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HANDED  作者: アサド
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第7話 一途な男

男には語れる事が何も無い。


中卒どころか小卒で、数学と算数の違いも分からない。スポーツは並程度に出来はすれど、これといった特技も無く手先は不器用。容姿は平凡でありながら目つきが鋭く、よく人に怖がられたり、睨まれたと因縁をつけられる事もあった。好きなものよりは嫌いなものの方が多い。虫も閉所も犬も怖い。


家族といえば、多忙で家にいない父親。自分と全く似ていない容姿端麗な妹に、才能のある弟。家は裕福ではあるものの、とっくに独り立ちしてその恩恵を手放した。学歴のない自分は父のコネで就職した。

人付き合いも得意ではない。臆病な性格のせいで人に話しかけられず、職場関係も築けない。家族とはまともに話せても、友達も彼女も出来た事がない。

人生で初めて好きになった人は、街で偶然出会った人だ。


男の名はフッド。

そして、彼は誘拐犯だった。


__________



数カ月前の冬の昼頃、その日は会社の都合で一日休業だった。いつもより丁寧に家の掃除やゴミ出しを済ませても時間があったから、食料や日用品の買い出しに出かけた。今住んでいるマンションからは少し遠いが、街中にある品揃えの良いスーパーに行った。

どこの店でも店員と話すのは嫌だ。昔商品を誤って破損させてしまった時こっぴどく怒られた経験が蘇る。その商品は父が弁償して解決したが、苦い思い出だ。


会計を済ませ、店を出たら入口付近で三人の男の子が遊んでいた。このあたりの小学校の制服を着ている。一応平日の昼間だと言うのにこんなところににいるという事は、半日で学校が終わったのだろうか。店のイメージキャラクターの看板を小突いたり蹴ったりして楽しんでいる。

特に気にする事もなくそのまま通り過ぎようとすると、いきなり横で何かが倒れるような音がした。続いてガラスが盛大に割れる音。突然の事に驚いて目を向けると、三人が遊んでいた看板が後ろ向きに倒れ、店のガラス製の入口を叩き割っていた。


店内や駐車場にいた客が音を聞きつけ集まってくる。子供達はまさかこんな事になるとは思いもしなかったのだろう、慌てふためいてやばい、やばいと口走っている。

あまりの事態にフッドも立ち尽くしてしまっていたが、そこへ店員が駆けつけた。それを見た三人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「待ちなさい!」


店員が追いかけ三人の内一人を捕まえる。一番執拗に看板を殴っていた男の子だ。


「君がやったのか」


店員は暴れる男の子に確認するが、少年は必死に否定する。


「俺じゃない、、、っ!あ、あの人だよっ!」


そして少年はあろうことか近くにいたフッドを指さした。


「、、、えっ」

 

フッドはわけが分からず混乱する。店員や客の視線が集まる。少年は早口で捲し立てる。


「あの人が看板を殴って倒したんだ!俺達はそれを見てたんだ」


店員はフッドと少年を交互に見ていたが、やはり少年の方が疑わしかったのか更に厳しい口調になる。


「嘘を付くと為にならないよ。ならさっき何故逃げようとしたんだ」

「本当だよ!逃げたのはあの人が睨んできたからで、、、」


全く身に覚えのない話だったが、睨んだと聞いて周りの目が変わったのを感じた。反射的に目を伏せる。最悪なまでに居心地が悪い。


「あなたは何か見ていませんでしたか」


店員が今度はフッドに尋ねる。急に聞かれて反応が遅れた。


「え?えっと、あの、さっき逃げた二人も、彼と、、、」

「とにかく、俺達は何もやってないよ!捕まえるならその人だ」


声の小さいフッドに被せるように大声をだす少年。このまま押し切ろうという算段だろう。


「いや、俺は、何も」


はっきりと弁解すればいいのに声がしぼんでいく。動悸が早まる。この流れはまずい。少年の言うまま疑いを持たれてしまうかもしれない。


「嘘つき!俺達のせいにして、、、」

「やめなよ」


凛とした声が響いた。その場にいた全員が声がした方向を見る。


そこにいたのは小さな女の子だった。

少年と同じ制服を着用し、明るい茶髪にくっきりとした顔立ちの利発そうな子だ。


「何だい、君?同じ学校の子?」


店員が聞く。女の子は店員と男子の側まで近寄ると、はっきりと言った。


「ガラスを割ったのは彼らです。さっき同級生の二人が先生に自白していました」


まさかの告白に少年が驚き一瞬黙るが、それでも諦めようとしない。


「違うって!その人に黙ってろって言われただけで」

「そんなに言うなら監視カメラで確認してみたら?」


少女はあくまで冷静に切り返す。少女の目線の先には上方に仕掛けられた監視カメラがある。看板が置いてある位置が丸写りになる角度だ。一部始終が撮られていたことだろう。


「うっ、、、いや、でも、、、」


さすがにこれには言い返せなかった少年は、項垂れてしまった。そこにさっきの二人が担任を引き連れて戻ってきた。


担任は店員に平謝りし、三人もしまいには泣き出しながら謝罪していた。店員は学校側に弁償してもらう事で警察沙汰にはしなかった。

解決した事で野次馬も帰り始めた。フッドもその場を離れようとしたが、少女に引き止められた。


「待って、お兄さん」

「え?」


何かと思えば、少女はさっきの少年を前に出すと謝るように促した。少年は目を腫らしてバツの悪そうな顔をしている。


「、、、ごめんなさい。社会科見学がつまんなくて、ちょっと遊んでただけで、、、」


制服で遊んでいた理由に合点がいったフッドは少年を許した。別に大事にする気は無かったし、この少年が本当に反省しているかどうかなんて正直どうでもいい事だった。


少年は簡単に許された事に安堵し、さっさと行ってしまった。残された少女はフッドを見上げる。


「許してあげるんですか?お優しいんですね」

「いや、そういうんじゃなくて、、、」


ただもう過ぎた事だから、という事にしておいた。


「あの、君も、助けてくれてありがとう。俺だけじゃ、反論出来なかったから、、、」

「気にしないでください。気がついただけなので」

「、、、気がついた?」

「あの三人、同じ班で。いつの間にかいなくなってたのを探してたら、何か揉めているのに気がついたんです」


にこりと可憐に微笑む。日だまりのような温かい笑顔だ。


「それじゃあこれで」


少女は一礼して去っていった。


ただ揉め事に気がついただけで、人助けが出来るのか。すごい子だな、と思った。自分にはとても出来た事じゃない。一体どうしてそんな事が出来るのだろう。


その時は、もう会う事も無いであろう少女に憧れに似た感情を抱いた。たったそれだけだったはずなのだ。



_________



「買収だと!?」


アラン・ブライズメイドは声を荒げた。電話の向こうの同業者は意に介した様子もなく話を続ける。


「ふざけるなっ!認めんぞ」


時期ではないとはいえ営業は傾いていなかったはずだ。なのに何故いきなり他国の企業に買収されなければならないのだ。不平を言いたいのに次々と会議の場所や日時を決められ、言葉を挟む余地が無い。ついには同意を得たものと見なされ通話を切られてしまった。


「くっ、、、何だこれはっ!」


アランは怒りのまま受話器を机に叩きつける。傍に控えていた使用人が肩を震わせる。


他国で自社と同じ業種を展開している企業から連絡がきた。てっきり業務提携の誘いかと思ってみれば、買収の打診とは思いもしなかった。当然切って捨てるつもりだったが、調べてみれば我が社よりも圧倒的に時価総額が高く、複合的な事業展開を兼ね備えたとても太刀打ち出来ない規模の会社だ。


唇を噛み締める。このままではブライズメイドは有無を言わさず買収されてしまう。経営陣は継続して抱えるつもりだと言っていた気がするが、そんな事は長年積み上げてきたプライドが許さない。


だが何の手立ても思い浮かばない。ただでさえ最近家出した娘を連れ戻す為に大枚をはたいたばかりだというのに、新たなビジネスを生み出すには更なる資金が必要だ。だがどのみち会議には間に合わない。


(全てあの娘のせいだ、、、!)


そうだ。あの出来の悪い娘のせいで社長である自分が時間も金も余分にかける羽目になったのだ。それさえなければもっと経営に注力出来たはずなのに。


だがいくら責任の所在を追求した所で、決断の時は迫り来る。アランは結局何も思い浮かばず、かといって逃亡も出来ず、無策で会議に臨む事になった。



__________



スーパーでの一件から数ヶ月が経ち、季節は春になっていた。

フッドは変わらず職場での影も薄く、ちょっとしたミスもする。これといったきっかけも無ければ人間関係も大して向上しなかった。別に今更気に病む事でもないが、自分はとことん駄目なのだと自覚する。


あれ以来例のスーパーには行きづらく、別の店に通うようになった。その道の途中には私立の小学校があり、制服を見て気がついたがあの日社会科見学をしていた学校だった。時間帯によっては登下校する小学生とすれ違う。

そういう時は決まってあの少女の事を思い出した。今頃何をしているのだろうとか、姿が見えたりしないかとか、ちょっとした興味本位だった。だがあまり往来をうろつくと守衛に疑り深い目を向けられた。とっくにほとんどの児童が下校している時間だったが、だからこそ学校を覗いている事を怪しまれたのだろうか。自分が不審者として通報されていない事を祈りさっさとその場を離れた。


すると道の先に小学生の集団があった。円陣を組むように数名の男子が何かに群がっている。口々に何かを言って楽しんでいるような、何かをからかっているような雰囲気だった。

何事かと思ったが、スーパーでの反省を活かしてさっさと退散しようと思った。早足で歩き、通り過ぎざまにちらっと集団の中心を見る。

なんとそこにはうずくまっている女の子がいた。


「えっ」


思わず声が出てしまった。その女の子は紛うこと無くあの時の少女だ。そしてよく見ると群がっている男子の中にはあの時の三人組も混じっている。


「あ?なんだよ」


ぽっと出の青年を男子達が不審な目で見る。しかしその内の一人はフッドを見て震え上がった。


「あっ、お前!変なピアスの」


子供にお前呼ばわりされたのは初めてだった。あと妹から贈られたお揃いのピアスを馬鹿にされたのもショックだった。十字架のデザインが結構気に入っている。だが今は流して、見てしまったからにはとりあえず対処する。


「、、、何してるの?」


なるたけ穏便に聞いたつもりだったが、子供は更に警戒するそぶりを見せた。その原因が何となく分かり顔が引きつる。


「カンケーないだろ、どっか行けよ」

「そうだよ。不審者か?先生呼ぶぞ」


少年達は代わる代わるフッドに噛みつくが、あの時の少年だけは黙っていた。流石に前回の経験が抜けきっていないらしい。


「えーと、先生を呼んで困るのは君達だと思うよ。これ、端から見たらイジメだし、、、」


それとなく例の少年にアピールするように言ってみた。案の定少年は顔を白くし、慌てて仲間に言い出す。


「おい、もう行こうぜ」

「え?なんだよいきなり」

「いいから」


そのまま釈然としない様子の少年達を引き連れて退却した。その場に残されたフッドはこれからどうすればいいのか思案した。少女は相変わらずうずくまったままで、今のやり取りを聞いていたのかすら怪しい。


「あの、久しぶり、、、?」


出だしを間違えた気がするが、取り消しはできない。話しかけたはいいもののそれ以上喋ることが思いつかず黙ってしまう。

すると少女の頭がピクリと動き、上目遣いでフッドの姿を見る。


「、、、スーパーのお兄さん」


時間がかかったが思い出してくれたようだ。少女は尋ねる。


「どうしてここに?」


それは完全な成り行きでしか無い。経緯から正直に話すと少女はじっとフッドの目を見つめてきた。人と目を合わせる事には慣れていない。大抵はこちらより先に相手の方が目を逸らすからだ。気まずくなり、会話の糸口を探る。


「えっと、、、帰らないの?もう暗くなるよ」


すると少女はいきなり顔を歪ませた。涙があふれるのを必死でこらえているように見えた。何かまずい事を言ってしまったのだろうか。


「、、、帰れません」

「えっ?」

「家が、無くなったんです」


一瞬ポカンとした。爆発、透明、とりあえず家が消えて失くなる想像をしてしまった。


「ど、どういう事?」


フッドは理由もわからず聞き返すが、少女はついに涙ぐみ、嘔吐するかのような勢いで話し始めた。


彼女はカガネ・ブライズメイドという名で、父親は大企業の社長だった。

しかしつい先日その会社が更なる大企業に買収され、父は経営の統括権を失ってしまった。そこまではいい。

だが父親は世襲してきた自社を失った事を認められず、経営陣と共に新しい企業に移籍する事を拒んだ。その時の必死な様は、錯乱という他ない取り乱しようだった。使用人も社員も何とか落ち着けようとしていたが、まるで無駄だった。

そして事実彼は錯乱していた。会議で買収が決定し自宅に戻ると、使用人を一斉に解雇した。そしてなんと家を丸ごと売払い、その金を持って蒸発してしまったのだ。それがたった三日の間に起きた出来事だった。カガネは何も知らされていなかった。

その事を知ったのは今日学校で先生に呼び出され、自分が学校を退学になったと知らされた時だった。父はカガネの養育費も学費も何もかもを持ち逃げしたのだ。本人の承諾なしに学校にも退学届を出した。


今さっき男子たちに囲まれていたのはそれが原因だ。親父の会社が倒産したと侮辱された。反論する気も起きなかった。帰る家も通う学校も唯一の親も金も明日も、一気に何もかもを失ってしまった。


「一体、、、どうすれば、、、」


少女は泣き出しまた塞ぎ込んでしまう。

あまりに壮絶な話に絶句してしまった。今のは本当にこの少女の口から語られた事なのだろうか。あまりにも重すぎやしないか。


こういう時、どうすればいいのだろう。気がついてしまったからには、何とかしなければならないのだろうが、もし彼女を見捨てたらどんな罪になるのだろうか。

まともな子供時代なんて送っていない自分には、何が正解なのか分からない。大人の男も女も苦手で、自分より小さい子供に舐められて生きてきた自分が、立派な大人なはずもない。もう自分は子供とは到底呼べない年齢だが、こんな事をして許されるだろうか。


気がつくとフッドは、少女に手を差し出していた。


何故そんな行動に出たのかは今でも分からない。もしかしたら彼女のことが好きだったのかもしれない。

救われた事で憧れを抱き、また会える事にひそかに期待し、自分が持ち合わせないものを持っていた彼女が堕ちていく様を見て、ただ、心が締め付けられていく。

自分がこんな風に泣いていた時は、誰か助けてくれただろうか。


そして少女は、その手をとった。


どうなるかは分からなかった。でも、どうなろうが構わなかった。


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