第12話 ヴァンブレイス一族−③
同刻、ジードは中庭へと移動していた。流石に前庭と同じ様なプールは無かったが、外灯も少なく人目につきにくそうな場所だったのは予想通りだった。
スカム同様ジードのもとにもダグデットの手先は送られていた。しかし、たかがチンピラの成り上がりの部下達では、常人より遥かに強い彼に対抗出来るはずもない。数人がかりでの尾行も当然把握されていた。
そしてジードにもボディーガードは配属されている。既に屋敷内に他の仲間と共に潜入しており、子息それぞれの居所へ向かっていた。現着したボディーガードと二人がかりで手先に対処する予定ではあったが、既にジードが一人で全員をなぎ倒してしまっていた。
「クソ弱ぇじゃんコイツら。こんなんでよく勝てると思ったな」
何もする事が無かったボディーガードが呆れ果てる。ジードとそう年も変わらない若者だが、腕は立つ。
「お前さあ、俺にも残しとけよ。プールがあれば沈めてやったのによ」
「別にこいつらから聞き出せるような事も無いだろ」
鼻血やら唾やらで汚れた手袋を外しながらジードが答える。ボディーガードは別に拷問したくて言った訳ではないのだが、殺そうとしたと勘違いされないだけマシだったので黙っておいた。代わりに別の事を報告する。
「スカムからの連絡はあったぜ。姫さんの方は知らねえけど」
スカムを狙った部下はボディーガードと交戦中、アグリーの方は不明。
「向こうのが先だったって事は、見事に引っかかった訳か」
「お前にも刺客が来たんだから、皆殺し狙いか保険かけたってとこだろうよ」
スカムが長男のフリをする作戦は上手くいったようだ。こちらに増援が来ないところを見ても、向こうが本命だと誤認させる事には成功したのだろう。あとはアグリーの分を合わせた三箇所で部下達をそれぞれ一網打尽にするだけの単純な戦法だ。
「アッシュさんには?」
「あの人が向かってる。もう合流したっぽいけど、なんかあのオッサンに揃って呼び出されたらしいぜ」
「ダグデットか、、、もしかして」
嫌な予感がしたその時、
「うぐっ、、、」
のびていたと思っていた部下の一人が起き上がろうとした。
「おい、まだ動くぞアイツ」
ボディーガードが構える。その横で、どこからか小さな音が聞こえてくる。
「何の音だ?」
どうやら部下が耳に装着している機械から聞こえるらしい。小型の通信機のようだ。
「それはどういうことだ、テメエら、、、」
部下が地面を睨みつけながら呟く。二人に気づかれていないと思っているらしい。
「何の話」
「通信だろ」
ボディーガードをいつでもトドメを刺せるように警戒させ、ジードは気絶していた部下から同じ通信機を取り外し音量を上げる。
『、、、違う、そうじゃない、、、最初からハメられてた、、、っ』
半泣きのような掠れた声が聞こえてくる。疾走しながら話しているのか、息が切れ切れだ。
ターゲットに内容を聞かれている事に気づいた部下が焦りだす。
『誰か、誰かボスに伝えてくれっ、、、』
「おい黙れ、これは聞かれてっ、、、ぐあっ!」
ボディーガードが頭を踏みつけ黙らせる。忠告も虚しく通信相手は叫ぶ。
『最初から、、、長男なんていなかったんだっ!』
そこで音声は途切れた。
向こうの通信機が破壊されたのだろう。しかし一歩遅かった。ジードは苦虫を噛み潰したような気分になる。
「アイツ何か余計な事バラしたな、、、」
アグリーがパーティー会場で見せてきたメールには、案の定「盗聴器がある」と書かれていた。各テーブルの下に一つずつ仕掛けられていたらしい。そこまでは想定内だった。
事前の作戦通り会話が聞かれている事を逆手に取って、スカムとジードの兄弟の順番を誤認させたところまでは良かった。しかしこんなに早くタネがバレるとは。
その事に辿り着く為の情報は極力与えないようにしてはいたが、十中八九スカムが調子に乗って喋ったのだろう。今の声がダグデット側に一斉送信されていたのだとしたら少々面倒だ。
「あーナルホド。追いかけられてた訳か。有益な情報残して散るとか部下の鑑じゃん」
感心したようにボディーガードが顔も知らない誰かを称えるが、今は無視する。
「バレたなら、向こうもなりふり構わなくなりそうだな」
「まあターゲットがここにいないってんじゃ、お前らから居場所聞き出すのが一番手っ取り早いしな」
あのダグデットのことだ。部下の大半を潰されたとて、そう簡単には諦めないだろう。
「でも心配いらねーだろ。なんてったって俺らのボスもいるんだからな」
アッシュについているボディーガードの事だ。彼は只者ではない。だがそれは我々の当主も同じ事だ。
「とりあえず戻るか。どうなるか分からなくなってきた」
二人は中庭を後にし、屋敷の中へと戻っていった。
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ダグデット邸三階応接間。煙の匂いが染み付いた部屋にカーテンの開いた大きな窓が一つ。
「どういう事だ?」
ガラステーブルを挟んで革張りのソファが二つ。そしてそこにはダグデットとアッシュが向かい合わせで座っていた。
対談でも始まりそうな配置だが、決して穏やかではない。というのもダグデットの背後には数名の部下が、アッシュの背後には屈強な一人の男が控えているからだ。
「どういう、と言いますと?」
雰囲気にはそぐわないがあくまで温厚にアッシュが聞き返す。薄っすらと笑みが浮かんだその顔に、ダグデットはこめかみに青筋を浮かばせる。
自分の質問に質問で返した事を後悔させてやりたいところだが、今は堪える。代わりに葉巻を吸う手に力がこもり握りつぶしてしまった。吸い殻を捨て新しいものに火を着けさせると、アッシュを睨みつける。
「長男はどこだ。いや、どいつだ」
通信から聞こえてきた断末魔はとても無視できない情報だった。ヴァンブレイスの長男がいない?
小娘は論外として、帽子でも銀髪でもないと言うのか。ならばファイルは今誰が持っていて、どこにあるのだ。
「さあ、何のお話だか、、、」
真顔になり息をつくようにアッシュがとぼける。
「煙に巻くな。我が社の機密ファイルを持っているはずだ。長男でないのなら貴様か?」
「煙に巻く、、、上手い事を仰いますね」
ダグデットの咥える葉巻を見つめ、アッシュは口元を隠し含み笑いをする。
その非礼極まりない態度に堪忍袋の緒が切れた。
「どこにあるか言えっ!!」
テーブルに拳を叩きつける。ガラスに大きな亀裂が入った。目を吊り上げ今にも掴みかかりそうな勢いだ。
「既に貴様の依頼主は我々が陥落した。貴様があのファイルを持つ理由は無い、渡せ。さもなくば貴様もアレと同じ末路を辿る事になるぞ」
圧力をかけるがアッシュは屈した様子も無く、涼しい顔をしている。そして煽るかのようにゆっくりと首を振った。
「渡す気は無いというのか」
苛立ちをこらえながら確認する。だが相手は相槌すら打たず黙りこくっている。完全に自分を舐め腐っている。
「そうか。ならば仕方ない」
そう言って部下に目線をやる。一人が部屋を出ていった。
(ただでは済まさない。後悔させてやる)
ここにいるのは部下の中でも主に汚れ仕事を担当する者ばかりだ。子息に送った連中は潰されたようだが、奴らのような素人とはレベルが番う。それなりに場数を踏んだ精鋭だ。
総掛かりで制圧しても良かったが、それは最終手段だ。背後に控えるボディーガードの事もある上に、混乱に乗じてファイルを窓から投げ捨てられでもしたらより手間がかかる。
「交換条件だ、ヴァンブレイス」
「交換?」
アッシュが首を傾げる。実力行使でもおかしくなかったのに、急に交渉を始めた事への疑惑だろう。
応接間の扉が開き、部下が戻って来る。
しかし手ぶらだった先程とは異なり、その手にはしっかりと細身な少女の体が抱えられていた。ヴァンブレイスの令嬢・アグリーだ。
「、、、」
アッシュは呆然としたまま何も言わず彼女を見ていた。
「お前の娘だな」
「、、、アグリー?」
アグリーはぐったりと脱力し、気を失っているようだった。その顔にダグデットが火の着いた葉巻を近づける。
「この小娘の命が惜しければ、、、分かるな?」
背後の男が身構えるが、アッシュはそれを片手で制した。
子息二人は失敗したが、娘だけは強襲に成功した。大の男が少女一人も捕まえられないはずもないが、どうやら彼女にはボディーガードが付いていなかったらしい。不用心なことだ。
「応じないのなら、この娘の体はパーツにして世界中に売り飛ばす。ああ、この良い顔だけは残してやってもいいがな。そしてお前と残りの二人は拷問だ。ファイルは無人の屋敷からでもお前の腹からでも探し出してやるさ」
話している間に部下達が既にアッシュを取り囲んでいる。もう選択肢も逃げ場も無い。勝利を確信する。
「さあ、どうする?」
アッシュは黙っていたが、やがてため息を付いて両手を上げた。
「分かった。ファイルの所持は認めましょう」
「そんな事は分かっている。だが、なぜ気付いた?今回の取引が罠だと」
罠だと把握していなければ我々の作戦をかいくぐる事など出来なかったはずだ。少なくとも社長から連絡を取らせた時点ではまだ疑いを持たれていなかっただろうが。
「、、、うちの子供が気づきましてね。連絡する社長の声が震えていたとか、取り繕うように聞こえたとか、、、」
「、、、それだけか?」
「あとはそこにいる彼女が貴方がたについて調べてくれました。評判、悪いみたいですね。そんな方々からファイルを盗難したのだから、あの人がどうなるかは目に見えているでしょう?」
(この小娘が我々の情報を?表向きはただの企業で通っているはずだが、、、)
実際の被害者から話を聞いたのかもしれない。どちらにせよ我々の裏向きの姿はもう知られてしまった。ならば排除する以外の選択肢は無い。
「フン、ガキに信用を置く時点で貴様は底が知れている」
「そうですか。優秀な子達なんですけどね」
アッシュは眉を下げて首をひねる。優しい父親を気取りやがって、所詮は拾い集めの家族のくせに馬鹿馬鹿しい。
「なら子供の命はやはり惜しいか。わざわざ拾って金をかけて育てたのが水の泡だからな」
「さあ?貴方はそんな事どうでもいいでしょ」
「その通りだ」
ただの与太話だ。最後に言い残す言葉くらいは聞いてやろうと思ったが、気が変わった。
「本題だ。長男だかなんだか知らないが、さっさと居場所を吐け」
「長男、ね。まあいいですけど」
密かに懐に手を忍ばせる。居場所を言った瞬間にボディーガード共々脳天をぶち抜いてやる。人質がいる限り奴らには何も出来ない。
「居場所は、、、」
どこだ、どこにある。さあ言え、はやく、はやく。
「上かな」
凄まじい破裂音が鳴り響き、部屋の窓ガラスがバラバラに砕け散った。破片が部屋中に撒き散らされる。
「ギャアアアッ!」
突如、アグリーを抱えていた部下の体が弾け飛び、肩から噴水の様に血が吹き出した。




