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第10話 対立

松崎さんに声をかけられてから三人で夢咲さんの方を見る。けれど、彼女は相変わらず参考書に目を落とし、問題を解いている。


周囲を気にしない姿勢もそうだが、よくあれほど集中力が続くなと心の中で感心させられる。


「にしても、やっぱり声を掛けずらい雰囲気があるよね」

「そうですね、やはり勉強をしていると話しかけるをためらいます」


そんな二人の言葉通り、誰も話しかけたりはしない。気になってチラッチラッと見ているものの、声をかけるにまでは至っていない。


結局誰も話しかけることなく、そのまま昼休みに入る。夢咲さんに視線が集まる中、ようやく話しかけられそうなタイミング訪れる。


彼女がカバンを机の上に置き、弁当箱を取り出したのだ。それが良いタイミングだと思ったのだろう。そばにいた椎名さんが声をかける。


「夢咲さんも弁当なんですね、良かったら一緒に食べませんか?」


少しおずおずとした様子で椎名さんが声を掛けた。それは、少し意外だった。自己紹介でもそうだったが、あまり人と視線が合わないように俯きながら話していた子だった。


だからこそ、今も、少し緊張があるのか困り顔で尋ねているのがわかる。そんな彼女の緊張が俺にも伝わってきて、思わず唾を飲み込んだ。


そんな椎名さんの方を夢咲さんはチラリと視線をやり相手を確認すると、「はぁ〜」とため息を吐いた。


(……彼女が何かしたのだろうか?)


なんて思うが、そうは思えなかった。普通に勇気を出して声を掛けているようにしか見えない。松崎さんも同じように感じているのか、首を傾げながら見つめていた。


夢咲さんはもう一度視線を上げると、呆れたような顔で目を細め、若干睨みつけたように見える視線で告げる。


「私に話しかけないで」


入学式で聞いたような、堂々とした明るい声ではない。気だるげに、低く声で告げた。彼女はもう一度ため息を吐き、弁当箱に視線を移すと、もうこれで話は終わりとばかりに弁当を開け始める。


それを聞いた椎名さんの瞳には涙が少し浮かんでいた。ひっく。という声を押し殺しながら、それでも周囲に迷惑をかけないよう、笑顔を作ろうとするが、それでも堪え切れずに下を俯いてそこにしゃがみ込む。


(流石に今のはやり過ぎだな)


そう思い声をかけようと立ち上がったところで、ふと彼女の瞳が揺れているのが見えた。摑んでいる弁当箱の袋を強くぎゅっと握り締めて、椎名さんに視線をやる。それでも、何かを振り払うように弁当箱に視線を戻した。


まるで先程の行動を後悔しつつも、甘さを捨てるように、耐えているようにも感じて、思わず立ち止まってしまった。


その間に一人の生徒が声をかける。金色に輝く髪を靡かせ、堂々と胸を張った立ち振る舞いで夢咲さんの前に立つ。


「中学の頃から何も変わらないんだね、夢咲さん?」

「あなた誰?」

「白峰 千聖。中学で3年間ずっと一緒だったけど覚えてないんだね」


夢咲さんが睨みつけるようにスッと目を細めるが、白峰さんは気にもしない。ため息を吐きつつ、


「それで用は何?」

「用は何って、本気でいってんの?」


白峰さんは苛立ったように、つま先を教室に響くくらい叩きつけながら、さらに目線を鋭くする。


彼女の動向を皆気にしていたせいか、その音は静まっている教室によく響いた。


「椎名さんがせっかく声を掛けてくれたのに、さっきの返しはないんじゃないかな?」

「要件はそれだけ、ならあなたにもいう。私に関わらないで」

「うん。そうしたいから、謝ってくれるかな。椎名さんに」


鋭い視線を向ける彼女の視線から引かないことを察したのだろう。彼女はため息を吐いて、椎名さんの方を見つめる。


「ごめ・・・」

「普通立って謝るよね?そんなこともお母さんから教わらなかったの?」


その言葉に対して、夢咲さん初めて強く感情を露わにする。白峰さんを睨みつけるように鋭い視線を向けると勢いよく立ち上がる。


そして、しゃがみ込むだ椎名さんが少し見上げる顔を確認して少し頭を下げる。


「ごめんなさい。椎名さん」


それに愉悦気味に口端を釣り上げて白峰さんは、笑った。


「今回はこれで勘弁してあげる。さっ、行こう椎名さん」


夢咲さんに向けるような低い冷たい声ではない。柔らかく明るい声に、椎名さんが顔を上げる。その先には、両膝を床に付けて、彼女と同じ目線で寄り添うように微笑む白峰さんの姿があった。


さながら、天使が人に手を差し伸べる姿に、思わず椎名さんがその手を取る。更に笑みを深めた白峰さんが、彼女の手を引いて立ち上がるのを助けた。その姿にクラスの男子は骨抜きにされたようにボーっと見つめる。


「あっ・・・ありがとうございます」


椎名さんもまた、白峰さんに見惚れるように、ぼっーっと彼女の顔を見つめたまま、彼女の手を握っていた。


「ふふっ・・・どういたしまして」


朗らかに笑う彼女に教室にいたほとんどの人が見惚れている。松崎さんですらも、「あはは、あれは惚れちゃうよね」なんて、少し悲しげな顔をしながら告げる。


俺自身も少しだけ、途方に暮れていた。だってクラスの大半はもう夢咲さんのことを気にかけていないから。むしろ、敵意を向ける視線の方が強くなっていた。男子の大半も呆れを通り越して失望に近く、女子は明確に敵だと認識する。


なまじ冷静な判断を皆が出来るからだろう。男子も決して誰にも靡かない夢咲さんよりも、学年で間違いなく二番目に可愛い白峰さんに惹かれていた。今の光景を見て、俺たち以外誰もが白峰さんを支持している。


先ほど見せた、酷く怒りを露わにした視線よりも、あの天使のような微笑みを自分に向けて欲しいから。


それを悟った俺たちは、ただその光景を傍観することしかできなかった。

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