝負しようぜ!!」
不敵に挑戦状を叩き付ける彼に、俺もニヤリと笑って返す。
「いいぜ、乗った!!」
なんて大翔の提案に心の中で熱くなってくる気持ちを感じつつ即答する。どうせなら競った方が面白い!
というのは俺も同意だった。なにより勝負するなら、自分よりも圧倒的に強いヤツの方が燃える。負けたくないってね。
そんな俺を呆れたように見つめる夢咲さんは告げる。
「測定だけはちゃんとやってね」
と俺の気持ちを冷やすような、冷たい口調で告げられる。
……なんというかここ数日で分かったけど、未だに俺に対しては当たりが強い気がする。少しは会話をしてくれるようになったものの、大半は千夏たちが話していてどこか俺と彼女の距離はまだ遠い。
まぁ、原因には心当たりがありすぎる。「クラスメイトに興味を全く持てない」とか「俺と二人きりでやりたかった?」なんて揶揄ったり、反発されることを言っていたからな……。
まぁ、関心をまずは持ってもらうという目的は達成しているのでいいとしよう。そう割り切ることにした。
「それじゃあ、移動するから必要な用紙など持ってくるように。頼んだよ」
クラスメイトに声を掛けながら移動を開始する。基本はクラス単位で測定するようだ。だからこそ、委員長である俺とその補佐の夢咲さんが先導する形で歩いていく。
他のクラスメイトが話している中で、先頭の俺たちの会話はない。それがどこか、居心地が悪いように感じて話しかけてみる。
「それで、夢咲さんは得意な種目とかあるの?」
なんて軽い雑談のつもりだったのがだ、彼女はスッと鋭い視線を向けて、溜息まじりに返答する。
「運動得意そうに見える?」
その話題に触れるなとでも言わんばかりの不機嫌な態度に少し気圧されつつ、視線を逸らしながら俺は答えた。
「……ごめん。見えないかな~」
なんて、少し引きつったような笑みを浮かべて告げると、すっと睨むような視線へと変わった。そして、どこか侮ったように口端を吊り上げる。
「それで、そういうあなたは運動が出来るの?」
「まぁ、そこそこはね」
と苦笑しながら応えると、彼女は拗ねたように視線を逸らした。余裕そうな態度が気にくわないのか、これ以上は暗に話さないと示すように少し先を歩き始める。それにまた苦笑してしまった。
そうして始まった大翔との勝負は、拮抗していた。
握力に関しては大翔に圧倒的に敗北する。数字だけ見れば、およそ十キロ差けれどその差は歴然だろうな……。
「にしても、84は出しすぎでしょう……」
「はっはっはっ、鍛えてるからね」
「俺も鍛えてますけどね!!」
「ふふっ、流石に体格差がありますからね」
なんて有明に冷静に分析されるがそうじゃない。悔しいものは悔しいのである。けれど同時に、素直に嬉しくもあった。やっぱり大翔はすごいんだなって。だらこそ、挑む価値があるってもんだ。
けど俊敏性を問うものに関しては俺も負けていない。反復幅跳びは圧倒し、柔軟性を問う長座体前屈に関しても俺が勝利する。まぁ、跳躍力を試す立ち幅跳びに関しては同率の3m10cmなんだけどね。
そんな風にいつも通り着々と進めていると、近くにいた千夏が驚いたような感心したような声を上げる。
「うわ、めっちゃ飛ぶじゃん……」
とどこか化物を見たように、少し身体を引いて見つめている。
「……そうか?」
「な、俺たちからすると当然だしな」
と告げるも周囲の皆がいやいやいやと首を振り、有明に関してはなぜかツボに入ったように笑っていた。……こいつが笑うところが全然わからない……マジで。
雫に関しては、どこか遠いところを見ていて、夢咲さんは
『嘘ついたわね?』
そう言いたげな、鋭い視線を向けてくる。いや、そこそこっていうのは本当なんだけど。ただ、比較対象が俺たちが人間に見えるくらいの化物ってだけでね。……やっぱり、有明の親戚って異常なんだな。と感心させられる。
「にしても連も意外に鍛えられた身体してるよね~」
なんてぺたぺたと千夏が俺の事を触る様子を男子が悔し気に歯をくいしばって見ていた。
「流石に恥ずかしいから」
「あ~、ごめんごめん」
なんて周囲の様子に気付いた彼女が頭を下げる。どこか咎める視線を感じる中で、俺たちは外の競技へと移っていくのだった。




