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第12話 委員長を決めろ

昼食での出来事以降、俺たちを除いて夢咲さんへと視線を向ける者も、声を掛ける者もいない。まるで彼女が最初から存在していないかのように、クラスメイトたちは振る舞っている。


その様子を千夏も雫も悲し気に見つめていた。けれど、何をすれば状況を変えられるのか分からず、途方に暮れているようだった。もちろん、それは俺も同じだった。夢咲さんを放っておきたいわけじゃない。だけが、今の状況を打開できるような上手い方法が思い浮かばない。


下手に動いて状況を悪化させるのだけは避けようと考えた結果。結局、何もできないまま授業が終わり、放課後を迎える。そう思っていたのだが、担任の上坂先生が入ってきたことで状況が変わった。


上坂先生は教室の空気を一瞥すると、何かを察したように白峰さんと夢咲さんへ視線を向けた。そしてクラス全体をゆっくり見渡した後、なぜか俺へ目を留める。数秒ほど観察すると壇上に上がって、楽し気に口を開いた。


(……?)


先生から向けられた視線が気になる。それでも彼が話し始めたため、その疑問はいったん脇へ置いて耳を傾ける。昨日と同じように連絡事項を伝えていた上坂先生だったが、不意に何かを思い出したように目を見開いた。


「そういえば、学級委員だけは決めておかなければいけないんだが、誰か立候補はいるか?」


その問いかけにクラスの面々は視線を逸らす。先生に指名されないようにと足元に視線を落とす。露骨に誰もやりたがらないことは明白だった。


そりゃ、そうだ。今のクラスは白峰さんと夢咲さんを中心に、目に見えない対立構造ができあがっている。そんな空気の中で先頭に立ちたい人間なんているはずがない。だって、面倒事に巻き込まれる未来しか想像できないのだから。


当然のように立候補する者は誰一人として現れない。それに上坂先生は呆れつつ告げる。


「立候補者がいないなら、他薦でも構わんぞ」


その声を聞いて真っ先に反応したのが、白峰さんだった。


「なら、夢咲さんが適任だと思います」


その言葉にクラスメイトの大半が頷いていた。面倒ごとを避けられるのしかり。白峰さんの反感を買わないようにしようという同調圧力も加わっていた。だからだろう、その意見に同意するように声も上がる。


「それいいね。夢咲さん主席だし適任じゃない?」

「それ、いいね」


その声に込められているのは純粋な同意じゃなかった。口元に薄い笑みを浮かべながら告げるその様子からは、昼休みの一件に対する意趣返しの色が透けて見えた。


「なんで、わたしがっ……」


思わず立ち上がった夢咲さんが、クラス全体を見渡す。けれど誰も同情の視線を送ったりしない。誰かが庇ってくれる様子もない。返ってきたのは、関わりたくないと逸らされた視線か、きっと睨むような視線だけだ。


味方になる人がいないと悟ったのだろう。唇を噛み締めると、諦めたように視線を落とした。そんな様子を悲し気に見つめていた千夏が手を上げようと腕を動かそうとして、少し躊躇ってしまう。


周囲の咎める視線を感じて、どこか委縮してしまった。それでもと顔を上げた時にタイミング悪く担任が口を開く。


「それじゃあ、委員長は夢咲でいいな?」


上坂先生が教室全体へ向けて声を響かせた。そうして、クラスを見渡すようにしてまた視線が俺の所で止まる。まるで、試すように、告げるならこのタイミングだろ?とでも試すような形で薄ら笑いを浮かべている。


それに応えるように俺は立ち上がった。


「いえ、委員長は俺の方が適任です!」


と代々的に宣言するのだった。その宣言に担任の上坂先生は少しだけ口元に笑みを浮かべる。まるで、俺が声を上げるのを分かっていたかのように。同時に千夏もまた、どこか安心したように、嬉しそうに口元に笑みを浮かべながら、期待した目線で俺を見つめる。


「それってどういうことかな?」


対する白峰さんは、鋭い視線で俺を睨み付ける。けれど俺は肩の力を抜いたまま自然体で答えた。


「単純な話だよ、これから共に過ごすクラスメイトに興味を全く持てない夢咲さんより、俺の方が適任ってだけ。俺だったら、クラスメイトが自己紹介してくれた内容。全て覚えているし」


言い切ると、白峰さんがふっと笑みを漏らした。まるで、「そんなハッタリが通じると思っているの?」そう言いたげな表情だった。白峰さんはわずかに口角を上げる。


「なら、そうね~。彼のことを説明して」


彼女が指名した男子は、少しおとなしめの子だった。目にかかりそうなほどに伸びた黒髪が特徴の少年だ。


「彼は佐賀良助。趣味は釣りをすることで、よく父と一緒に海釣りをしている。最近はルアーを集めることにはまっていて、3万円するものの購入を検討している」

「……」


白峰さんは言葉を失ったように黙り込む。本当に合っているのか判断がつかないのだろう。やがて確認するように佐賀君へ視線を向けた。視線を受けた佐賀君は目を丸くし、肯定するように小さく頷いた。


「じゃあ……」


彼女はそういって何名か指名するが、それに全て間違いなく答える。すると、クラス中に戸惑いの色が浮かんでいた。本当に全員分覚えているのかという驚きが広がり、ざわめきだす。


これくらいは当然のことなのだが、以前大翔たちにその事を話したら異常だと言われたので、話してみることにした。それが想像以上に効果があって逆に俺の方が驚いている。


そんな俺に対して、悔し気に歯を食いしばる彼女は、まだ試そうとクラスメイトに視線を向ける。だから俺は、そんな彼女へ静かに視線を返す。


『続けてもいいけど、君が指名してるのって目立たない生徒って暗にいっているけどいいの?』


と彼女が指名するだろう相手を先回りして視線で告げる。そして、彼女と仲良い相手にも視線を向けて。首を傾むける。尋ねるように。


「……っ!?」


白峰さんは驚いたように目を見開き、きっと睨み詰めるように視線を鋭くする。これで彼女の口を防げるだろう。けれど、これだけじゃ、もちろん足りないことは分かっている。だから……


「流石だなっ、連!!」


なんて教室に響くほどの大きな声を上げながら、大翔が立ち上がって告げる。まるで自分のことのように嬉しそうな顔で笑っている彼に自然と皆の注目が集まった。その流れを後押しするように有明も口を開く。


「本当にそうですね。中学の頃からそうでしたが、人を率いることに関しては連君以上の適任者はいませんね」


大翔に続き、有明までもが賛同する。クラス内でも注目を集める二人に援護してもらう。念のため目立ってもらっていたのが、ここで活きるとは思わなかった。そんなことを考えていると、大翔がキラキラした目を向けてくる。


(連にはこの状況もお見通しだったのだろ。だから、あの時目立てって言ったんだな!!)


そんな心の声が聞こえてきそうなほど、嬉しそうに笑っている。そんな彼に(んなわけあるか!!)と心の中でツッコむ。


俺があの時考えていたのは、もっと単純なことだ。太陽みたいに明るい大翔という人間をクラスのみんなに知ってほしかったのと。困った時に頼れる人間がいることを示したかっただけだ。


それが想定上に夢咲さんがやらかしたから現状こうなっているんだけどね……


クラスメイトはその援護に戸惑っているようだった。大翔もまた白峰さんと同じように敵に回したくない存在で、それを白峰さん自身も分かっている。既に昨日から野球部に呼ばれるなど何かと注目を集めている。


なにより、あの明るい性格だいずれ先輩からも好かれるとわかっている。だからこそ読めず、みんな反応に困っている。白峰さんに同調するべきか。それとも大翔たちの意見に乗るべきか。そんな風に様子を窺っている。


だから俺が逃げ道を用意する。白峰さんは間違っていないと、謝る。


「……とはいえ、白峰さんがせっかく推薦したのに、自分の意思を通したのは申し訳ないと思っている。それは、ごめん」


頭を下げる俺にクラスの大半のものが安堵するのがわかる。これで現状の彼女を否定したいわけではないと示したようなものだった。同時に俺の方が間違ったことをしているという事も伝えている。


「だから、お詫びに自販機で何かおごるよ。好きなものをね」


できるだけ軽い調子でそう告げる。あくまで彼女の意見を否定する訳ではないと笑って言うのだが、なぜか大翔と有明から横やりが入る。


「それなら学食を奢れー」

「そうですね、詫びるのでしたら、スペシャル定食あたりが妥当ではないでしょうか」

「まて、それ1500円もするんだけど!!」


俺は声高々に告げるが一向に引く気配がない。むしろ楽しそうに笑っている。俺は、少し心配するように白峰さんの方に視線を向けると、ニヤリと笑う。


「そうね……夢咲さんには迷惑をかけられたし、椎名さんを含めた私の友達5名にも奢ってくれるなら、いいかしら」

「なんで俺が夢咲さんの尻拭いを……」

「委員長になるなら、クラスメイトの責任を持つのは当然じゃないの?それとも辞める?」


なんて妥協案。もとい、俺を追い詰めるような選択を突きつけてくる。それに一瞬躊躇いを感じていると、有明と大翔が退路を断って来る。


「どうするんです、連」

「即決するのが男らしいぞー」

「お前らがそれを言うのかよ!!......わかったよ。それで学級委員になれるんなら、いいよ」

「えぇ、それじゃあ、今度学食よろしくね」


少し楽し気に笑う白峰さんとは対照的に俺は肩を落としながら、項垂れるのだった。

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