第9話 恋愛事情−②
まずはジードに会話を聞かれないように離れる必要がある。精一杯の笑顔を作って猫なで声で話しかける。
「アグリーちゃん、あたし次は観覧車乗りたいな。一緒に乗ろうよ」
「え、でも今はちょっと、、、」
「大丈夫だって。ゆっくりできるし、ゴンドラの窓開ければ涼しいだろうしー」
「うーん、、、」
「それに友達もそこでプレゼント渡したら喜ぶと思うんだよね」
とにかく今は二人きりになれる状況が欲しい。さっきと全く逆のことをしているが、もうなりふり構わず駄々をこねる。
「ねっ、お願いお願いお願い〜!」
「まあ、そんなに言うなら、、、でもジードは」
そんな時、折良くジードの携帯に電話がかかってきた。彼がスマホを取り出し、その場を離れる。
(よし、今なら、、、)
「アグリーちゃん今のうち、ほら行こっ」
「ああ、うん」
手を引いて観覧車乗り場へ行く。まだ昼前なのもあって他の客はほとんどおらず、すんなり乗れた。
隣ではなく対面して座る。観覧車が動き出してすぐにアグリーは窓を開けた。
「そういえばその友達って、、、」
「アグリーちゃん、あたしジードさんのこと好きなの」
アグリーは目を見開く。予想外のカミングアウトで話の腰を折られたからか、それとも気づきもしなかったからなのか。もし後者だとしたら一段と悪意が増す。
何を話しかけたのかは知らないが、そんな事より大事な話があるのだこっちは。
「二人が付き合ってんのは分かってるけどさー、でもマジで諦めらんないの。それにジードさんもあたしのこと好きになるかもじゃん?」
そうだ。自分の方が年も近いし、彼の事を楽しませてあげられる。それに何より彼は身を挺して自分を助けてくれた。ミアに好意があったからに違いない。
彼にふさわしいのは自分だ。
「だからあたしに気使ってくんない?」
仮にも恋人ならそう簡単に了承してもらえるとは思わないが、自分のような上位の人間が言えば大抵の人は言いなりだ。ちょっと威圧的に物を言えば、この女も迎合するだろう。
アグリーは数秒黙っていたが、やがて口を開いた。
「ミアさん、、、」
「何よ」
「ジードとあたし、兄妹なんだけど」
「、、、、、、は?」
(、、、今なんて言った?)
「きょうだい、、、え、いや、はっ!?それは嘘っしょ!」
思わず素っ頓狂な声が出た。座席から腰を浮かせた拍子にゴンドラが揺れる。
だが嘘でないとありえない。もし兄妹だとしたら絶対におかしい事がある。
「だって、、、ジードさん外国人じゃん!アンタはバールゲルト人でしょ」
どこかは分からないが、あの容姿はどう見たって異国の出身だ。少なくともアグリーは間違いなくバールゲルト人、ならば兄妹なんて話は成立しない。
「うん、まあ血は繋がってないんだけどね。でも兄妹なの」
こういった反応に慣れたようにさらっと肯定する。そのあまりにも公然とした態度にこちらも段々冷静になってくる。
「、、、マジで?」
「マジ」
「じゃあ彼女じゃないってこと?」
「全然」
「でも兄妹にしては距離近くね?そういうもんなの?」
「あいつちょっと過保護なのよ」
アグリーが呆れたように肩をすくめる。ジードの性格を分かりきっている。しかしそれは恋人だからではなく、兄と妹だから。
「、、、なにそれ、、、じゃあこんな事しなくても良かったじゃん、、、」
一気に肩の荷が下りた気がして、浮かせていた腰を下ろす。アグリーも調子が戻ってきたようだ。
「ミアさん、やっぱりジードが好きだったのね」
「え、分かってた感じ?」
「そういう子多いのよ、あいつモテるから。でも全然相手にしないから恋人はいないわ」
「あー、まあそりゃそっか、カッコいいもんね。じゃあやっぱあたしにもワンチャンあるかな」
「それは分かんないわ。ていうかジード狙いだったなら依頼は関係なかったってこと?」
「あ、うん。ごめんごめん、ジードさんがいるって聞いてテキトーに考えただけ。そんな予定ないから」
今の発言に片眉を上げるアグリー。狂言に腹を立てたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「誰から聞いたの?」
「え、学校の友達。同クラなんだけど、なんか留学とかボランティアでほとんど学校にいないんだよね」
「、、、」
「で、最近帰って来てさ。あいつ世界中飛び回ってるらしくて、面白い話目当てで皆集まるんだよね。あたしもだけど。で、あたしがジードさんに会った事話してたら、便利屋の人じゃねって教えてくれたの」
性格にはメモ書きでだが、あの後詳しく話を聞きに行って依頼を考えるのにも協力してもらった。
「もしかしてあいつもアンタ達に依頼した事あるんじゃね?それで知ったとか」
「どんな感じの人?」
「えー、、、人当たり良いし、勉強できるし、まあよくいる優等生系男子って感じ。あと金持ちっぽい。ケッコー人気者だよ」
「金持ち、、、」
今ひとつ腑に落ちないようだが、ちょうど観覧車が一周して停止したから話は終わった。ゴンドラから降りると外ではジードが待っていた。
こっそりアグリーに耳打ちする。
「んじゃ、あたし午後からはジードさんにめちゃくちゃアタックするから。フォローしてね」
「え、ほんとに落とそうとしてる?」
「あったりまえじゃん!絶対付き合ってみせるから」
「はあ、、、じゃあ頑張って。あ、でもその前に」
アグリーが小走りでジードのもとへ寄る。
「電話誰からだった?仕事?」
「いや、スカムからだ。遊園地に来てる事話したら土産買ってこいとか何とか言ってた」
「あいつまたイタ電して、、、他にやる事ないわけ」
どうやら仕事仲間の話のようだ。それなら問題ない。今のうちに少し離れたところで午後からの計画を練る。
まずはフードコートで昼食、その後はアトラクションだ。やはり王道のジェットコースターは乗りたい。あとはお化け屋敷と、メリーゴーランドにも興味がある。なんとか閉園時間までに気になる場所を制覇したい。その中でジードとの距離を縮めるにはどうすればいいだろうか。
ミアがマップを見ながら計画を吟味していると、突然背後から腕を引かれた。
「きゃっ、、、!」
いきなりの事で思わずマップを取り落とした。そのまま建物の裏に連れ込まれる。ジードもアグリーもこちらには気づいていない。
「ちょっと何、、、」
思い切り腕を振るうと、拳が誰かの顔に当たった。振り返ると、そこにいたのは見覚えのある男だった。
「アンタは、、、」
全身真っ黒な服に帽子、荒れた肌に不細工な顔面。
服装は違ったが、その顔は間違いなくあのストーカーだ。
「なんでここに、、、?」
「、、、」
「どういうつもりよ、通報するって言ったの聞いてなかったの!?」
「、、、なんで、、、」
男はブツブツと何かを言っている。その目は血走り、息が荒い。
「ちょっと、聞いてんの?」
「なんで、俺が、俺のほうが好きなのに、、、あの男を、、、、、、」
聞き取れた部分だけでも言っていることが支離滅裂だ。こちらの話を全く聞いていない。
それだけじゃない。彼は自分を道路に突き飛ばして殺そうとしたのだ。こんな人目のない場所では何をされるか分からない。
(ヤバい、これマジで逃げなきゃ、、、)
すぐにストーカーに背を向けて走り出すが、一歩遅かった。
男の両手が伸びてきてミアの首を鷲掴みにする。そのまま力を込めて締め上げられる。
「うぐっ、、、」
「どうして、俺がいるのに、、、裏切り者、、、っ!」
「ひっ、、、」
呼吸が出来ない。視界いっぱいに男の怒りに歪んだ顔が広がる。とても醜く、恐ろしい。しかしそれすら目が霞んで見えなくなってくる。
(嫌っ、怖い、怖い、、、)
力の限り暴れるが、男に馬乗りになられて手足を抑え込まれる。首を絞める力が一層強くなる。
「死ね、死ね、尻軽女が」
頭がぼやけて何も考えられない。
遠くでたくさんの足音が聞こえる。アグリーのような声も聞こえる。
しかし、ミアの意識はそこで途絶えた。
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事件から数時間後、騒動もようやく収まってきた。
ジードと二人で話していたら、いつのまにかミアがいなくなっていた。トイレにでも行ったのかと思ったが、さっきまで彼女が持っていたマップが落ちていた。何かあったのかと手分けして周辺を探すと、屋台の裏で知らない男に首を絞められているミアを発見した。近くにいたスタッフを呼び急いで止めに入ったが、ミアはそのまま気絶してしまった。
男は逃走しようとしたところをスタッフに押さえつけられ、警備室に連れて行かれた。警察に通報し、警官が到着するまで警備員から事情聴取を受けていた。一応ミアの関係者という事でジードとアグリーも立ち会った。
男は椅子にだらんと腰掛け憔悴していたかと思えば、突然泣き出した。
「だっでぇ、ミアは俺のことが好ぎなのにっ、他の男に色目使って、、、」
男は典型的なストーカーで、ミアに少し親切にされただけで彼女は自分の事が好きなのだと勘違いしていた。しかし先日彼女からこっぴどく拒絶されたことで愛情が憎悪に変わった。ミアを車道に突き飛ばしたのはやはり殺そうとしたからだった。だがジードに妨害されてますます憎しみを覚えた。
「彼女の居場所を知っていたのは今日も付き纏っていたからか」
警備員が詰問するが、男はしゃくりあげながら首を振る。
「ちっ、違いますぅ、、、教えてもらったんです、、、彼女の友達から」
「何?」
これにはアグリーも反応した。
「ミアの彼氏のフリして居場所を聞いたら、今日は遊園地に行ったって言ってたから、ここしか無いと思って、、、でも、そいつがミアに好きな人が出来たらしいとか言ってたから、確かめたら本当で、許せなくなって、、、」
そこからはただひたすらに自分がミアをどのくらい好きだったのかとか、自分がどれだけ悲しかったのかとかをくどくどと話し始めた。警備員もまともに話を聞く気にはならず、警察にさっさと身柄を引き渡した。
とっくに閉園時間を過ぎてはいたが、野次馬がまだ数人入場ゲートにたむろしていた。警察は彼らに帰るように促し、ジードとアグリーも流れに乗じてその場をあとにした。
帰路につきながら、アグリーはミアとストーカーの言っていた”友達”について考えていた。
ミアに我々と遊園地に行くように提案したのはその友達だ。そしてストーカーを遊園地に行くように仕向けたのもおそらくその人。ミアがジードを好きな事や、遊園地に行く事を知っていたのだから。
ミアやストーカーと同じ学校の男子学生。学校にはあまり来ず、なのに周りからの人気はある。同じクラスのミアはともかく面識のないストーカーまで信頼させ、結果的には双方に破滅の道を選ばせた。
一体何者なのだろう。何の為にそんな事をするのだろう。
そして何故、自分たちの事を知っていたのか。
そういえば、何故か自分達を知っていた人物はまだいる。不良クロドア・アークに便利屋を頼るように助言をした謎の存在。その”友達”と同一人物かは分からないが、いずれにしてもそんな人物には心当たりが無い。
行動が謎めいている。まるで我々を引き合いに出して客を誘導しているかのようだ。
しかし考えてもわからない事だ。情報も少ない。せいぜい一見の客を警戒する事くらいしか出来ないだろう。
一旦その件は忘れ、ミアが運ばれた病院にいつ行こうか考えた。
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数日後の夕方、ジードとアグリーはミアの見舞いに行った。
ミアの容態はかなり悪かった。首を絞められ酸欠になっただけで、病院に運ばれてすぐに意識を取り戻した。目立った怪我も後遺症もなく体に問題はなかったが、心は重症だった。
あの一件以来、男性を拒絶してしまうようになった。男性を見るとすぐに精神不安定になる為まともに生活できず、今も入院している。あんなに好きだったジードにもビクビクと怯え、会話もままならなかった。
正直ミアがいくらアタックしたところでジードと付き合える未来なんてありはしないと思っていた。ジードがミアの好意に気づいてすらいなければ、彼女に何の興味も示していないのも見ていて明白だったからだ。けれど本人が努力するつもりならわざわざ止める理由が無かっただけだ。
結局面会時間を使い切る事もなく、帰る事を余儀なくされた。これでは依頼料を受け取る事もできない。そもそも依頼はでっち上げだったのだから請求しても良いのか分からなかったが、今回はやめておこう。
家に戻るとスカムがまたカレー作りにチャレンジしていた。前回の失敗を根に持っているというよりは、二人のリアクションが面白かったからまた見ようという腹だろう。ジードは優しい方の兄だが、もう一人の義理の兄は性格が悪い。とてつもなく悪い。
「あ、おかえりー。どうだった?」
依頼のあった日、スカムは自分だけハブられた事に不満を言っていたが、土産も無いと知って更に機嫌を悪くしていた。そんなものを買う暇が無かったと説明し、一日の出来事を話した。
「駄目だったわ。不憫だけどもう学校にも行けないでしょうね」
「へー。まあ学校行ってもストーカーいるしね」
「捕まったんじゃないのか」
「釈放されたらしいわ。暴行罪の罰金払えたのね」
あの男は実家が太かった。もしあのままミアを殺していたとしても、おそらく罰金解放制度を利用して無実になるつもりだったのだろう。むしろそこまで組み込んでミアを襲撃したのか。
「そういうパターンって少なくないんだよねぇ。あの制度って、つまるところ金さえ払えば人を殺しても良いってことだし。ちょっと考えればいくらでも穴が突ける」
「実行する奴もする奴だけどな」
ストーカーは無罪になったとはいえ、同じ学校の生徒を襲い逮捕された。しかもそれが人気者のミアともなれば、その醜聞は瞬く間に学校中に広まるだろう。ストーカーにこの先どんな生活が待っているのかはどうでもいいところだが、そこにミアを心から心配する人はいるのだろうか。例の友達はどうだろうか。
この制度における利害は表裏一体だ。弊害を併せ飲む器が無いから、恩恵をすぐに取りこぼす。
スカムの二回目のカレーは前回より味がしない気がした。だがそれはきっと彼の腕に問題があるからではなかったのだろう。




