第11話 ヴァンブレイス一族−②
ヴァンブレイス一行がパーティー会場に到着してから一時間半が経とうとしていた。他のゲストは酒ですっかり泥酔し、社交パーティーだというのにここはもはや各々の愚痴やら自慢話やらが飛び交う会場だ。
「アッシュさん、戻って来ないな」
ジードがぼやく。軽く周囲を探したが、いつのまにかアッシュは会場からいなくなっていた。
「これって俺達だけで進めていいんだっけ」
何杯目か分からないグラスを弄びながらスカムが確認する。これから仕事ではあるが、スカムなりにセーブしていたのか全く酔った素振りはない。
「ああ、今のところはな」
この後の予定はアッシュの指示を仰いでも良かったのだが、内容が内容なだけに彼は現場に同席しない方が良いのかもしれない。彼も有事の際は便利屋三人だけで行動するように言っていた。
「じゃあもう始めちゃおーよ。アグリー、連絡しといて」
「うん」
アグリーがスマホを取り出しメッセージを書き出す。
ここからが本番だ。ここへ来た目的、それはアッシュからの依頼である取引を成立させることだ。
その取引材料は今はこちらの手中にある。パーティーの合間にそれを第三者へと譲渡する。それで依頼達成だ。
「上手くいけば良いけどね。そう一筋縄でいくかな」
「分からないな。向こうも対策くらいしてるはずだ」
そう簡単に事が運ぶはずがない。こちらの事前に用意した策がどこまで通用するだろうか。
「失敗したらどうなんのかな」
「死ぬだろ」
「誰が?俺らが?」
ジードは割と本気で言ったつもりだったが、スカムは冗談交じりに笑い返す。だが失敗すれば命の危険があるのはスカムも分かっている。
その時アグリーがスマホの画面を見せてきた。二人がそのメッセージを確認し終えると、メールを送信する。
「俺は死ぬつもり無いよ、あと三十年は生きよっかな」
「短いだろそれ」
「知ってる?イケメンって寿命長いらしいよ」
「じゃあアンタはジードより生きられないわね」
文章を打ちながらアグリーがさらっと馬鹿にする。しかしスカムは周知の事実を言われた程度では傷つかない。
「まあお前ら若いし長生き出来そうだわ。まだお迎えは先かぁ」
「そんなに変わらない。兄貴とも二つか三つくらいしか離れてなかっただろ」
「お兄ちゃんほど早死にするもんなんだよ。第一相続人だからさ。ああ怖い怖い」
わざとらしく身震いをしてみせるスカムにアグリーが一瞬鋭い視線を送ったが、すぐに気を取り直す。
「返事きた。いつでも良いって」
「んじゃ、行こっか」
雑談を止めて三人は大広間を出ていった。
_________
「判明しました」
ヴァンブレイスの会話を盗聴していたダグデットの部下が報告する。
「長男は帽子の方です。銀髪は次男かと」
「間違いないな?」
ダグデットが念を押す。
「はいっ、子息二人の会話から推測できます」
背筋を伸ばしはっきり答える。もし誤報であろうものならヴァンブレイス共々自分の明日の命はない。
しかし、部下の顔面には重い拳が叩き込まれた。
鼻を押さえてうずくまる部下の髪を引っ掴み上を向かせる。
「間違いないかと聞いたんだ。俺に憶測を報告するな。確定したことだけを話せ、無能が」
「も、申し訳、ありません!間違いなく、長男は帽子の男です!」
鼻血を垂らしながら謝罪する部下に舌打ちをし、頭を乱暴に床へ打ち捨てる。
控えていた部下全員が襟を正し、余計な動きを一切しない。そんな彼らにダグデットは指示を出す。
「決行の時だ。長男をはじめ、ヴァンブレイスを生きてここから出すな」
監視カメラの映像から割り出した今現在の子息たちの居場所を確認する。帽子の男、銀髪の男、黒髪に赤毛の少女。それぞれ三手に分かれ廊下を歩いている。まとめて捕まえるつもりが、少々労を執る羽目になりそうだ。
「長男を生け捕りにし、俺の前へ連れてこい。いいか、これは俺の命令だ。背いた者は殺す」
その言葉を聞いた瞬間、数人の部下が我先にと部屋を駆け出ていく。これなら数十分でターゲットを捕縛できそうだ。
しかし、自分は己の力のみで財を成した強者。そう簡単に人も物事も信じたりはしない。
盗聴に回っていた部下の一人に命じる。
「銀髪も捕まえろ。奴が長男の可能性もある」
「はいっ」
万全を期して、ヴァンブレイスを終わらせる。若輩者などに屈する訳にはいかない。政財界を手にするのはこのダグデットだ。
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事の始まりは一ヶ月前、ダグデットと業界で覇を競っていた金融会社が倒産した。
市場に先行して富を稼いだ成金のダグデットとは異なり、伝統ある事業展開と豊富な資金で成り立っていた老舗の会社だった。顧客率は相手の方が若干高く長年目の上のたんこぶではあったのだが、何とかやりくりはしてきた。しかしダグデットの利益率が下がりつつあることは明白だった。
由々しき事態だった。ただ表向きの事業の客を持っていかれるだけならまだしも、稼ぎが減るとなれば裏向きの仕事にも影響が出る。ダグデットはただの金融企業ではなく、違法献金や過剰な取り立てなど、汚いやり口で暴利を貪る悪徳業者でもあったからだ。そこでの稼ぎはバックについている組織にも回る。納入が止まれば報復は避けられない。
社長のガブリエルはライバルを排除することに決めた。
そこから先は順調だった。数週間後、ライバル企業は不祥事の隠蔽が発覚し、顧客からの信用を一斉に失った。経営陣には身に覚えのない話だっただろう。少し裏との関係があれば、いくらでも捏造できた。その隙にダグデットは事業を拡大し、新規顧客も増やした。組織への金回りも元に戻した。全てが上手くいっていた。
だがそこで問題が起こった。
ダグデットの会社に保管してあった機密ファイルが盗難にあったのだ。セキュリティ装置が破壊され、金庫からUSBが無くなっていた。
ガブリエルは狼狽した。ファイルには今までの不当行為の数々も記録されている。警察は無論、世間に流出してしまえば一巻の終わりだ。
しかし慌てずとも犯人が誰かなんて決まっている。すぐにファイルの奪取に向けて動き出した。
社内と周辺の監視カメラを確認したところ、侵入者の正体は案の定ライバル会社の社長だった。倒産の原因が自分達だと分かったのだろう。
その報復としてこちらの不祥事も暴露してやろうという腹積もりだろうが、そうはいくか。部下を総動員して流出の阻止に当たらせた。
居場所を突き止め夜襲をかけ、社長を屋敷の地下に監禁した。そして拷問を加えた。
堪え性のない男だった。骨を粉々にされた程度ですぐにペラペラとファイルの在り処を白状した。
自白によれば、ファイルはとある男に預けたという。その男の名はアッシュ・ヴァンブレイス。
その名前には聞き覚えがあった。若手の実業家として政財界に名を馳せている人物だ。社長とは何度か親交があったようだ。
何故彼に譲渡したのかと聞けば、彼は慈善事業家として便利屋を経営しており、その便利屋に依頼してファイルを流出させるつもりだった、と答えた。アッシュほどの地位のある人間からの情報なら世間も信じてくれるだろうからと。
面倒なことになった。単にダグデットと面識がない人間というだけではなく、そこそこ影響力のある人間という事実がだ。当然我が社とは比にならないほどのセキュリティと警戒心を持っているはず。そのような人物から無能な部下たちがファイルを取り返す事などとても出来ないだろう。組織からその手の人材を派遣してもらうことも考えたが、ファイルの盗難は知られたくない。一体どうすればいい。
そこで考えたついたのは、ヴァンブレイス自ら出向いてもらう事だった。
まず社交パーティーを開催し、そこへヴァンブレイスを招待する。だがそれだけでは確実に来るとは言い難い。そこで監禁状態の社長にヴァンブレイスに連絡を取らせ、パーティーでのファイルの返還を提案させた。幸いな事にヴァンブレイスはそれを快く了承した。
社長本人も招待され参加するという体で、取引の日時と受け渡し場所を設定する。しかし受け取るのは社長ではなくダグデットだ。勿論何も知らないヴァンブレイスから強奪するつもりだった。
パーティーの日程が迫った頃、何度目かの連絡で社長はそれとなくファイルが今どこにあるのかを聞いた。すると奴は答えた。
「ファイルはヴァンブレイスの長男に渡してある」と。
懇意にしている社長との会話における発言だ。嘘をついている可能性は低い。かつて無いほどの朗報だった。
アッシュと子息の全員をパーティーに参加させてしまえば、仮に受け渡しをするのが長男では無かったとしてもファイルだけは確実に手に入る。数を打てば当たるのだから。
そして今、思い描いた通りに事が運んでいる。
本来ならヴァンブレイスなど関わり合いにもならなかったが、彼らがファイルの内容を確認している線も捨てきれない以上潰すしか無いだろう。
はじめは機密情報を任される程の長男とはどのようなものかと思ったが、あんなものはただのガキだ。多少の礼節はあるようだが、見てくれを整えただけのこと。少し金があるからと社会の厳しさも知らない軽薄で無知なボンボンだ。我々の敵ではない。
機は熟した。このままヴァンブレイスからファイルを奪取し、奴らを殺した後はあの社長も殺す。そしてダグデットがヴァンブレイスの利権も名声も何もかもを奪い取るのだ。
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ガブリエル社長から命令を受けてから自分が向かったのは、長男と目されている少年スカムのもとだ。
できればさっさと本命の彼を捕縛し、お咎めなしで済ませたかった。ダグデットが冷酷無慈悲な人物である事など周知の事実で、彼にとって部下など使い捨ての駒でしかない。今まで彼に背いた部下が退職に見せかけ秘密裏に消されてきた事などもう皆知っている。だからこそ自分だけは生き残りたい。その為なら例え子供だろうと容赦はしないつもりだった。
スカムはパーティー会場を抜けた後、残りの二人と別れ屋敷の玄関に向かい外へ出ていた。事前に共有されていた取引場所は屋敷裏の倉庫だったはずだ。やはり彼で正解だったのだ。
気づかれないように後をつける。こんな違法会社に勤めておいてなんだが、自分は恫喝も拷問も担当した事はない。担当するのはそういう事を好んでする奴らだけだ。今まで荒事には目をつぶってひっそりと生き延びてきた。だが今は違う。確実に自分の命が危ぶまれる状況なら、子供ひとりくらい自分でもなんとかなるはずだ。
スカムはやはり裏に回り、倉庫へ向かっている。暗がりの中でスマホを操作しているのが分かる。取引相手と連絡しているのだろうか。一瞬警戒するが、あのライバル社長とヴァンブレイスの連絡手段はとっくにダグデットが管理している。つまり内容が筒抜けという訳だ。もし何か不審な動きがあれば監視者から報告が来る手筈になっている。心配は無用だろう。
監視部屋につながっている小型通信機をしっかり耳にはめ込み、懐からスタンガンを取り出す。
背後から首に一撃、それだけで仕事は終わったも同然だ。あとはファイルを抜き取り地下室に連れていくだけ。
スカムが立ち止まる。周囲を警戒する様子もなくスマホを見ている。隙だらけだ。アッシュは意表をついたつもりだったのだろうが、こんな子供にファイルを託したのが運の尽きだったのだ。
(やるなら今しかない)
足音を忍ばせギリギリまで近づく。そしてその首筋に向けてスタンガンを勢いよく突きつけた。
「、、、、、、えっ?」
視界が暗転した。
眼前にスカムの姿はなく、ただ夜空だけが広がっている。
今、自分はスタンガンを手放し地面に寝っ転がっている。
電撃を食らったように首のあたりが猛烈に痛く、スタンガンが暴発したのではないかと疑うほどだ。
「は、え、、、な、何が、、、」
混乱する頭の上から、弾んだ声が聞こえてくる。
「大丈夫そ?」
顔を覗き込んでくるのはさっきまで狙っていたターゲット、スカムだ。歯をむき出しにして心底面白がっているように笑っている。
「お、お前、何をした、、、」
「いや、俺じゃねーよ。オニーサンさあ、背後には気をつけないと駄目じゃん?」
「はい、ご、、、?」
首の痛みに耐えながら頭の向きを変えると、何とそこには知らない男が立っていた。
「んなっ、、、!?」
心臓が飛び出るかと思った。
(いつからいたんだコイツ、つーか誰だよ、、、!?)
アッシュでも、ジードとかいう銀髪の男でもない、そもそも会場にすらいなかった男だ。刈り上げた短髪に白いシャツ、ネクタイという出で立ちで、無表情でこちらを見下ろしている。腕はガシリと太く、シャツの上からでも筋肉質であることが伺える。そしてどう見ても堅気じゃない。
「想像できたよな?」
スカムがしゃがみ込み、部下の耳から通信機を取り外す。そのまま立ち上がり踏みつけて壊した。
「ボディーガードがいることくらい」
愕然とした。
ボディーガード、そんなもの当然いるはずなのに、何故警戒しなかったのだ。この短髪の男はスカムの用心棒で、自分は今敵と見なされ攻撃された。それだけのこと。
しかしダグデットもボディーガードの出入りは制限していたはずだ。少なくとも外門から中には入れないようにしていた。だからこそ要人を一網打尽にする計画は実行できたのだ。
そもそも、今回は建前としてはお互い面識のある人物同士の取引だったはずだ。そこにボディーガードを用意する可能性は薄いだろう。なのに護衛をこの速さで行えるという事は___
「バレてるってこと」
心を見透かされたかと思い言葉が出なかった。バレている、目的も、計画も、全てが。一体、どうして。
「そ、そうか、、、罠、だったんだな、、、」
かろうじてひねり出した答えにスカムがきょとんとした顔をする。だが気にせず続ける。
「お前、長男じゃないんだろ、、、銀髪の方だな、、、!俺達をここに誘導して、その隙にどこか別の場所で取引しようとしたんだろ、、、!」
スカムは黙っている。それは図星だからだろうか。一矢報いた気分になり、更に口が回る。
「だがな、無駄だ、、、あの社長は俺達の支配下だし、既に全員のもとに手先が向かっている。ファイルは返してもら」
「知ってるし」
間髪入れず言い返され、言葉を失う。スカムの嘲笑する顔が一変して侮蔑の目を向けられる。
「頭悪ぃんじゃねーの?取引ぃ?んなもん成立しねーだろ。いちいち的外れなのがウゼェ」
毒を吐き出すような侮辱が続く。唐突な雰囲気の変わりように理解が追いつかない。
困惑していると彼の苛立ちに満ちた顔がいきなりかき消えた。
「アンタらさ、舐め過ぎなんだよ俺達を」
スカムは元の底が読めない顔に戻り、ボディーガードのもとへ近寄る。
「これ壊したから、多分増援が来るよ。足止め頼める?」
「、、、ああ」
「てか姐さんは?」
「、、、上」
「あーね、了解」
何の話をしているのか分からない。痛みで体がまだ動かない。そんな自分にスカムが笑いかける。
「じゃあ俺行くわ。任務失敗で殺されなきゃいいね」
「えっ、、、」
「あと、最後に良い事教えてあげる」
少年の金色の目が弧を描く。まるで月のように、濁りきった光を宿して。
「俺、三男なんだわ」




