第13話 ヴァンブレイス一族−④
「ギャアアアッ!?」
人質を投げ出し肩を押さえて床にのたうち回る。アグリーの拘束が解けたと思ったら、なんと彼女は目を開け自分で体勢を立て直した。その様子に部下もどよめく。
「何っ、、、!」
そのままその足でアッシュのもとへ寄ると、ボディーガードが自身の背後へと回らせる。アグリーは腕をさすりながらダグデットを睨んだ。
「タバコ臭い。ほんと最悪」
「迫真の演技だったね。流石アグリーだ」
「まあね」
しれっと肯定する。この男は気づいていたというのか。
(いやそれより何が起きた!?まさか狙撃、、、)
思いついた時には次の銃弾が飛んできていた。正確に部下の足や肩を撃ち抜き、次々と使い物にならなくしていく。咄嗟にソファの裏に飛び込み、身を屈めた。
(クソッ、一体どこから、、、)
もはやガラスの無くなった窓の外へと目を凝らす。すると中庭を挟んで対極の位置にある棟の窓から、何やら赤い光が明滅しているのが見えた。その光が自身のスーツの上に浮かび上がる。丁度心臓の位置だ。
「う、、、」
まずい、撃たれる。今とっさに身を引いたとしても、確実に腕か顔に銃弾がかする。
いや、それだけで済むのならマシだ。すぐにここから撤収せねば。
顔を上げた瞬間、鼻先に革靴の先がめり込んだ。そのまま吹き飛ばされ、壁に体を強打する。
「ぐぼっ」
骨が軋んだような音がして、激しい痛みが全身を駆け巡る。鼻から鉄臭く生暖かい汁があふれ出てくる。
唾液と共に吐き出した葉巻を革靴で踏みつけながら、男が近づく。前髪をオールバックにしサングラスをかけたヴァンブレイスのボディーガードだ。
ボディーガードはダグデットの血に塗れた顔面を持ち上げると、体を引きずってテーブルに叩きつけた。そのまま顔の向きを変えさせられる。
目の前には優雅に足を組んでソファに腰掛けるアッシュの姿が。
「さて、じゃあ取引といこうか」
たった今銃撃があったというのに、この男は全く意に介していない様子でにこりと笑う。
スナイパーもこの男の手配であるのだから当然だが、アグリーの演技と言い一体どこまでが想定内だったのだ。
「と、とりひきだと、、、」
「まず貴方の言うファイル、アレはお返しする訳にはいきません」
「な、何、、、」
何故だ、この男がファイルを持って何のメリットがあるのだ。ただ競合のゴシップを集めるのが目的だとしても、今まで一度も関わった事も無い我々の不祥事など何の役に立つというのだ。
「だって、僕達を頼りにしてくれた依頼人の気持ちを踏みにじるわけにはいきませんから」
「、、、、、は?」
思考が止まった。
「依頼人、、、だと?それが何だ、、、」
「あの社長には今まで何度も懇意にして頂いたんです。そんな彼の依頼を遂行しないのは裏切り行為でしょう」
(、、、何を言っているんだコイツは、、、!?)
そもそもその依頼人が我々に情報を漏らした事を知らないのか。いや、それはない。この男はそんな事とっくに見抜いていたはずだ。我々の奇襲をことごとく躱したのだから。だからこそ理解ができない。
「ところで、彼はどこに?」
思い出したように居場所を聞いてくるが、まだ頭が追いつかず返事が遅れた。するとボディーガードがまた頭を持ち上げ、鼻めがけて拳をかざす。はっと我に返った。
「ま、待ってくれ。屋敷の地下室だっ!」
「地下にはどうやって行くんですか?」
「外にある倉庫に隠し階段が、、、」
ずっと部屋の隅で傍観していたアグリーがどこかに連絡を入れる。そのまま何も言わず部屋を出ていった。
「うーん、生きていればいいんだけどね」
「どういうつもりだ、、、何故裏切り者を救出する?」
「救出?何故?」
アッシュが眉を上げて疑問を口にする。まるで心底不思議がっているように。
「な、なぜ、、、?助けるつもりなんだろ、だが奴が生きている可能性は、、、」
「ああ、良いんですそれは。生きていたらラッキーだってだけだから。彼には帰る家もないしね」
「は?」
「貴方が取り上げたんでしょう?聞きましたよ。その延長ではないけれど、このまま彼への融資は全て打ち止めにしてもらうつもりです」
「何を、、、」
「今後は路頭に迷うでしょうね。バールゲルトにはいられなくなるかも。まあ家族がいなかったのが救いかな」
アッシュは今後の段取りを着々と決定していく。実業家としては恐ろしい話がまるで日常会話のように聞こえる。
「だからもし生きていたらその分生活に苦しむだろうし、ラッキーってことです」
「何のために、そんな、、、」
「何の為か?決まっているでしょう」
アッシュが両手でダグデットの顎をすくい上げる。白い手がみるみる赤く染まっていく。そしてお互いの鼻が触れそうなほど顔を近づけ囁く。
「お仕置きだ」
底冷えするような声だった。さっきまでの柔和な顔が剥がれ落ちたように虚空な目だ。
「僕は、ヴァンブレイスに仇なす者を許さない」
だから裏切り者には罰を与える。奇襲をかける輩は壊滅させる。どんな手段を使ってでもヴァンブレイスを守り抜き、恩も恨みもまとめて返す。
これが、曲がりなりにも慈善活動家の姿だろうか。子供を利用し、人を狙撃させても平然とし、信用していた人間を切り捨て、重症の男を尋問する。
「もちろん、貴方もだ」
機密ファイルは彼の手中にある。公開されればダグデットは破滅だ。この男がそれを誰よりも望んでいるのは分かりきっている。
アッシュはダグデットの顔から手を離した。血に塗れた手をハンカチで拭う。ボディーガードがようやく拘束を解く。体は解放されたのに、起き上がる事が出来ない。
「お屋敷は多少散らかったようですし掃除しておいてくださいね、そのうち売りに出すでしょうから」
窓ガラスは散乱し、カーテンや床の至る所に弾痕が刻まれ穴が空いている。元の小綺麗な部屋の面影はどこにもない。一体誰がこんな事を予想出来ただろう。
アッシュはソファから立ち上がり、扉へ向かう。そのあたりに転がっている部下の体には目もくれずに。
「それでは、失礼」
それだけ言い残し、二人は応接間を出ていった。
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「もしもし?俺です」
連絡にあったように倉庫内を物色すると、床のタイルが外れて地下への階段が見つかった。湿っぽいコンクリート製の地下室はカビと血の匂いで生臭かった。
盗聴器や傍受機器が無い事を確認したスカムは、父親に電話をかけた。
「こっちは片付いたよ。機密ファイルの中身は確認したけど、取るに足りない事ばっかりだった。せいぜいマスコミに売れば小金が稼げるレベルだよ」
万が一に備えたファイルのコピーも不要になりそうだ。そもそも元のUSBはパーティー会場にすら持ってきていなかったが。
「この地下室の惨状はネタになりそうだけど、どの道ファイルが公開されたら必要なくなるかな。一応写真は送っておくね」
血みどろの床や拷問に使われたであろう器具の写真を撮りデータを送信する。
「社長も決死の思いで盗み出したのに、ダグデットの失墜を見られないのは残念だろうなぁ」
依頼人の社長は地下で拘束されていた。しかし過度な暴行を受けた上にろくな食事もしていない体は限界寸前だった。病院に連れて行ったとしても長くは持たないだろう。
父親との通話を聞かれるリスクはあったが、どうせ死ぬのなら気にしなくていい。
「やっぱり最初から敵じゃなかったんだよ。父さんが警戒する程じゃない」
完全勝利。全て計画通りに進んだ。最初から仕組まれていたとも知らずにお気楽な奴らだった。楽観は罪。だからこんな目に遭うのだ。
「それじゃあ、これで」
通話を切るとスカムは地上に戻った。少し迷ったが地下への階段は解放しておいた。
_________
通話終了した携帯をしまうと、アッシュはボディーガード、アグリーと共にガレージに戻った。
車の台数は来た時と変わっていないようだ。表向きはただの社交パーティーだったのだから、客の全員がダグデットの息がかかった連中という訳ではなかったらしい。使用人の何人かは一枚噛んでいるだろうが。
残りの客については何もせずともダグデットが誤魔化すだろう。ならばこちらはこのまま帰宅する。
車の側で全員が集合するのを待った。
「アグリーさんっ!」
アグリーの名を呼びながら駆け寄ってくるのは例の狙撃手だ。ガレージから一番遠い場所に居たはずだが、まさか一番乗りとは。アグリーに傷が無い事を確認するとほっと息をつく。
「ああ本当に心臓が持ちませんでしたわ。アグリーさんに乱暴する男性をいつ狙撃してやろうかと、、、」
「心配しすぎよ、バレリアさん」
アグリーが苦笑する。
本来ならアグリーも屋敷の外で部下を返り討ちにする予定だったが、如何せんボディーガードの戦法が銃撃な為目立つリスクがあった。そこで作戦を変えた。
他の二人が人質として使えなければ狙い目なのは小娘のアグリーだ。なのでわざと気絶したフリをして捕まり、狙い通り交渉材料になったのだ。交渉の時は必ずダグデットもいるはずだから、あらかじめ狙撃手を配置してしまえばいつでも一掃出来たという訳だ。
「バレリア、作戦変更するなら先に報告しろ」
アッシュのボディーガード・グレイブが戒める。彼はヴァンブレイスの専属護衛組織の指揮官だ。
「報告せずとも状況は理解できたでしょう?それに男性なんかに近づきたくありませんもの」
バレリアは無愛想に言い返す。悪びれもしないが許されるのは彼女が優秀な幹部だからだ。
「おーっ、いたいた」
ガレージ入口から歩いてくるのはジード、スカム、そしてそれぞれの護衛に回っていた二人だ。
「お疲れ様でっす、グレイブさん、あとバレリア姐さんも」
「レオ、シンド、そっちはどうだった?」
「、、、問題ありません」
「全然ヨユーでしたよ。張り合いなさすぎっつーか」
「レオ君、ジード君に獲物取られて何も出来なかったんだって?」
スカムが余計な口を挟む。
「うるせーよ、お前だってシンドに全任せだっただろーが」
「だって俺守られるのが仕事だもーん」
ギャアギャアと騒いでいる二人をジードとシンドの寡黙な二人が引き剥がして諌める。
そんな彼らを無視してグレイブはアッシュに報告する。
「ならこれで今回の業務は終了だ」
「お疲れ様。とても助かったよ」
アッシュが笑顔で感謝する。ボディーガード全員が実働した今回の報酬はいつもより跳ね上がるだろう。
「では解散しようか」
ボディーガードの四人は門の前まで戻り、駐車していた業務車に乗りこみ帰っていった。
帰る場所は同じではない。自分達にはこれから向かう場所もある。ヴァンブレイスの四人はミニバンに乗り屋敷を出た。
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スマホでネットニュースを確認すると、早くもダグデットの悪事がばらまかれていた。あらゆるユーザーが拡散しコメントを付け、もはや沈静化は不可能だ。自分達がパーティーに参加している間に第三者がファイルの公表をする、今回の依頼はこれで達成だ。
正直”彼”に頼んで成功するかは半信半疑ではあった。いざとなればパソコンが得意なアグリーに騒動を盛り上げて貰う事も考えていたが、もはやその必要は無いだろう。
夜の街道を走らせ辿り着いた先は、普通の住宅街にあるマンションだ。スカムとアッシュは車を降り中へ入っていく。ダグデットの機密ファイルはここにある。
「それにしても、彼にファイルを盗み出す胆力があったなんてね。温厚派だと思っていたのに」
「そもそも何でファイルの存在を知ったんだろ。トップシークレットだったんでしょ」
「誰かの入れ知恵だったりしてね」
手持ち無沙汰に始めた余談だが、その考察は当たっている。アッシュは知らないだろうがスカムには思い当たる節があった。
エントランスで部屋のインターホンを鳴らすと、遠隔で自動ドアが開けられた。そのままエレベーターに乗り目的の部屋へと向かう。そこのドアホンを押すと、すぐに十字架のピアスをつけた青年が出てきた。
アグリーの実兄であるフッドだ。そして彼こそが、ヴァンブレイス家の長男だった。
「こんばんはーフッド君」
「こんばんは、、、言われた通りにやったよ」
ヴァンブレイス一族の家族構成はこうだ。
父・アッシュ、長男・フッド、次男・ジード、三男・スカム、そして末子がアグリー。全員がアッシュの養子ではあるが、実際に血の繋がりがあるのはフッドとアグリーだけだ。
フッドは二年前に実家を出て一人暮らしをしていた。元々社交的な方ではないので、今まで表舞台に出る事もほとんど無かった。長男であろうと経営を継ぐ意思が無いのならとアッシュが承継を強要しなかったのも理由だ。便利屋の仕事にも関わっていない。ダグデットがフッドの存在を知らなくても仕方ないだろう。
彼は青い顔でUSBをスカムに差し出す。
「これ返すよ、、、」
スカムはパーティーの前日に彼の家に押しかけ、機密情報の保管を頼んだ。ついでに拡散も。頼まれた時の彼の死にそうなほど動揺していた姿を思い出す。
「ありがとね〜、オニーチャン」
「気が気じゃなかったんだけど、、、リークとかやった事ないから怖いし、誰かが強奪しに来るかもとか、、、」
「だいじょぶだいじょぶ。もう全員やっちゃったから」
「そっか」
それを聞いて安心する。重責から解放されようやく肩の荷が下りたらしい。
「スカムの作戦は成功だったね、すごいよ。フッドもありがとう」
アッシュが本心から褒める。
今回の計画の発案者はスカムだった。社長の不審な連絡からダグデットの罠である事を見抜き、逆に貶める作戦を考えた。フッドとかいう完全なる盤外戦術だが、相手を丸っきり騙すいかにも彼らしいやり方だ。
「考えること怖いよスカム君」
「出来の良い弟だって自慢していいよ」
社会的信用を手放したくないから、とやんわり断る。アッシュが二人のやり取りにクスクスと笑う。
「それじゃあねフッド、またいつでも帰っておいで」
「あーうん、暇な時はね」
目を逸らして曖昧に返事をするフッドに気になるところはあったが、とりあえず御暇した。帰る直前、部屋の奥で何やら動く影が見えた気がした。
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マンションを出て車に戻ると、アグリーとジードが何やらスマホを見ながら話し合っていた。
「あ、ご飯でしょ」
「よく分かったわね」
二人は結局あのパーティー会場では必要以上の飲み食いはしなかった。スカムも酒を飲んだくらいで料理には手を付けていない。アッシュはゲストと話している最中にダグデットに呼び出しをくらったせいで会場にはほとんど居られなかった。正直全員空腹だった。
「どこ行く?」
「あたしお肉がいい」
「今の時間に開いてるかな」
アッシュが時間を確認する。そろそろ二十二時になろうとしていた。会場に着いたのは十九時だったから、三時間も経っていたのか。
「駄目かも。チェーン店くらいしか開いてないわ」
「じゃあ牛丼かハンバーガーだったら?」
「何でも良い、食べられるなら」
「僕も」
「んじゃ牛丼ね」
行き先の決まった四人は車を出した。ハンドルを握るジードが、ふと自分の手元を見て気付いた。
「この格好で行くのか?」
「あ」
全員がフォーマルスーツな上、その内の二人は所々返り血らしきものが付着している。
外食は断念することになった。




