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HANDED  作者: アサド
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第10話 ヴァンブレイス一族−①

地下、窓もなく、深夜という事を抜きにしても外界の光は入ってこない。天井から吊り下がった電球に照らされ、二人の影が浮かび上がる。咥えた葉巻の先端で燻る火。コンクリートの床に転がる灰皿の男。

剥き出しの鉄筋。錆びた血の匂い。誰かの泣き声。


許しを請う男の腹に革靴をめり込ませる。吐瀉物にまみれた顔面が歪む。その汚らわしい顔に煙をたっぷりと吹きかける。


「これが最後だ」


必死に頷く男。もはや彼に刺す光はどこにも無い。昨日も、今日も、そしてこれからも。


「例のものはどこにある?」



_______



バールゲルト中心区、富裕層の邸宅が数多く存在し、誰かの所有地で足の踏み場もない高級住宅街。一般人は足を踏み入れることさえ躊躇する。選ばれた者だけが生きる事を許された空間だ。


そんな場所のとある屋敷の前に、一台のミニバンが停まった。しばらく待つと豪勢なつくりの門が勝手に開き、車を迎え入れる。そのまま整備された道沿いに庭を進むと、高い木々に囲まれた噴水やだだっ広いプールが見えてくる。

その先にある百台は余裕で入りそうな広大なガレージに駐車すると、その車から三人の男と一人の少女が降りてきた。四人は手慣れた様子で屋敷の玄関へと向かい、ドアベルを鳴らす。


すぐに中から使用人が出てきた。妙齢のメイドは客の姿を一瞥すると、深々と頭を下げる。


「お待ちしておりました。ヴァンブレイス様御一行ですね」

「こんばんは。お招き頂き光栄です」


にこやかに挨拶をする年長の男は、アッシュ・ヴァンブレイス。

ゆるくパーマのかかった茶髪に凛々しい顔立ち、品のいいスーツ。一見すると爽やかな好人物だが、彼は若年にしてバールゲルトでも五本の指に入る資産家だ。政財界でその名を知らない者は存在しない程強い影響力を持っている。


今夜のパーティーのゲストとして招かれたのは製薬会社や貿易会社の社長、その手の業界の重鎮や幹部など、彼のような社会的地位の高い人間ばかりだ。


「では、会場へご案内します」


メイドに先導され四人は屋敷の長い廊下を進む。

廊下の端々にきらびやかな調度品が置かれているが、その数の多さにここの主人の趣味が現れている。よく見れば天井や窓枠にも誇示するようにふんだんに金があしらわれている。自分達の屋敷はこんな無駄な装飾は無く、極めて実用性の高い設計だというのに。


五分ほど歩き、廊下の突き当たりにある部屋の前でようやくメイドは止まった。


「こちらです。どうぞお楽しみくださいませ」


観音開きのドアを開け、四人を促す。

中は大広間になっており、抜けるように高い天井には豪奢なシャンデリアが一つだけ。しかし部屋全体を照らすには十分すぎる光量だ。部屋中に巨大な円卓が配置され、そのどれもに酒や料理が所狭しと載せられている。既にゲストのほとんどが到着しており、おのおの談笑や食事を楽しんでいた。


「よく来てくれた、歓迎するよヴァンブレイス殿」


一人の男がヴァンブレイス一行に気がつき、雑踏の中からこちらへ向かってくる。赤いスーツに厳しい顔立ちをした壮年だ。多くの取り巻きを引き連れている。


「こんばんはダグデット氏。お招きありがとうございます」


ガブリエル・ダグデット。この夜会の主催者であり、バールゲルトの金融業界を牛耳るやり手の実業家だ。ヴァンブレイスと職務上の直接の関わりは無いが、何度か社交界で目にした事がある。


「子息たちも息災のようだな。何よりだ」


部下に葉巻に火を着けさせながら、アッシュの後ろに控える子供達を見回す。三人は形だけは会釈する。その礼を欠かない態度に気を良くしたらしい男は更に饒舌になる。


「立派に育ったことだ。君の教育が行き届いているようだな。これなら君の事業も引き継ぐのにも申し分ないかな?」

「さあ、どうでしょうね」


軽く受け流す。ダグデットは煙を吸いながらアッシュを見定めるように眺めていたが、やがて煙を吐き出して薄く笑った。


「まあ今夜は堅苦しいのは抜きで、料理も酒も好きなだけ楽しんでくれ。それではまた」


そのままジャケットの裾を翻して去っていった。

ダグデットの姿が見えなくなると、アッシュは三人の子供、ジード、アグリー、スカムに向き直った。


「さて、じゃあ僕は時間まで他のゲストに挨拶をしてくるけど、君達はどうする?」

「テキトーにブラブラしとくよ。てかさっきの人誰?」


スカムが聞き返す。濃紺のベストを着用し、今日はいつものニット帽のかわりにハットを被っている。


「知らないかい?彼、金融業で有名だと思うんだけど。まあ僕も直接会うのは初めてかな」

「なんで俺達のこと知ってたの?」

「僕の活動って何かと噂になってるみたいでね。どうしてかな」


それはアッシュがこの国の金持ちには珍しい慈善活動家だからだろうが、本人に自覚がない以上誰も指摘しなかった。


「ていうかここにいる人達、用心棒とか連れてないの?さっきの人に控えてたのも部下って感じだったし」


アグリーが疑問を口にする。黒地のパーティードレスに金色の首飾りを下げ、そしていつもの十字架の髪飾りをつけている。おそらくこの会場で最年少だろうが、全く浮いていない佇まいだ。


「同業が主催の会にボディーガードなんて連れてたらお互い警戒してると思われるだろ。入れてせいぜい門の前だ」


ジードが代わりに答える。前髪を上げたへスタイルで三つ揃いの青いスーツを着ている。


アッシュほどの富者が護衛を連れない訳にはいかない。当然今回の夜会にもボディーガードが同伴してはいるが、全員外で周囲の警備に当たっている。


「そうだね。何かあったら連絡がいくようにはなっているけど、基本は待機だよ。それじゃあ楽しんで」


そう言ってアッシュが人混みに交ざっていくと、早速ゲストに取り囲まれている。ヴァンブレイスに取り入りたい人間は山程いる。その全てに応対しなければならないのだから、彼にパーティーを楽しむ余裕はないだろう。


「適当にあしらえばいいのに。なんでいちいち受け答えするのかしら」

「話しかけられたから返してるだけだよ。実際に付き合いのある人なんてあの中に数十人もいないし」


ゲストを見回すと、テレビ出演しているような人物も多くいた。スカムが目ざとく気づく。


「あ、あの人流通会社の社長じゃん。ロゴが本人の顔イメージで作られたやつ」

「そんなところあったか?見た事ないな」

「うち通販しないもんね。兄さんが嫌がるから」

「まあ直接買いに行けば良いだけだしね」


雑談しながらあまり人の集まっていないテーブルへ移動する。なるべく知らない人との付き合いは避けたい。


「うーわ、酒の量エグ」


タワーが出来そうな数のグラスと、重量のありそうなワインがボトルごと置かれている。めったに見られない年代物の高級酒だ。これで無料なら客は喜んで飲むだろう。スカムが意気揚々と酒を注ぐ。


「ジード君はやめときなよ。これほんとシャレになんねー度数だから」

「車で来てるのに飲むわけないだろ」

「俺は飲むけどね」


そのままスカムはグラスに手を付ける。

ちなみにこの国では十七歳から飲酒と運転免許の取得が可能だ。アッシュは運転が得意ではないのでここまで来るのにジードが車を運転していた。


「慣れないものなんて食べない方が良いわよ。子供が来る事なんて想定してないでしょ」

「それはお前だけだよ。俺達は大人として歓迎されてるし。大人しくジード君とジュースで乾杯してなよ」

「そんなのないわよ」


ノンアルコールの飲み物もあるようだが、それでもアグリーはやめておく。正直何が入っているか分からない。他の人がつまんだ形跡のある晩餐なら食べる気になれた。こんな場所で毒殺事件なんてそうそう起きないだろうが、念には念を入れて先程他の客が食べていたローストビーフを手に取る。

グラスの酒を一気に飲み干したスカムが聞いてくる。


「で、どうなの料理は」

「、、、普通」


決して不味くはないし大人なら舌鼓を打つのだろうが、味付けがアグリーの子供舌には合わない。体裁だけ整えてもとことん場違いだ。主催者も何となく気に食わない。来て一時間も経っていないがもう帰りたい。


(アレさえなきゃ来なくて良かったのに、、、)



________



「パーティー?」


その話を知ったのは、アッシュが珍しく家にいる時だった。普段は仕事で出張することが多く、ビジネスホテルや別宅で過ごす事の多い彼だが、一段落ついた時はこうして帰って来る。その頻度は数カ月に一度あるかないかで、もはやこの本宅は三人の家になっている。


「ああ、有名な実業家の方から招待されてね。君たちも是非にと」


アッシュは夕食のハンバーグをつつきながら詳細を話す。

それは社交パーティーのようなもので、他にも数多くの著名人が呼ばれているらしい。


「その主催者とは親交はあんの?」

「うーん、ほとんどないかな。直近で関わったのは一ヶ月くらい前だよ」

「うぇ〜、なんか魂胆ありそーじゃない?」


スカムが不安になるような事を言うが、それについてはジードもアグリーも同意見だ。

ヴァンブレイスの財産や名声を狙う胡散臭い連中を今まで何人も見てきた。それに罰金解放制度への対策として我々をパトロンにしようと画策する奴らも多い。当然ヴァンブレイスの筆頭であるアッシュもそれは承知している。


「皆の懸念も分かるけどね、ただ呼ばれたから行くわけじゃないよ。こちらにも目的はある」

「何ですか」


ジードが尋ねる。彼は子息の中で唯一アッシュに敬語を使う。

アッシュは食器を置くと、神妙な様子で話し出した。


「少し複雑なんだけどね、このパーティーでとある取引をする事になっているんだ」

「取引?商談ってこと?」

「いや、情報の取引さ。極めて重大なね」


まだピンときていない様子の三人に、アッシュはにこりと屈託のない笑みを向ける。


「依頼だよ。君達には、その受け渡しに協力して欲しい」


便利屋はアッシュが生業とする慈善活動の一環で、基本的に客は彼に斡旋された人ばかりだ。しかしたまにこうして彼本人が”お願い”する事もある。

他人を信用したがらない三人も、アッシュからの依頼には素直に従う。

それは、彼こそが便利屋・HANDEDの雇い主であり、彼らの父親に他ならないからだ。



_________



『ダグデットも主流に乗ってきたな』

『今までこの界隈を統括していた者達を退けるとは、、、』

『裏で何をしているのか分かったものではないがな、、、』


会場に仕掛けた無数の盗聴器から客の会話が聞こえてくる。我が社に対する侮蔑と訝しみ。


『ヴァンブレイス殿、ぜひうちの事業をご贔屓に、、、』

『そうですね、機会があれば、、、』

『おい、ヴァンブレイスの子息たちを見たか?なんと見目麗しい、、、』

『あれらが世継ぎとなるのか、、、』


今回のスペシャルゲスト、ヴァンブレイスに纏わりつく客の媚びた声、称賛の声、嫉みの声。


『あ、あの人流通会社の社長じゃん。ロゴが本人の顔イメージで作られたやつ』

『そんなところあったか?見た事ないな』

『うち通販しないもんね。兄さんが嫌がるから』

『まあ直接買いに行けば良いだけだしね』


そしてヴァンブレイスの倅の声。盗聴されているとも知らずにゲストの品評か。


「クソガキどもが、、、っ」


怒りに任せ葉巻を部下の手に押し付ける。部下が体を痙攣させ、うめき声を必死に堪えている。前に悲鳴を上げた部下の一人は両手の指が全て無くなったと聞く。手のひらに唾が吐き捨てられても拭うことは許されない。


「良い気になりおって、若造が」


監視カメラに映るアッシュを憎々しげに睨みつける。

忌々しきヴァンブレイス一族。彼らのせいで自分は今辛酸を舐める羽目になっているというのに。


「監視を続けろ。そしてヴァンブレイスをはじめ、他の客を外に出すな」

「はい」


タダでこのパーティーから帰してやるつもりは無い。我々に喧嘩を売ったからには、ヴァンブレイスの名を廃れるところまで廃れさせる。


(目にものを見せてやる)


部下に指令を残し、ダグデットは部屋を出ていった。


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